Emigre   作:Flyer

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Secretaryはあの領域から出た。指定された車に揺られ3時間が経とうとしている。流れる景色は最初の1時間は何も変わらなかったが途端に田舎道となったり、小家の集合となったり、彼女は不安だったり興味深かったりとしていた。

運転者はさっきから一言も喋らないが、彼女は5区から出たと言うのはよく分かる。彼女は一言だけで済ませた。

 

「1区だけには行かないでくださいまし」

 

彼女がここにいるのは上司の通達を受けたからだ。要約して仕舞えば「研究者の資料を受け取りに行ってくれ。後それと適当に話をしろ」

小隊03隊長は別に好きに戦いたい訳ではない。隊長が皆そういうタチという訳でもないが。

 

車が止まった事に気付き、彼女は目を開けた。植物とガラスでできたドーム...?これが研究施設だろうか。ドアが2回閉まる音が周りに響く。それらが反響するあたり、5区や1区とは大違いだ。残りの2,3,6,7区だとしてもここまでの環境は限られる。

彼女が見惚れている間にドライバーは植物に塗れたインターホンを押し、大声で言った。

 

「生きとるか!連れてきちまったぞ!」

 

1分間沈黙が続いたが、植物が急に破裂した。いや、扉が蹴破られた。

 

「早くない?いや、ありがとう」

 

頭を掻きながら、白衣をラフに着た人間が中から出てきた。右手を腰に当て、思ったより小柄で右腕が焦げているかのように黒い。この人が目的の人間なのだろうと彼女は思い、歩み寄る。彼女は、その少女が自分と同じ出身地だと気づいてしまった。それは多分この少女も同じだろう。

 

「私はレーテだ。取り敢えず中に入れ」

 

誘導されるがままに彼女は中に入った。レーテは運転手に手を振り、運転手は浅く礼をして、車に戻っていった。

ドームの中はところどころに実験用機材が散乱し、一部の紙は純粋な水に飲み込まれている。鳥の囀りやケトルの沸く音が聞こえてくる。レーテは慣れた足取りで席に座ると、Secretaryもそれに続いた。

謎の液体の入った歪んだ形の容器。遅い足取りで机にたどり着いた頃には少女は二つのコップを持っており、一つを彼女に差し出した。小さい緑の葉が3枚浮かんでいる。

 

「...レーテさん。私は貴女の研究資料を取りに来たのですが...」

「いいんだよ。どうせその依頼の中には『話をして来るように』も付け加えてあるんだろう?」

 

Secretaryはその的を射た発言を受け黙り込んだ。で、あるならと、彼女は世間話を広げる。

 

「最近のバベルの活動は停滞しつつあります。各区の抑制か、行動制限などで...特に3区は出入りなどを禁止しているようですわ」

 

レーテはため息をつき、机の上にある一部の書類を掃った。紙の落ちる音、ガラスの割れる音がした。液体が何かをしているのか落ちた紙は焼失する。

 

「シュカレ...私はそんな話をしたくて君を呼んだんじゃない。君は確か、精神病の疑いをかけられていたらしいね。結局なんの異常もなく、周りからの蔑視で事は片付いたみたいだが...」

「貴女、よく人に失礼って言われないかしら」

 

Secretaryは棘の効いた言葉を言うも彼女は怯みもしなかった。

 

「謎の言語。私はそのサンプルの一部をもらっている。幾つかの出典不明の文献、特に数年以上前の私達の人事ファイルは君の無い病も解消される一手となり得た」

 

レーテは茶びた紙を取り出し、万年筆で乱暴に何かを書いた。

 

「私のコードネームは元はレーテなどではない。これだ」

 

そこには「Testimony(テスティモニィ)」と書かれている。続いてTestimonyは何かを取り出し、仰ぎ、それを紙の隣に置く。

崩れた文字で同じ単語が描かれていた。その筆跡はSecretaryのものであり、彼女はそれが精神鑑定に赴いた際の証拠だと気付いた。

 

「この記号を踏まえてみれば似ていると思わないか?私、もしくはこの星全ての人間はこの記号群を認知できさえしない。その原因もわからないままだ。私も不思議に思っていたんだよ。君だって疑いのかけられたままじゃ窮屈でしょ?」

「......貴女みたいな人にこう言われるのであればまだ精神病と言われたほうがマシでしたわ」

 

諦めたようにSecretaryは言った。

 

「貴女、研究者と言ってもバベルの施設にはいませんし、仕事をしていると言ってもこんな環境は...何者ですの?」

 

その質問にしばし悩んだが、少女は答えた。

 

「一つの功績に縋るとするならシナジーの利用方法を確立した研究者だよ。バベルに所属しているとは言っても私は何故か付け回されているから本施設には居られないんだ」

「シナジー?」

 

Secretaryは聞き返した。Testimonyは立ち上がると、焦げた金網の上にある灰色の液体の入ったビーカーを取り上げ、彼女の前でそれを揺らして見せた。液体は乖離し、透明な層とより一層暗い灰色の層に分別された。

 

「君も知っているかとは思うが私達は魔法のようなものを習う。それを昇華させたものはまだ自分の周りでしか扱えない。機械などの物体、遠隔操作でそれを付与できる技術を私は確立し、その術と別称であるものとして『シナジー』と名付けた。君達の施設にも、1区の防御セキュリティ、2区の研究施設群、5区の機械ビル、様々な所に使われている」

「バベルにも...しかも3区にまで使われていますの?ということは、特別認可は取っていないのかしら?」

 

Secretaryの言う特別認可は十数年以上前から存在するある発明品に対して技術の漏洩の対策を施し、知識の入り口を開発者からのみとする各区共通の法だ。レーテは灰色の液を元と同じ場所でない観葉植物の隣に置くと言った。

 

「そんなものこの技術が確立した頃にはなかったよ。まだ区と区の境界や目の中による差別化も進んでいなかったからね」

 

レーテはため息をした。バインダーの間に挟まった紙の束を取り出すとそれをSecretaryに渡す。彼女がそれを確認すると、まさにそれが目的の一つだった。

 

「君はこの世界をどう思う。アバウトで構わないが、同じく1区の出身として...」

「その話は止めてください。レーテさん」

 

少女の言葉を遮るように彼女は言った。その声は今まで発した何よりも冷たい。レーテも、それ以上話題に関して追求することはなかったが、お茶を一度啜ると、提案をした。

 

「このラボを見て回るかい?あの運転手以外ここには殆ど人も来ないからさ。一般人の目から私のラボがどう映るか聞いてみたいんだ」

 

Secretaryは拒絶を示した。レーテは面白くなさそうに席に座った。

 

「結局、貴女もそんな人間なら私はもう何もしませんわ」

「...そう。すまなかったねぇ」

 

背もたれに身を預け、Testimonyは言った。

 

「この星も今は区という曖昧な境界の中だ。区と言っても種族の集まりというか、そのタチの集まりというか。今ではただ単なる貧富の階層を階級付しているだけという定義すらも忘れられ、目の中で決まるものという認識すら今は薄れてしまっている。このままでは好き放題やる組織や区も出てくるだろうし、既にいるものだと思っている。いくら私達がこうして良くしようとしても従来の価値観や新生の線引きが邪魔をする。

 

言葉というのも信用すらできない。本当に今使っている言葉が我々にとって元から馴染みのある言語だったのか?認識の改竄というのも技術があれば時間やコストこそかかれど不可能ではない。

 

君達はせめて全能に近づいた気にならない方がいい。一歩ずつ着実に真実に近づいていくべきだ」

 

Secretaryは黙って聴き続け、そのセリフの途切れた瞬間踵を返した。

入口に差し掛かった時、彼女の後ろから声が聞こえた。さっきのレーテとは全く違う背中をなぞるような声。

 

「君達は与えられた物に満足するべきだ」

 

バベルの職員は振り返ったが、既にあの机に少女はいない。まるで元から人なんて住んでいなかったかのようにこの建物は呼吸を続けていた。

 

「おめぇさん。何やらかした?」

 

運転手が声をかけたが、彼女は言葉を返さなかった。ドアの閉じる音が一つ反響する。

 

「レーテを怒らせちゃあかんからな...本当に」

 

運転手は身震いした。まるで今もその怒りの禍根にいるかのように。

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