「...お前から電話が来るなんて本当に久しいのではないか?」
相手口はそんな反応をする。しかし、私だって驚いている。ここまで他人に揺れ動かされることもそうそう無いだろうから。
「4区って消滅したのか?」
早速質問を行う。相手側は何のことか、一瞬戸惑ったらしい。
「1454年10月4日。確かに4区は消滅した。2,3区の合同警備チームが配置されていたにもかかわらず最後の4区であるユイ・ペデェンスは警備諸共殺害されていた」
「そうだな。それに確かに間違いはないだろう。それに4区の事だし移民も存在しない。では重ねて質問をしよう」
シュカレから報告があった。私の瑕疵によって保護されていたあの子が自主的にバベルをやめたと言うこと。しかし半ばあり得ない。掘り進めて聞いていくと7区の人間が誘って、そのまま連れて行ったらしい。多分それは金枝...いや、ヘイダルの仕業だろう。
「ギャドペカドルって知っているか?」
「...あぁ。よく知っているし、幾らか話したことすらある。しかしそれが今、何の関係があるんだ?」
私は単刀直入に聞いた。
「奴は1区か?4区か?」
建物の軋む音が嫌に大きく聞こえる。彼女の電話には続きがあった。「彼女は一体何者なのか」を、私は真に知らない。ペデェンスが私に送ってきた手紙には「混血を嫌う4区」というタイトルの本の1部分が載せられていた。
4区は混血を嫌う。彼らの内を巡る血液に他が混じるのを嫌う。
4区は混血を嫌う。彼らを取り巻く環境に他が混じるのを嫌う。
続く言葉には、秘匿された4区について。それらは4区を作れないが、確実に4区であると彼女は綴っていた。しかしそれは誰なのか。
「1区であり、4区だ」
魔王は言った。
「彼女、彼女らに罪は無い。しかし4区はそれを遠のけ、1区はそれを秘密とした。これは17年以上も前の話だ」
「続けてくれ」
17年も前であれば私が1区に居た頃だろうか。いや、ペルセフォネが生まれてから案外経っている。であれば私は既に7区にいたのだろうか。
「後の、纏められた記録で学んだ事だ。彼女らがまだ5歳の時、1区と4区は秘密裏に会議を行った。結果としては彼女らの出身地を『未公表』として4区から除外することと1区が全ての責任を負うこと、世間には公表しないことが約束された。その時問題となったのは彼女らの親族であり、血筋だった」
「何か問題があったのか?」
仮定ヘイダルはギャドペカドルとあの子の間を「親戚」と称していたらしい。やはり4区は変わらないのか。血筋争いが何代も続いたり、血に塗れることを幸と見做す族がいたり、精巧な街の中にあれほどの狂気が潜んでいるとは思っていなかった。
「記録上最も長い家系図を持ち、その分プライドも高かった。つまりは彼女らの存在を知ったらどうなるか。後先考えず大規模に動き、世間にそのハーフという存在が知れ渡るかもしれない。結果的に彼らは消えた」
「4区に"調整"は存在したのか?」
4区にはその血筋争いによって純粋な血族が生まれるという思想が根底にある。つまりは調整は必要ないのだ。実際調整の案件も聞いたことはない。
「...それは今関係ない。エリス、ギャドペカドルは2日前に5区へ行った」
「何?」
微かに鼓動が速くなるのを感じる。
「お前の電話で薄々勘付いていた。バベルという組織にギャドペカドルは行ったのだろう。そしてそこで唯一の親戚と再会を果たす。バベルというの組織はヘイダルの裏の部分を暴こうと活動している。第一、第二薄明程度の規模で。ギャドペカドルは何十回も同じような組織を見てきたはずだ。親戚のいない反逆組織は既に彼女にとって価値の無いものになる」
「...またお前は私から奪っていくのか。ペルセフォネ。それも1区の為か?」
私は言葉を続ける。
「いいか、妹。お前は光の齎す影を知っているか。影の齎す争いを知っているか。ギャドペカドルはつまりこれから再会相手の仲間を始末することになる。1区だって、お前の齎す光の影で革命が起こっている。だからお前は根絶することができないんだ」
「理解している。だからこそ障害を全て薙ぎ払うのが私の使命だ」
確固たる意志を魔王は持っている。だからこそ私が何を言ったって無駄なはずだ。しかし、何ともやるせ無い気持ちになってしまう。
「ギャドペカドルは辛い選択を責められるだろう。私は少ししたらそのバベルとやらに出向こうと思う。お前も来たらどうだ」
私は沈黙した。既に変わってしまったもの。そう思っていてもその面影と今を重ねて対比することは多い。
我を通す為に、それは1区の繁栄という建前の元に、奴は動いている。魔王とは、そういうものなのだろうか。
「......私が1区を出てから1年が経った時、来客があった。暖かい陽気で、そろそろ葉物の収穫の時期かと思っていた時、来客があった。それは1区の公務バッジを付けていたから私への伝言かと思い扉を開けた」
「...」
昔話を続ける。右腕をさするとパサパサと粉が落ちるような音がするが辛うじて形を保っていた。
「その1区は私に襲いかかった。何故だか理解できないままに私の右腕に刃物が刺され、私は防御として彼らを殺してしまおうとシンパシーを使おうと構えた。その時静止を掛けたのはお前だったよな、ペルセフォネ。そして私の右腕を焼いたのも、お前だ。
お前は私が痛みで気絶していると思い、下手な治療を施した。腕の黒さは治らず、切り落としてしまおうかと悩んでいる間でもお前はその訪問者を擁護していた。一生懸命にな。私はその時点で愛想が尽きた。その下手な治療のせいで私のシンパシーは腕が無くなる直前でしか戻せなくなった。これはお前のせいだ。
お前はさっさとその場を去ったな。私はよろめきながらも立ち上がった。私は今でもあの時の姿のままだ」
長い沈黙が続いた。ペルセフォネの失敗は数少ないが、それ故に精神的負荷は大きい。私はその沈黙を破る。
「お前はそれと同じような影をギャドペカドルに施すつもりか。既に言葉はギャドペカドルには届かない。お前は過去のお前を見るんだ。魔王の片鱗を見せたあの時のお前だ!」
「......止めろ。と、お前は言いたいんだな?」
魔王はため息をついた。
「無理だ」
「何故、無理なんだ。お前に忠誠を誓った戦士がお前の言うことを聞かないわけがないだろう」
実際、7区にいる私より1区の、しかも区長である魔王が現状をよく知っている。故に私はその言葉を信じる他なかった。
「ヘイダルの異端者と3区の元将軍がコンタクトを取った。どう動くのかにもよるが、他区が関わっている以上、私の権力は及びづらい」