日輪円舞   作:こくとー

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カクヨムに少々浮気しておりました








弐拾

 とある料亭。

 知る人ぞ知るその店は、政財界の重鎮から芸能界の大御所、筋者の大親分等々。実に様々な界隈の大物が訪れるそんな場所だった。

 人気の理由は、店の主人から従業員に至るまでの教育の行き届いた口の堅さ。もし仮に、拷問されたとしても決して口を割らないとまで噂される程の徹底振り。

 加えて、料亭と銘を打っているが客の注文に必ず応えるというポリシーを持っており、洋食、中華、フレンチ、イタリアン等々実に様々な料理を調理、提供する店でもあった。

 

「――――はぁ……」

 

 グラスを傾けて酒精を呷り、酒気を多分に含んだ息を宙へと吐き出して和座椅子の背もたれに体を預けるクァンシ。

 彼女と対面するように卓に着いた岸辺も同じく常よりも死んだ目を虚空へと向けて、無心で猪口に徳利を傾けては呷るを繰り返していた。

 

「岸辺、上司の手綱は握っておくものじゃないか?」

「握れると思うか?」

「…………悪い」

 

 二人の死んだ目が交錯する。

 

 事の発端は、少し前の再会。そこから、決まったエニシ主催の食事会。

 

――――『へぇ、貴女が』

 

 無言のハンズアップ。

 エニシが連れてきたのは、岸辺とそれからマキマの二人。正確には、岸辺には声をかけてマキマは勝手についてきた形だ。

 なんて化物を連れてきたんだ、とクァンシは遠い目をしたがソレを止めたのもエニシである。

 マキマの手を引いて店まで歩き、その間には初対面時の威圧感は何処へ置いてきたのか雲散霧消。視線の一つも寄こさないおまけ付きではあったが、それでも安全装置として彼が働いたのは事実だった。

 とりあえず、積もる話もあるという事で魔人四人とエニシとマキマ、そして岸辺とクァンシの組み合わせで隣り合った部屋に分かれていた。因みに、襖を取り払えば大座敷にもなる部屋だ。

 

「……最初は、俺はアイツを殺すつもりだった」

「あの化物を?……冗談キツイな。そこまで耄碌したのか?」

「言っただろう、“だった”ってな。マキマは、支配の悪魔は変わった。それが表面的なものかは分からないが、それでも確かに。十一年前、別の化物(天沢エニシ)を見つけてからな」

 

 猪口を呷り、岸辺の脳裏を過る幼い姿。

 あの時が明らかな転換点だった。その時のマキマの内心など知る由も無いが、今ではどろりと凄まじい粘度を持った“愛”を自身の養い子へと向けていた。

 

「アイツにとって、自分以外の他者との関係は自由自在に変えられるものでしかない。人間であれ、魔人であれ、悪魔であれ、等しくな。だからこそ、能力を介さない関わりに飢える」

「……そもそも、あのボウヤは一体何なんだ?身体能力、剣技。アレで純正の人間だっていうんだから、余程だろう?」

「さあな。お前もよっぽどだと俺は思うが……とにかく、エニシが来てマキマは変わった。良い変化、と言っていいだろ」

「私含めて、ボウヤに近付く輩には軒並み威嚇するのに、か?」

「それこそエニシが止めるだろ。アイツが居ない場でまで、マキマはあの態度じゃない。逆に、エニシが同席すれば、余程の事が無い限りエニシはマキマの暴走を止める」

「そのよっぽどが来ない事を祈るよ」

 

 暴走するマキマが止まらないという事は、エニシが止めない、というパターンと()()()()()()というパターンがある。

 前者は、余程不興を買うなりしなければ起きないだろう。問題は、後者。

 

「あのボウヤが酷い傷を負っている姿なんて想像できないな」

「同感だ。エニシが大怪我負うような相手が出てくるなんざ、世界の終わりだろ」

「なら、病気か或いは事故」

「その手の話も、聞かねぇな。少なくとも、俺が出会ってから今日までエニシは病気になった事が無い」

 

 人間か?改めて、二人の脳裏を過ったフレーズである。

 

「何はともあれ、ボウヤには感謝しないと。アレと敵対したくないよ、私は」

「俺だって、やらなくて良いならやらねぇさ」

 

 大人組が再度大きなため息を吐いていた頃。

 襖の向こう側では、また別のやり取りが。

 

「コレ、悪魔にも効くの」

「是的、勿論。クァンシ様もトロトロになる一品ですよ~」

 

 ポニーテールの魔人であるピンツィとマキマが膝を突き合わせて何やらこそこそと取引を行っていた。

 この二人、というか四人の魔人達は最初こそマキマに恐怖していた。自分達を一瞬で殺せるような相手が出てくるのだから。

 だが、当の恐れられている本人、いや本悪魔の全ては一人の少年に向けられたまま。

 視線も、意識も、体も、感情も全てが凝縮し、濃縮されて押し固められた全てが、だ。

 これらに名を付けるならば、“愛”だろうか。“恋”ではない。

 “恋”は焦がれるものであり、“愛”とは注ぐものだから。

 

 ピンツィからして、このマキマの“愛”に対して共感を覚える部分がある。

 

 魔人達は、皆クァンシへと全てを向けていた。そして、マキマはエニシへと全てを向けていた。

 

「エニシ、おかわり」

「口の周りが汚れてますよ、ロンさん」

「ハロウィン!」

「コスモさんは、もう少し落ち着いて座ってください」

「……」

 

 故に、エニシに三人がお世話されていても、ソレはマキマからすれば他所の犬の世話をしている様な事でしかない。

 寧ろ、甲斐甲斐しく世話を焼く姿は、()()に役に立つかもしれない情報でもある。

 ロンの口の周りを拭って食事を再開させるエニシ。その首へとスルリと細い腕が回された。

 

「私も一口欲しいな、エニシ君」

「良いですよ。どれを取りましょうか」

 

 和洋折衷様々な食事が並ぶ中、見える様に、と首を傾けたエニシ。

 その年々逞しくなり続ける背中には、二つの大きな肉まんが形を変えるほどに密着、押し付けられているのだが彼の顔色は欠片も変わらない。

 それどころか、摘まんだ刺身の一切れをわさびを溶いた醤油に浸してマキマへと差し出す始末。

 口の周りを汚しながらローストビーフを咀嚼するロンは首を傾げ、飲み込み、

 

「エ――――むぐっ」

「はー、ロンはこっちに来てもらいましょーう」

 

 声を掛けようとしたところで、横合いからピンツィが回収。見えている地雷に水泳の飛び込みのように飛び込まれては巻き込まれてこちら迄爆殺されかねない。

 魔人達が離れ、自然とエニシの隣にマキマが座る。

 しなだれかかる様にその肩へと頭を預けた。

 

「……大きく、なったね」

「そうですね。マキマさんと出会ったのは五歳でしたから」

「うん……ふふっ、あの頃の君は本当に小さかったからね」

 

 今でこそ、エニシは年相応以上に背が高く、みっちりと肉の詰まった体をしている。だが、マキマと出会った当初は瘦せっぽちの子供でしかなかった。それでも並大抵の輩よりは遥かに強かったが。

 ドロリと、胸の内に澱が淀んだ。

 

「君は、私のものだよ、エニシ君。私の、私だけの、懐刀(所有物)だ」

 

 スルリ、とマキマの指がエニシの頬を撫でる。

 その指が顎へと掛けられ、緩く己の方へとその端正な(かんばせ)が向けられた。

 

「ん……」

「!」

 

 一気に顔が近づき、唇が触れる。

 エニシの目が見開かれるが、しかし振り払うような素振りはない。

 触れるだけのバードキスだ。()()

 唇が離れ、同心円状の瞳が蠱惑的に、緩む。

 再度、その透き通るような白い肌が今度は耳元へと近づけられ、

 

「続きは、部屋でしようか……?」

 

 首の産毛を逆立たせるような、そんな色香をたっぷりと含んだ魅力的な声がエニシの耳より脳へと達した。

 常人ならば、その声だけで性の天辺へと連れて行かれそうなものだが、生憎とこの男は常人ではない。

 目を見開けども、腰砕けになる様子もなくその返答とでも言うようにその細い腰へと剣を握る武骨な手が回された。

 

 マキマは、時計の針を進める事にしたのだ。既に植えられていた種を発芽させる、そんな感覚で攻め手を変えた。

 契機は、ピンツィとの会話。

 悪魔だろうと、魔人だろうと、そのどちらでもない存在であろうとも、性的快楽は存在するのだ。

 無論、マキマにも。

 だから、()()()()。悪魔だろうと、魔人だろうと、興奮して()()()()()()()()()()お薬を。

 天沢エニシは、マキマを拒まない。彼女からの接触、その一切合切を振り払う事無く、成されるがままを受け入れている。

 例えそれが毒物であろうとも、彼女が求めれば一息に飲み干す事だろう。そんな事は、心配するだけ杞憂と言う他ないが。

 

 程なくして、襖が取り払われて合流して行われていた食事会は、良い時間にもなったという事で解散の流れとなる。

 その後、何が行われたのかはご想像にお任せしよう。


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