聖銀まで燃やし尽くすような勢いの炎は、私達を燃やさず、悪霊だけを優しく破壊し尽くした。
錆びたように黒ずんだ銀線が、明けかけた空へ消えていく。
私は脱力感から両膝を突いた。疲労感から、そのまま仰向けに倒れる。
「お、終わった」
「そうだな……」
私の声に反応するように、セリスが同調した。
朝焼けの中。ふらつきながら立ち上がったセリスは、悪霊がいた辺りの瓦礫の中から光るアミュレットを拾い上げた。どこの教団のものかは、判別できない。
アミュレットは悪霊除けとして、この閉じた世界の教団が信徒獲得のためにこぞって配っているものだ。
長くそれを眺めていたセリスだったが、左手で腹の大きな傷口を聖銀で塞ぎながら、拾ったものを懐に収めた。
「セーラ。頼む」
「姉さん……。うん」
朝日に向かって背を向け、声に少しだけ覇気のないセリスがセーラに声をかけた。
セリスの背中には、左脇腹だけでなく右上にも貫通痕があった。
「シャキッとしろ、フェリス! まだ終わってねぇぞ」
セーラはセリスの声を聞くと、力が余っている様子で私に喝を入れた。
そう。セーラの言う通り、第二の敵は滅したが、次の悪霊が現れるとも限らない。気を休めてはならなかった。
「知ってるよ……。あっ、オリアナ! セーラむんどいて」
私は飛び起きてオリアナに駆け寄った。途中、声の割に何故か俯きがちなセーラは、私に押されても何も言わずに数歩引き下がった。
「オリアナ!」
地面に寝転んだオリアナは、リズムの浅い呼吸を繰り返していた。腹には大穴が開いており、私の聖銀が詰まっている。最初の頃よりも、呼吸が浅く早くなっている。
急がないと……!
私は大慌てで、近くの瓦礫に挟まっている革製のカバンを取り出した。今回の戦いで、
「オリアナ、
「フェリス。やめろ、もう――」
「セーラ。良いんだ。させてやれ」
「姉さん。姉さんだって……!」
「いいんだ」
セーラとセリスの会話がなんとなく聞こえたが、オリアナを
「オリアナ!! しっかりしろ! 飲めって……あ」
ようやく私の声が届いたのか、丸呑みするには少し大きな飴玉をオリアナが飲み込んだ。
直ぐに回復が始まるはずだ。
「あぁ……、よかった」
オリアナが
「……。…………。………………?」
しかし、聖銀で埋まった傷口は、いつまで経っても肉で埋まらなかった。
「……なんで!?」
もう1つ
「フェリス、もう止めろ。オリアナは、もう駄目だ」
「!?」
いや。
そんなはずはない。
私が人間の食事で内蔵が破壊されても生きていられたように――。
私の首が折れても、即座に再生が始まったように――。
「そんなわけ無いだろ!」
「フェリス」
「
「フェリス……!」
片腕のセーラに仰向けに引きずり倒された。暴れても異様な力で抑えつけられて、オリアナの方に近づけなかった。
「私を見ろ、フェリス!」
「離して!!」
「見ろ!! ……そして、フェリス。聞け! 本当に万能なら、私は片腕を失ってねぇ!!」
「!?」
セーラは失った右腕を私に掲げた。肩口から垂れ下がった袖が私の左顔を撫でる。
……そうだ。
どうして、セーラの片腕が無いんだ。
……どうして、セリスの顔の半分が焼け爛れたままでいるんだ。
「うそだ!!!」
「フェリス」
「きっと、
「フェリス!!」
セーラの真剣な声に、私は声が出なくなった。
「……。こんなに
「……そうだ。それに、姉さんも多分駄目だ」
「えっ……?」
セリスも……?
なんで……。
私の思考に空白が満ちた。
「
「……そんな!? 馬鹿なことが……」
涙で溢れたセーラの瞳を見て、私は決してそれが冗談じゃないと悟った。確かに、セリスが次に使えば2回目だ。
理解しがたく、何かを言い返したかったが、私の心の中の何処かがセーラの言い分を肯定していた。
「……」
「慰めになるかは分からねぇが。お前はよくやったよ、フェリス。61のくせにな」
「……セリス」
落ち着いたと見たのか、いつの間にか傍に座り込んだセリスが話しかけて来た。その手には煙管が乗っている。
「…………ふぅ。短い付き合いだったがな。運が無かった」
「姉さん……。やめて」
「セーラ。お前はあたしのマネはもう止めろ。次の土地で、お前は自分の居場所を探せ」
「姉さん!! 止めて!!」
押しつぶされた私を放置して、セーラとセリスが言い合っている。
地面に座り込んだセリスの煙管の煙が、酷く目に染みた。セリスは諦めているのか、落ち着いて見える。
「……」
2人の会話は聞こえてくるのに、私の頭はその会話を全然認識しなかった。
放心状態のまま仰向けのオリアナを眺めていると、
「フェリス……。そう……。無事、か」
「オリアナ」
「本。読みたかったな」
「!?」
止めてくれよ。折角本、買ってやったのに。
「勝手に死ぬなよ……。本、まだ読んでないんだろ!」
「……フェリス。ありがとう。お前のお陰で、私の生は、人らしくあれたかもしれない」
止めて。折角生き残ったのに。
「
「オリアナ……」
「聞いて。私はあまり出来のいいほうじゃなかったから、どうせすぐに死ぬって教官に言われていた」
「……」
「それでも、フェリスに会った。フェリスに会って色々なことを知ることが出来っ……ごほっ……た」
血の塊を吐いたオリアナが話し続ける。普段のオリアナからは想像の付かないその様子は、何かを私に託すように、残りの命を削って必死に話し続けているように思えた。
「オリアナもう喋るな……! お前が死ななくてもいいじゃないか……!
「フェリス……」
誰も試したことがないんなら、10個でも20個でも飲めば良い。頼むから、試させてくれ……!
「くく」
場違いな含み笑いの声が聞こえて、私は笑い声の先を睨み付けた。
「セリス……!」
「いや、笑って悪いな。昔……あたしも試したよ。お前と同じことを考えてな」
「え……」
「でも、駄目だった。10個でも20個でもダメさ。
セリスは私に言い聞かせるように、優しい声色で経験を語った。
「最初は仲のいい同期だった。緑でな、気のいいやつだった。その次が後から入って来た後輩。その次が……いや。数え切れんな。まぁ、その後も何人も看取ったんだ。
「無駄なんて……」
「無駄遣いなんだよ。本当は、無傷で生き残った仲間が使わなきゃならないものさ」
セリスも私と同じように
「……セーラ離してやれ。もう大丈夫だ」
頷いたセーラが私の上から離れた。
私はもう暴れる気力がなくなっていた。
「お前のその姿を見て、あたしは少し安心してるんだ」
「え?」
「初めてお前を見たときな。得体の知れないやつだと思っていたよ」
なんで?
困惑する私へ、セリスが少し笑いながら話した。
「セーラと同期なのにあまりにも早熟で、希少な黒属性だったのに低序列。変なやつだと思った。……でも、死にかけた仲間のために、お前は必死になれる普通のやつだった」
私を何処か褒めたように言うセリスは、味わうように煙管を燻らせた。
「……ふぅ。フェリスとセーラは助かるだろう。あたし達がくたばって、悪霊が現れてもできるだけ長く戦え」
どういうことだ……。
「アズイーラ老師が応援を頼んでいた。夜が明けるくらい時間が経ったんだ。もうすぐ来るはずだ」
どうやら老師は、援軍を頼んでいたらしい。近くの仲間たちを呼び寄せたのだろうか。
「ごほっ……ごはッ」
「オリアナ!?」
血を盛大に吐いたオリアナを介抱する。腹の傷に障らないように、小さな頭を私の膝に置いた。
「フェ、リス。……やっぱり、変だ」
「なんだよ。こんな時に」
「フェリスに、触れる、と温か、くなる」
途切れ途切れに、オリアナが声を紡いだ。我慢していたが、涙が溢れてきてオリアナの銀色の髪を滑っていった。
「だから、いい、変だ」
「……ぐすっ」
「なぜ、泣く……?」
「悲しいからに決まってるだろ!!」
人の気も知らないで、オリアナはそんな事を言った。
「我慢しなくて良い。泣いておけ、フェリス。あたしは泣けなかったことを少し後悔している」
「セーラむ゛ん」
私の左肩に手を置いたセーラが温かかった。
悲しいから、人は泣く。
別れは寂しい。
それが慮外のことなら尚更だ。
こんな身体に転生して、なんの根拠もなくチート無双できると思っていた。
良い子ポイントだってそうだ。なんの根拠もなかった。
私の考えを置いて、この世界の思惑は進んでいく。
そんなの、糞食らえだった。
前世で死んで、今に生き返った様に生まれ直して。
現実は、それでも不条理を押し付けるのかよ!
「ぐすっ……。クソったれ!!」
「フェリス……?」
「私は諦めない。諦めてたまるかよ!!」
残りの
愛用のカバンを引き寄せた私は、その全てを呷った。
魔力だ。
魔力さえあれば、法則を書き換えられる。
「!? セーラ! フェリスを止めろ!!」
「えっ!?」
砕く、飲み干す、嗚咽しながらも丸呑みする。
――
全ての
視界の中をああぁあ赤いぃ呪言がなななが流れいいいてていいいく。
「がッ……!」
周囲の海面を逆撫でるような強烈な鼓動が心臓から生まれ、膨大な魔力が顕在魔力として身体に纏わりついてくる。全てが念糸に変換され、万能感に支配されていく。
あまりの濃度に念糸が可視化して白く光り輝く。
「フェリ……!」
「なっ……!?」
セーラが後方へ吹き飛んだのがわかった。
続いてセリスが、私の濃密な念糸に囚われた。
魔法は
イメージしろ。
私達がこの世に産まれ出でた、その瞬間だ。
私はあの腐った感覚の、その全てを明確に覚えている。
「栄華の樹の実が地に堕つように」
「在るべき理に戻るべし!!」
「
「縁条全てを無に帰せ――!!」
泥人形を作るのは簡単だ。同じ材質のものを同じ型に埋めて作ればいい。
私達は、白銀の心臓とマグマのような血液から生まれた異形だ。人間ですら無い。
ならば、工程を辿ればもう一度産まれた姿に直すことだってできるはず。
私は全力で魔力をつぎ込んだ。
治らないなら。
全て巻き戻して、失った肉体を構成し直してやる。
「ぁぁぁあああ!」
身体が弾け飛びそうな程の圧が私の心臓から発せられている。
オリアナの腹に両手を当てた。
傷口の聖銀を取り除いて、オリアナが失ったハラワタに手を突き込む。
「がぁ! フェリス、何を……!」
傷口から私の念糸を送り込む。
白銀の心臓に近づくに連れて、オリアナの念糸による妨害が酷くなる。
白銀の塊を掴む。
「――――!!」
オリアナが声にならない悲鳴を上げた。
絶叫だ。
オリアナは、覆いかぶさるように体を覆った私を掻きむしる。
命そのものを掴まれている恐怖と激痛がそうさせるのだろう。
感覚が太くなった私の念糸も、赤く熱せられた鉄を素手で掴むような激痛が走った。
オリアナの肉体を維持しながら、辿る。
生誕を辿る。
白銀の心臓からマグマの血管が伸び、白銀の骨を形成して肉を成す。
その過程を。
オリアナの傷口が沸騰したように沸き上がった。
私の手も弾かれる。
「はぁ……はぁ……。フェリス、なにを、した? 傷が……?」
オリアナの傷口が収まった。
よかった。
「ぐぅぅ……!」
全身から汗が吹き出した。
心臓が破壊されそうだ。
湧き出す魔力が私の身体から出ていこうとして、身体中の圧が増している。
全て吐き出してしまいたい。
半分出し切ったけど、もう半分がまだ……!
「いかん!? フェリス! あたしに使え! 魔法を止めるな!!」
「がぁぁぁっ!」
輝く念糸が勝手にセリスに殺到する。
同じ魔法を使わなければ、爆死するのは私だと、無意識にそう思ったのかもしれない。
「――――!」
セリスが絶叫した。
念糸の輝きが増して、全てが白く染まっていく――。
◇◆
冷気の満ちた空の上。
白のグウェンは、東から発せられた緊急招集令に従って、空を駆けていた。
「……」
グウェンは、序列9位のゾルドだ。東の岬に勤めるセリスのように、空を高速で飛ぶことのできる稀有な存在だ。
普段は各拠点を飛び回って、戦力の補充や拠点の立て直しを図ったりと、このエリアの縁の下を支えているのだった。
軽鎧をあしらったダボ付いた立ち襟服が、風で擦れる度に高い金属音を出す。
伸ばしきった髪を背中に流して、先端で一結びにしている。結んでいる大きな飾りの付いた髪留めは、彼女のお気に入りの品だった。
「……? 光っている……?」
進む方向の先。
朝焼けと異なる光が岬の灯台近くで輝いていた。
グウェンには初め、灯台が朝日で輝いてるように思えたが、近づくに連れてそれが間違いだと気づいた。
(何だこの、序列最上位クラスの魔力は……!)
感覚を研ぎ澄ませると、異様な魔力の高鳴りを感じる。
次第に収束し、光は落ち着いていった。
感じる魔力は、一般的なゾルドのそれに落ち着いた。
(どうなっている)
上空から見ても判然としなかった。
真下に降りるために、下降に入る。
「灯台の跡形もなしか……。中々強敵だったようだな」
着陸すると、味方は全員が倒れ込んでいた。
(先程の魔力の持ち主は、去った……か?)
壊滅的な被害を被った様子で、神殿は跡形もない。
グウェンがこのような状況の岬に来るのは、2回目だった。
「やれやれ、また忙しくなるな」
神殿や灯台の再建。
新たな仲間の手配。
それが済むまでここに掛かりきりになるだろう。
銀腕を生やして4人を雑に担ぎ上げたグウェンは、先のことを考えて少し憂鬱になった。
「む……全員無傷か。まさか魔法で治した……。いや」
(魔法での治療は禁忌だ。単に運が良かっただけさ)
一般的に、神々が支配域を広げる
かつては存在したと言われるその方法も、失伝しているのであった。
そして、唯一ゾルドの体を治すことができる
周りの破壊状況からして、何人かの欠損が出ていると予想していたが、五体満足の仲間が揃っているなら復帰も早そうだった。
(先ずはこの4人を近くの拠点へ……。!?)
「誰だ……!?」
グウェンが振り向くと、上半身だけとなった黒焦げの骸骨が岬の岸壁から這い上がってきていた。
「……はぁ」
ため息一つ零したグウェンは、人差し指を向ける。
「お前みたいな雑魚にかまっている余裕はないんだ。……去ね」
グウェンの人差し指から不可視の圧力が発生し、灯台の基礎部が不自然に抉れ、黒い骸骨の残骸は一瞬で消しカスになった。
「やれやれだな」
高速で飛び立つ。
黄色い野生動物が視界の端で動いていたが、魔力も小さく、グウェンは無視して加速した。
軌道修正等で、また少し時間が空きます。
評価、お気に入りありがとうございます!
(おふざけ減らして執筆速度が上がるかなと思ったけど、実際あんま上がらなかったどころか、あれちょっと遅いんじゃねってなっている者)