碧輝は、いま目の前にいる艦娘を見つめながら、彼女がなぜゲームの世界から現れたのかを考え始めた。
どうやら、摩耶は、ゲームの中で俺に解体されたことを根に持っているらしい。だけど、それにしては本気で怒っているようには見えない。むしろ、喜んでいるようにも見える。じゃあ、ゲームの世界から現れた目的は、いったい何なんだ?
摩耶は好奇心旺盛なのか、碧輝が暮らすワンルームの室内を見渡している。碧輝は、そんな摩耶を見つめながらため息をついた。
よりによって、どうして摩耶なんだろう。金剛ちゃんなら良かったのに······。
「なあ、提督。ここはお前の部屋か? 部屋にしてはずいぶん狭いよなあ」
摩耶が嘲り笑いながら言った。碧輝は摩耶の言葉を無視した。ゲームの中で摩耶という艦娘を、金剛ほどではないけれど、頻繁に使ってきた碧輝は摩耶の言葉遣いが良くないことを十分に知っていた。
「これが風呂か! 狭いなあ! これじゃあ、まるで棺桶じゃねーか!」
摩耶がユニットバスの中を覗き込みながらケラケラと笑った。碧輝は、やれやれ、と言わんばかりに深いため息をついた。
「なあ、摩耶。そろそろゲームの世界に戻ってくれないか?」
碧輝は、わざと不機嫌な表情を摩耶に向けた。
「それは無理だなー。戻り方も分からないしさ」
「じゃあ、これからどうするんだよ?」
「こっちの世界にも深海棲艦がいるんだろ? だったらさー、提督。一緒にあいつらを始末しようぜ!」
「深海棲艦なんて、こっちの世界にいるわけないだろ」
「え、いないのか。そんなはずないんだけどなー」
「いないものはいないんだよ。俺が暮らす日本は平和な時代なんだよ」
碧輝は、摩耶と交わす非現実的な会話に疲労感を覚えた。もしこれが、金剛や能代だったらまだ良かったかもしれない。しかし、いま目の前にいるのは、決して女らしいとは言えない摩耶なのだ。
「じゃあさ、提督が暮らす街を案内してくれよ」
摩耶は期待を込めた目で碧輝を見つめた。摩耶と目が合った碧輝はすぐに目を逸らした。
「無理。俺、今日はバイトがあるんだ」
「ばいと? 出撃するのか?」
「出撃じゃない! アルバイト! 要するに、仕事だよ」
「そうか、仕事か。じゃあ、この摩耶さまが、提督の護衛をしてやるよ!」
「誰も襲ってこないから護衛なんていらないよ」
「つまんねーの」
摩耶は不服そうに天井を見上げた。
「ところで、摩耶。今から服を着るから、向こうを見ていてくれないか?」
「あ? 男なら堂々と服を着ればいいじゃないか。この摩耶さまが見ててあげるからさ」
摩耶はニヤニヤしながら答えた。
「お前って、ホント、女らしさの欠片もないんだな」
「なんか言ったか?」
「なんでもない。とにかく、ちょっとの間だけ、あっち向いていてくれよ」
「ああ、分かったよ」
摩耶が玄関に顔を向けたのを確認した碧輝は、急いでクローゼットから衣服を取り出すと身につけ始めた。そのときだった。ガタンと玄関のドアが閉まる音が聞こえた。碧輝は反射的に玄関に顔を向けた。いつのまにか、室内から摩耶の姿が消えていた。
「あいつ、外に出たのか。これで、うるさい奴がいなくなったな」
碧輝は摩耶が去っていってくれたことに安堵した。しかし、数秒後、衣服を身につけている碧輝の動きが止まった。
「待てよ? あいつ、両腕に実弾入りの連装砲を装着していたよな。もし、街中で連装砲をぶっ放したら······!」
碧輝は慌てて衣服を身につけ終えると、玄関ドアを勢いよく押し開けてアパートの通路に飛び出した。5階通路から眼下の駐車場を見渡したけれど、摩耶の姿はどこにもない。
「摩耶が連装砲をぶっ放す前に見つけないと!」
碧輝は5階通路を階段に向かって走り始めた。
(つづく)