日輪円舞   作:こくとー

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 鯨幕が揺れる。高いところには踏み台を使って留め具を結び、それでも届かなければこれからの後見人となる赤毛の女性が括ってくれた。

 

「ありがとうございます、マキマさん」

「ん、大丈夫」

 

 頷くマキマの隣に立って、天沢エニシは一つ息を吐き出した。

 キュウリの悪魔を仮討伐し、彼女と出会った日から()()()()()()()()この日にたった二人の通夜と葬式を兼ねた催しが行われようとしていた。

 

 エニシの祖父が亡くなった。死因は、検死などが出来る訳では無い為ハッキリとはしないが、元々一年前の時点で既に内臓各種にガタが来ていたのだ。特に肝臓は、既に限界だった。

 祖父が亡くなり、しかし少し離れた町でも嫌われ者で、尚且つ身内は丁稚扱いの孫のエニシだけとくれば後の始末に困ってしまう。

 その手伝いとして、マキマが居た。

 彼女がこの家に来て一週間。

 正直な話をするならば、マキマ自身ここまでこの場に長居するつもりは無かったのだ。

 

(まさか、効かないとは)

 

 ポリっと頬を掻きながら、マキマは遠い目をした。

 一週間前のあの日、彼女は無理矢理にでも天沢エニシという少年を囲って連れて行くつもりだった。

 誘拐だと騒がれても悪魔が跋扈するこの御時世。交通事故のように、悪魔に襲われて命を落とす可能性も普通にある。

 何より、天沢家は街より離れている。余程の理由が無ければ町の住民が意味も無く訪れる事も無い。

 とにかく、常套手段が封じられた彼女は、しかしそれ以上の強硬手段に出る事無く、時季外れの休暇と洒落込む形で居座っていた。

 因みに、エニシの祖父の死因に、マキマは一切関わっていない。これは、断言する。彼の祖父の死因は不摂生によるもの。暴飲暴食に加えて深酒も合わされば体を壊す事は必然だった。

 

「本当は、お寺にお願いするんでしょうけど、僕は分からないので」

「それはこっちで、処理しておくよ」

「お願いします」

 

 仏壇の前に座って、エニシはジッと飾られた遺影を眺める。

 本当は色々としなければならないのだが、マキマのフォローがあってもごたごたするのが常。それこそ、顔も知らない様な“()()”が現れてもおかしくない。

 

 そんなごたごたを経て数日。

 

「忘れ物は無い?」

「はい」

 

 ダボダボのトレーナーに身を包み、背には何やら彼自身の身長に迫る棒状のものを突っ込まれた使い込まれた革製のリュックを背負ったエニシは玄関の前に居た。

 彼の隣に居るのは、ジャケットを脱いだ白のカッターシャツに黒のパンツスーツ、ネクタイを締めたマキマが立っている。

 既に、この土地、建物、そしてエニシの祖父が使いきれなかった財産の一部等々、相続を放棄した遺産の全てが国の国庫へと放り込まれる事になる。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 マキマが踵を返して手を差し出し、その白魚の様な指を小さな手が握った。

 もうここに、彼が戻ってくることは無いだろう。必要なものは、既に回収済みであるから。

 手を繋いで、畦道を行く。この間、エニシは一度として二度と戻る事のない家を振り返ることは無かった。

 

「寂しくないの?」

「元々、一年ほどしか居ませんでしたし。お爺様が亡くなれば、僕は孤児院に行くだけでしたから」

 

 淡々と言ってのけるエニシへと流し目を一瞬向けたマキマだが、特に何かを言う事はない。

 一週間程度だったが、彼の祖父は典型的な人間のクズをそのままに体現したような男だった。

 マキマを見る目は下卑たものであったし、その下心を一切隠そうとはしなかった。直接手を出さなかったのは、アルコールの中毒症状が進み過ぎて不能となっていたからだろう。

 家族の情というよりも、知ってしまったからという理由から一緒に居たエニシでなければ見捨てられても文句は言えないそんな男。

 話題に出る事も、もう無いだろう。

 暫く進めば街が見えてくる。その前に、黒い車が一台停まっていた。

 下りてきたのは、体格の良い角刈りの男。額にある斜めの傷が印象的だ。

 

「お待ちしてました、マキマさん。休暇はお終いですか?」

「まあね。一度東京に送ってくれる?」

「了解です………それで、そちらの子供は?」

 

 男の目がエニシへと向けられる。

 黒のスーツに身を包んだ彼と比べれば、巨人と小人。

 

「今日から、私が面倒を見るの」

「天沢エニシです。初めまして」

「あ、ああ……マキマさんが?」

「心配しなくても、この子はこの歳で悪魔を殺せるから心配する事無いよ」

 

 事も無げに言うマキマの言葉に、男はギョッとエニシを見下ろした。

 自身の半分ほどの身長に加えて明らかに真っ当な扱いをされてこなかっただろう子供が、大の大人ですらも場合によっては苦戦、命を落とす悪魔を殺すと言われるのだから当然だろう。

 しかし、それ以上の説明をマキマはするつもりはないらしく、さっさと車の後部座席へと向かってしまう。

 男の方も、少しの間ジッとエニシを見下ろしていたがやがて一つ息を吐き出すと、徐に左膝をついて目線を合わせる。

 

「初めまして、天沢君、で良いかい?オレは、加藤。公安でデビルハンターをしてる。まあ、今回はマキマさんの運転手役だけどな」

「よろしくお願いします、加藤さん」

「あ、ああ………とりあえず、マキマさんの隣に乗ってくれ。あ、荷物は自分で持っておくかい?」

「はい。ありがとうございます」

 

 子供らしからぬ子供は深く一度頭を下げると、マキマが乗った方とは反対側の後部座席の扉の前へと足を向けた。

 立ち上がった、加藤は後頭部を掻く。

 体格差もあるが、彼の見立てではエニシは五歳程度。でありながら、対応の仕方が手慣れた大人のソレだ。調子も狂う。

 しかし、彼はマキマの部下。そしてマキマに対する敬意と信頼信用を持ち合わせた人間だ。

 そんな人間が、上司に異を唱える事などまず無い。何より、悪魔を相手取る職業だ。大抵の事を飲み下せないようならば、速攻で気が狂って死んでしまうのが落ち。

 気を取り直して自身も運転席へと向かう。

 エンジンをかけ、アクセルを緩く踏みながらクラッチを繋ぐ。数年乗っている為か、その出発は限りなくスムーズだ。

 街中を突っ切る中、エニシは窓から外を眺めていた。

 何度も通った酒屋のある商店街の前を通る時には、小さくだがしかし窓を開ける事無く彼は手を振る。

 祖父はどうあれ、街の人々は、少なくとも顔馴染みの酒屋含めた商店街の人間は少なからずエニシを気に掛けてくれていた。その事に対して、何も思わないほど彼は人でなしではない。

 バックミラーでその姿を認めた加藤は、一瞬止まるべきか、とも考えるが商店街を過ぎた時点でエニシが窓を離れた為その考えを打ち消した。

 車が完全に街を抜けた所で、エニシは一つ欠伸を零す。

 車酔いの生あくびかとも思われるが、その目がトロンとしている所から、単純に眠りたいらしい。

 靴を脱いで代わりに背負っていたリュックを床へと下ろして、本人はドアの方へと頭を向けて丸くなって横になる。

 再三再四となるが、彼は五歳児。栄養状態もそれ程宜しくない事も加味して、その体格は決して宜しくない。身長も低い。

 という訳で、後部座席で横になっても丸くなればマキマに足が当たる事も無い。

 しかし、目を閉じる前に腰の横を叩かれて、寝入りは中断。

 寝ぼけ眼のままに頭を少し上げれば、マキマが揃えられた自身の太ももをポンポンと軽く叩いている。

 

「こっちにおいで」

 

 バックミラーで、加藤がギョッとしているが呼ばれたエニシは、もう睡魔によって頭が働いていないらしい。

 少し、マキマの顔と太ももを見比べて体を起こすと、そのままポフリと見る人が見れば血涙を流しそうな女性のふとももを枕に寝息を立て始めていた。

 年相応の頬はふくふくとしており、マキマはそんな少年の頭を撫でる。

 バックミラーから後部座席を盗み見た加藤は、とりあえず口から零れそうになった。

 その容姿も含めて、マキマは公安部において人気だ。特に男性陣から。

 だからこそ、子供とはいえ男の子であるエニシが膝枕を、それもマキマからのお誘いで膝枕をされたなど知られればまず間違いなく面倒な事になる。

 幸いと言うべきか、加藤は上司としてマキマを慕えども男女の仲になりたいなどとは考えていないのだから。

 寧ろ、

 

(先の楽しみな少年だ……)

「…………指導してくれるのは良いけど、()()()で天沢君を見るのは止めておいてね」

 

 肉食獣の様な目をしている加藤に、マキマが釘を刺す。

 真面なように見えて、彼もまたデビルハンター。

 因みに、刺すのも刺されるのも大好きという結構アレ♂なタイプが加藤という男だったりする。

 そんな男が、幼いながらも顔立ちが整い、将来を約束された顔を持つ男児を見て何も感じないだろうか。

 答えは、否。既に、ロックオン済みである。

 

「ち、因みに、指導は誰に?」

「基本的には、私の仕事に帯同してもらうよ。そうじゃなかったら、岸辺さん辺りに任せるよ」

「そうですか……」

 

 心なしか萎んだ加藤だが、この変態も最低限度の仕事を熟せるデビルハンターだ。

 その上で、マキマは断言できる。現状の公安で、エニシに勝てる者はまず居ない、と。

 少なくとも、加藤はまず勝てない。襲い掛かれば膾にされて豚のエサとして処理されるのが関の山だ。

 

「んん…………」

 

 マキマの撫でていた手が閉じた瞼の近くを通ったからか、むずがるような声が車内に響く。

 

「…………やっぱり、自分に――――」

「却下」

 

 変態に付け入る隙を与えてはいけない。

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