贄のフェリス   作:peg

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瀕死の

 

 風にはためくケープ付きの帽子を右手で押さえつける。

 今にも崩れそうな屋根を伝って移動すると、騒がしい一角はすぐにわかった。

 

 複数の建物が燃えている。

 火事。

 

「赤の悪霊かなぁ」

 

 人への憑りつきを繰り返した悪霊は、稀に魔法属性を獲得する。赤……わかりやすく火や熱に関する力を持つものだ。これまでに、私も10回に一回くらいの頻度だが、属性付きの悪霊を狩ったこともある。今まで青、青、緑と続いたから赤は初めてだ。

 

 案内人はついてきていない。今頃は逃げているかも。当然だ。彼らがゾルドを運ぶ以外に、鉄火場へ来る理由は薄い。

 

赤目人形(トイドール)だ!」

「遅い!!」

「何していたんだ!」

 

 思考を巡らしていると、夜空を飛び跳ねる私を見つけた町人が口々に叫んだ。黒い服してるのによく見つけられるな……。ってか、遅いってなんだよ……。普通依頼が来てから来るもんなんだよ。

 

 火の光に照らされ、火災現場前に墜落するように着地した。

 

 燃える建物をバックに、髪の長い女の影が揺らめいている。

 両腕の影がボトリと落ちて、足の肉に吸収されまた生えてきた。

 

「魔法使える様になると、やっぱもう肉塊の姿は取らないのか」

 

 何度か憑りつきを繰り返して魔法を獲得した個体は、よくヒトガタを取る。目も口も鼻もない、のっぺらぼう妖怪だけども。

 

「アアアアアァアァアアァァァア」

身体……動く身体!! よこせ!!

 煽情的な服の残骸を着た女は、私を見るなり叫び声をあげて襲い掛かってきた。

 着地から姿勢を戻した私に、悪霊の吐き出した火の粉の嵐が降り注ぐ。顔全体の割れ目から放射されている様は、地獄からの使者のようで不気味を通り越して気持ちが悪かった。

 

「おっと」

 

 聖装のお陰でダメージを負うことはないが、着地狩りみたいな事はやめてほしい。

 

「!?」

 

 火の粉を目隠しに、女の悪霊は回転する火柱を私に向けて放ってきた。回転の中心にあるのは、燃えた建物の柱だ。炎がまるで質量を持ったかのように、火の燻った瓦礫を操っている。

 私は両手を掲げた。

 

「――理に戻れ!」

「!?」

 

 交差するように振り下ろしながら叫ぶ。私に触れる寸前で瓦礫が地面に叩きつけられた。やったことは単純だ。念糸の制御を上書きしただけ。

 速度の遅い単調な攻撃は、大体これで対処できる。

 

 続いて、飛ばしてきた瓦礫を粒体金属の鞭で軽やかに捌いていく。

 前回の様に初めから大技は使わない。初手ブッパでオーバーキルはちょっと気を付けようと、この間思ったばかりだ。街中だしな、必要最低限で。

 

 属性を持ったとしても、悪霊がやってくる攻撃手段は単調だ。ポルターガイスト染みた瓦礫や農具攻撃。偶に剣や槍とか。大体がその場にあるものを使ってくる。

 しかし、攻撃が単調だ。発生したてで憑依回数の少ない小物かもしれない。魔法属性を得たのはたまたまか……?

 

「ガァァアア!」

身体をよこせ!!!

 崩れる家の音が激しくなった。そうそう、こんな感じで音が響くと、瓦礫が大量にね……。

 

「え゛? い、家一軒分は、初めてかな……」

「アァアアアアアアアァアァア!」

「やべっ!」

 

 油断していた私に、一帯を覆い隠すような火の小山が雪崩のように襲い掛かってきた。

 粒体金属を操作して、振り返りざまにアンカー付きの槍を近くの建物に打ち込んで走る。

 

「くっ!」

 

 灼熱の瓦礫に挟まれる刹那。

 右手で引いた粒体金属のワイヤーに、体重預けて低く飛んだ。

 ゴロゴロと転がりながら片膝立ちに起き上がる。

 

「いってぇ……。こいつ普通と違うぞ」

 

 私の逃げる先を予測して、偏差で攻撃してきやがった。

 

 炎の中に揺らめく影が見える。魔法を再構成しながら、こちらへ近寄ってくる。早めに決めないと不味いな。えーと、上空に打ち上げて……。

 

「ひぃ……!」

「なんだ?」

 

 逃げ遅れたのだろうか、私が壊した壁の向こうで幼い女の子が座り込んでいた。瞠目したまま、信奉する神のシンボルを胸の前で握りしめている。

 

「アァアアアアアアアァア!」

あぁ、わたしの身体。動く身体!!!

 再び掲げられた火の山。悪霊の影が嘲笑ったように見えた。キッズがいるせいで躱せねぇ!

 

「死んで……たまるか!!」

 

 座り込む幼女に駆け寄り、粒体金属を右腕に必死で集めた。

 

「間に合え!!」

 

 念糸を織り上げて、火の山にぶつけるように傘状の盾を現出させる。一瞬だけ拮抗したが、勢いに負けた。

 

「!?」

 

 止められねぇ! 壁を突き破って逃げ――。

 

 瞬間、私達を幾度となく衝撃が襲った。

 

「きゃぁぁぁ!」

「ぐぅあっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が回転する中、少女の悲鳴で何とか命だけは助かったことがわかった。一瞬意識が飛んでいた。

 

「わぁぁん!」

「どうなって……うぐ」

 

 右腕が動かない。いや、首から下の感覚が消えていた。声も出ていなかったかもしれない。視界の端に瓦礫が体に乗っているのが見えた。

 そこまで自覚すると、周りの音が入ってくる。

 

「そ、そんな。……首が折れてる」

「おい! 赤目人形(トイドール)が死んでるぞ!!」

「逃げるんだ!!」

 

「あぁ、テトラ! 怪我はないかい!?」

「ままー!」

 

 母親と思わしき女が、私が左手で抱えていた幼女を取り上げた。そして、こちらを一瞥する。睨むなら、最初から面倒見やがれ……。

 

「……」

 

 走り去る親子を目で追うことしかできなかった。

 

 人の気配が、蜘蛛の子を散らすように一気に減った。敗戦濃厚と見て逃げ始めたのか。

 

 目を瞑って粒体金属の存在を知覚する。飛び散ったが、まだ4割近く残ってる。手を使わずに念糸を操作したことはないが、出来なければ死ぬ。

 

 大丈夫。

 出来る。

 焦るな。

 ちょっとずつでいい。

 ちょっとずつ。

 念糸で腕を、指を、創り出せ。

 

 胸の内ポケットに1つ入っている飴玉をどうにか口に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。死んだのか?」

「!?」

 

 ワカメ頭の案内人の声が聞こえた。

 空を見上げる私の頭側から覗き込んでいる。目を瞬いた。なんだ、逃げなかったのか。

 

「そんな状態でも、生きてはいる……か」

「……」

 

 集中の邪魔をするなと言いたかったが、声は出せなかった。

 もう数秒もしないうちに、あの悪霊がやって来るだろう。

 

「お前、腹が減ってたんだろう?」

……(逃げろ)

 

 駄目だ全然声が出ない。しかし意思は伝わった。

 

「逃げるさ。その前に……忘れ物だ」

 

 私の唇の動きを読み取った案内人は、私が置いてきたカバンを見せてきた。

 

「空腹の中で死ぬのは、きっと辛いんだ。〈ゾルドは飴玉しか食べない〉、だったか……。だから、化けて出るなよ」

 

 カバンから飴を取り出した案内人は、私の口に青光りする飴玉を1つ落とした。

 

 文字列(―呪―言―)

 

 途端に、私の身体が鼓動した。

 

「何だ!?」

「く……ぐぅああ!」

 

 曲がった右腕、あらぬ方向に曲がっていた首が急激に元に戻った。電流のような激痛が脳天に走り、視界がブラックアウトしかける。

 陶酔感が背中から上下に突き抜けて気持ちが悪い。

 

「あぁぁ、はぁ……はぁ……。い、痛かった」

 

 瓦礫を弾き飛ばして身を起こす。両手を眺めて調子を確かめた。まじでエリクサーだなこれ……。

 

「……。どうなってるんだ……!?」

 

 案内人が2歩下がる音が聞こえ振り返った。

 

「感謝するよ、案内人。死ぬところだった」

「……」

「こういう身体なんだ。そんな顔するな」

 

 傷つくじゃないか。

 

「ァァァ」

「さて、と」

「おい、一度負けかけてるんだ。仲間を呼んだほうがいいんじゃないのか?」

 

 立ち上がって歩き出した私に、案内人の怯えを飲み込んだ声がかかった。

 

「大丈夫に決まってるじゃん。それに私は手加減が苦手なんだ」

「え?」

「人が逃げてくれて助かったんだよ。様子見しなくて済む」

 

 聖印を切る指を2本掲げた。

 イメージするのは、念糸による巨大なヤリの構築式。

 黒の属性魔法は認識した物理法則を無理やり捻じ曲げる。私の魔法は、限定領域的な速度と質量の変更を行うものだ。手のひらサイズの石ころですら、銃弾の初速よりも速く、車よりも重い物体に変えることができる。細かい数字を決められず、威力はその時の体調によるけど。

 

「哀れな魂に救済を」

 

 今は残っていた顕在魔力に回復した分が累積され、すこぶる調子が良かった。

 

「栄華の樹の実が地に堕つように」

「アァァ!」

 

 獲物を見つけた悪霊が、建屋を燃やしながら上空へ飛び出す。

 

「在るべき理に戻るべし」

 

 ヤツの背中へ追従するように大量の炎を纏った瓦礫が押し寄せてきた。さながら、炎の津波だ。町1つ飲み込みそうなほどの圧力を感じる。

 

「天罰神ヲーフィリアの名の元に」

 

 印を切り切って、カバンに入っていた予備の粒体金属も集める。津波に対峙するように、呪言の浮き出る白い巨大な槍が回転しながら輝いた。

 

「浄化せよ!!」

 

 発射された槍が通過すると、空間が悲鳴を上げた。

 物理法則を無視して数倍に膨れ上がった運動エネルギーによって、槍は空気を破った。影響する範囲が音を立てて崩壊していく。

 

 そして、炎の津波を割り裂いて、一条の光が悪霊を焼いた(私の槍が悪霊を祓った)

 

 

 

 

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