Emigre   作:Flyer

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3区の傭兵。Guardianはその話を、シャルル・デヴォンに話していた。発端は「今まで何をしていたのか」とシャルルが尋ねたからで、その頃には既に外は明るく、紅茶は冷めきっていた。隙間風が足を伝うが、それが逆にGuardianの記憶と合致していた。

 

「あそこはダメな場所だよ。シャルル、私はあそこにいたけど、今まで見てきた中で特に酷かったと思う」

「どんなところが?」

 

その質問に対して彼女はどの点をあげようか悩んでいたが、まず、大っぴらな部分から話した。

 

「3区の政策にはゴドウィンっていう民間の軍事会社がこびりついてる。だから3区は軍事担当みたいな扱いになった。政策を操るのはその組織のトップだけど、己の権威のために何にでもするような人で、みんなは苦しんでる」

「...そう。確かに3区の傭兵っていうのは精鋭だって聞くけど、その分苦しんでいる人もいるわよね」

 

Guardianは頷いた。

 

「今は私のいれる場所があるからいいけれど、私が3区で傭兵として雇われたのは親がいなくなったからなの。親は私がもっと幼い時に宝石屋をやってた。1区から取り寄せたり、6区の質屋から買ったり、とにかくいろんな手段で。そこでのクレーマーと小競り合いになって、マガジン格納部で殴られてそのまま。」

 

シャルルはGuardianの身を案じていたのは元々だったが、ノイズによる精神汚染の他、彼女は少し問題のあるように思えた。普通、自分の両親が亡くなったことを初対面で、しかも何も隠さず無感情に言えるものだろうか。

Guardianは喋り続けた。

 

「3区は孤児を喜んで迎え入れる制度があるっていうのは知ってる?孤児院に引き取られて寛大な祝福を賜る...いや、こんな言い方じゃなかったかも。ともかく、あれは嘘っていうか、ゴドウィンの策略に近い。徴兵は反発される可能性が高いから孤児から引き取り、傭兵に仕立て上げる。凶器や犯罪の取り締まりが緩いのもそれを進めるためだと思う」

「待って?3区ってそんなにヤバい場所なの!?」

 

机から身を乗り出し、こんなことを言いながらも半分寝ているようなGuardianの耳に響く声をシャルルは上げた。彼女の中で綺麗な世界、つまりは復興可能な社会の尺図が段々崩れていく。

 

「...つまり3区は罪のない孤児を作りやすい環境に放置してそれを傭兵にしてるってこと!?」

「え、うん。そうだけど」

 

シャルルは捲し立てるように言った。

 

「それって規律に反してないの?『区民の生活は最低限保障される』って!」

「落ち着いてシャルル。もうみんな起きてる頃だよ。石が飛んでくるかもしれないから静かに」

 

...1区のお嬢様は座り直した。そして深く息を吐き、4杯目の紅茶を飲む。

 

「それで、結論から言えば規律には反してない。ちゃんと保証は存在するし、孤児院を増やすっていう政策はそれに当てはまるし、私の親もそうだけど孤児になっちゃうのって大抵小競り合いが原因だから。つまり、区は規律は守ってるんだよ。ずっと無差別殺戮が繰り返されてるわけでもないし」

「...そうよね。規律って区全体が守るべきだから、少し曖昧だもの。もし反していたりしたら通報されているはずだし」

 

Guardianは時計を見た。任務はとっくに終わっているのでいつでも帰ってよかった。しかし本部からは連絡がないし、グダグダ居座っていても別に問題もなかった。孤児傭兵は言った。

 

「『この世界で珍しいのは、人を見る目がある人』だよ、シャルル。常に才がある人間は見つけられるわけじゃない。だから安全な場所から人をもらって、あとは審査をする。3区の"調整"は街に施されないで、傭兵育成施設で行われる。みんな、それを見て育つ。施設を出たら他の区の警備に行って、次に護衛。その次は秘密任務。ここまで上り詰められる人も少ないの。空があるように見せて、それは天板だった」

「大変な思いをしたのね...でも、それがあって、今生きれているのなら私はそれでいいと思うわ。ただちょっと...こんなこと言うのは失礼かもしれないけれど、あなたはもっと世界を広げたほうがいいと思うの。話を聞く感じ3区に毒されているっていうか、そんな印象を受けるから」

 

Guardianは首を傾げた。それは愚弄でも何もなく、ただ純粋なる疑問だった。

 

「私は3区の人間だよ?」

 

その発言によって固まってしまったシャルルを、Guardianは再度凝視した。

黒い箱を紙袋の中にしまい、手を振って別れを表した。

 

「待って!!」

 

正気に戻ったシャルルがGuardianを引き留めたが、もう遅かった。彼女の体は液状化し、既に彼女の視界には存在しなかったからだ。

 

傭兵はシャルルの家の近くに再度現れた。液体であった方が彼女は慣れていたが、いかんせん人に見られていいような物でもないので、それは最小限にとどめた。

途中、一つの殺気を伴った足音が背後から聞こえてきた。Guardianはその今まで感じたことのないような殺気から、本能的に回避行動を取った。目を開けたときに居たのは、彼女の想像通りの容貌。しかし攻撃はしてこなかった。

 

「...驚かせてしまった様だな。謝罪する」

 

その人間は1区の目をしており、右目に眼帯をつけていた。Guardianは恐怖心からしばらく動けず、喋れもしなかったが、その半人1区は聞いた。

 

「この辺りにCandleという宿が在る筈なのだが、地図が曖昧でな。道筋を示してくれないか」

 

3区の傭兵は指を差した。彼女はその方をまっすぐ見て、また向き直した。

 

「感謝する」

 

それだけいってヘイダルはその方向に走り始めた。Guardianは深呼吸を数回繰り返すと、ようやく落ち着いたようで、行った先を確認する。既に姿は無い。

 

「...えっ...何だったの?」

 

力無くバベルは言った。


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