日輪円舞   作:こくとー

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拾七

 公安所属のデビルハンターは、立ち位置としては公務員だろうか。

 命を懸ける職業であるから、福利厚生は充実している。しかし、その一方で殉職率離職率の高さから休日の緊急呼び出しを受ける事も職員によってはあり得た。

 だからこそ、本当に何もない休日というのは貴重だ。

 

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

 

 白いシャツにカーディガン、ジーンズといった出で立ちのマキマと、黒いパーカーにチノパンを穿いたエニシの二人は、この日揃って休日の外出と相成った。

 得物は無し、という訳でもない。エニシのサイズの大きなパーカーに隠れるようにして、匕首を仕込んでいる。

 完全なプライベートである為、足となる様な者もいない。となれば自然とマンションを出てからの移動は歩きとなる訳で。

 

「平日に私服で居るなんて、なんだか悪い事してる気になりますね」

 

 自然と、どちらからともなく繋がれた手を気にすることなく、エニシはそんな事を言う。

 始まりは、彼が確りしていても幼い少年であったから始めた事。しかし、十二歳となった今でも二人揃えば自然と手を繋いで歩くようになっていた。

 普通ならば、気恥ずかしさであったり、社会的な一般常識であったりを照らし合わせてエニシの方から離れそうなものだが、ここで意味を持つのが学校へと通う事の無かった今まで。

 要するに彼は年の近い相手との関係が皆無であり、接する相手は年上であり尚且つデビルハンターという事も手伝って一癖も二癖もある輩ばかり。

 例を挙げれば、アル中。アー♂な奴。レズ。碌な選択肢がない。

 何より、マキマも振り払うような事はない。寧ろ繋いだ手を放さない状態でムニムニと手の感触を味わうように握ったり緩めたりを繰り返していた。

 髪色の似ていない姉弟。少なくとも、周りからはそう見えるだろう。

 

「とりあえず、デパートに行きますか?」

「うーん……それも良いけど、今日はもう少し歩こうか」

 

 信号待ちをしながら、決めるのは今日の予定。

 そもそも、この二人の物欲はそこまで強くない。少なくとも、エニシは特別欲しいものが無く。強いて挙げれば得物である刀の手入れ道具位であり、それらも公安の伝手で良質なものを取り寄せてもらっていた。

 一方でマキマも似た様なもの。

 もし仮に、エニシと同居していなければ彼女は多数のペットを飼っていただろう。特に、犬。

 しかしそれは仮定の話。犬など飼っていないし、寧ろマキマが一方的にエニシからのお世話を甘受しているのが今の関係性。

 信号が変わり、二人は歩き出す。

 

「それじゃあ、何を食べるか、だけでも決めておきませんか?昼食、夕食。作るなら、材料も幾つか買う事になると思いますし」

「今日は、外食にしよう。エニシ君の料理は美味しいけど………今日は一日、私の側に居て」

「分かりました」

 

 アッサリと頷くエニシだが、中々な事を言われている自覚はあるのだろうか。

 しっと(嫉妬)りしている。前を向いているから気付かないが、マキマの言葉に、視線に、態度に、雰囲気に、どうしようもない湿()()が確かにあった。

 大きくなった。出会って七年ほどだろうか。百六十センチに迫る身長となったエニシの顔は、随分と近づいたと言えるだろう。

 背だけではなく、体格も大人の男性のものへと徐々に近づいている。

 

 ソレが、()()()()()()()()()()()()

 

 天沢エニシという少年が、育てば育つほどに嫌でも自覚させられる時間の流れの違い。

 寿命の概念がほぼ存在しない悪魔にとって、人間の寿命(たかだか百年)など瞬きの時間でしかないだろう。

 

「――――マキマさん?」

 

 不意に、エニシが立ち止まった顔を覗き込んでくる。

 ぼんやりとしたあどけなさを感じる整った顔立ち。お揃いという事で纏められた、太さのある三つ編み。

 頬を撫でれば、擽ったそうに、少し困った様に寄せられる整った眉。

 

「…………何でもないよ」

「そう、ですか?」

「うん、そう。行こうか」

 

 まだ、時間はある。繋ぎ直した手を、指を互いに絡み合うような、()()()()()へと変えながらマキマは頭の中で計画を練っていく。

 幸いというべきか、エニシは警戒心が薄い。加えて、マキマに対する警戒心は更に薄く、気を許しきっていると言えるだろう。

 問題は、彼の有能さ。

 ぶっちゃけ、悪魔の案件は彼さえ放り込んでおけば何とでもなる、という空気が公安の中には少なからずあった。

 良くはない。如何に強くとも、彼は未成年の十代前半の子供でしかないのだから。

 使い潰されるほど脆くは無いが、一人への依存は組織の腐敗並びに劣化へと通じてしまうのが、世の常というもの。

 かといって、完全にマキマが独占する事は難しいのもまた事実。

 公安という組織そのものは、いまだ彼女にとって有用であるから。何より、彼女自身の慢心があるとはいえ、肉体的な強度は人間のソレと大差ない。この弱点を補強する上でも、現状契約を破棄してしまう事は難しい。

 

(あの力があれば…………)

 

 脳裏をよぎるのは、とある存在の力。

 彼女はソレを、本来ならばこの世に不必要であろう事柄を消し去るために使うつもりだった。

 しかし、今はどうだろうか。

 もし仮にその力を手にして――――果たして彼は、離れていかないだろうか。

 弱くなった。そう言われればそれまでかもしれないが、確かに彼女は脆くなった(情を持った)。少なくとも、彼女の本性を知る者達からすれば弱体化していると判断されても仕方がない。

 それでも、それでもだ。

 

 今はどうしても、この(温かさ)を放したくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「契約か……」

「はい。その…………天沢君に、師匠の判断を仰げ、と」

 

 スキットルに口を付けながら、岸辺はその目を細めた。

 弟子である姫野が自分の元へとやってきたのは、出勤してすぐの事だ。蟋蟀の悪魔を討伐した時から暫く経っており、整理する時間が欲しかったのだろう、と彼は分析していた。

 それにしても、

 

「てっきり、自分で候補を絞って来るかと思ったが……存外、冷静だな」

「それも、その……天沢君が。悪魔の契約は重ければ良い訳じゃない、って」

「至言だな。悪魔との契約は、向こうからじゃなくこっちから対価を提示するべきだ。その場合の方が主導権を握りやすい」

 

 酒を呷りながら、岸辺は頷いた。

 危険を伴う契約。慣れておらず、或いは力を求めるがあまりに主導権を完全に持っていかれてしまえば必要以上に持っていかれる場合が珍しくない。

 

「まあ、前々から言ってるように、悪魔に善意を期待するな。奴らがどれだけ人間に寄り添おうとしてもその本質は悪魔のまま。癇癪に任せて人を殺す。契約にしてもそうだ。悪魔の言葉に惑わされるな」

「人型の悪魔と契約すべきですか?」

「必ずしも、そうとは言えない。お前がゴリゴリの前衛ならその選択肢もあったが……鍛えた人間の域を出ないのなら、契約するのは異形系だ」

 

 悲しいかな、どれだけ鍛えても人間が完全にフィジカル面で悪魔の全てを打倒する事はまずあり得ない。

 一部例外を除けば、という話にもなるが少なくとも姫野という女性の身体能力は鍛えた人間のソレ程度。根っからの超人染みた者たちには劣る。

 岸辺の言葉を受けて、姫野が思い出したのはエニシの言葉。

 

「狐の悪魔、とかですか?」

「アレは、人間の男にしか扱えんだろう。面の良さを求める面食いだ…………一つ、候補が無い訳じゃない」

「?ソレは一体どんな悪魔なんですか?」

 

 問われて、岸辺は再度スキットルを呷った。

 自分で言い出したが、あまり気乗りしていないらしく、しかしその一方で姫野が自力で辿り着いた上でどんな契約を交わすのか心配でもあった。

 

「……ハァ…………悪魔の名は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やれやれ、とんだオフでしたね」

 

 匕首に付いた血を払って、エニシはため息を一つ零した。

 彼の足元では、今まさに絶命した悪魔の巨体が転がっている。

 流れは、偶然が重なっての事。街をぶらりと散策していた二人は、夕方近くとなって夕食を取るために歓楽街の近くまで足を延ばしていた。

 そこで、民間のデビルハンターがこの悪魔を討伐しようとしていたのだが、どうやら派遣された者がヘボだったらしく悪魔の逃走を許してしまった。

 そして、あろうことか逃げた悪魔は真っすぐに二人の下へ、正確にはエニシの下へと迫ってきた。

 悪魔の手傷は、人間の血肉で癒される。

 ぱっと見で子供でしかないエニシを食らわんとしたのだ。

 本来、公安は民間の案件へと手を出してはいけない。棲み分けの為でもあるし、線引きをしておかなければ色々と面倒を呼び込んでしまう。

 しかし、今回は仕方がない。反撃せねば、食われかねなかったのだから。

 匕首がパーカーの後ろより引き抜かれ、交差は一瞬。

 場面は台詞へと戻る。

 

「どうしましょう、マキマさん。始末書を書かなくちゃいけませんかね?」

「今回は、緊急避難が適用されるよ…………ね?」

 

 後ろ手に組んだマキマが問うのは、エニシではなく悪魔を追っていた警察官たちだ。

 

「自己防衛の為の緊急避難。()()()()()?」

「は、はい!その通りです!!!」

「行こうか、エニシ君」

 

 ニッコリと張り付けた笑みを向けられた警官は、勢いよく敬礼を返すしかない。

 彼は知っていた。目の前の女性が、遥か上の身分を持つ事を。そして、悪魔を殺した少年が公安においての暴力装置としての側面を持つ事を。

 報酬を払えば、民間の方も黙るだろう。正面切って公安と対立しようなどというバカは、まず居ないのだから。

 その場を離れた二人は、既に悪魔の事など頭には無い。

 

「何を食べようか」

「マキマさんの希望は無いんですか?お肉とか、お魚とか、お野菜とか」

「そうだね…………それじゃあ、肉にしようか」

「色々ありますね。ステーキ、焼き肉、串焼き、ハンバーグ、あと……」

 

 指折り料理を上げていくエニシと、そんな彼の言葉に頷くばかりのマキマ。

 彼女にとっては、夕食など何でも良いのだ。それこそ、隣の少年が居れば、それだけで良い。

 夜の帳は、静かに東京を覆っていくのだった。

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