「摩耶が、この世界の人間と接触する前に見つけ出して連れ帰らないと······」
碧輝が服を着替えている間に部屋から出て行ってしまった摩耶。『艦隊これくしょん』というゲームの世界から突然あらわれた摩耶は、実弾発射可能な連装砲を装着したまま、令和の日本という世界に飛び出してしまったのだ。早く見つけ出さないと、とても面倒なことになりかねない!
碧輝はマンションの5階通路をエレベーターに向かって走った。エレベーターのドアに到着するなり、すぐにエレベーターの白いドアで閉ざされたカゴが5階で止まっていることを確認した。
摩耶はエレベーターを使っていない。だとすると、階段を使ったか?
碧輝はエレベーターから離れると上下に延びる階段までやってきた。しかし、人気(ひとけ)がない。碧輝は階段の上下ふたつの方向に首を伸ばすようにしながら人の気配を探ってみた。しかし、足音さえ聞こえなかった。
「摩耶の奴、いったいどこへ消えたんだ!」
碧輝は、そう呟いてみたものの、冷静に考えてみれば慌てることでもない、と思い至った。
考えてみれば、勝手にゲームの世界から現れて勝手に飛び出して行った摩耶を心配する必要なんてないじゃないか。もともと俺とは何の関係もないのだから。それに、もしかしたら、ゲームの世界にまた戻っていったのかもしれないし······。
碧輝は、摩耶を探すのをやめた。むしろ、これで良かったのだ。そもそも、ゲームの世界から艦娘が現れるわけがない。もしかしたら、俺は夢を見ていたのかもしれない。
碧輝は、自分にそう言い聞かせるようにしながら5階通路を自分の部屋に向かって戻り始めた。やがて、自分の部屋に戻るとすぐにドアを閉めて鍵をかけた。そして、すぐに狭いワンルームに視線を注ぐ。誰もいない。
「そうだよな。艦娘がいるわけがないよな。俺は寝ぼけていたんだ」
碧輝が安堵した瞬間、いつもの平凡な日常が戻ってきた。摩耶は、いない。そう思いながら靴を脱いだときだった。玄関に、明らかに自分のものではない何かが落ちていることに気がついた。緑色の丸いものだ。赤いリボンのようなものが付いている。碧輝は、それを拾いあげた。それは手のひらサイズの小さな帽子だった。
「これ、どこかで見たことがある······」
碧輝は、すぐにそれが何かが分かった。同時に、戻ってきたはずの日常が瞬く間に遠のいていくのを感じた。
碧輝が拾いあげたものは、摩耶が身につけていた帽子だった。碧輝は重くなった気持ちを吐き出すかのようにため息をついた。次の瞬間、碧輝は胸騒ぎがした。
ドンドン!
誰かがドアを外から叩く音が、碧輝を驚かせた。反射的にドアに顔を向けた碧輝は、不安そうにドアを凝視した。
「提督ー! 開けてくれよー!」
それは摩耶の声だった。摩耶の声を耳にした碧輝は、摩耶が現れたのは夢じゃなかったのだ、と異常な現実を突きつけられた気持ちになった。
「おーい、提督ー! いるんだろー? 開けてくれよー!」
ドアの外から摩耶の声がドアを叩く音に混じって聞こえてくる。碧輝は思わず息を止めた。物音を立てずに居留守を使うことにした。
「提督ー! ドアを開けてくれないならさー、摩耶さまの連装砲で吹き飛ばすぞー?」
その摩耶の言葉を耳にした碧輝は、すぐにドアに手を伸ばしてロックを解除した。摩耶は、つい先程、室内で連装砲を発射して窓ガラスを割っている。さらに、ドアまで破壊されたらマンションの管理会社への弁明がややこしくなる。
碧輝はドアを開けた。すると、そこには明るい笑顔をたたえた摩耶が立っていた。
「よっ! 提督! 戻ってきたぜ!」
碧輝は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
(つづく)