日輪円舞   作:こくとー

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拾五

 中国での一件から、二年。

 天沢エニシは、十二歳となった。

 相変わらず学校には通っていないが、マルチリンガルに加えて問題集ならば高校生辺りの問題もスラスラと解けるようになった今日この頃。

 この日、エニシは岸辺に呼び出されていた。

 向かうのは、公安対魔特異1課。

 因みに彼の立ち位置としては、マキマ直属として課に依らない能動的で自由な行動が許されている。

 

「こんにちは。岸辺課長に呼ばれてきました、天沢です。岸辺課長は、いらっしゃいますか?」

「来たか」

 

 扉を引き開けて入室したエニシを、低い声が迎える。

 最奥のデスク傍に立つ岸辺と、それから黒髪ショートカットの真新しいスーツに身を包んだ少女と女性の中間の様な美人が、彼の視界に飛び込んでくる。

 少し首を傾げながらも、エニシはこの二人の下へ。

 

「エニシ。こいつは、姫野。筋が良いんで、今は俺が鍛えている所だ。姫野、コイツは天沢だ」

「…………子供?」

「初めまして、姫野さん。天沢です」

「え、あ、うん……初め、まして?」

 

 ぺこりと頭を下げるエニシに、釣られる様に姫野もまた頭を下げた。もっとも、その頭の中は混乱したままだったが。

 当然の反応だろう。彼女はまだ、新米。鉄火場を数度経験してはいるが、その付き添いには岸辺が居たのだから。

 まだまだ世間一般の価値観が抜けきらない者にとってみれば、小学生程の子供がスーツを着て刀を背負っている姿などコスプレ程度にしか見えないだろう。

 

「今回の任務は、お前たち二人に行ってもらう」

「は!?ちょ、師匠!?」

「エニシ。姫野をよく見ておけ、適宜対応してやれ。任務に関する書類は、ここに置いておく」

「分かりました」

 

 焦る姫野だが、岸辺は取り合う気が無いらしくさっさとコートを手に取るとソレを羽織り、スキットルを片手に部屋を出て行ってしまった。

 左手を振って見送ったエニシと、それから唖然と酒浸りの背中を見送る事になった姫野。

 

「……さてと」

 

 言われた通りに、エニシは簡素なデスクに置かれた書類へと目を通し始める。

 場所は、東京郊外。民間のデビルハンターが受けた依頼であったが、予想以上の実力を持つ相手であったらしく複数の死者を出した結果、公安へとお鉢が回ってきたようだ。

 

「ふむ……いつも通り、ですね」

 

 民間の厄介事を対処するのも、公安の務め。同時に、公安所属のデビルハンターの殉職率が高い要因の一つでもある。

 資料にある程度エニシが目を通したころ、漸く放心していた姫野が帰ってきた。

 同時に、彼の両肩に手を置いて詰め寄っていたが。

 

「…………本気なの?」

「一応、職歴で言えば僕は姫野さんより先輩ですよ。公安所属は七年目です」

「なっ……キミ、今幾つ?」

「十二歳です」

「五歳から!?」

「元々、悪魔は狩ってましたから……それより、行きますよ。岸辺さんが、車の手配もしてくれたみたいですから」

 

 愕然とする姫野を尻目に資料をバインダーに閉じたエニシは、デスクに置かれたステンレス製の本立てにソレを納めて踵を返す。

 周りでは、残っていた1課の面々が姫野へと生暖かい目を向けていた。

 彼らもまた、エニシの姿に驚いた過去がある。少なくとも、岸辺の指導を受けた者は基本的に顔合わせ並びに、同乗任務へと連れていかれるためだ。

 先を行くエニシを慌てて追いかける、姫野。その表情には、困惑と不安が見て取れる。

 

「この際、キミが付き添いなのは良いよ。えっと、天沢君?」

「はい」

「なるべく前に出ないで。私を盾にしても良いからさ」

「………」

 

 返事をしないエニシだが、その内心では成程と頷いてもいる。

 この隣を歩く新人は、優しい人なのだろう、と。一般的な価値観を持ち、岸辺の言葉で言う所の“頭のネジが固い”人物なのだろう、と。

 エニシから見れば、人間的に好ましい。デビルハンターはイカレていないとやってられないが、中には変な方向にぶっ飛んでいる様な者もいるから。

 それから、幾つかの情報共有をしながらロビーへと付けば、そこで待っていたのは赤毛の同居人様。

 

「マキマさん」

「今から仕事、だね。今日は、とんかつが良いな」

「分かりました。帰りに、材料を買ってきますね」

「あと、犬を飼いたいな」

「ダメです。最終的に、僕が世話してる光景しか浮かびませんから」

 

 確りとNOを突き返すエニシ。断り方が、どこぞの家庭のお母さんのよう。

 そして、これまた呆気にとられる姫野。

 と言うのも、エニシの隣に立つ彼女だが、一度としてマキマはそちらへと視線を向けないのだ。まるで、見えていないかのように。

 少しモヤッとするが、しかしその一方でここで角を立たせる理由もない。大人しく、隣で置物へと徹していた。

 

「それじゃあ、僕らは行きますから。また、後で」

「早く帰って来てね」

「分かってますよ」

(いや、カップルか夫婦?)

 

 二人のやり取りを見せつけられている様な立場である姫野は、内心でそう思うが、しかし口には出さない。空気を読む女なので。

 時間も押しているという事で、エニシは会話を打ち切った。

 会釈をしてマキマを通り過ぎて出入り口へと向かう二人。

 その背中を、ジッと同心円状の瞳が見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本の大都会である東京。

 高度経済成長期を経て、ビルが立ち並び大通りが張り巡らされ、空は排気ガスで汚れている。

 しかしその一方で、都心より離れた郊外では自然豊かな地域というモノも存在していた。

 

「そう言えば聞きたかったんだけど、天沢君」

「はい?」

「今回って、何で私と君の二人なの?」

 

 後部座席に並んで座り、姫野は手持無沙汰にそんな話題を切り出した。

 キョトンと姫野を見たエニシは顎を掻くと空中へと視線を走らせる。

 

「デビルハンターの基本陣形が二人一組だから、ですかね。最悪の場合片方が生き残って情報共有を促す為」

「それは知ってる。師匠にも言われたから」

「後は、頼る事を覚えてもらうため、じゃないですか?」

「頼る?」

「デビルハンターは、命を懸けたお仕事です。入局して一年で鬼籍に入る人も珍しくはありません。ただ、その死因は微妙に違うんです」

「へぇ」

「一つは、単純に実力不足。二つ目は、復讐心に囚われた視野狭窄。主にこの二つですね。通じている部分もあるんですが、微妙に差があるので分けました」

「前者は兎も角、後者は?よく分からないんだけど」

「この御時世ですからね、悪魔に対する憎しみの強い人は多いですよ。特に、六年前の銃の悪魔に対する恨み辛みを糧に、公安の門戸を叩く人は多い」

「…………」

「そう言う人に限って、焦って悪魔討伐に走り、結果相手の力量も測れずに失敗。寧ろ、血肉を提供して悪魔を強くしてしまった、何て事も良くあります」

 

 人間が悪魔を討伐するには相応の道具と、それから経験、技術が必要になってくる。

 これら要素を無視できるのは、エニシの様な人類のバグのような存在位。

 

「そして、ここから負の連鎖に繋がる場合があるんです」

「負の連鎖?」

「前にあったのは、仇の悪魔を見つけて特攻、殉職。その友人だった人が仇討ちに走ってこれまた殉職。岸辺さんと僕に話が来た時には、十人以上がその悪魔にやられてしまいました」

「そ、れは……あり得るの?」

「怒りと憎しみは人に爆発的な力を()()()()()()()()()()。しかし、感情の一つで力量が大きく変わる事はありません。寧ろ、必要以上の力が入って結果自分の力量を十全に発揮することが出来ない場合も珍しくないんです。何より、視野も狭くなりますからね。一人で挑んで殺されて、再び別の人が一人で挑んで倒せる可能性何てほぼ無いんです。ただでさえ、人不足が否めない業界で感情一つで死なれ続けるのも困ります」

 

 溜息を吐くエニシ。そして、同じく運転手もうんうんと頷いていた。

 六年前の銃の悪魔出現から、デビルハンターを志す者が増えた。しかし、その一方で憎しみに飲まれて特攻、殉職という流れが後を絶たないのもまた事実。

 エニシ自身、そう言う職員を何人も見てきた。その尻拭いの回数も既に両手の指では到底足りない。

 

「…………君は寄り掛かられる側な訳だ」

「回数的には、そうですね。ただ、今回の任務に関しては今後も組む可能性がある事を考慮しての配置だと思いますよ?近々、悪魔との契約を勧められるんじゃないかと思います」

「そう言えば、天沢君は悪魔との契約はしてない訳?」

「はい。必要性を感じないので」

「ふーん……」

 

 頷いたエニシだが、彼は知らない。裏でマキマが、その辺りの契約その他を止めているという事を。今回の件も、岸辺が無理矢理書類を押し通したという事を。

 着実に、彼の周りは赤毛の女性に埋められつつあると言う事を。

 天沢エニシは、まだ知らない。


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