「オリアナァァ!」
オリアナを救うべく私は駆け出した。
身体に充填された顕在魔力は約半分。色付きと戦うには余りにも足りない魔力量だったが、今はひとりじゃない。
その安心感が私の足を前に進めた。
「ハアッ!」
「コポッォ」
私よりも尚速く移動したセリスが、右腕に生やした銀色の怪腕を青の悪霊に叩きつけた。
衝撃で中身の黒い骸骨が水の肉を離れ、錐揉して吹き飛んだ先、空中で唐突に止まった。
完全に千切れるかに見えた水の肉は、黒い骸骨を追い掛けるように、先程オリアナを突き刺した右腕に集まって再び受肉する。
「駄目か……。フェリス! セーラを連れてオリアナを治療しろ!」
「言われなくとも!」
私はセリスが色付きの悪霊に対峙する間にオリアナを確保し、念糸で操った聖銀を使ってオリアナの土手っ腹に開いた傷口を止血していた。
オリアナは、まだ辛うじて息があるようだった。
念糸を増やしてセーラも確保し、灯台の基礎部から離脱。岩陰に隠れる。
これでひと安心。
「ほっ……」
「フェリス!!」
「え゛!?」
セリスの鋭い声で顔を上げた先、海水に取り込まれ操られた岩石が大量に飛んできていた。
「トロいぞ!」
軽口を言うセリスは、既に動き出していて銀腕の乱打で致命的な物を砕いてくれた。
「セリス! こっちに瓦礫を飛ばすな!」
「そんな余裕は、無ぇ!!」
買い言葉で文句を言ったが、あまり余裕はなさそうだ。
2人を両手に抱えた状況で、高速で戦うセリスと悪霊の戦闘による余波の瓦礫を聖銀の鞭で捌きながら思案する。
あの色付きの悪霊は相当に厄介そうだ。
浜に誘導するのは悪手。
あの青い悪霊が下層の骨に乗り移ってしまえば、また巨大な悪霊が湧いてしまう。
しかし、オリアナが倒れた現状、海に囲まれた岬は青の悪霊の独壇場だ。
水が多すぎる。
逃げ場がない!
「
「!」
鼓動――。
あぁ、そうだ。死んだらなんにもならない。
セリスの叱咤によって、私はエリクサー症候群の葛藤から一時的に開放された。
すぐさまカバンを引き戻し、念糸でメタリックカラーの飴玉を2つ取り出して、片方をセーラの口に押し込んだ。直後、セーラの身体から魔力の鼓動が起こった。
「これで……!?」
大丈夫。次はオリアナ。
そんな独り言を言っている余裕はなかった。
悪霊の海水に操られ、波に侵食された岩石が更に量を増して殺到する。夜空が埋まるほどだ。
数が多すぎる!
「セリス!!」
「無理だ! 自分でなんとかしろォ!! ハァァァア!」
叫びながらセリスを見ると、空を駆けながらサンドソーを両手で操り、私の念糸では捌ききれない程の飽和攻撃を受けていてた。
私達を庇うために、あえて青い悪霊と同じ土俵で戦っているんだ。
回復途中のセーラと傷口を塞いだオリアナを、地面に出来るだけ優しく投げ捨てた。
「く!」
やるしかねぇ!
私は迫りくる岩塊へと両手を掲げた。
「栄華の樹の実が地に堕つように――!!」
癖になりつつある祝詞を諳んじ、私は全力で黒の魔力を練りあげ、念糸を頭上20メートル程に集中させる。
改変して生み出すのは、この星の万有引力起点の複製。落ちれるんなら、星はまだ存在しているんだろう。
念糸の先に堕ちろ!
「
瞬間、世界が反転した。
「な!? ……そうか!」
「ァァァア?」
凄まじい勢いで魔力が消費されていく。
歯を食いしばって耐える。
身体の固定のために、岩盤へと打ち込んだワイヤーの制御を優先させた。
地面で寝転ぶ2人も落とさせない!
「ぐっ……ぃ!」
逆さ吊りのような姿勢のまま、岩石がぶつかり合って轟音を立てる空を見上げる。
地上からも、瓦礫が条理の捻じくれ曲がった空間へ吸い込まれていく。
「オォラァッ!」
「コパッ」
全く対応できてなかった悪霊が、中の黒い骸骨を晒しながら、空中に墜ちて丸く固まった岩石に叩きつけられた。
「やれ! フェリス!!」
セリスから私へ喝を入れる声が聞こえた。
維持も限界だ……!
「潰れろ!! ハアアアアア!」
宙に浮いた巨大な岩石は、私の最後の操作によって灯台の基礎部に墜落した。
「ぜはぁ……はぁ……。し、しんどい……」
全身から汗が滴って行くのを感じる。異様な倦怠感が満ち、まるで内蔵を抜かれたようなゲッソリとした感覚だ。
魔力も再び枯渇しかけているようだった。
「……はぁ、はぁ」
心と静まり返った岬にさざ波の音が響いた。
「フェリス、まだだ!」
「え?」
崩れた岩石の隙間から水が湧き出していく。徐々に量が増え、ついに間欠泉のような水柱が上がった。
「プルアァァァァァ!」
濁った水音で叫びながら、青の悪霊が岩石を押しのけて再び姿を晒した。
何処にも傷らしきものはなく、却って水の肉が増えていそうな見た目をしている。
「嘘、だろ」
「ちっ。お前の
私達のそばに着陸したセリスが、少し悔しげに言った。
セリスはなんか勘違いしているが、思い付いた魔法を使っただけだ。魔力をめっちゃ持っていかれたせいで、訂正する気力が湧かなかった。
「ルアァァァァァ! マ゜ッ!!」
悪霊が気味の悪い声を上げ、攻撃を仕掛けた私へ高圧に圧縮した水鉄砲を放ってきた。
先程の水柱で高圧をかけると威力が増すのを学んだようだった。
「!」
なけなしの魔力で小さな聖銀の短槍を作り出し、穂先に触れた瞬間に絡めて、微細に発生したモーメント力を無理やり強化する。
重てぇ……!
強烈な水弾は、明後日の方向に弾き飛ばされていった。
青の悪霊の周りには、既に発射態勢に入った強烈な水弾がいくつも浮いている。積み上がった岩を吹き飛ばすような威力の水柱が圧縮した水弾だ。直撃したらやばい。
「させるかよ!」
砂を纏って旋毛を巻く暴風を、セリスが片手のたった一振りで出した。
防壁にするつもりか。
「下がれフェリス!
「セリス!!」
砂風の防壁を破って、水弾がセリスの腹部を貫通する。目を見開いたセリスが片膝をついた。
私が反らしたのを見て威力を見誤ったのか……!
複数の水弾が、セリスの防壁を超えて飛んでくる。狙いは定まっていないが、いずれ量を増して、ここにあるものを全て破壊していくのは容易に想像がついた。
「ここまでか……」
腹を抑えながら蹲ったセリスが、両手を組んで祈るような体勢に入った。セリスを中心に緩い風が沸き起こる。
私の脳裏に前世での記憶が走った。追い詰められた味方が、仲間のために自爆するそんな創作の場面。
こんな状態でセリスが脱落すれば、みんな死んでしまう!
「なんで、……駄目だ!!」
オリアナの為に取り出していた
視界に赤い文字が踊り、心臓から身体が酷く発熱する。
間に合え!!
一歩踏み出す度に心臓が激しく鼓動し、生み出された私の念糸で巻き上げられた灯台の瓦礫が沸き起こる。
聖銀製の灯台だったんだ、全ての欠片をここに!!!
「うあああぁぁ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
破れたっていい。間に合ってくれ!!
地面を擦り上げるように右腕を振り上げる。追従してきた聖銀が酷く遅く感じた。
もどかしい。早く通れ……!
その時、ふと
空白の道筋。念糸を走らせる正解ルート。
「フェリス! これは……!?」
弾幕の中へ割り込んだ私に、セリスが驚く声が後ろから聞こえた。
空中を走る銀線が巨大な槍を高速で描いていく。
「栄華の樹の実が地に堕つように」
「在るべき理に戻るべし――!!」
「浄化せよ!! ハアアアアア!」
右手を前に突き出して、有らん限り叫ぶ。
水弾の弾幕を突き破って、銀色の巨槍が夜空に顕現した。槍は青の悪霊の胸の中心を捉えていた。肋骨を破壊しながら進んでいく――。
穂先に捕らえられた黒い骸骨が、身体の破片を撒き散らしながら暴れた。
「ァァァ――!」
最後っ屁のように、悪霊の骨から滲み出た黒い水が槍を取り込み始めた。
侵食速度は恐ろしく速い。
「プルァアァァア!」
「くっそぉぉぉ!」
「全てが灰に帰すように」
「あるべき理に戻るべし――」
「!?」
銀色の槍に炎が灯った。
「これで終わりだよ。燃え尽きろ!!」
セーラの淡々とした声が響き、視界が赤く染まっていった。