贄のフェリス   作:peg

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黒のフェリス

 

 古の昔、常軌を逸した魔法による戦争がありました。しかし、争いを憂いた神々は、過大で悪辣な力を持った悪神を結界の外へ放逐することに成功したのです。残されたのは、争いのない安寧に暮らすことができる楽園でした。

 それが、あたし達が暮らす世界エイテリアです。

 

「――今日はここまで。みなさん、お家へ帰ってご両親のお手伝いをしてくださいね!」

「はーい!」

 

 世界の成り立ちから、数の数え方。そして、文字の読み方まで教えてくれるのは、神々を信奉する旅の神官の方々です。

 

「皆さんが興味深く聞いてくれて嬉しかったです。また、どこかでお会いしましょう!」

「気をつけて帰って下さいね!」

 

 この一週間、護神アスハを信奉する老師ミズルーフ様と浄士のルルハ様が、青空の下にあたし達へ教鞭をとっていました。

 

「ウィンル! またね!」

「あぁ! 転ぶなよ!」

 

 子供たちが一斉に丘を駆け下りていきます。

 あたしも幼馴染のウィンルに手を降って、家路へつきました。

 

「たっだいまー!」

「リルカお帰り。夕餉の支度を手伝って!」

「はーい!」

 

 あたしは、父と母との3人暮らしです。父は猟師。母は普段、村の放牧を加勢しています。

 長らく子供ができなかった両親は、やっとの思いで産まれた子として、あたしを大切にしてくれています。

 

「とーちゃんは?」

「そういえば遅いねぇ」

 

 外が暗くなってきました。

 母と仲良くかまどに立っていると、炎に照らされてポカポカとしてきます。

 

 そんな話をしていると、玄関の戸が鳴りました。父です。

 

「あ、帰ってきた!」

「はいはーい!」

 

 母が嬉しそうに玄関へ駆けていきます。

 この時期なら、水鳥達を仕留めてきてくれているはずです。

 

 いつもの日常。

 

 あたしは、かまどから種火をもらい、家の片隅に置かれた祭壇へ供えました。

 

「塞神さま。とーちゃんを無事に帰らせてくれてありがとうございます」

 

 しかし、お礼を言った直後。燻った種火が消えてしまいました。

 

「あれ?」

 

 また、お供えの種火を持ってこなくてはいけません。

 かまどへ戻ろうと振り返って。

 

 あたしの記憶はそこで途切れてい――。

 

 

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生したらよくわからない悪霊殺戮兵器にさせられたけど、私は元気です。

 

「黒……? あの、どのような方法で悪霊を殺すのですか?」

「え? えー……っと」

 

 なんか魔法使えるみたいだったので、修行も頑張ってみたけど、77人いる殺戮兵器の中で61番だった。普通に落ちこぼれである。

 手や身体から何本も腕を生やすような魔力と念糸の操作には、前世の知識まったく役に立たなくて草が生える。

 

「私達の操る聖銀製の武具で浄化いたします」

「武器つったってよぉ。アンタどこに持ってんだ?」

「見るからに、薄い鎧しか着てないよなぁ」

 

 この世界の成り立ちを説明すると、魔大戦(戦争)で起こった魔力災害を封じるために強力な結界を張った結果、人が住める安全な空間が限定され、惑星だったのに天動説みたいな有限世界に成っちゃったんだと。

 まぁそれでも広大な国一個が残ったから、不幸中の幸いみたいなもんで。外側の世界は、すでに滅んでるが定説だ。この辺は、各神殿や教団ごとに内容が微妙に食い違っている。

 

「え、えーと」

 

 んで、悪霊なんだけど。世界法則を変えちゃうくらいの結界を張った影響で、悪霊ってのが湧くようになったらしい。実際に相対したことがあるけど、感覚的には腐った魔力の塊みたいなやつかな。それ以上の説明は、なんか難しい。

 

 さらに悪霊ってのは、人に取り憑いて人ならざるものに変えてしまう何かだ。取り憑かれた人間は、体が崩壊して異形の怪物に成ってしまう。さらに普通の物理手段で半端に倒してしまうと、霊体のような状態に戻って次の依代を探し出す厄介なやつだ。

 

「私達が装備している聖装に、擦り込まれているのです」

「へぇ……?」

「擦り込ま……? おい、分かるか?」

「さぁ……?」

 

 そこで創られたのが私達。

 銀髪赤目の殺戮兵器。悪霊と戦うためのゾルドという存在。唯一、悪霊を完全に討ち滅ぼすことが出来る聖銀を操れる。心臓と骨格以外は普通の肉を持っていて、人間と変わらない。

 シスターの2Pカラーみたいな装備に、銀の軽鎧を申し訳程度につけている。そんなやつ。

 

「というわけで、こういうのでパァンとぶっ殺します」

「どっから出した!?」

 

 私が取り出したのは、装備に含まれる粒体魔法金属の3割を集めて作り出したバールのような巨大な鈍器。個人的にエスカリバールと呼んでいる。この形にする意味は特にない。

 

「はぁ……。黒と聞いていたので、何が出来る方なのかと思ったのですが……」

 

 薄幸そうな村長が残念そうに呟いた。呼んでおいてこの対応は、流石にキレてもいいだろうか。

 

 私が説明しているのは、悪霊が出た村の村長。

 端的に言えば、オメェ何が出来るんだオメェオラァおおん? と言われたので物理で殺します。と説明を終えたところだ。

 

「それは私が無能ってことか……?」

「ひっ」

「ばか村長! 謝れ!!」

 

 漏れ出た魔力に呼応するように、空気が低音を発して震える。木製の床に亀裂が入り、村長たちが慌てた様子で喚いた。

 

 ちょっと言い方にイラっと来てしまって、魔力が漏れ出てしまった。しかし、これはお漏らしと言って、ゾルドの中では結構バカにされる行為だ。まぁ、人間で言うところのトイレトレーニング出来てないキッズみたいな感じ。

 

「あっ。いや、悪霊を倒してください! 大丈夫です! それで! パァンしてください!! パァンでいいです!!」

「パァンってなんだ!? 悪霊舐めてんのか!?」

「えぇ……なんだこの神官」

 

 ここ2階だもんね。床ごと落ちたら死ぬかも。ってか自分で説明しておいて何だけど、パァンってなんだよ。圧迫面接みたいで、つい言っちゃったんだけど。

 

「お、おい。ほんとに大丈夫なのか……?」

「さぁ? でも、あの赤い光る目と銀髪は本物だぜ」

 

 村長宅に集まった外野が騒ぐ。私のひと睨みですぐに黙る外野だ。

 まぁ、黒の魔法属性というのは希少みたいだから、そういう風に聞かれることも多い。私も1からは説明し難い。説明しても、それ念糸でよくね? って言われるからだ。ふぁー(発狂)。

 

 魔法属性は、赤、青、黄、緑の基礎4属性が主流だ。それぞれ、火だとか、氷だとか、色と関連してイメージしやすいモノと思ってもらっていいだろう。

 そういえば、ゾルドの制服はその属性の色になっているようだ。任務では、他の属性と一緒に組むこともあるらしい。赤とか青とか今から楽しみだよ。いやマジで、コスプレシスター的な意味で。

 

「ごほん。疑って申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。しかし……何にしても、早めに頼みますよ。喜捨も先にしておりますれば」

 

 形だけの謝罪をした村長が、揉み手でそんなことを言い出した。不良信徒かよ。ちょっと脅すか。

 武器を解いた私は、アルカイックスマイルを浮かべて祈るようなポーズを取った。

 

「……。人は財を抱えては『界』を渡れません。悪霊も人の営みの罪とおっしゃられる神々もおります。決して、努々欲に囚われること無きよう心掛けくださいませ。悪霊は良く人を見ております」

「……(ごくっ)」

 

 目を細め指を組んで真面目モードで言い放つと、村長は冷や汗をかいて黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 場所を聞いて村長宅を出た。

 悪霊を怖がり、怯えきってしまった村長は少し気の毒だったな。まったく、悪霊は怖いかんねー。

 

 ここは牧歌的な寒村だ。放牧しているせいか、家と家の間はかなりの距離がある。

 

「ブツブツブツ」

「……」

 

 村長宅から出てすぐの道中。灰色の髪をした男の子が、道端に膝を抱えて座り込んでいた。

 聞こえてくるのは、信奉する神への祝詞だ。悪霊に親しい人間が殺された人間のそれは、私には呪いの言葉に聞こえてくる。

 

「……リルカ」

「……」

 

 通り過ぎるとき、少年が呟いた名前が何故か耳に残った。

 

 

 

 

 悪霊が取り憑いたと思われる家人が不明となった家は、村の外れ近くにあった。

 

「ここねぇ。うっわ……ぼっろぼろ」

 

 ボロボロの扉は、ちょっと触っただけで、押戸なのに外側に倒れてきて砕けた。

 

 何日も経っていないという話だったが……。もうなんていうか、荒れ果てていて襤褸小屋となっている有様だった。取り憑いたやつが暴れたのかね?

 

「おーい、誰かいますかー?」

「シクシクシクシク……」

「……おーい。家ふっ飛ばしますよー。いいですかー?」

 

 ダイナミックピンポン宣言をしたが、()()反応しなかった。人間は居ないようですねぇ。

 

「すぅ……」

 

 家の前で息を整えて、悪霊のいる場所を把握する。

 粒体魔法金属と念糸で創り出すのは、家の戸を超える大きさの巨大な銀の拳。

 

「ピンポンダッシュじゃオラァ!」

「!?」

 

 尚、ダッシュで飛んでいくのは柱を含む家の壁だ。

 土と木で出来た壁は、空中で障害物に当たる度にバラバラになり、破壊を撒き散らしていった。

 

 家を貫通する破壊の痕に残ったのは、黒い靄のような肉塊だった。

 悪霊に取り憑かれた時点で、人としての肉体は崩壊する。精々残っているのは、髪の毛や体の一部だけだ。先程まですすり泣くような声がしていたことを考えれば、肺や声帯の一部が残っていたのだろう。ひと思いに送ってやるほうが救いになるように思える。

 

「哀れな魂に救済を」

 

 銀の拳を解き、一歩ずつ、取り憑かれた哀れな存在に近づいていく。

 剣指を振り上げて、印を切る。

 

「栄華の樹の実が地に堕つように」

「アァアアアアアアアァアァア」

たすけてたすけてたすけて。

 不定の肉塊が亡霊のような顔を象ると、印を切る私の方を振り返った。

 

「在るべき理に戻るべし」

「グガアアアアアアアァアァ」

 どうしてあたしが……あんなにお祈りしたのに!

 不定の叫び声を上げる異形は、体の一部を農具の鋤のように変化させて射出した。

 印を振り切る傍らに、指に纏わせた粒体金属で弾く。砕け散った白い農具は……骨だ。

 

「天罰神ヲーフィリアの名の元に」

「アアァァァ」

 あたしに触るなぁ!!!

 印を最後まで切った私の頭上で、粒体金属が象るのは呪印の刻まれた傘状の巨大な槍。

 

「浄化せよ!!」

「――ッ」

 

 槍は不定の肉塊に墜落し、あたりに光と甲高い衝撃波を撒き散らした。

 

 

 

 

 

「……ふぅー」

 

 構えたまま呼吸を整えた。っぶねぇー。農具飛んできたとき死んだかと思った。

 弾けたのは偶然に近い。偶々印を切った瞬間だった。

 

「もう、あまり余裕ぶっこかないほうがいいなこれ……」

 

 破壊の痕に立ち昇る粒体金属の煙を掌握して回収する。装着した9割以上の粒体金属を使うこの技を放ったあとは、かなり無防備だ。慎重に回収する。

 家は完全に壊れて、中心には浅いクレーターができていた。そこには、衣服だったものの破片だけが残り、何もなかった。

 

「……悪霊の気配もなし。終わりかな」

 

 怯えていた村長に破壊の痕跡を見せた私は、帰路についた。

 累計38体目の討滅が、何事もなく無事に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 暗い円卓で、複数人の男たちが話し合っていた。

 顔は判然としない。

 

「しかし、ほとんど無傷で半年以上過ごすとは……。腐っても黒属性ということか」

「色々あったようですが、十分に仕上がったわけですな」

「しかし、61位はちと少し低すぎるのではないか?」

「黒の属性自体が希少性が高い。態々無駄に位階をあげて、使い潰してしまう訳にはいかないだろう」

「使い潰すことを前提に語っては、計画自体見直さねばならんな」

「……これは失言でしたな」

「希少性が低かったのはこれまでの話だ」

「位階を上げなかったせいで、成長も見込めなくなっては後の計画にも差し支えよう。データは取れた。多少、荒く扱っても問題はあるまい」

「『境界』にでも送りますかな?」

「さっさと送っておけ。次だ」

「……」

 

 男たちの会議は続く――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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