Emigre   作:Flyer

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荘厳な扉を静かに開ける。開けた天井には星々が映り、それぞれの光を床の黒い石が反射して鏡の様になっている。その石は机にも柱にも、壁にも用いられており、一面のみはガラスだった。装飾の、結晶のようなライトが天井から吊り下がっているが、それらは点灯していない。月明かりのみが彼女を照らしていた。広い部屋だ。

Herzの息は絶え絶えで、その机の先にいるターゲットに焦点を合わせるのにも時間がかかった。

 

「...随分と長い間会う事がなかったのではないだろうか、妾達は。遂に君がここに来てくれたこと、感謝しよう」

 

4区は言った。ただ最後の1人であるから、その発言一つ一つは4区を代表しているとも言える。

 

「ペデェンス...」

 

Herzはその名前を言った。4区は満足げに頷いた。

 

「まず呼吸を整えるのが先のようだ。あぁ、待ちますよ」

 

フラフラと彼女はその扉を閉じた。2人だけの空間、廊下には2区から取り寄せた近衛兵達の死体が転がっている。彼女は自身の細剣を鞘に収め、拳銃を右腰のホルダーに戻した。そして深呼吸を一つする。

 

「本当に、久しいよ。私が此処で何をするか、貴様は良く分かっているだろう。私は組織として...貴様を暗殺しに来た」

 

4区は首を横に振った。あくまでも優しい笑顔だ。

 

「1区の諜報機関は妾を殺そうとしているのではなくて、存在を無くして欲しいと言っていた。だから、何も君が罪を着なくてもいい方法があるんじゃないかしら」

「...確かにそうではある。然し...矛盾に感じるかもしれないが、私は貴様を暗殺することに対して罪悪感がある。殺しを伴わない任務の遂行も勿論可能だ。それをしない理由、貴様に判るか?」

 

ペデェンスは暫く考えた。2人とも時間を気にするそぶりはない。そこは永遠にも等しい時間が1秒の間に立っていたのかもしれないし、もしくは彼女ら2人を置いて永遠に時が進んでいるのかもしれない。

 

「親戚の事でしょう?あなた達の大切な仲間の幸福を確かに妾はこの手で握り潰した。しかし、それを未だ信じているの?」

「...今更言い訳など聞きたくも無い。負い目が一つ増えるだけになるからね」

 

4区は机に手を置くと、シンパシーを使った。瞬時に机の表面の石は細かく分離し、粉が霧散した。それらは再び凝集すると人間の像を形造る。それはHerzと親戚たちの家族写真と同一の配置だった。

 

「4区は混血を嫌う...それはあなたにはよく理解できることでしょう」

「余りその話は辞めて欲しい物だな。4区が其れを言うのは些か私は好まない」

 

4区はため息を吐き、ガラス越しに見える星空を見た。Herzも釣られて外の景色を見た。

 

「人間は空に浮かぶ星のようだとは思わないかな?Herz。一つ一つが輝いているものもあれば、光を出さなかったり。自ら光を出す星もあれば他の星の光を反射して輝ける星だっている。光を見るだけでなく、その光が何よって放たれているのか。弱い光だとしても遠いからかもしれない。結局、上面で判断できないことも多い」

 

Herzは静かに話を聞いている。シンパシーの終わりが近いのか親戚達の像は段々と元の机の場所に戻っていった。

 

「もし、その光が何かの犠牲によって成り立っているのであればそれは正しい光とは言えないと妾は思う。真に求めるべき光は自らが光となり、それを享受できる正しいもののみだ。光を齎す人間はそう簡単にいるものでは無いけどね。無いと決めつけるよりいると思って探していた方が気が楽でしょう?」

 

4区は席を立った。Herzは剣に手を掛けるが、親戚の像がなくなっていることに今更気づいた。4区はそのままガラスの方へ向かい、月光の白柱の中に立った。Herzは先ほどから一歩も動かないでいる。彼女の中での恨みと悩みが混合し、行動に歯止めを効かせている。

 

「君には濁りがある。不純な感情、傾いた天秤、錆びた分銅、君の裁きはいくつか問題があると思うの。妾は光となれなかった。4区はなぜ消滅しかかっているのか明細な原因はわかっていないけれども...本当にわからないと言うのが正直な感想だ」

「自然的な原因では無いと言いたいのか?」

 

4区はHerzの方を向くと、頷いた。机をなぞりながら彼女は暗殺者の方へと向かう。

 

「妾たちは色々なことを体験した。ともに悲しみ、楽しみ、もしくは裏切りあったのかもしれない。それが君の人生でもあり、妾の人生でしょう。星が潰えるのも、幸福が潰えるのも」

 

4区はHerzの眼前に迫った。右目の眼帯を興味深そうに見つめるが、対して一歩も動かず、表情も変えない。

 

「私が間違うわけがない。1区は間違えない。王は間違えない」

「今更忠誠心を並べたって何の威圧にもならないよ。Herz」

 

ペデェンスは両手でギャドペカドルの頬に触れた。剣は今すぐにでも彼女を切り裂けるようになっている。

 

「...惜しいね。妾だって、区長でもないのに生き残って、ここに籠ってね」

 

4区はギャドペカドルの眼帯を捲った。そこには確実に

ギャドペカドルは剣で彼女の左腕を斬ると、肩に銃弾を放つ。ペデェンスは机の上に押し出され、傷口を抑える。彼女は半分起き上がった。Herzは明らかに動揺を示し、右目の眼帯に触れる。冷や汗が彼女の頬を滑り落ちた。

 

「随分と、似ているわね。仕方ない。それも運命だから。ギャドペカドル...いい名前ね」

 

机から粉が出てきて、それらが再び石となるとペデェンスの背後には十字架が現れた。Herzはそれに見覚えがあり、状況を整理できなくて混乱したままであった。

 

「君の親戚は1区によって死んだ。親戚が1区の秘密を守ろうとしたから。それを弔いに妾が来た時、偶然帰ってきたのが君。十字架は決して死んだことを決めつけるわけではない。そこだけは理解してほしかった」

「何故今更そんな事を言う...」

 

彼女は現実から逃げていた事を知った。誰かに罪をなすりつければ自分のせいで無いと自覚できる。誰かに罪というスポットライトを当てれば自分が脇役で済んでおわる。星のように。正しくない星のように。

 

「自分の行いを悔いることはない。Herz。君は未来にとって有益な事をしたんだ。世界から消えるのは妾であって君ではない。君は妾より価値がある。より生きる指針がある。『努努、人が人であること。人が何によって人であり続けられるのかを忘れないこと』。君は妾を犠牲に平和を作った。それでいいんだ」

 

傷口からの血は机から垂れ、血をつけたままの粉が十字架に使われる。彼女は正に4区の象徴で、今まさに終わろうとしている星だ。彼女の肌から粉が崩れ落ち始め、その粉はガラスを突き破り、あるべき場所に戻っていく。段々と現れるその顔は、とても穏やかだった。

 

「妾が死んだらそのままでいい。妾は君の糧になる」

「待て!!!」

 

Herzはそう言うが、ペデェンスはどこからともなく取り出したナイフを掲げ、その顔のまま心臓に突き刺した。暗殺者の差し出した手を握る事なく、左手を高さに合わせた。囁くようにペデェンスは言った。

 

「これで最後だ」

 

手が落ちた瞬間、建物自体に大きく亀裂が入る。この建物自体がペデェンスのシンパシーによって形成されたものだと気がつく頃には、既に崩壊寸前だった。真っ先に、大きな瓦礫はペデェンスに落ちる。ギャドペカドルは割れて骨組みだけの壁から外に脱出した。彼女は上を向く。点滅するかのような青い星が、静かに、消えたように見えた。

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