日輪円舞 作:こくとー
薄暗い廊下。窓から射す月明かりに照らされるのは一人の死神。
「くっ――――ッ!?」
相対する男の一人が拳銃を懐から取り出し、その銃口を向けた。
だが、その指がトリガーを引く前に死神は眼前へと迫っており、次の瞬間にはその意識は途切れて二度と戻って来る事はない。
廊下を血で濡らす事は、本意ではない。そこで、エニシはとある方法を取っていた。
超高速の刺突と、相手を透かして見る視界の二つを用いて、極力相手の体を傷つけないようにしながら主要内臓器官を破壊して即死させていくのだ。
転がった死体を見れば、胸元がじんわりと赤く染まれども、それ以上の出血は見受けられない。
目を見開いた死に顔はその死の突然さを如実に表していた。
死体の上着で、白刃に僅かに残る血痕を拭いエニシは耳を澄ます。
ガタゴトと線路を抜ける時に聞こえる音と、それから
言語というモノは、同一の国内であろうとも地域によって大きく変わる。日本ならば東北と九州では方言に大きな違いがあるだろう。北海道や沖縄は、そもそも別の文化が混じる。アメリカでも、西部と東部、それから南部で発音だったりイントネーションに差がある。そもそも、イギリスとアメリカで同一の英語という言葉を使いながら、差があるのだ。
中国語も、同じような物。北京周辺と、広東の方ではイントネーションというべきか、とにかく違いがあった。
内容までは分からないが、数人と言った所か。
現在、エニシが仕留めたのは三人。最初の一人と、次で部屋を出た直後にアンブッシュ出来た一人。そして、先程の一人だ。
そして、考える。
(バレてる事は、確か。とすると、到着してからも気が抜けない。散発的に襲撃を繰り返されてもこっちが消耗するだけ、かな)
残りを片付けながら、どのタイミングで漏れたのか、とも考えるがこちらはどれだけ考えても可能性の域を出ない。
何故なら、人の口には戸が立てられない、から。
今回の任務には、最低でも三ヶ国が関与している。加えて、そのうち一つがイギリスだ。
外交問題において、この国ほど信用ならない場所もない。二枚舌の異名は伊達ではないのだから。
瞬く間に襲撃者を一掃して、エニシは血のほとんど流れていない死体の襟元を掴んで引き摺って行く。
合計で六人居た。脅威度という点では大した事無いが、一晩の襲撃者と見れば若干多い。更に、腕利きの暗殺者と言う事でもなく、チンピラの域を出てない。
エニシは知らないが、襲撃者の持っていた拳銃は、精度の低い粗悪品だったりする。
安価で大量生産が出来る。その一方で、安全面に問題があり、動作不良や最悪銃身そのものが弾ける可能性すらもあった。
銃の悪魔の打倒から今日、世界的に銃は規制されている。所持は厳罰化され、凄惨な事件や事故などは報道も下火。
だが、ゼロにはならない。彼らの持つコピー拳銃などもその一つ。
「終わりました」
「ん、お疲れ」
部屋へと戻ったエニシを出迎えるのは、先と変わらない壁に凭れかかるクァンシの言葉。そして、口元を少し汚した四人の魔人達。
「人数は?」
「六人ですね。今晩だけなのか、それとも朝からも来るのか。少なくとも、今回の襲撃者は中国人だけだと思います」
「成程ね……癒着にしろ何にしろ、後ろ暗い連中とつるめば金になる。仕方がないね」
やれやれと首を振るクァンシ。
いつの時代も、政治と金は切っても切り離せない。そして、どの国でも一瞬で巨万の富を築ける可能性があるのは非合法の裏社会。
薬物、金貸し、土地、銃火器その他諸々etc.
裏社会の人間は、資金などを横流しにして。政治家は、彼らの障害となるものを己の権力を持って排除する。
癒着だ何だと騒がれるが、バレるヘマさえしなければ誰しもやってる事だ。
世界は潔白では回らない。
「とはいえ、移動手段はこの列車しかない。私としても、数十時間のドライブは御免被るからね」
「列車そのものを止められる可能性は、無いんですか?」
「そこまで大事になれば、揉み消す側も無理だろう。そんな事になれば、通じてる政治家の方は保身に走るさ」
「では、散発的な襲撃に備えるだけですね」
「そこは、個人で対応するとしようか」
クァンシの言葉に頷いて、エニシは床に落としていた鞘を拾って匕首を収める。そして軽く跳躍してスルリと最初に使っていた上の寝台へと引っ込んでしまった。
明らかに人間離れした身体能力だが、出会い頭に人間の急所を殆ど出血させる事無く貫いて殺す姿と比べれば、まだ見れたもの。何より、その程度驚くほどクァンシの肝は小さくない。
お腹いっぱいになって眠る角のある女性の髪を梳きながら、窓から空を見上げる。
夜はまだ、明けない。
*
広東省。南シナ海に接する南方にある省であり、その中でも更に南に行くと、香港やマカオなどが存在する。
観光するにも楽しめる土地だが、生憎と今回のエニシは仕事でやって来ている訳で。
「これから乗り換えるよ」
「中国って広いんですね…………」
ゲンナリと呟くエニシ。
三十時間以上の列車旅で、襲撃の回数は八回ほど。
何れもお粗末で、周りの乗客にバレる事無く仕留めて、処分することが出来た。
大した脅威ではない。だが、例えるならば夏の夜に耳元を飛ぶ蚊の様なもの。ちゃんと対処しないと、
「ボウヤは眠たそうですねぇ」
「寝る?」
「大丈夫です。徹夜は慣れてますから、仮眠を取れれば」
少しは慣れてきたのか、ポニーテールの女性と角のある女性がエニシに絡む。
頬を両手で挟まれてもみくちゃにされたり、豊かな髪を三つ編みにされたり。されるがままに、放置中。
信頼関係、というよりは損得勘定。少なくとも、任務が終わるまではどちらも本格的に手を出す事はないだろう。
タプタプと頬を弄ばれながら、待つこと暫く。漸く、列車が来た。
六人掛けのボックス席を使う。
「見てください、クァンシ様」
「…………ボウヤ、少しは抵抗しても構わないよ?」
「大丈夫です」
細い三つ編みを更に束ねて三つ編みにしたロープのようになってしまった髪に、流石のクァンシの眉間にも皺が寄る。因みに、エニシの頬も散々揉まれたせいか赤い。
殆ど玩具の様な扱いだが、実の所今の彼の扱いはマキマの可愛がりとそれほど変わらなかったりする。
彼女も彼女で、何かとエニシにべったりであるから。出会った当初とはまた違う、ねっとりとしたものが視線と態度に混じり、距離感も近い。
マキマと比べれば、頬をムニられたり、髪で遊ばれたりする程度は大した事じゃない。
流石に、齧ろうとしてきた時には押さえ込んだが。
これから凡そ二時間弱の旅路。
列車が動き出して、三十分ほど。六人の乗る車両には、客も疎らで閑散とした印象を受ける。
日本とはまた違う見慣れない景色の車窓を眺めながらぼんやりとしているエニシ。そんな彼の今の頭はパンクロックファッションのようにトゲトゲしていた。
正に遊ばれっぱなしなのだが、不意に彼の髪が炎のように揺らめいた。
怒髪衝天、という言葉があるが、コレは怒りによって頭皮の血管が刺激されて、結果髪が逆立つ姿を表したものだとか。
エニシは別に怒っていない。ただ、自分に向けられた脅威というモノを感じ取った為に、体が自然と反応していた。
ほとんど反射的に、自分の髪を弄っていたポニーテールの女性とそれから近かった脳梁の零れた女性の肩辺りを押さえると座席頭を預ける部分よりもさらに下へとしゃがませる。
何を、と思った時には、次の瞬間座席の上部、その一部を抉りながら数発の弾丸が飛ぶ。
「まだまだ、諦めない、か」
「言ってる場合じゃありませんよ。相手、そろそろなりふり構わずどんな手でも使ってきそうな雰囲気なんですけど」
「とはいえ、こうもパンパン撃たれちゃ、厄介だ。迂闊に頭を出せば撃ち抜かれる」
「むむむ………」
やれやれと、首を振るクァンシ。
彼女を見た後、エニシは徐に背負っていたサックのサイドポーチ部分のチャックへと手をかけた。
狙いが甘いお陰で凌げているか、このままでは遅かれ早かれ、背後の背凭れ諸共撃ち抜かれてハチの巣になってしまう。
という訳で、エニシが取り出したのは黒い棒状の物体。それも複数本。
「鏢かい?」
「棒手裏剣です。悪魔相手なら、牽制程度ですけど」
言いながら、銃撃の隙間にエニシの腕が振るわれる。
手裏剣というと、投げるもののイメージが強いだろう。まあ、実際投げて使うものなのだからその認識は間違いではない。
しかし、手裏剣は“投げる”ではなく、“打つ”と言う。
これは手裏剣の投擲が、感覚的には打ち付ける事に近いからだろう。
エニシの手から放たれた棒手裏剣は、黒い軌道を描いて襲撃者の肩やら首筋、二の腕は手に深々と突き刺さり、その体を大きく揺らした。
悲鳴が上がる。同時にそれは大きな隙でもある。
「「…………」」
一瞬だけ二人の視線が交錯し、エニシとクァンシは互い違いに同時に駆け出す。
瞬く間に骸が十は軽く出来上がっていた。
「また、銃。こうも簡単に、手に入るものですかね?」
「……」
拳銃程度だが、銃火器の規制というモノはされている筈なのだ。少なくとも、チンピラもそうホイホイと本来ならば手に入らない、筈である。
にもかかわらず、相手の武装は拳銃とナイフなど。貧弱な装備だが、それでも数を用意できれば制圧する事も難しくなるだろう。
銃の悪魔が消えて、四年。世界は未だに、安定には程遠かった。