「おや。本当にいるみたいですわ」
彼女、
「にしても、変わらないですわね。この霧に、月と、侵入者。不快な音、瓦礫の山」
彼女は誰に言うでもなく呟いた。見上げれば小さい様にも大きい様にも見える曖昧な生物が宙に浮いている。灰色の霧は人間の作ったものだ。懐からメモとペンを取り出すと「朧月と何かを探す人」と彼女は書いた。
暫く彼女は少し高い場所にある瓦礫に隠れ、様子を窺っていた。と言うより、空を見ていたかった。こんな、数年前には見ることの出来ない今では普遍の景色。これだけ曇りの日が続けば人の精神は確かに病むのかもしれない。
彼女は瓦礫から身を乗り出し、声をかけた。
「何をしておりますの?」
侵入者の男はおずおずと頭を上げた。手には何かが握られている。巡回員がそれを見逃すはずもなく、瓦礫の山を降りながら重ねて質問をした。
「ここが侵入禁止だと言うことは書いておいたはずですわ。何故入ってしまったのかしら?」
男は数歩後退りし、呼吸を荒くした。通常であれば、男性と女性。力で言えば強いのはどちらかは明白であったが男の感じていた感情が不利に働いた。
恐怖と焦燥。自分のしたことは些細なことだと心の中で言い聞かせているが、それ以上の思考には至らない。
やがて男と彼女の距離は数mとなり、彼女は再度質問した。灰色の霧は何故か今だけは晴れている。
「何をしにきたのかしら?それとも、私達に何か伝言でも?」
男は答えない。Secretaryは左手を額に当て、大きくため息を吐くと懐から小型の銃を取り出した。組織から提供された、消音小反動を兼ね備えた特殊弾限定の拳銃。男はそれを見ると踵を返し、凸凹な地面を走り始めた。彼女はこうなると分かっていた。牽制のために一発関係のない所に撃つ。男の動きは止まらない。
今度はよく狙い、男の二の腕付近に当たるよう狙いを定めていると、男は何かに躓いたかして転んだ。そこから動かないが、警戒の為拳銃を構えたまま彼女は近づく。
気を失っているようで、彼女は男の手に握られた何かを見る。それは一つの、手に収まるサイズの人形だった。彼女は馬鹿馬鹿しさを感じたのか男の行き過ぎた何かを思う気持ちに呆れたか、溜息を吐いた。一応、病に罹っているか確認したが、特有の傷も無く、男の頭に消毒と止血を施し後は回収係に任せる事とした。
「いましたわ。えぇ、人形を取りに来たみたいです。本当に居ましたのよ?えぇ、あとは任せますわ」
電話を掛けた彼女は話を終えた。不快な音は天使がラッパを吹いている様な音で、彼女を不快にさせる。月が彼女を照らすが、既に思い描いていた純粋なものでないと思うと嫌悪を抱いた。ここはあまりにも知っていた世界と違いすぎる。何時かこの2つの気味の悪いものが彼女を病にしてしまうと考えると人は元から何も変わっていなかったと言うことだろう。
隕石の残したこの瓦礫ばかりの土地が彼女の第二の故郷となり得るのだろう。元5区の都市であり早々に責任ごと破棄された危険区域。彼女は歩き出した。月に見守られながら。