贄のフェリス   作:peg

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捕物の

 

 明け方。

 

「はぁ、寒」

 

 例のごとく早起きした私は、宿の屋根の上に座り込んでいた。

 どんなにふかふかのベットであっても、私のキリンのような早起きを妨害することはできないらしい。ちょっとだけ期待したよ、クソが。

 

 季節は地球で言うところの冬に近く、日の出は遅い。この地域が、雪が降るほどは寒くないのは幸いだった。

 

「しかし、明け方は冷えるね。はぁ〜」

 

 白い息で手を温める。

 飯は食えないのに寒さや暑さはちゃんと感じるんだけど、何なんだろうね。

 どうせなら、そういうのも感じにくくしてほしかったなぁ。薬湯どころか、白湯すらも楽しめないのは少々つらい。

 

「はぁ、ずびっ」

 

 今日は、町が動き出した時間帯に聞き込みを始めるつもりだ。町中での禁止事項が書かれた画板サイズの黒板を手に、そんなことを考えていた。

 しかしながら。

 薄暗い中、薪を焚く煙があちこちで上がっていくのを眺めるのは、人の集まりすぎたソロキャンプフィールドが思い出されて微妙な気持ちになった。

 あの夢から覚めるような、何しに来たんだっけってなる瞬間は嫌だったな……。

 

 今回の依頼は、かなり自由に裁量が与えられている様だ。ここに行っちゃいけないとかも、常識の範囲内でなら無い。逆に言うと、指標もヒントもなんにもない。とりあえず、何とかしろという雑な依頼だ。

 

 普通、街のリーダー格と会ってから依頼を遂行するものだが、人が消えたりしていない為、原因を見つけ出して自警団に突き出せばオーケーらしい。

 

「フェリス。なぜ、上に居る?」

「あー、今降りるよ。よっ……と」

 

 起きたオリアナに呼ばれ、念糸を使って飛ぶように窓に入った。見えないくらい細いワイヤー状に形成した粒体金属を壁に突き刺して、空中を変則的に動く。

 刺さるところさえあれば、私だってアクロバットな動きはできるんだ。空飛ぶセリスが、羨ましくて練習したわけでは決してない。

 

「早く悪霊を探そう」

「え、うん」

 

 くるくる回転して無駄にヒーロー着地したが、オリアナは私と目を合わせると無感動にそう言った。無視かーい。

 

「いてっ」

 

 回転して落ちてきた黒板が私の頭に刺さった。

 うーん、悪霊ねぇ……。影も形も気配もないけど。

 

「何が、したかったんだ?」

「運動」

「そうなのか」

 

 とりあえず私は、街での聞き込みを開始することにした。

 

 

―――

――

 

 

 

「俺のスケッパーを盗んでいったんだ!」

 

 謎の銀粉入りパン職人のオッサン。

 パン祭りしながらキレている。

 

「最近、靴が一足だけなくなったのよ。あ、そうそう――」

 

 井戸端会議していた話し好きのおばさん。

 そのままどうでもいい話で時間を取られた。

 

「腕輪が消えたわ」

 

 道行くお姉さん。

 あんまり好みじゃなかった。

 

「水差しの壺が取られたわ。だから、なんか買って行って。これなんかオススメよ」

 

 花と雑貨屋の奥さん。

 脈絡なくゴミを買わせようとするな。

 

「あ? なんだって!? 邪魔すんじゃねぇよ! あん? て、照れんじゃねーか……」

 

 鍛冶屋のおやっさん。

 大声で腕を褒めたら、クロガネで出来た花のブローチをくれた。イラネ。

 

「フェ、フェリス。おい、ちょっと待て」

「ん? なに?」

 

 午前中いっぱい使ったところで、後ろを付いて歩くオリアナから待ったが掛かった。ちなみに、有力な情報は一つもなかった。

 人間が盗んでるんじゃねーの?(はなほじ)ってな具合である。

 

「ずっと何をしている」

「何って、聞き込みだけど?」

「聞き込み……? やはり、悪霊の気配はない。もう神殿へ戻ってもいいはずだ。解決した」

 

 してねーよ。

 

「またそこから説明かよ」

 

 私は頭を抱えた。

 ミーア現象の再来。

 訓練所(モア)からロールアウトしたての仲間は、一般常識が著しく欠如している。結末として待っているのは、嘆願を叶えに行ってトラブって帰ってくるという吐き気を催す地獄だ。

 

「嘆願や依頼ってのは、ちゃんと熟さないと駄目なんだ」

「なぜ?」

「なぜって……そりゃ」

 

 死地に左遷されないため。なんて言い訳は私以外に言ってもしょうがない。癖で浮かんで来たけど、もうこれにも縋れないな。

 

「うーん……。ヲ、ヲーフィリア様のためかな……」

「そうなのか。得心した。……ん!」

 

 オリアナはグッとガッポーズして、やる気を出した。

 えっ、ちょろ。それでええんか。……あんまり信じていない神様、出汁にしてごめん。

 

 しかし、あれかな。前配属されていた神殿で喜捨が増えたのは、ミーアの対人能力が上がったからっていうのも一因かもしれない。

 ……あれ、待てよ。ミーアの対人能力を上げたせいで、私は異動になったのでは……?

 

 真実にたどり着いた私が愕然としていると、オリアナが顔を覗き込んできた。

 

「どうした? 聞き込みは難しいのか?」

「い、いや。難しくないよ。えーと」

 

 前はどう説明してたっけ。

 

「特別なことはしなくってもいい。とりあえず挨拶をして、聞きたいことを伝えてみればいい。……ただし、少し丁寧にね」

「……?」

「やってみたら?」

 

 洗濯籠を頭に乗せて歩く、子連れの母親を指さした。あのほんわかした感じだと、そんなに悪いことには、ならないんじゃなかろうか。

 若干挙動不審気味に、オリアナは親子へ近づいて行った。お、大丈夫か大丈夫か。

 

「こんにちは」

「え? ヲーフィリアの浄士様?」

「こんにちは! お姉ちゃん!」

「こら、イリナ! 失礼しちゃだめよ。な、なにか……?」

 

 無表情なシスター、怯える母親にやたらとフレンドリーな子供という構図が出来上がった。けしかけておいて何だけど、何だこれ。

 

「少し聞きたい――」

 

 初めは恐る恐るだったが、オリアナは話しこむうちに子供と仲良くなったようだった。波長が近いのかもしれんね。

 私は後方で腕組みしながら、その様子をほっこりと眺めた。

 オリアナはワシが育てた……。

 そういや、ミーアのときもこんな感じだった気がする。

 

 ミーアのことを思い浮かべた。

 彼女は、悪霊のキルスコアが高かったから左遷されなかったんだろうな。

 よく考えると、中央に居たときは10日に1回くらいのエンカウント率だったのだが、遭遇しすぎではなかろうか。

 人が多いところには、悪霊は湧きやすいのだろう。一体何なんだろうね、あれ。

 それでも、悪霊に遭わずに一生を終える人もいるくらいだ。この世界で生きる人の数は、それなりに多い。

 

「――リス。フェリス!」

「んあ?」

 

 思考が明後日の方向に飛んでいると、オリアナに声をかけられた。一般人との初めてのコミュニケーションは、もう終了したらしい。

 少し険の取れた表情の母親が、こちらを見ていた。

 

「じゃあね! オリアナお姉ちゃん!」

「あぁ」

 

 子供に手をふるオリアナは、少しだけ微笑んでいた。ミーアより才能あるよ。ミーアのとき、キッズ泣いて……泣き叫んでたもんね。

 

「うまく出来た……みたいだね」

「ああ、枝を咥えた黄色い生き物を見たって」

 

 木材ね……。

 なんとなく予想がついた。

 問題はどこにいるのかと、そいつを突き出したときに自警団が納得するかだけど。

 

 

 

 その後も町を散策したが、結局それらしい動物は見つからなかった。

 

 

 

 

 一旦聞き込みは切り上げて、捜索の傍らオリアナの土産本を探すことにした。

 意外なことに思うかもしれないが、この半端に停滞したような世界の人々の識字率は高い。

 まぁなんというか自衛のためだったりするんだけど。魔法が使えない人間ほど必死で勉強するもんだ。

 

「ここが、本屋……」

「硬いやつばっかだけどね」

「? 硬い?」

 

 最初見たとき、薄焼きせんべいかよって思った私は悪くないと思う。前の世界でいうところの石板だが、薄いものを重ねて本の体裁をなしている。一枚3㎜厚未満のアクリル板みたいなイメージだ。魔法的なサムシングが関わっているのか、見た目以上に軽いが横置きで重ねるといつの間にか割れてたりする。つまり、余程の整頓上手でなければ、すんげぇ嵩張る。

 

「いらっしゃ……っ」

「邪魔するよ」

 

 こじんまりとした本屋で棚の埃を落としていた陰気な男の店主が、振り返って息を飲んだ。目を限界まで見開いている。まぁ、私達が珍客といったところか。目ん玉落ちんこ。珍客だけに。

 

「これが、本。フェリスが描いたものと違う……」

「ほんとのやつこんな感じだよ」

「そうなのか。絵が少ない……、というより下手だ」

「作風ってやつさ」

「そうなのか」

 

 本の一つを手に取ったオリアナがそんな感想を零した。高度情報化社会のデフォルメ具合が極まった作風と比べるんじゃねぇ。かわいそうだろう。

 

「中央の新進気鋭な先生の御話だ! 文句あるんなら触るな!」

 

 私が異文化マウントでしょうもない優越感に浸っていると、フリーズしていた店主が文句を言いながら再起動して、オリアナから本をひったくった。

 

「買う気のないもの触るんじゃないよ! ったく」

「割れるよ」

「何年扱ってると思ってんだ! 割れねぇーよ!! スクロールならそっちの棚だ! 早く買って帰ってくれ! 疫病神官共が……!」

 

 キョトンとした様子のオリアナと目を合わせて、私は肩をすくめた。ゾルドはこの程度の暴言じゃキレたりはしない。

 ……しないよね? むしろしないでね、オリアナ。

 

 口汚くキレた店主が指さした棚には、緩く纏められた巻紙が積まれていた。

 貴重で高価な紙。それが使われているのはスクロール。固定の魔法が封じ込められた使い捨ての巻紙だ。

 本屋では使い捨ての魔法を買うことができる。刃物を扱う鍛冶屋や金物屋以上に、この世界では普遍的な存在だった。

 

「あー。私達はスクロールを扱えないんだ」

「えっ?」

 

 魔法のこもったスクロールは、実は私達が触るとボロボロと風化して崩れてしまう。まぁ、みんな魔法使えるから困りはしないんだけどね。 

 それを知らなかった頃。魔力切れたときのために、試しに買ってみたら店先で崩れて風に巻かれて飛んでいった。あのときは悲しかったね……。

 

「じゃあ、一体何し」

「買う」

「なに?」

「それを買う」

「……」

 

 オリアナが、店主が胸元に持った本を指差すと、店主は再度固まった。

 

 

―――

――

 

 

 

 店を出たオリアナは、微妙にほくほくとした顔で本を抱えて歩いていた。奢ってやったんだが、こんなに喜んでもらえるなんて嬉しいね。

 先程の店主は、普通の本を買うと分かると態度が軟化した。揉めなくてよかったよ。

 

「このっ、返せ! どこいった!?」

「なんだ?」

 

 本屋を出た先。

 通りで何かをひっくり返す音とともに、私達の足元を何者かが高速で横切っていく。

 

「あ。目玉が飛び出ていて、鱗とヒレがあって……尻尾がふさふさしていた」

 

 一見したオリアナが、そんなことを言い出した。いや、バケモンじゃんそれ。

 私が目で追ったかぎり、黄色のフサフサとした尻尾が揺れていた。口にグロテスクな魚を咥えているようだ。

 

「追うよ」

「……本が割れてしまう」

「あー……ほら。おーいなるヲーフィリア様のためにー」

「ん! また取りに来る、預かれ」

 

 私の雑な祝詞を聞いたオリアナは、ぐっとガッツポーズして本屋の店主に本を押し付けて高速で戻ってきた。

 

「あ、ちょっと嬢ちゃん達!?」

 

 私達は駆け出した。

 ゾルドの身体能力であればすぐに追いつけそうだ。

 

「ヴル!」

 

 追いかける私達に気づいた黄色の動物は、通りの先で一軒家のドアの隙間を慌てて潜っていった。

 

「しめた! 自分から行き止まりに入っていったぞ」

「ん、まかせろ!」

 

 煽られてやる気がみなぎった様子のオリアナは、私を通り越して人んちに突撃して行った。

 まさか扉を壊す気か!?

 さすがにマイナス査定要素は看過できない。

 

「待っ――」

「入ってもいいか?」

 

 扉を付き破る勢いで飛び出したはずのオリアナは、唐突に扉の前で止まり礼儀正しくノックした。

 

「予想外!?」

 

 いや、ドアノック教えたのは私だけども。

 看板を見ると酒場だった。ノックいらねーじゃん。

 オリアナの問いかけに返事をするかのように、中からは悲鳴と皿を破壊するような音が聞こえた。

 

「誰だ!?」

 

 店の内側から、客と思われる金髪天パの男が扉を破壊して現れた。

 いやお前が壊すんかい。

 フラフラとした佇まいを見ると、どうやら男は泥酔しているようだった。

 

「これは……」

 

 フラフラとした男がふと足元へ視線を送った。そこには黄色い生き物が置いたグロテスクな魚があった。恐らく扉を通れずに置いたのだろう。

 

「生魚……ヴォエッ」

「汚っ」

 

 酔っ払いの男は盛大にリバースしたあと、仰向けに倒れて気絶した。何なのこいつ。

 顔をよく見たら昨日の門兵の片割れだった。

 

「えー……」

 

 こいつのほうが治安乱してない?

 

 男に気を取られていると、店の中から衝撃が響いた。遅れて陶器が割れる音が聞こえる。

 

「!?」

 

 オリアナを突き飛ばして、戸から道を譲るように飛び退くと、暴風を纏ったヤツが弾き飛んでいった。

 

「きゃああ!?」

 

 背後から女の悲鳴が響く。

 振り返ると、そのまま飛んでいった生き物は、通りの対面にあった洗濯物の洗い場を滅茶苦茶にしていた。

 

「うわ」

 

 飛んでくる汚れた洗濯物を避けていると、魔法で作った水が溜まった壺を破壊されて黄色い生き物の暴風によって撒き散らされ始めた。そこには洗い終わりの汚水も含まれていた。

 まるで、脱水できない生地を大量に洗濯してしまった洗濯機のような、地獄絵図が出来上がってしまった。

 

「あっちにいけ!!」

「ヴルル!」

 

 汚水まみれとなってキレた町人が、原始的な魔法の水弾を連射して状況に油を注いだ。

 生き物は洗濯物を巻き込んで、今度は明後日の方向に飛び始めた。巻き込まれたパンツが乱回転して白い竜巻のようになっていた。

 なんこれ……、まるで超高速で動く青いハリネズミみたい。パンツ被ってるけど。

 

「は!? 待て!」

 

 アホな考えを捨てて慌てて追いかけるが、歩幅の差でオリアナが私に遅れた。

 

「フェリス! アイツの方が速くなった」

 

 パンツで加速し。もとい、魔法で加速しやがったか。

 

「ヴル!」

 

 そのままそいつは、狭い路地へ器用に折れていく。

 かなり距離を離されてしまいそうだ。

 内心焦りながら、狭い路地に入った。

 しかし、黄色い生き物は魔力が尽きたのか、魔法を解いて建物の隙間に潜り込もうとしていた。

 

「どうする、フェリス!?」

「大丈夫!」

 

 こういうのは、頭さえ入ればなんとかなるもんだ。

 

「いっ!? せまっ」

 

 頭は入ったけど、息が出来んくらい狭かった。胸があったら肺が潰れているところだ。

 もこもことした黄色い何かは、狭い隙間を駆け抜けていく。

 道の先の開けた通りに出たところで見えなくなった。逃げられる!

 

「逃げちゃう!」

 

 そう叫ぶと、オリアナが祝詞を唱えた。

 

「移ろう泉が澄むように」

「あるべき理に戻るべし」

「うおっ」

 

 キツキツだった壁面がヌルヌルと滑って外に押し出された。

 青の魔法か。何したんだ?

 

「フェリス! 右に行った!」

「よし来た!」

 

 オリアナを信じてほとんど目視しないまま飛び出す。念糸と粒体金属のワイヤーを使って一気に加速した。静から急激な動に移ったことで、体へ軋むような負荷がかかった。

 

「ん!?」

 

 あ、なんかある。

 衝撃。

 

「ヴルァ!?」

 

 木片が飛び散った。

 荷車なんかが廃棄された木材道具置き場に突っ込んだ様だ。

 

「げほっ、ごほっ。最悪」

 

 埃で視界が悪い中、咄嗟に傘状に展開していた粒体金属の盾を収納していく。

 

「フェリス!」

「ごほっ、平気」

 

 遠回りしたオリアナが駆けてきた。

 私の目の前には、驚いて尻尾を膨らませる一匹の痩せた狸が四足で立っていた。飼い猫くらいの大きさだ。

 

「なんだコイツは」

「テンプトン。通称黄狸だったかな」

 

 この世界で割とレアな野生動物だ。気を付けないと、こいつは小さいながらも魔法を使ってくる。大暴れすると大人でもケガをしかねない。

 本来、冬場は木の洞なんかで冬眠する生き物のはずだ。

 冬眠に失敗した個体か、伐採された木で寝てたところを起こされでもしたのかもしれない。

 

「町での小さな枝集めも、寝床を作るためだろうね」

「……」

 

 尻尾を釣り上げると、キーキーと切なく鳴いた。

 

「これは、どうするんだ?」

「さぁ、野生にでも返すか……」

 

 殺処分か。

 

「その辺の判断は、嘆願出したやつにしてもらおう」

「……うん」

 

 

 

―――

――

 

 

 

 

 自警団に事情を話し、引き合わされたトップと交渉を進める。

 最初に私達を宿に案内したクマみたいな男のお兄さんらしい。弟と違って、狐みたいな顔の線の細い男だった。

 品のいい調度品が並んでいるが、事務机を挟んだ対面に座る男はちょっと性格が悪そうだ。

 

「あー……。やっぱり黄狸だったか。この時期は偶に出るんだよな」

 

 挨拶もそこそこに、狸を突き出すとそんなことを言われた。

 

「このくらいは、ご自身達で捕まえてほしいものですが」

 

 実を言うと、物が無くなるくらいなのに私達を呼び寄せるのは、神殿側も過剰要求でない限りは黙認している。まぁ、ドブ攫いも奉仕であるくらいだし。

 

「いやぁ、もしかしたら悪霊かもしれないだろう? 町長殿も心配していたよ」

 

 あー、町長もグルなわけね。いや、こいつが唆したとか。

 

「ただなぁ。そいつは魔法使えない人間にはすばしっこくて、なかなか捕まえられん。罠も魔法で破っちまうしな」

 

 魔法の強さは個体によるが、中には鉄製のオリを破壊するやつも居るそうだ。

 

「まぁ、解決してくれたんだ。手紙と金は送っておくよ」

「……それには及びません。わたくし達は、施料欲しさに奉仕しているわけではございません」

「じゃあ、要らないんだな?」

「……」

 

 建前上釘を差したが、故意に内容を強調される。まじで性格悪いなこいつ。

 

「おま」

「……ご随意に。わたくし達は、天罰神ヲーフィリア様に仕える敬虔な信徒です。主命に従い()を滅ぼします。しかし、万能ではございません。護るべき者も、いずれは掌から溢れることもあるやもしれません」

 

 私はオリアナの口を手で制して、そう言葉を続けた。

 まぁ実際問題、喜捨を多めにくれる村々を私達を差配する老師は優遇するだろう。いざ悪霊が出たときに、返って苦労することになるぞと暗に伝える。

 ……伝わってるかは知らないが。

 

「チッ……。いつもの黄色いやつといい。お前らいい性格してるぜ」

 

 降参ポーズを取った男は、座る椅子の背もたれに億劫そうに寄り掛かった。

 

「んじゃあ、ホシを置いて今すぐ出てってくれ。金属臭いのがうつる」

 

 聖銀ワイヤーで縛った狸を机に置いて、出入り口へと向かう。

 自身の未来を憂いてか、狸はか細く鳴いた。

 

「それでは、」

「おう、帰れ帰れ」

 

 目礼して退出しようとする私へ、冷たい言葉が投げかけられた。慣れっこだけど、怒るな私。怒ったら負けだ。

 

「それは……殺すのか?」

 

 怒りでプルプルと揺れる私の横から、オリアナの幼気な声が響く。私だけ我慢していれば、いい感じで終わりそうだったんだけど。

 

「ちょっと、ちょっと」

 

 私は余計なことをしないように、オリアナの袖を引きながら祈った。

 

「ん? まぁ、潰してスクロールとか使い道はあるからな」

 

 羊皮紙のようなものといえばいいのか。魔法を使う獣や虫の革は、原始的な魔法のスクロールになる。発展的なものが、流通している紙で出来た魔法のスクロールだ。

 場合によっては、革で出来たスクロールのほうが威力を発揮するものもあるようだ。

 私には触ることすらできないのだろうけど。金の問題とかではなく、文字通りの意味で。

 

「しかし、あんた達には関係ないだろう? おい、長髪の方。話は付いてるんだ。()()()手綱くらい握っておけよ」

「あ」

 

 あ、それ地雷。

 

「フェリスよりも……私のほうが上だ!!」

 

 オリアナが叫びながら地団駄を踏むと、机に置かれたお茶、壁際の花瓶、水差しが順に破裂した。余波で、聖銀ワイヤーが粒体金属に分解されて狸はフリーになる。

 

「ヴルゥッ」

「……まじかよ!?」

「あちゃー……」

 

 いや、弁償しないからな……。明らかに狐顔の男が悪い。

 人間への敵意をむき出しにした狸の尻尾が、黄色く光り輝いた。

 

「ヴルゥ、ク、く、ヴルゥ」

「おいまてばかやめろ!! あぁぁぁ!?」

 

 黄狸が発動した魔法によって、部屋中に暴風が吹き荒れ、更なる混沌とした様相へ突入した。部屋の中心に球体の嵐が現出し、品の良い調度品が破壊されていく。

 

「うわっ」

「おっと」

 

 両足が浮いて吸い込まれそうなオリアナの聖装を掴む。

 私は念糸で足元を固定し、部屋の中心で球体に回転する暴風から難を逃れた。……飛び回る家具が危なすぎて、手出しができないなこれ。

 

「止、止めろぉぉぉ!」

「グル!」

 

 狐男は重たい事務机にしがみついたまま、風に煽られていいように嬲られている。

 

「えー……っと、今日もう一泊してく?」

「え? いや……」

 

 ざまぁみろって気持ちと、この後どうしようって気持ちがワンツーフィニッシュで私の心を占め、思考を明後日に放り投げた。私は今日も高価なベッドで眠るんだ。

 

「はっ!? フェリス来た! まかせろ!」

「え゛」

 

 黄狸は机から飛び降りると、私達へ向かって全力で飛び跳ねた。魔法からの追い風を受けて、狸は加速する。

 瞬間、私の正面に立ったオリアナが両腕を広げ、体から不思議な波動(魔法の起こり)を放った。まるでオープニングで両手を広げて味方をかばう、緑色の外星人のようだった。オリッコロさん!?

 そして、このホワホワとした魔法の力は……ムツゴ○ウの波動!? あんな危険な生き物をヨシヨシと受け止めるつもりか。 

 

「ギャゥ。ボ、ボボボボボボ」

 

 慌てて思考が暴走した私を置き去りに、あっさりと部屋の嵐が止んだ。

 

「つかまえた」

 

 ドヤ顔で振り返ったオリアナは、両手で高速で回転する水球を掴んでいた。痩せた黄色い狸がドラム式洗濯機の窓から覗く洗濯物のように、力なく高速回転している。

 

「そ、そう。よかったね……」

 

 オリアナの無邪気なドヤ顔は、アリを楽しそうに踏み潰す幼児のそれだった。

 

 自由か。

 

 

 

 

 俺はひょんなことから、住処にしていた古木を人間に狩られてしまった。

 その後、人間の町で遭難した俺は、命を細々とつなぐ日々を送っていた。

 だがある時、臭いのしない異様な人間二人に追い掛け回され、ついに捕まってしまったのだった。

 人間の群れのボスと引き合わされた俺は、幸運にも復讐する機会に恵まれた。

 

(オラアアアアアン)

 

 見事復讐を遂げたが魔法の力が尽き、群れのボスを殺すには至らなかった。

 

(このままではまずい)

 

 相手からの復讐に怯えた俺は、名案を思いついた。臭いのしない小さな方の人間に取り入るのだ。

 人間の小さな個体は、俺たちに無警戒で近づいてくる。俺の可愛さがあれば、取り入ることは可能だろう。

 

(ほらな)

 

 俺が近づくと、小さい方の臭いのしない人間が受け入れるように両手を広げた。

 

(いくぜ! ――う、苦)

 

 俺はこの修羅場で、危うく気を失っていた。

 どうやら一瞬のことだったようだ。俺は慌てて、こちらを覗き込む小さい人間に取り入った。

 

(死にたくないでござる! 死にたくないでござる!)

 

 俺の必死な様子に人間の群れのボスは折れた。

 俺は臭いのしない人間についていくことになった。こいつらは近付くと微妙に金属臭いが、この毛皮の下は妙に居心地がいい。

 

(がはは、勝ったな)

 

 こうして俺は、生存への一歩を踏み出したのだった。

 

 

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