日輪円舞   作:こくとー

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拾弐

 その悪魔は、力という点ではそれほど優れている訳では無かった。

 悪魔の力は恐怖と認知度。

 恐れられ、怖れられ、畏れられ、そして広くその名を知られる事により力を増す。

 

 その悪魔の名は、“鉄粉の悪魔”

 

 中心となる核と、それから身体を構成する黒い粒子の大群によって形どられた異形型とも呼ばれる悪魔の内の一体。

 その力は、決して強くはない。応用性は高いものの、それを活かす知能も無ければ、名も知られておらず力も弱い。

 精々が、細々と人間を襲ってその血を啜り、肉を食らう位のもの。

 

 だが、転機は突然に訪れた。

 それは四年前のあの日の事。頭上を通り抜けた巨体と、それからその巨体から()()()()()()()

 これが悪魔に大きな力を与える事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天沢エニシは、生まれながらの天性の強者だと言える。才覚のみで人類の最高到達点を軽々と超えるのだから。

 だが、だからといって彼の前に存在する遍く全てが容易く打倒できる相手かと問われると、微妙な所だ。

 これは彼の実力が通じない、というよりも単純に戦術的な問題から生じる欠点。

 数十キロ離れた場所からミサイルの絨毯爆撃を受ければ、流石に対処できない。狙撃なども、同様。躱せても反撃に移れるかどうかはまた別の話。

 

「むむむ…………」

 

 四方八方から放たれる弾丸たち。

 それらを時に躱し、時に切り払いながらエニシは唸っていた。

 宙に浮いていた眼球が解れて現れた黒い粒子。これを追って踏み込んだのは九龍城内部でも古い範囲のビルの一棟だった。

 内部は、通路と同じように暗く、黴臭く、饐えたニオイがする劣悪な物。

 加えて、踏み込んだ瞬間幾つもの黒い銃口が、壁や天井、床から生えてきたのだ。宛ら、雑草のように。無造作に、一切の規則性も無く、その一方で銃口は侵入者(エニシ)へと向けられていた。

 四方八方からの射撃は、常人はおろか並大抵の悪魔だろうが一瞬で蜂の巣になってしまうだろう。

 だが、生憎とエニシは()()()()()()

 マズルフラッシュ程度しか視認できないであろう暗闇の中で、涼しい顔のまま刀一振りで迫りくる弾丸の全てを切り払い、掠り傷の一つも負う事はない。

 エニシが困っているのは、どの程度壊していいのかが分からない点。

 ビルその物と悪魔が融合していると仮定すれば、その戦力を削ぐためにビルの倒壊を狙うのも一つの戦術としては正しい。

 だが、ここは九龍城。互いが互いに支え合うようにして並び立ったスラム街。要は、絶妙なバランスで成り立った積み木の街。

 そんな場所を一部とはいえ大きく損壊させてしまえばどうなるか。そんな事は考えるまでもなく明らかだろう。

 悪魔討伐が主目標とはいえ、エニシとしては必要以上に現地住民の生活を脅かしたいとは思わない。

 とりあえず進みながらも、名案は浮かばない。相手も、弾切れする気配はない。

 ある意味では、膠着状態。やろうと思えば打破できるが、生憎とそこまで追い込まれる気配がエニシには無い為、もう暫くこのままだろう。

 

 ()()()()()()()

 

「……む」

 

 何十発、何百発目の弾丸を弾いた所で、エニシは後方へと跳躍。

 ここまで何の問題も無く進み続けていた敵の突然の後退に、銃口も追いつかないのか大きく乱れ、あらぬ方を撃ってしまう。

 だが、エニシが見るのは更に先。

 向かおうとしていた階段脇の薄汚れた黒い壁。色は兎も角、特筆するようなことはない壁だ。

 そこが今、弾け飛んだ。木端微塵に粉塵散らして盛大に。鉄筋コンクリートだろうと関係なく。

 ぶち抜かれた壁。そこより現れるのは、黒い異形の頭部をした小柄な陰。

 止んだ銃撃の中で、エニシは首を傾げた。

 

「子供?」

 

 お前が言うな、と言う話だが十歳の彼から見ても小柄な人影は更に小さかった。

 だが、小柄な誰かは人間ではない、と声高に宣言する。

 異形の頭部。空襲爆弾の様な見た目をした流線型に、胸より下に垂れ下がるダイナマイトの束による前掛け。更に両腕は、導火線が無数の束になって手の形を象ったかのような見た目。

 明らかな異形。しかし同時に、エニシは別の情報も読み取っていた。

 

(仲間じゃない、か)

 

 チラリと流し見た周囲の壁や天井、床から生えていた銃口がエニシとそして乗り込んできた異形のどちらを狙うべきか、と右往左往していた。

 何より、異形の乗り込んできた穴の向こう側。

 

 ()()()()()

 

 ぎゅうぎゅう詰めの九龍城では、屋上に上がる位しなければ見えない空が、今確かに見えたのだ。

 それに加えて、無数の瓦礫と黒煙を上げる炎。粉砕されたビルと、粉塵の海。

 エニシが気に掛けていた町の保全を一切の躊躇もなくぶっ壊した。

 悲鳴と、泣き声が聞こえる。

 

「…………」

 

 スッと、エニシの目が細められた。同時に、先程までいまいち本気になり切れなかったスイッチが入る。

 視線を上下に走らせ、刀を握った右手がブレる。

 円形の穴が開き、一切の躊躇なくエニシはその中へと飛び込んだ。

 先程まで、態と銃撃の相手をしていた。そう言われてもおかしくない圧倒的な機動力を持って、彼は漆黒のビル内をフロアを斬り拓きながら上へ上へと駆けあがっていく。

 乱入してきた異形の目的は分からないが、しかし現状の最優先事項は悪魔の討伐。

 故に、エニシは()()()()()()()()()()

 被害は最小限に、しかし討伐対象には最大限のダメージを与える。

 十三階建て。建築基準ギリギリの高さを数秒とかからずに駆け上がり、その体は屋上の床面でもある天井を切り刻んで突破、空の下へと躍り出た。

 黒曜石のように深い黒を有した刀身が、怪しく光を反射する。

 重力に引かれる体。

 穴の開いた屋上に接地した瞬間、日輪の如し斬撃の嵐がビルを襲う。同時に、神業が行われてもいた。

 ビルと言うのは、極論すれば直方体だ。

 エニシが敢行したのは、屋上からビルの枠組みだけ残して、内部フロアの全てを切り刻んでぶち抜くという荒業。

 恐るべきは、一度としてのその足が落下する先の床を踏まない点。時折、窓を突き破った瓦礫の破片が外へと落ちていくが、残りの瓦礫は真っすぐに真下へと手のひら大の細かさ以下にまで切り刻まれながら落ちていく。

 小さな瓦礫でも、その総重量は数百、或いは数千トンは下らない。如何に悪魔と言えども、この重量が圧し掛かれば、潰される他ない。

 もっとも、ソレは無抵抗な場合に限るのだが。

 十を超えて、そろそろ地上と言った所で、エニシの視界の端で降っていく瓦礫の一部が重力に逆らうように上へと弾けた。

 爆発。それも一度や二度ではなく、複数。瓦礫の一部が赤熱する程度には断続的に降り注ぐ瓦礫へと向けて放たれ続けていた。

 同時に、この連続の爆発はエニシの気遣いというモノを無に帰すことにも繋がってしまう。

 爆発によって生じる振動とエネルギーは、空気を伝う。この揺れによって、如何に鉄筋コンクリートとはいえ、粗雑な造りであるビルの枠組みは耐えられない。

 見る間に崩壊し、彼が造った床の瓦礫の雨よりも更に大きな瓦礫の塊となって、無惨にも崩れていく。

 辛うじて保っていた均衡が崩れた。周囲のビルも幾つかが巻き添えを食らって、この辺一帯は瓦礫の山へと変わってしまう。

 

「…………ハァ」

 

 舞い上がって付いた粉塵の一部を手で払い、一変して見通しの良くなった一帯を見回してエニシは一つため息を吐きだした。

 ここまで派手にするつもりはなかった。だが、最早その願いは届かない。

 いったいどれほどの人間が、この崩壊に巻き込まれただろうか。

 何事も、上手くはいかない。

 ただ、この件で中国もイギリスも日本に対して苦情を言う事はまず無いだろう。

 彼らにとっても、九龍城というモノは目の上のたん瘤であり、悩みの種でもある。

 行政はそう簡単に手が出せず、統治も出来ないがその一方で行政サービス、電力確保や上下水道の供給、ゴミ処理などは行わなければならない。

 薬物は蔓延し、不衛生。治安は劣悪。正直な所、悪いところを上げ続けようと思ったならば、キリが無い。

 その点、今回の崩壊を口実として政府の介入が可能となるだろう。

 だが、まずは事を治めねばならない。

 見れば、瓦礫の一部が吹き飛び、爆弾頭の異形が這い出てきていた。

 その左腕は、二の腕の中ほどから無くなり、右腕は肘より先が黒い煙を上げて燻っている。纏っていた襤褸布のような外套は完全な襤褸となって千切れて落ちた。

 直後に、両腕の傷と乏しき部分が爆発して、元通り。

 その一方で、異形とエニシの中間地点辺りには、瓦礫のあちこちから流れ出た黒い粒子が形を取らんと円形に纏まり、その中心に核を置いて黒いデッサン人形の様な人型を取ろうとしていた。

 自然と三角形の様な立ち位置となる三者。

 

「――――随分と派手にやってるじゃないか、ボウヤ」

「僕としても、不本意なんですけどね」

 

 そこに合流してきたのは、隻眼の美女。

 クァンシは、エニシが対峙する異形二体へと目を向ける。

 露骨に眉を顰めたのは、爆弾頭を見た時だった。

 

「アレは?」

「さて……身体構造は、人間のソレですけど。心臓部は、悪魔のモノですね。腕一本生やせる再生能力と、殆どビル一棟分の瓦礫の雨の中で原形を保てる爆発能力があります」

「悪魔の方は?」

「そちらはサッパリ。ビルと同化していたみたいですけど、あの体は黒い粒子で構成されてました。核を中心としている悪魔で、その核を潰せば討伐は可能です」

「攻撃手段」

「銃を造ってました。恐らく、粒子を集めて肉体を構成したのと同じように、集積して圧縮。形を整えて疑似的な物品としての能力を発揮していると思います」

「成程ね……」

 

 齎された情報は、どちらも厄介。しかし、圧倒的に爆弾頭の方が鎮圧には手間がかかるだろう。

 少しの逡巡を挟んで、クァンシは徐に眼帯へと手をかける。

 

「ボウヤ。()()()には当たらないように」

 

 己の右目に右手を突っ込むという異常事態。そして、そこから引き抜かれるのは一本の矢。ただそれは、通常の矢とは違い、鏃がダガーの様な形状となっているもの。

 同時に、その頭部と両腕から血が吹き上がり、変身する。

 現れるのは、巨大な一対の角が弓のようにも見える右目より引き抜いた矢の鏃と同じもので毬栗のようになった頭部に、ボウガンのようになった両腕を持つ怪物。

 

「…………ご同郷ですか?」

「種は一緒だが、同郷じゃないね。それにしても、ボウヤ。驚いていないようじゃないか」

「まあ……()()()()()()()()()()()

「…………つくづく思うよ。ボウヤは随分と、得体が知れない」

「それは、お互い様だと思いますけど」

 

 異形と化したクァンシの隣で、改めてエニシは前を見た。

 爆弾頭は臨戦態勢。足に力が入り、重心が前にある所から突っ込んでくるだろう。一方で、悪魔の方は体から切り離した黒い粒子が集まって、幾つもの人間の頭ほどの大きさの球体を象って浮かんでいる。

 何かの予備動作か、仕込みか。とにかく仕掛けてくることは明らか。

 

 どこかの排水管が壊れたのか、嫌に水滴の音が辺りに響く。

 一つ、二つ、三――――

 

「「「「!」」」」

 

 そして、四者は動き出す。

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