日輪円舞   作:こくとー

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拾八

 子供の成長の速さ。それは、存外馬鹿にならないもので。

 つい先日幼稚園だったと思えば、気付けば小学校卒業などザラにある。

 

「そう言えば、エニシ。お前、幾つになった?」

「今年で、十七ですよ」

 

 スキットル片手に問うた質問に返ってきた答えを受けて、岸辺はふと遠い目をする。

 デビルハンターの経歴で、十年は長い方だろう。少なくとも、それだけの年数を生きてきた者たちはほんの一握り。

 酒精で脳を侵しながら、岸辺はペンを走らせる少年を見やる。

 出会った頃と比べれば、面影はあれども既に大人の男としての要素の方が圧倒的に多いだろう。

 身長も百八十を超えて、その上まだまだ成長途中。そして、背が伸びるに合わせて肉体に積載される筋量も増えるからだろう実力の方も留まる事を知らない。

 本来ならば、部隊長、或いは岸辺と同じように一課を背負っても良いほどの実績と実力を有している。にも拘らず、彼は未だにフリーのまま。正確には、課に左右されない特殊な立ち位置。

 今も、1課の端に置いてある面談スペースを使って書類を仕上げていく。

 それもこれも、

 

「――――エニシ君」

 

 この三つ編み悪魔の我儘だ。

 ハイライトの消えた目で、岸辺は何も言わずに視線を送るが彼女はこちらを一瞥しようとすらしない。

 マキマが変わったのは、彼が見た限りでエニシの影響が大きい。というか、それ以外にあり得ないと断言できる。

 何故なら、彼女にとって悪魔であろうとも人間だろうと、全て支配する対象でしかないのだから。

 マキマには、マキマ独自の視点から世界を平和に持っていこうとする考えが確かにあった。その為に、手段を選ばないという点も。

 だが、今はどうだろうか。スルリと、すり寄るようにエニシの背後へと回り、ソファの背凭れ越しに彼の体に腕を回して頬を摺り寄せる。

 砂糖でも吐きたくなるほどに、甘ったるく、まるで()()()()()()()()()()()()()()過剰ともいえるボディタッチの頻度と密度だ。

 加えて、絡まれている側のエニシは顔色一つ変えはしないのが尋常ではない。

 そして顔色を変えないというのに、優しい微笑を口元に湛えて左手でマキマの頬を撫でながら、右手で残りの書類を片付けていくのだ。

 

「…………甘ぇ」

「?お酒、変えたんですか?」

「そうじゃねぇよ……ハァ」

 

 やってらんねぇ、とソファの背もたれに深く体を沈めて、スキットルの飲み口を口に咥えた岸辺は天井を死んだ目で眺める。

 悪魔が上司になった時、岸辺はいざという時は彼女を殺すつもりだった。

 デビルハンターとして、悪魔を信用信頼しない。悪魔は悪魔、という考えに則っての事。

 だが、最早過去形だ。

 マキマが変わった、というのもある。悪魔らしさと言うべきか、そういう部分が薄れたというか、削れたというか。

 代わりに、まるで人間の様な、しかし人間よりも圧倒的に暗く、黒く、深い、ねっとりとしたコールタールの様な仄暗い感情が生まれている。

 そして何より、まず間違いなくこの世界中の悪魔含めた生物の中でぶっちぎりに強い、天沢エニシという人類のバグとでも言うべき存在。

 この男一人が敵に回るだけで、国の軍隊全てを投入しても勝てるビジョンが見えないという地獄がそこには出来上がる。

 諸々の要因も相まって、静観と言う選択肢を取る事になる。

 程なくしてペン先の走る音も消え、エニシはペンを置いた。

 

「さて、と。これで終わりですかね」

「ん」

 

 押し示された書類を手に取った岸辺は、その中身へと視線を走らせ不備が無い事を確認。行って良い、と手を振った。

 一礼して去っていくエニシと、そんな彼にぴったりと寄り添ったマキマ。

 何やら談笑しているようだが、そこまで近づく必要があるのか、と岸辺は思ったり。

 血腥い世界の中での、ほんの少しの気の抜けた平和な時間。

 新人が一律に入ってくる、少し前の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃の悪魔の被害から、凡そ十年ほどか。

 今でも、恨み辛みというモノは根深いもので今年も、その悪魔への復讐を目指して公安の扉を叩く者たちが居た。

 

「傷、大丈夫ですか?」

「………うん」

「なんでしたら、今日は僕だけでも――――」

「いや、今回の新人は私の新しいバディだからさ。でも、私がこんな様じゃもしもがある。その時、頼むよ」

 

 右腕をギプスで固定し、右目に包帯を巻いた姫野の隣で所在なさげにエニシは腰の左側に差した愛刀の柄頭へと左手を乗せて撫でる。

 彼女との仕事は久しぶりの事だ。そして、その間に五人のバディを失っても居た。

 仕方がない、という点は否定できない。どうしたって、この仕事は一年間死人が出ない方がおかしいと言われるほどなのだから。

 実際問題、公安最強に位置するエニシが寝食を忘れて駆け回っても、きっと被害はゼロには出来ない。

 端的に言って、姫野の心は傷だらけだった。

 死んだ者が弱かった。ただそれだけの事と割り切れたなら、その傷は仮に負ったとしてももっと小さく、そして浅く済んだだろう。

 過去に、エニシが表面的に割り切る事が出来る性格と称したように、彼女は仮面を被る事が上手い。

 会話が途切れて僅かな間が開き、不意にエニシが顔を上げる。

 

「来たみたいですね」

 

 言って、彼は数歩下がって壁へと凭れかかり、腕を組んで傍観の構えとなる。

 入れ替わる様に現れたのは、真新しい黒のスーツに身を包んだ青年。

 

「姫野さん、ですか?」

「そう。早川アキ君、だっけ」

 

 確認するように呟きながら、同時に姫野は目の前の青年の瞳に宿った色を見て僅かな嫌悪感を滲ませた。無論、ほんの少しで周りに気取られるようなものでもない。

 その色を良く知っていたからだ。要は、同族嫌悪。

 

「ありふれた質問だけど、どうしてデビルハンターになったの?」

「…………俺の家族は、銃の悪魔に殺されました」

「復讐、ね」

 

 予想通りの回答。自由な左手で僅かに手櫛を通してから、感情を殺した目を新たなバディへと向けた。

 

「私のバディはキミで、六人目。全員死んでるの。使えない雑魚だから死んだ――――アキ君は、死なないでね」

 

 ある意味では、コレは彼女からの優しさと、同時に心が上げる悲鳴の残滓だったのかもしれない。

 死なないでほしい。死ぬぐらいならば、逃げてほしい。そんな気持ち。そして同時に、目の前の彼、早川アキは自分の目的を果たすまでは逃げない事もまた察していた。

 何故なら、自分がそうだから。同時に目的(復讐)が無かったならば、とっくの昔に彼女は壊れていただろう。

 踵を返して先へと進んでしまう姫野。一方で、早川が目を向けたのは初対面のやり取りに口を挟まなかったエニシだ。

 視線を向けられ、組んでいた手を解いて壁から離れたエニシは少し困った笑みを浮かべた。

 

「気にしないでください。姫野さん自身、少し整理がついていないだけですから」

「貴方は……」

「僕は、天沢エニシ。今回限りの付き添いですよ、早川さん。あ、僕の方が年下ですから呼び捨てでも大丈夫です」

「と、年下?おま……いや、先輩、ですよね?」

「ええ、まあ。今年で十七ですから、今は十六ですね」

 

 唖然、と言うべきか。早川自身、成人に達してはいないが、それでも高校卒業年数は過ぎている。

 驚いた様子の早川に対して、エニシは手を振ると先へと進む事を促した。

 今回限りの同行と言うのは、本当。その目的は、先の通り負傷の厳しい姫野のフォローと言うのが一つ。

 もう一つは、新人である早川アキの実力並びに精神性の見極め。

 実力不足ならば、教導担当となる岸辺へと斡旋し。ある程度の腕を認めれば、契約する悪魔の選別を行う事になる。

 

 余談だが、エニシの実力を後に間近で見る事になった早川は、エニシへと剣を習いに行き何故だかマキマに門前払いを受ける事になったりする。

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