日輪円舞   作:こくとー

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 凍てつく荒野に火花散る。

 

「ゴォォォォ…………」

 

 肺を震え上がらせそうなほどに冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、細胞の一つ一つに行き渡らせるように血を巡らせる。

 まるで黒曜石からそのまま削り出したかのような、艶があり深く引き込まれるような黒い刀身を持つ一振りの刀を手に、天沢エニシは凍った大地を駆け抜けていた。

 彼が相対するのは、見上げる程に巨大な異形の姿。

 銃だ。銃の塊。数える事すら億劫になるほどの膨大な数の様々な銃が集まり人型に近い形状を象り、それがそこらのビルを超える大きさとなっていた。

 

 “銃の悪魔”。昨今の不安定な世界情勢も呼び水となって出現してしまった最悪の悪魔の一体。

 

 数秒から数百秒という僅かな時間の上陸で千単位から数十万単位の人間が死んだ。

 それだけでなく、この巨体。ただ通過するという動作を行うだけで、人間の建てた建築物など紙くず同然に瓦礫の山と化してしまう。

 例え世界中の軍隊が集結しようとも、まず勝てない。それほどまでに、銃の悪魔は規格外の存在だった。

 そんな化物を打倒するのは、やはり()()()()()()

 ()()()()()()()を切り払って、エニシは一直線に銃の悪魔へと迫る。

 駆けながら、彼が思い返すのは戦闘前の要点。

 

『心臓を破壊しないようにね』

 

 機銃掃射の様な弾丸の嵐。一発一発が宛ら戦車砲を上回る様な破壊力だが、エニシには届かない。

 彼の周囲で火花が幾つも咲き誇り、駆け抜ける足元には残骸と成り果てた弾丸が敷物のように降り積もり、積み重なっていった。

 疾走、そして跳躍。

 迫るのは銃で構成された巨大な右腕。

 小さな黒い点が銃の悪魔とすれ違うと同時に、その巨大な腕は中程から切断。残骸となって崩れ落ちる事になる。

 

 正しく、化物。それも、この世の理を狂わせるような、埒外の怪物。

 

 規格外という点では銃の悪魔も十分に化物ではあるが、しかし足りない。

 頂点に近い存在であろうとも、ソレはあくまでもこの世の理の内側にあるピラミッドの頂点というお話でしかないのだから。

 銃の悪魔は、本来抱かない筈の恐怖を抱きながら、しかしどうすることも出来ない。

 世界を瞬く間に一周できるだろう機動力を持って逃げる事も考えるが、次の行動へと移そうとする時にはその巨体の一部が切り飛ばされているのだから。

 放つ弾丸は通じない。逃げることも出来ない。つまり、対面した時点で銃の悪魔の立場は完全に詰んでいた。

 特筆するようなことは、何も無い。そもそも、悪魔というのは超常的な能力を振るっているように見えて、その実態としては己自身の能力を大きく逸脱したような力は有していない。

 銃の悪魔を例とすれば、突き詰めればその能力は“弾丸を放つ”事。要は“銃”そのものの特性がそのままに反映され、それに加えて幾つかの特殊な効果が付随する。

 長くはなったが要するに、この“弾丸を放つ”という能力そのものが通じない相手には銃の悪魔は敵わない。いや、高層ビルを薙ぎ倒す馬力と海を一瞬で横断する機動力などを持ち合わせてはいる。居るのだが、しかし能力が通じない相手と言うのはそれだけ上位の存在。そしてそう言う輩は、銃の悪魔よりもそもそもの能力値が上の場合が多かった。

 

 結論、銃の悪魔の巨体は散々に斬り飛ばされ達磨にされると大地に転がる事になった。

 頭部の銃身も中程から斬られ、破損。

 

「…………」

 

 ()()()()()()()が無い事を確認して、エニシは遠くに突き立てていた鞘の下へと足を向ける。

 即死攻撃の嵐に晒されたエニシだったが、しかし息が荒れるどころか、擦り傷の一つもその体には刻まれていない。髪先が焦げた様子も、服の裾が破れた様子も無い。

 入れ替わる様にして痙攣する銃の悪魔の下へとマキマが向かう。

 

「強いでしょう?()()()()は」

 

 横を向く銃の悪魔の頭の側で、両手を後ろで組みいつもの微笑を浮かべるマキマ。

 

「そう、貴方は()()()()()()()()()。貴方は、敗者。こちらは勝者。()()()()()()()()?」

 

 マキマ(悪魔)は嗤う。

 銃の悪魔から何かが削ぎ落ち、そしてその首には鎖が巻かれていくような感覚を覚えさせる。心臓の鼓動が弱まり、その中から何かが抜け落ちていく。

 まるで急激に血を抜かれたように、銃の悪魔の意識はそこで完全に潰えてしまった。

 沈黙した巨体を少しの間眺めてから、マキマは顔を上げる。

 見るのは、小脇に刀を挟んで駆け寄ってくる少年だ。

 

「マキマさん?」

「……ん、帰ろうか」

 

 上がりそうになった右手を押さえて、マキマはサラリと帰宅を提案する。

 言ってしまえば、興味本位。

 この一年で、彼女は天沢エニシという少年に情を覚えていた。()()()()()を続け、その内部に温かな何かが生まれようとしている事も、自覚しつつある。

 しかし同時に、彼女は悪魔だ。その根底の在り方というものは変えられない。未だに、狂愛を向け続ける相手に対する歪んだ感情を消す事も出来ない。

 それに気付いているのかいないのか、エニシは何も言わない。

 マキマはマキマで壊れているが、しかしその一方でエニシはエニシで壊れてしまっているのだから。

 

 そもそも、彼の祖父がアレだ。そしてエニシの父親はその祖父の息子だった。

 そんな男の子供が、真面な人間に育つだろうか?Aガワだけ真面な地の透ける人間に育った。

 丁寧な口調と柔和な態度を仮面に張り付けるが、所々で粗暴で粗野な地金が覗く。酒癖も悪いが、しかしその一方で女好き。惚れ込んで結婚した()()()手を出すことは無かった。

 天沢エニシは、壊れている。彼は、愛が分からない。

 丁寧な口調も、穏やかな態度も。何れもが処世術によって磨かれたものでしかない。

 天性の肉体は圧倒的で、物心つく前の赤子の頃から頑丈さは指折り。大の大人の癇癪を受けたとしても痣も出来やしない。

 同時に、物心ついた頃には自分の力が相手を簡単に傷つける事も理解してしまっていた。

 つけっぱなしのテレビから世間一般を学習する傍ら、実の両親には殆ど奴隷の様な、空気の様な立場で諂う毎日。

 知識と現実のギャップは、感情を殺すには十分な物だった。精神崩壊が起きなかったのは、そのメンタルが鋼だったからだろう。

 

 互いが互いに壊れているからこそ、そしてどちらもが一定の領域に到達している為に一緒に居られるのだから。

 

「……マキマさん?」

「…………」

 

 エニシの後ろから腕を回して抱き着くようにして、マキマは彼の左頬に自分の右頬を摺り寄せる。

 変化の兆しはある。それは特別な契機が必要な訳では無く、積み重なった時間が自然と二人の関係を変化、そして安定させていく事だろう。

 

「この悪魔は、どうするんですか?止めを刺しますか?」

「うーん……いや、止めておこうか」

「?」

「銃の悪魔は、多くの人間を殺した。その恐怖の対象として、例え肉片になってもその力は完全には消し去れない。かといって殺して地獄へと送還した場合、再び力を取り戻した状態で出現するだろうね」

「……だから、放置を?」

「正確には、世界中の国が恐らく悪魔の肉片を分割管理、という形に落ち着くよ。互いが互いに監視し合うように、ね。大きく利権を取るのは、ソ連、次いでアメリカかな」

 

 ムニムニとエニシの頬を両手でこねながら、マキマは言葉を紡ぐ。

 銃の悪魔出現には、現在の世界情勢がその大きな要因として挙げられる。要は、大きな戦争が間近に迫る様な、そんな状況だったのだ。

 故に、この巨体を利用する。エニシに大分斬り飛ばされてしまったが、その飛ばされた部分もこの凍てつく荒野のあちこちに転がっていた。

 相互監視による、情勢の安定。何より、こちらの方がマキマにとっても予想が付きやすく、丁度良かったから。

 納得したのかしていないのか、エニシはそれ以上は何も言わず大人しく頬をこねられる。

 この日の事は、二人以外誰も知らない。だって、その方が都合が良いのだから。


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