贄のフェリス   作:peg

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友の

 人里から離れたひっそりとした小さな教会の様な建屋。この世界の各地にある天罰神ヲーフィリアの尖兵、ゾルドが詰める神殿だ。

 夜分に蝋燭の明かりだけが灯された祈りの間は、私の視線が赤く照らされるほどには、薄暗かった。

 

「黒の61よ。今回も何事もなく終わったか」

「はい。老師様」

 

 祈るような姿勢で蹲る私の目の前にいるのは、この世界のあちこちに拠点を持つ天罰神ヲーフィリアに仕える老師だ。帽子がちょっとピエロっぽくて毎回笑いそうになるけど、みてくれは高級な僧侶みたいな感じだ。この神官の上には2つくらい役があって、さらにトップには猊下とかがいる。

 

「これまで、これといった欠損もなく大命を果たしている。十分優秀だよ君は」

「……。過分なお言葉です」

 

 十分優秀だよ(61位にしては)、とはホントにあんまりな言葉だ。私が序列61位なのをあまり良く思ってないらしい。配属されて半年くらいだが、毎回嫌味を言ってくる。まぁ、顕在魔力量が増えず61位に燻っている私も私だが。

 老師同士でマウント取り合っているコイツラは、手持ちの駒が優秀かどうかとか、それが何人いるかとかがステータスのようだった。

 

「まぁ、なんだ。そんな優秀な君には木っ端の悪霊では無く、『境界』に近い任務に当たってもらおうと思ってね。ちょうど東の神殿に空きが出たらしい」

「……」

 

 えぇ……(戦慄)

 

 内陸に沸く悪霊の強さを某RPGの序盤スライムとするなら、結界の在る『境界』付近に沸く悪霊はラストダンジョン付近のやべぇやつだ。序列の高い位のゾルドが本来は対応する任務だったりする。中央の地で成長しきれなかった、序列が低いゾルドにとって『境界』付近は死地だ。つまり、死んでこいってこと……。

 

「……無論、タダとは言わない。君にも源餐(レゴラ)は必要だろう」

 

 源餐(レゴラ)ってのはメタリックカラーの飴玉のことだ。飴玉は腹がふくれる上にコントロールできる顕在魔力を回復でき、多少の肉の欠損なら即座に再生させることができる優れものだ。さらに精神的な充足を得ることができる。そんなヤベェ薬。私はあんまり食べてない。だって無機物で味しねぇし。

 何も食べなくてもこの身体を維持できる。多少腹は減るが餓死はしない。

 

「今回の任務を果たすことが出来るのであれば、君の位階を上げることが出来る。ヲーフィリア様もお喜びになろう。期待してるよ」

「はっ……」

「出発は明日の朝だ」

 

 はっや、はやくない?(絶望)

 

 すぐにでも私の後任が配属されるんだろう。しかも、恐らく序列が上の新人が。老師の目がワクワクしてやがる。

 くそ! ちゃんと良い子ちゃんムーブしてたのに……なんてこった。私が配属された当時は、希少な黒属性とか、人々からの喜捨が増えたとかで喜んでいたじゃないかぁぁ!

 

「失礼いたします」

「うむ。もう会うこともないだろう」

 

 源餐(レゴラ)を何とか無表情で受け取った私は、老師のいた祈りの間をトボトボと出て、段々加速して小走りで隣にある自分の寮の部屋へ戻る。そして、流れるように毛布にくるまって叫んだ。

 

「ドボジデごんなこドズルのぉォォォォ!」

 

 ホワイトな職場にしてください!! ブラック通り越して人が死ぬレベルですよ。いや実際に人が死んでるんですよ!?

 

「フェリス! うるさいわよ!! 何時だと思ってんのあんた!!」

「ごめんミーア!」

 

 普通に隣人から怒られた。会話できるくらい壁うっすいからね。ちなみに23時くらいだ。

 ミーアはもう一人のエリア担当で私よりも古株のゾルドだ。と言っても、38位で1年くらい上なだけだけど。属性は緑で多分どこでも草が生やせる。見たことないけど。

 ゾルドを運用する老師たちは、私達を消耗品くらいにしか思っていない。更新ペースは早くて半年。優秀な個体は10年くらい生きるらしい。世知辛い。

 

「ミーア。異動になっちゃった。……前言ってたお誕生会ってやつ。出来なくなったよ、ごめんね」

「っ……………………そう。そっちに行くわ」

 

 ドタドタドタと音が響いたあと、キィと木製のボロ戸が開いた。

 暗闇の中に赤い目が爛々と輝く。

 ミーアも私と同じ銀髪だが、伸ばしっぱなしの私と異なり普段は二房に分けて編み込んでいる。今は寝る前だったのか、肩より下で癖の付いた毛先が揺れていた。そしてなにより、寝間着を押し上げるおっぱいがでかい。

 

「マンマ・ミーア」

「どこ見てんだっ!」

「いてっ!」

 

 私の視線を辿ったミーアは、私が以前あげた櫛を投げてきた。おっぱいガン見してたから普通に避けられんかった。

 いやぁ、しまった。あまりの母性の塊に、一瞬赤ちゃん返りしてしまった。暗闇だと見た場所が照らされちゃうからどこ見てるかバレバレなのよね(12敗)

 ベッドから逆さまに落ちた私へ、腰に手を当てたミーアがへの字口で言う。

 

「そこに座って」

「えー」

「座る」

「はい」

 

 有無を言わさない感じが怖い。普段もっと優しいのにねぇ。

 

「……」

 

 櫛を拾ったミーアは無言で私の髪を梳き始めた。きもてぃー。

 

 私が素の自分を出せるのは、ミーアと同期の一部の前くらいだった。

 

 しばらく無言が続いたが、普段からおねぇちゃん風を吹かせたがるミーアが唐突に話し始めた。

 

「フェリス。あんたには感謝しているわ」

「……?」

「前向いてて!」

「いてっ」

 

 なにに?

 

「偶に訳分かんないこと言うけど。たったの半年で……色々教えてもらったわ」

「……」

 

 そんなに色々教えたっけ……? いつも適当ぶっこいてたんだけど。

 同じゾルドってことで、最初は人間味の無いミーアに話しかけまくってたんだけど。そのうちに、話し方を真似てきたりしてきて仲良くなった。最近では、今やってるみたいに髪の梳かし合いっこみたいなキャッキャウフフな空間を形成していた。

 

 私と同期の訓練生は、幼稚園キッズみたいに普通にわがままだったんだが……。そういえば、講師とかが今までと違いすぎるって頭を抱えていたっけ。全員に首輪が付くまでは、普通に学級崩壊してた。

 

「お誕生会とか、交渉の仕方とか。その、普通の人間の友達の作り方とか。……()()()()()()を教わったわ」

「……ミーア。私らは人間だよ」

 

 私がそう言うと、ミーアが背中から抱きついてきた。おほー。これがミーアおっぱいの柔らかさか。ええのぉ。

 実際、この身体に成っている現代っ子の私が、狂わずに人間っぽい何かに成れている点で……。うーん、逆説的には人間なのではなかろうか。おそらくメイビーたぶんきっと。

 

「バカ。勝手に死なないでよね……」

「いや、まだ生きてるんですが。わっぷ」

 

 おそらく死地に送られるのは、間違いないんだけどさ。

 

 体を入れ替えられて仰向けに拘束された。

 正面から覗くミーアの真顔が、赤く照らされてよく見える。

 

「……死なせないわ」

「だから。まだ死んでないって」

 

 勝手に殺すんじゃない。話聞けや。しかしこの状態、胸に乗る脂肪の塊の温度が心地よい。ミーアの乳房あったかいなりィ。

 眠いのも相まって、私は今すぐに眠りの淵に落ちそうになっていた。任務から帰ってきて、すぐ呼び出されたのだから仕方ない。

 

「葉朽つる白木蓮が花咲くように」

「ぁ、おい」

「在るべき理に戻るべし」

 

 そう言ったミーアの顔が迫って来て――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すんげー巨乳になる夢を見た。

 

「起きなさいフェリス! フェリス!!」

「んあ? おっぱいは?」

「え? 早くに行くんでしょう?」

 

 目が覚め、胸を揉むと、私のおっぱいはどこかに行ってしまっていた。おっぱいイズゴーン。いや、私のは最初から貧乳気味だったわ。普通に寝ぼけてた。

 ミーアが寝間着に着替えさせてくれたのかもしれない。いつの間にか寝間着姿に変わっていた。

 

「準備しておいたわ。といっても、わたしたちには、聖装と鞄しかないけどね」

「……まぁねぇ。起こしてくれてありがとう」

 

 鞄ってのは、件の飴を沢山入れておけるやつだ。一斤食パン型で革製のアンティーク調なやつ。大きさは学生鞄ほどしかない。ミーアのお陰で寝坊ペナルティを喰らわなくて済んだな。たすかった。

 ミーアと一緒に眠ってしまっていたようだった。起こしてくれた上に、パッキングまでしてくれるなんて。なんて優しい奴。まぁ荷物ほとんどないんだけどさ。精々飴と簡単な野宿道具一式くらい。

 

「……あんた、源餐(レゴラ)多すぎない?」

「んー、そうかな? いっこいる?」

「そんな簡単に。……やめとくわ」

 

 飴ちゃんいる? くらいに聞いたけど拒否られた。まぁ、ほとんど食ってないからね。エリクサー症候群なめんな。

 

 聖装を着こんで荷物を持つ。

 寮の扉の前に立った私は、ミーアを振り返った。

 

「……後任に宜しく」

「わたしには何か言うことはないのかしら?」

 

 いや、なんて言っていいかわからないんだよねぇ。また再会したときに、恥ずかしくなる奴じゃないか。

 

「うーんと、元気でね」

「……。こんな時でもマイペースなのね、あんた」

 

 ミーアの赤い光で照らされた小さな寮の廊下を歩いた。光は角を曲がるまでずっとそのままだった。

 

 

 

 

 

 

 まだ暗い早朝に拠点にしていた神殿を出た。見送りはいない。

 既に黒い該当を頭まですっぽり被った行者が、幌の無いの馬車の上で待っていた。

 まぁ、馬車っていうか紐で繋がれているのはでかい虫だ。赤い目に銀色の装甲をした甲虫。カブトムシみたいなやつ。虫車って呼ばないのは……昔は馬が主流だったらしいから。

 

「あー、またせちゃった?」

「……早く乗れ」

 

 黒い恰好をした行者は、一般的に案内人って呼ばれている。ゾルドを悪霊がいる場所へ案内するから、っていう単純な呼称だ。

 

「車輪抜けないかな?」

 

 偶にゾルドの重さに負けてぶっ壊れる荷車あるから、危ないんだよね。

 

「平気だろう」

 

 声からして若い男かな。教会関係者にしては、えらく腰が低い……気がする。気のせいか? 教会関係者からのゾルドの扱いは悪い。ゾルドは老師の下にいるという結構高位な立場のはずなのだが……。その下に居る助祭とか、似た立場の人間からは目の敵にされている。具体的には、悪霊と同じでゴキブリを見た時の反応に近い。世知辛。

 

「それじゃ、よっこらせっクス」

「……出すぞ」

 

 荷車に飛び乗るときに、全く必要のない掛け声が飛び出したが無視される。まぁ、いつものことなんだけどさ。

 

「うおった。いてっ」

 

 急発進しやがった。あー、クソ。尻打った……。私がイボ痔だったら死んでっぞ。

 

 

 

 

 

 

 見所のない景色が流れていく。

 

 この辺りは中央で東寄りの土地だが、東の果までは結構距離がある。飲まず食わずで進める私達ゾルドと異なり、伴に同じ工程辿る案内人には、かなりの苦行となるだろう。

 

「……」

「……」

 

 道中は常に沈黙が下りていた。

 最初の腰の低さから行けば、私が話しかければ何かしら答えてくれるだろう。普通の短距離移動だと、話しかけても無視されて心が削れる。それでも話しかけ続けて黙れって叫ばれるのが常である。いつもは距離が短いからいいんだけどさぁ。

 

「なぁ。あんたは、どこ出身なんだ?」

「……」

「……なぁ。あんたは、どこ出身なんだ?」

「……」

 

 行けると思ったが、やっぱダメか。黒い行者は此方に見向きもしなかった。まぁ、暇つぶしがてら適当に話しかけまくるか。うるさいって言われるのも一応リアクションだ。切れた顔もボディランゲージみてぇなもんだよ。

 

「――でさ、その村のおっさんがさ」

「――そこの町長のさぁ、横領がばれてリンチされてたよ。あれには笑ったね」

「――村のオバサンってなんであんなにうるさいんだろうねぇ。いや、私達にも話しかけてくるからいいんだけどさ。食い物分けてくるのには参るよね」

「――熱膨張って知ってるか?」

「――ゾルドは飴玉しか食べない」

 

 壁に話しかけてるのと変わらんねぇこれ。ま、いつものことだからいいんだけど。そう言えば、ミーアと初めてあったときもこんな感じだったな。舐められたらいけないと思って、胸ぐら掴んでおまえどこ中だよ! って叫んだけど普通に無視された。

 

「なぁ、その虫の名前は、なんていうんだ?」

「ネルゥ」

 

 お?

 急に反応したね。

 

「へ、へぇ……。つ、つつ、付き合い長いの?」

「……」

 

 やっちゃった。意外過ぎたせいで、めっちゃ噛んだ。

 

「変なことを訊く、赤目人形(トイドール)だ」

「あ?」

 

 私の魔力お漏らしのせいで、木製の車輪が軋んだ。

 

「おい。私以外にその言葉を使うなよ? 最悪、肉塊にされて死ぬぞ」

「……ッ」

 

 赤目人形(トイドール)は、ゾルドの蔑称だ。無表情な奴が多いせいで一般的にそうあだ名されてるけど、そう呼ばれたときだけ無感情のゾルドも相当な殺る気スイッチが入る。ゾルドがたくさん集まっているときに叫ぶと、滅びの言葉と化すマジで危険な言葉だ。

 天罰神ヲーフィリアの剣であり盾である()教徒のことを、教会の玩具なんて呼んじゃだめよってこと。肉塊云々は……まぁ、ゾルドが人殺すところに目撃者でもいなけりゃ、悪霊のせいにされたら証明しようがないだけだな、うん。

 

「ふん。まぁ、私は()()()()怒らないけどさ。んで、ネルゥと付き合い長いの?」

 

 私は周りのゾルドと怒りポインツが微妙に違う。何でかって、少女を指してトイドール何て……。そんなのエッチな道具になっちゃうでしょーが!!! となるためである。ホントのところは……天罰神ヲーフィリアへの信仰心がうっすいだけ。

 半ば脅した形になってしまったが、会話をしてくれるようになった。

 私達の地雷が分かったからかな?

 

「……。ネルゥが産まれたときから一緒だ」

「ほーん」

 

 聞いといて何だけど、そんなに興味ある話題じゃねぇんだわ。

 

「案内人になって長いのかい?」

「……」

「なぁ、何にもしないから、暇つぶしに教えてくれよ。暇で暇でしょうがないんだ」

 

 自然豊かなどうでもいい景色を眺めるだけで、実際クッソ暇なので興味ない話題でもラジオ代わりにでも聞きたいもんだった。

 本を読もうにも、何故か紙媒体は非常に高価だ。緑の魔法で、いくらでも材料を生やせそうなのにね。軽くて薄い石版が主流だが、ちょっとしたことで割れる上にかさばるので旅には向かない。

 

「変な奴だ」

「そうそう、その調子」

「はぁ……」

 

 案内人はあきらめたように身の上話を話し始めた。

 

「……俺は北の生まれでな。両親を悪霊に殺されて孤児になった」

「ほーん、兄弟はいなかったのかい?」

 

 よくある話だ。

 身内が悪霊になって孤児になる。そのあとは身の振り方次第にはなるが、基本的に悪霊が出た家の家族は迫害される。次はあの家族の誰かがなるのではないか、ってね。同じ村や町のコミュニティにはいられなかった事だろう。

 

「妹がひとり」

「元気にしてる?」

「……。あぁ、そりゃあもう」

 

 その時、カブトムシの足が止まった。

 

「な、なんだ?」

「……飯だ」

「ぁー、生き物だもんな」

「……」

 

 案内人はいびつな形をした屑宝石みたいな赤い石を取り出して、カブトムシの前に投げた。ぼりぼりと咀嚼する音を聞きながら話の続きを聞く。

 

「どーやって食ってんだか……」

「……」

「案内人の人たちってどこ住んでんの?」

「基本は根無し草さ。神殿や教会から禄を貰って、馬車で寝食しているのが多い」

「ふーん」

 

 車上生活者で個人タクシーで生計を立ててるわけね。んで、ヲーフィリアのゾルドを運ぶのはでかい仕事と。こんな悪霊がはびこる世界でようやるわ。いや、人と関わらないからかえって安全なのかもしれないなぁ。

 

 食事を終えたカブトムシが足を進め始めた。

 薄い尻に響く振動が痛い。

 

「ト……ゾルド()方が皆知っていることではないのか?」

「誰も話してくれないもんなぁ」

「……」

 

 話題に乗ってきたのはコイツくらいだ。彼の中で使役する虫の話題が何か刺さるところがあったんだろう。

 この世界のこと、知らないことが多すぎる。知識を得ようとしても得られる先がかなり限られてしまう。現代ではネットでホイホイ情報を得られたが、ここではそれが無い。何ていうか、閉塞感ともどかしさしかなかった。

 

「んで。孤児になって、どうなったんだよ」

「……あぁ。あれは寒い冬の日だった。あの日、俺と妹は身を寄せ合って寒さをしのいでいた……ひもじくてな。このままでは死――」

「ほーん」

 

 黙って聞いていると、結構ノリノリでしゃべってくれた。これは、いいラジオだ。

 

 身の上話を聞いているうちに、案内人の背中がぼんやりと赤く染まった。私達は、東へ抜ける山岳地帯の要所、麓へ沿うように形成されている駅の一つトリガルにたどり着いた。

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