Herzは極夜の組織、つまりは隠密行動に特化した組織の壊滅の為2区の辺境に侵入した。彼女の他に人員はいない。躊躇なく扉を破壊すると同時にサイレンが鳴った。
彼女は音を聞く。しかし何も聞こえなかった。組織の核はもっと深い場所にあるのか、既にもぬけの殻なのか。
「5区の建築様式に酷似している...ルートを覚えておくとしよう」
彼女はサイレンの鳴る中を歩くものの、本当に何も反応はない。数分後、無線の音が聞こえる。
「ギャドペカドルだ。いけるか?」
「...私に本当に身を預けてよろしいのですか?もしよろしければあの子と戦いましょう」
組織の長と何処かの傭兵の会話か?音はかなり下、いやよくもここまで掘削できたものだ。
「ああ、我々は問題ない。どうせ、近く探りが入るだろうと考えていた頃なんだ。君がいなければ既に諦めていた命だ」
「あら、嬉しいことを言ってくださるのね。気に入っちゃうわぁ。じゃぁ、行ってきますね」
通信は切られそれ以上聞こえない。ギャドペカドルは十字路で立ち止まった。銃に手をかけている。
瞬間、建物の"流動"が奥からやってくるのを見た。波...なのか?
「敵襲...それも奇襲を取る敵か」
ギャドペカドルは一度十字路から退き、波を避けようとするが、波は伝播して道に来たので、その間を潜る様に彼女は回避した。
「そうだぁ、気に入ったついでに言っておくわね。私のシンパシー、あなた達にも届くかもしれないわよぉ」
通信が、今度はさっきより近いところで聞こえる。その音声の返答はない。
「あら?もう伸びちゃったのかしら」
「3区の傭兵にこんな奴がいるとは聞いたことがない...調整員か、未登録の軍人か」
小声で呟くHerzとは対照的にこの奇襲女は大っぴらに、普通に話すのだからより一層狂気を感じる。
もう一度、今度はさっきよりも大きな波がギャドペカドルの背後から出現する。ザザザザザといった建材の擦れる音が背筋を強ばらせる。組織構造のわかっていない彼女にとってこの波がどう作用するのかよく理解はできていない。
「少し加減はできないものなのか!レヴィアタン...」
「あぁ生きてらしたのねぇよかったわぁ。けどごめんなさいねぇ、あなたとあの子は砂岩と鋼鉄くらい硬度が違うもの。私だって全力を出さないと死んでしまうのよぉ?私が死ぬほど頑張ってるんだからあなたも死ぬほど耐えなきゃいけないのよ?」
無線が復活したのか。レヴィアタンという名前らしいが、やはり聞いたこともない。酷い言い分だが、まぁわからないこともない理屈だ。
「その調整員の場所が分かればそこに集中させればいいんじゃないのか?!」
「あ、そうねぇ。それも考えたのだけど、建物が壊れそうだったからやめていたのよねぇ。そうして欲しいならそう言ってくれればよかったのにぃ」
その瞬間、大きく建物が揺れる。正しくは大きく波打ってきた。彼女はシンパシーを通じてではなく、波の中から声を聞いた。
「『レイリー・コラプス』」
Herzの周りで波と波がさんざ独立し、反響し、ぶつかり合い、角を抉り取った。それは波を打ち、微生物のように移動しながら彼女を追う。
彼女は剣を抜くと、刀身でそれを受け止める。が、建材の重みか、自然の脅威か、それも次第に押されていく。ジリジリと剣をずらし、波の衝突を回避したと思えば、後ろから衝撃が走った。また別の角がギャドペカドルの背後を突いた。床に手を付き、伏しているとその波の強大さがわかる。度々それはぶつかると最も大きな波となり、また分かれていく。
(如何なるシンパシーであっとしても此処迄の規模は基本起こせない...シナジーが在ったとしても使用者の意と異なる挙動を起こす。ここまで統率が取れた攻撃は並大抵の奴であれど起こすことは叶わない)
Herzは声を出さずに考えていた。波の中から聞こえてきた趣味の悪い笑い声が彼女をイラつかせていた。
「ギャドペカドル...いい名前ですねぇ...罪人を導くという意味でしたっけねぇ...私は罪人ではないのだけど裁かれるのかしら?」
声の位置が波のせいでうまくわからない。波を打っているとしても物質の硬度はそのままのようだ。ギャドペカドルは立ち上がると、床を切りつけ、階を下った。波の終着点が新たに生まれ、すぐにその切り口は爛れた後、然るべき場所は流動し、脱落した。
「私はレヴィアタンっていうの。この研究施設に呼ばれてねぇ。あぁ、この子達は魔術とかを研究してたらしいわよ?けど集まりから追放されちゃったみたいで、なんか可哀想でねぇ、手伝っていてあげていたのよぉ」
「その様な話が今重要だと思うのか、レヴィアタン」
高らかな笑い声が続いた。ギャドペカドルの頬に何かが触れたが、それは水だった。
「大切なことよぉ?あなたみたいな"私達"の話題に上がる人間なんて重宝する他ないでしょ?殺しちゃっても別に文句は言われないだろうけどねぇ」
背後の水はギャドペカドルが認識するには透明すぎた。気づいた頃には通路を埋めるような水の中心に彼女がいた。
「レヴィアタンって聞いたことなぁい?無いなら無いで助かるのだけどね」
彼女は趣味の悪い女の言うことを無視し、天井に酸素を補給する空間がないことがわかると、水の流れに逆らい、通路を進む。
すると十字路に紺色と黒色の心臓のようなものがある。躊躇なくそれを剣で突き刺すと、そこから生まれていた波が止まった。と同時に、彼女の首に何か粘性のものが巻きつけられると同時に体の自由が奪われる。波がないことによって水は順調に他に流れ、息を吸う。
「...チッ」
彼女が見上げると、そこにはギャドペカドルより身長の高い女性がいた。それこそが波を生み出していた元凶だと直感で察知すると銃を持ち出そうとするが、右手が思う様に動かない。
「やっと逢えたわぁ、綺麗な目をしているのねぇ」
「......」
ギャドペカドルは沈黙を貫いた。レヴィアタンはその強情さにまたも笑みが溢れた。そのレヴィアタンの笑いというのは、何かを軽蔑するような意味もあり、美しいものを見た時の純粋な感動という意味もある。要するに気味が悪い。
「この施設には研究者の子たちが21、別の組織の子が3いたけど、もう死んじゃってるかもねぇ。あなたに向ける波はこの施設全体の波だから、まぁ死んじゃっても誰も文句は言えないのよぉ?」
声は聞こえない。無線や、ここ周辺の通信全てが途絶している。
「あまり長居するのは良くないわよぉ?白い肌が青白くなって海に還るのもまた感動しちゃうけどね」
「お前はあまりにも危険すぎる」
ギャドペカドルがそう言い放つとレヴィアタンは自分のことでないように高らかに笑った。まるでそう言われるのが生きがいと言われているように彼女は感じた。
「いいわねぇ...私らしいこと言ってくれて感動で泣いちゃうかもしれないわぁ。私の心臓を一つ壊せたんだし、ヒントでも見せておこうかしら」
レヴィアタンはギャドペカドルの剣を抜くと、その輝きをしばらく堪能した。そしてそれを首に当てるが、何の傷も入らない。
「あら?もしかして祈りを忘れたのかしらぁ?粗雑になってしまったのねぇ」
そう訳のわからないことを言うと、レヴィアタンは剣を鞘に丁寧に収め、自分の手を顕にし、心臓部に手を入れる。その手は獣のようで、5指あるものの爪は尖り、青かった。血も出ず、ただ人間としての体裁を保つだけの人形なんじゃないかとギャドペカドルは思った。
自分の拘束が解けている。そう気付いたギャドペカドルは右手の塞がっている今のうちを考え、剣をレヴィアタンの首に突き刺す。今度は刃が通った。
「あらぁ、手間が省けてよかったわぁ」
仰向けに倒れたそれはご満悦にそう言った。通常であれば既に声は出せずに死んでいる中、それはまだ喋り続けた。
「念の為、ここはよく調べておいた方がいいわよぉ?私のことは言ってもいいけど、熱心な神話好きには言わないほうがいいかもねぇ」
そう言うと、満面の笑みでそれは活動を停止した。Herzは心臓を落ち着かせ、あらためてそれが活動を停止していることを確認したのちに組織の点検に入った。
既に、波によって振り回されていて、何も得るものはなかった様に思える。予備電力が尽きたのか電気が全て消え、ギャドペカドルは撤退することにした。極夜組織でここまで手強かったものはいないだろうとも思った。
戦闘した際にできた穴を見つけ、そこをよじ登った。階下から顔だけ出した時、足音がないまま何かが目の前の十字路を通り過ぎていった。爬虫類の様な尻尾もついている。登り終わり、周囲を確認してみてもその人型はないが、水だけが残っていた。