「今回で5回目ですか...いやはや、特に忙しいのですな」
3区の老いぼれは言った。5区の秘書によって扉が開けられ、中に入るよう促される。
杖を使わず、しっかりとした足取りで彼は中に入る。そこは開けた景色の見える区長室だった。
「久しぶりだなぁ!また面倒にならせてもらうよ」
区長は彼と握手をした。彼はソファに座り、机に置かれたコーヒーを啜る。
「この前は確か4区消滅に際して、でしたかな。ふふ、結局杞憂でしたがね」
「なに、警戒するに越したことはなかろうて。いつ会議室を蹴破り、暗殺者が私を殺そうと発破をかけるか、気が気でなかったのでな」
3区のいち傭兵は小さく笑った。
「寧ろ、身近に気を配った方が良いと思わざるを得まい。3区より優秀な軍事組織などありはしない故...」
ゴドウィンの将軍を退役し、隠居生活を送っていたのも束の間こんな護衛につくとは本人も思ってなかっただろう。しかも5回も。しかし結局、軍事力という面で見れば3区は圧倒的であり、その傭兵も誇りに思っている様だった。
「ジェヘナ様。これが今回の要項です」
秘書は傭兵に複数枚の紙を渡した。字を大きく配慮し、脚注を極力少なくした彼女なりの配慮を持っている。
「ほう...身辺警護は予期していましたが、組織の監視もあるとなると骨が折れますな」
「ヘイダルという組織がちょうどあの爆発の外縁に研究施設を建てたいと数時間前に打診してきた。ただな、2枚目を見てくれ」
ジェヘナは2枚目を捲ると、最近行われた5区の"調整"の結果が出てきた。コードネームをクラシックとした容疑上スパイに関するものであった。
「奴らは研究所を建てたいのはまぁそうだろうが、その跡地にある何かを探っている。私のその監視というのは、先生。あんたが行かなくても良い。代わりの誰かを送り込むだけで結構でな。結局、奴らのバッグには1区がいる。私はそう思っている」
「1区...ですか」
彼は1区に行った時の記憶を想起させていた。まるで白と黒の場所。人々は伯爵や侯爵によって支配され、鉱物を掘らされ続けていた。彼らの富は肉と血の結晶である。「血塗れた金」「屍上区」。郊外に立てられた1区の看板に書いてあったのを、ジェヘナは思い出していた。
「なるほど。魔王様も大胆...まぁ、私はその監視は他の者に任せます。最近良き新人が入ってきたのですよ」
秘書はソファの後ろを睨んだ。"彼女"と目が合い、彼女も視線を返す。しかし、区長はそれに気づいてなく、「そうかそうか」と言った。
「ところで、将軍を退いてからもなぜ傭兵を続けているのかな?さらにはゴドウィンとも関係を続けている...静かな生活を望んでいなかったんじゃないのか」
「...離れることは叶わなかった」
彼は重苦しく言った。それは上面でも何ともなく、本心からだった。
「ゴドウィンは政権に癒着している。私はただの老人に他ないが、彼らは、私をやめさせようとはしていない。私は1人の3区だ。傭兵だ。傭兵で在るが故に、3区で在ることに変わりはないのだ」
ジェヘナは書類をまとめポケットにしまった。区長と彼は立ち上がり、再度握手をした。
「では、よろしく頼むよ。将軍先生」
秘書が扉を開け、区長室を退出するとその中は2人だけになった。
「お待ち下さい」
秘書は肩を掴んだ。厳しい口調だった。
「貴女は5区の許可証を持っていらっしゃいますか?」
少女は無言でポケットから無造作に取り出したそれは確かに許可証だった。秘書はほうとため息を吐くと屈み、視線を合わせて言った。
「貴女はジェヘナ様のお連れと私は思っておりますが、すみません。あの人は貴女の事を知覚していないみたいで、私に何をしにきたのか教えてくださいませんか?」
「人探し。あのジジイはそれをさせてくれる」
言うなれば3区の大将軍、ジェヘナを「ジジイ」と一蹴する少女を秘書は幼さ故の無礼か、本当に無礼な奴か悩んだ。しかしその生意気そうで純粋な目からは悪意が感じ取れない。
「承知いたしました。しかし忘れないでください。貴女はいま5区にいることを。5区にいる以上、5区からは逃れられないということを」
秘書は少女の頭を撫でた。半ば賭けだったが満更でもないとわかって、同時にその少女が孤児だということも分かった。
「お前は何故オレが見える」
少女は言った。目隠しをしている少女は本来他の人に見えない筈だった。
「5区は私ですから」