贄のフェリス   作:peg

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絶望の

「おい、あまりキョロキョロするな」

「すまない。……いやぁ、見たことなくてね」

「……はぁ」

 

 駅、宿場町。

 本来、ゾルドである私達は、ほとんど立ち寄らない場所だ。悪霊を連れてきそうって感じであまり歓迎されない場所ってこともあるし、遠方に行かないから()()()()なんかも必要としないからなぁ。

 

「目立って泊まるとこが無くならなけば良いんだがな」

「おや? 泊まる気だったのか? 目的地に間に合わなくて、ペナルティ食らうのはゴメンだよ」

「……」

 

 まぁ別に泊まってってもいいんだけど。旅程は大丈夫かね。

 

「渚の月迄に届けろって話だ」

「ふーん。2週間くらいか」

「……後17日」

「じゃあ大丈夫か」

 

 最悪、7日7晩走り続ければつくだろうか。めんどくさいけど。

 

 円形に区切られた世界であっても、元の惑星の影響は受ける。恒星と衛生の巡りなんていう、時間とか星の周期なんかは当たり前にある。空方向の結界には上限があるのかもしれない。

 

 いくつか宿を回ったが、結局治安の悪そうな隅っこ近くの宿になった。

 皆ゾルドが泊まるのを嫌がったせいだ。

 

「他のトィ……ゾルドならこんなことにならなかった……」

「いやぁ、せっかくだから泊まってみたいじゃん」

 

 こいつ、ゾルドを遠方に運ぶのは初めてじゃないわけね。

 

「他の娘の時はどうしてんだ?」

「……ネルゥを見てもらっていた」

「あー……つまり馬小屋ね。はいはい」

 

 他の娘なら無言で頷いて馬小屋に行きそうだな。なんて野郎だ。いたいけな少女を馬小屋にぶち込むなんて。……まぁ、ゾルド襲うようなヤツは翌朝肉塊になるんだろうけどさ。ゾルドに好意的な人間は、一般的に人形趣味って言ってバカにされるようだけど。

 

 案内人が見つけた宿の扉を潜った。

 

「邪魔するよぉ。ほぉ、こんな感じねぇ……」

 

 まぁボロボロ。修理するよりは立て直したほうが良さそうな建物だったしなぁ。

 そうやってキョロキョロしていると、微妙に小綺麗にした痩せた女がジロジロと見てきた。ババァに見えたけど、3、40くらいの……女将かな。

 

「……。……お喋りなト、浄士様だね」

「ほーん。女将さん。多分長生きするよ、あんた」

「……部屋は二階奥だよ。あぁ、やだやだ」

 

 宿の女将は、私が指摘しなくても言い直す。事前に了承したときにあいつから聞いたのかな。

 そういや案内人の名前まだ聞いてなかったや。ネルゥの案内人で別にいいか。

 

 さて、今日ご紹介するのはトリガルの町おすすめの最低五つ星の宿。跳ねる仔馬亭だ。内装は……まぁ、なんていうの。第一印象は、跳ねたまま地の底に落ちてるね。崖に飛び降りたトマト亭のが向いてるんじゃない?

 

「ぼろっちぃなぁ」

 

 階段を上り、床の抜けそうな廊下を歩くと部屋にたどり着いた。何気にこの世界の宿に泊まるのは初めてだったりする。

 

「……神殿の寮の方が綺麗だな、こりゃ」

 

 神殿も場所によっちゃ酷いみたいな話を聞くけど。

 

 部屋には、質素を通り越した簡素なベッドが一つだけ置かれていた。すのこ状になっていてクッソ硬い。床に寝るのと変わらんわ、これ。

 

「うーん……。――浄化せよ」

 

 簡易で魔法を構成すると、木目や床の隙間に居たダニみたいな虫が一斉に押しつぶされ、ハウスダストが浅く舞った。

 

「汚ったな。……はぁ」

 

 ため息を吐いて、ベッドへ腰かけた。別に虫に刺されたところで何ともない身体だけど、精神衛生上そのままにするのは嫌だった。

 

 ネルゥの案内人は、1階にある雑魚寝部屋で寝るらしい。私はVIP待遇だ。まぁ、客が全部いなくなりそうだったから、小部屋に押し込まれただけなんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れを過ぎた頃。酒の入った1階がにわかに騒がしくなった。飯処を兼ねた小さい食堂だ。ちょっと興味が湧いたので覗いてみることにする。

 

 二人掛けの簡素な机が3つ並んでいて、カウンターに席が数席あった。すべて埋まっている。

 

「んー……。お、いたいた。へぇ意外と顔は悪くない」

 

 二人掛けの机に一人で座る陰気な男がいた。ローブを脱いで黒いワカメヘッドを晒している。多分ネルゥの案内人だ。

 タクシードライバーハセオって感じ。

 

「ヤ゛ーッ!」

「(ビクッ!)」

 

 私が気合を入れて対面に座ると、男は驚いてスプーンを皿の中に落とした。何食ってんのかな?

 

「……」

「……。何だその無駄に目立つ無駄な掛け声は……」

 

 エビと……なに、この芋虫……?

 

「……無視かよ」

「虫を食いながら無視される者の気持ちを述べよ」

「全く意味がわからんぞ」

 

 私の冗談は全く通じなかった。

 外野の視線も冷たい。

 

「飯が上手いって評判なんだ! これ以上騒げば叩き出すからね! 」

 

 そんな私の前に、荒く分厚い陶器で出来た器が叩きつけられた。これはやばいと、女将が駆けつけて私の前にふるまっている料理を置いたのだった。まぁ、ゾルドな上に騒ぎまくってるわけだからな。

 

「うーむ」

「お前……黙って食えよ?」

 

 案内人が何か言っているが無視だ無視。

 

 視線まであげたスプーンから零すと細かい粒子が見える。スープは……ホワイトソースっぽいな。穀物か。香りは香草を入れているのか、香ばしい……ハーブ? のようなにおいがする。長い脚の生えた芋虫は、バッタみたいなやつをした処理してるのか、もしくは幼体……。エビに見えたやつは南側で取れる貝類だな。野菜類は、ここらで取れる根菜類だ。さっき露店商が売ってた。

 

「おい」

「……」

 

 この町は唯一、北、南、中央から東側に容易に抜けることができる立地をしていた。

 ここは中央から東に渡るにあたって、隆起したと思われる高い山岳地帯が北に向かって続いている。竜の背骨とも呼ばれる山脈だ。しっぽ側も南側へ標高は低いが走っている。

 上下の山に挟まれるようにできたこの通行の要所は、南側の海へと伸びる山岳地帯からも食材を運んでくる。

 海鮮系食材の保存に魔法が関わっているとはいえ、ほとんど暖かい南側から流れ込んだ食材で構成――。

 ――味は。

 

「ッ…… 。あー……。戒律で生き物は食えないんだった。あんたが食え」

「あ、おい。唯でさえ大盛なんだ。食えねぇって。おい。どこへ行くんだ!!」

 

 私は案内人に料理を押し付けて外に飛び出す。ゴロゴロと鳴る腹の音がどこへ行っても付いて回った。

 当て所もなく街を歩いたが、赤い光が私の道を照らし続けた。

 

 そのうちに、彷徨うのに飽きて宿に戻って寝た。

 

 

――暗闇の中に見たことのない文字が浮かんでいる。

 

 夢を見ている。

 夢を見ている自分を自覚した。

 これは、私の記憶の始まり。

 この世界で自我を認識した瞬間から始まる夢だ。

 呪いの様に何度も反芻する羽目になっている。

 

――それが高速で流れていった。

 

 この夢は、最後の吐血する時まで目を覚ますことはできない。

 

 

文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)文字文字(―呪―言)列――。

 

 

(なにこれ)

 

 それが、その時の私が思った率直な感想だった。

 

 

 目が覚めると、目の前には金属で出来た骸骨がぶら下がっていた。

 よく見ると、人一人分入るシリンダーの中に金属骨格がプカプカ浮かんでいるようだった。鈍色に光る球体の隙間からマグマみたいな心臓が、不気味に鼓動している。

 

 それがいくつも並び立っており、酷く不安を煽る光景だった。

 

(……人造人間生産工場かな?)

 

 この先に待ち受ける苦難を知ることもなく、その時の私は能天気にもそう思っていた。

 

 動けないままに何日間か見ていると、視界に入る何体かは腐り落ちる肉体を逆再生するように受肉していった。

 

(うえーなんか気持ち悪い。なんか下半身がモゾモゾする。……あれ、自分もこうなってんの?)

 

 自身が再構成され受肉する様を見せ続けられた。

 

―――

――

 

 プカプカ浮き続けて長い時間が経った。

 身動きが取れないので、できることは少ない。

 

(退屈すぎて、研究員が話していた謎の言語と書類の文字を覚えてしまった。えっ、もしかして私……天才すぎ?)

 

 この時、私たちが漬けられていた青い薬液には、認知領域を無理やり拡大させる効果が含まれていた。他の個体も、このとき見せられた文字表や文書をしっかりと記憶している。

 

 

 

 白衣を着たハゲの研究員がニヤニヤしながらうろちょろしているのを眺めたり。

 

(変態か?)

 

 諸悪の根源ノマス大聖上だ。

 

 銀髪で全裸の少女がプカプカ浮いてるのを眺め、シリンダーの反射で自分も少女とわかったり。

 

(なんか青い光も相まって……ふつくしい)

 

 すべてがゾルドとして稼働したわけじゃない。腐った身体で再構成され崩れ落ちる個体も珍しくはなかった。

 

 そして、変な秤を持ったやつを変顔して眺めたりしているうちに、シリンダーを出ることになった。

 

(危うく退屈で死ぬところだった。命拾いしたな。私が)

 

 そのまま退屈で死んだほうがよかったと、今ではそう思う。

 

 

 シリンダーから開放されたが、裸で整列させられた。右を見ても左を見ても、同じような背丈の銀髪赤目の女児ばかりだった。暗いところを通ると、目が心臓のマグマのように赤く光っているのがわかる。

 

(こわ。でも暗いところでも物の見えるから便利ねこれ)

 

 目を覚ますたびに人間との相違を見せつけられる。最悪の視界だ。

 

 さらにそのまま研究所から追い出され、訓練棟のタコ部屋に押し込まれた。

 

(何この仕打ち)

「オラァ! 弁護士よべや!! ……まって、何そのビリビリする首輪。まって、今の嘘だから冗談だか、まっ、あ、ワ゜」

 

 この首輪は未だに私の首に掛かっている。外そうとすれば締まって頸骨が折れる。逃げ出すことは叶わない。

 

 

 その後、数年間血反吐を吐くような修行を課された。反抗すると首輪に電流が流れて意識が消失する。反逆は許されなかった。

 

(首輪ティウンティウンわろた)

 

 笑い事ではない。

 

 

 

 修了試験と言う名のリンチを乗り越え、ナンバリングと属性別に色分けされた私は、ついにシャバに出されることとなった。

 

「ヒャッハー!」

 

 さぁ、地獄の始まりだ。

 

 

 

 支給されたシスター服のような制服のカラーリングは黒。ケープ付きの頭巾には、忍者のマーク付き額当てみたいなのがついていた。

 

(忍ばない忍者が忍術する世界だった……? 魔改造されたヲ印って何よ)

 

 そんな世界だったらどれほどよかったか。ヲーフィリアの印は呪いの片翼だ。

 

 急所には金属の軽鎧が付いており、装着すると酷く重い。布地の所にも粒体魔法金属が仕込まれていた。

 魔法念糸で操作できる粒体金属は剣であり盾となる。魔力量と操作できる量で、だいたいの強さが決まる。

 

 対訓練生同士では、操作の練度で上下関係が決まっていた。

 

「主命により、悪霊を殺せ。()け、黒の61位フェリスよ」

「……」

 

 ハゲの僧侶みたいな格好をしたおっさんに、荒野に指をさされた。その時の私は言われる前にもう走り出していた。なぜなら、当時は便意でお腹が痛かったからだ。

 

 忘れもしない。

 

 出発前に、偉い人の部屋に運ばれる予定だった料理を盗み食いした。

 

(この世界のご飯がどんなものが気になってしまったのだから仕方ない。というか毒入りだったのでは……? 毒殺を未然に防いだ私に拍手喝采)

 

 などと考えていた自分を殴りたい。教会の上は毒殺されてしかるべきだ。

 

 訓練を課され始めてから、支給される石ころみたいな無味無臭の飴玉しか食べられなかった。久々に使った味覚に衝撃が走り、気がつけば料理がなくなっていた。

 

「うぉぉぉぉ!」

(とりあえず、森とか川とか藪とか……間に合え!!!)

 

 結論から言えば間に合った。

 しかし、この時食べたものは未消化で出て来た。

 めまい、頭痛、腹痛、全身の倦怠感、動機、吐血。

 

 初めて使った消化器官の全てが悲鳴をあげていた。

 

「はぁはぁ……。んー……()()()、か」

 

 朦朧とする意識の中。

 人間の食べ物を食べることができない体となっていることを悟った。

 

(恐らく人間の食べ物は、全てこの身体に対しての脅威となるのだろう)

「……ははは。わろた」

 

 境遇を自らの馬鹿な失敗で悟った。

 

「ダメもとだ……」

 

 朦朧とする意識の中、私は支給されている飴玉をかみ砕いた。

 

 

 

 

「……ッ」

 

「火事よ! 色街の方で!!」

「逃げろ!!」

「悪霊が出たって話だ!! ヲーフィリア教徒を、案内人を探せ!!」

「夕方見たって!」

 

「うわ、うっさ……」

 

 深夜。

 静まったはずの通りが、うるさくて目が覚めた。最悪の目覚めだ。

 毎回のことだが、天井を照らす赤い光は前世での緊急車両のサイレンを彷彿とさせる。

 

 バタバタと通りを走る気配が過ぎていく。

 悪霊の気配が……あるな。それと、扉の前でためらうネルゥの案内人の気配。

 

「おい。起き」

「……行こうか」

 

 内開きの扉を開くと、ドアノブを触ろうとして固まった案内人と目が合った。レディの部屋にノックもなしに突撃しようたぁふてぇ野郎だ。

 ……まぁ、呼びに来ただけマシかな。

 

「点数を稼がないと」

「……点数?」

 

 自分が生き残るための、信仰もしていない神への点数稼ぎ。神殿から貰える源餐(レゴラ)は分かり易い貢献度だ。どうにも……さっき見た夢をまだ引きずっているらしい。

 これから死地に送られる私には、貢献度等何も意味がないと分かっている筈なのに。これまで気にしていた点数が口に出ていた。

 

「何でもない忘れろ」

「……」

 

 口から付いて出た言葉。それを取り消す術を私は知らなかった。

 

 

 

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