◇
快晴。
太陽みたいなオレンジ色をした恒星の横に、私が指で摘んだ黒い楕円形が引っ付いている。
ガタガタと揺れる馬車の荷台の上で、私は寝転んでいた。いつもは不快な振動も、慣れてくれば心地よく感じる。
「ふんふーん♪」
「……」
宿場町トリガルのおよそ7割は助かった。3割は崩壊したけど。あとから請求されなきゃいいな……。仮に悪霊を放置して町全部が焼けてたことを考えれば、まぁ、うん。どうしようもない。
結局あの後、町には長く居ることが出来なかった。案内人と二人、夜中に追い出されたんだ。
あんな悪霊と、正面切って魔法戦を行った私が怖かったのだろう。気持ちは分かる。
一応町の代表が、本部に感謝の手紙を送るってことだったが。もうちょっと何とかならなかったのかね?
それと、木で出来た髪留めを貰った。ちょっと焦げてるけど。半円になっていて、棒でブスッと刺すタイプのやつだ。助けた幼女がコソッとくれたんだ。
「“おねぇちゃん、ありがとう”だってさ。うひひひ」
「……なぁ、その話何度目だ? 流石にうるさいぞ」
案内人は生意気にも私の話を遮るようになった。案内人のくせに生意気だ。
ガバっと起き上がった私は、彼に噛み付いた。
「は? そんなに欲しがっても、あんたにはやらないんだが???」
「いらん」
流しっぱなしの私の髪も、これなら簡単に纏められそうだ。帽子を脱いで、チラチラと視界に入るうっとおしい髪を、背中側でチャチャチャっと結っておいた。
「お、どうだ? みろよ、似合うか?? ん???」
「しらん」
最近ではこんな調子だ。
つまらないことに、案内人の身の上話ネタも尽きて反応が薄くなっている。
「み゜ゃー!」
「ん?」
「お」
そんな私達が乗る馬車に、鷹みたいな猛禽類が降りてきた。そいつは鈍色の翼を持っていて、凶暴な子猫みたいな鳴き方をする変な鳥だった。
「神殿からの伝書か。……筒。中は紙か。珍しいな」
「おー、ホントだ。私は初めてみたよ」
これが噂に聞く、依頼が飛んでくるってヤツか。足に丸い筒がついている。
「み゜ゃー!」
「ん? 取れってこと? 私宛か」
少しワクワクして陶器製の筒を足から外すと、鳥はすぐに飛び立っていった。
飛び立つ際、個体の大きさからは信じられないような突風が吹いて、筒が弾き飛ばされてしまった。
「あわ、あ、ちょっ、あ」
空振った。
私の腕をすり抜け頭上を通るルートで、筒が飛んでいく。
「……ぬっ!」
私は焦らずに後頭部側から銀色の腕を生やして、荷台から落ちかけた筒を上手くキャッチした。
「……器用なもんだ」
「ふふん」
頭髪側から操作する念糸だ。色々と試行錯誤したが、これが上手く行った。何故か額から旋毛を通った頚椎にかけてなら、念糸を生やすことが出来たのだ。
今までやろうと思わなかったので、全く気が付かなかったが。
「どれどれ……」
筒に入った手紙を取り出す。蝋で防水された蓋を外すと、ネジ状に溝が彫ってあった。なんか地味に技量の高さを感じる。
「……なんと書いてあったんだ?」
「あ? えー……っと。……アスハ?」
それはアスハの神殿からの手紙だった。
アスハ神殿は、博愛主義で有名な護神アスハを信奉する集団だ。天罰神ヲーフィリアの徴と真逆の徴を持っていて、有事には協力関係にある処だ。
「“協力されたし ロズールにて行方不明者多数” ……?」
裏を確認してもこれ以上何も無い。みじかっ。
「なん……これ……」
「……。……付近に、いっぺんに送ったんだろうよ。よくある話さ」
あまりにも簡潔すぎて、一瞬意味が分からなかった。
「俺は、そこには近づきたくないな。アスハといえば、命を救うことを信条とし、人の命を奪うことを殊更嫌う集団だ。……それが、悪霊であってもな」
「あー、つまり。悪霊が乗り換えし放題な訳ね……」
「やっても隔離くらいなもんさ」
博愛主義ってそういうこと……? 最悪の環境が出来てるってことかよ。
「犯人が人間ってこともあるが……。こんなに大々的に送るんだ。十中八九悪霊だろうよ」
「……うーん」
「行くなら、3日は掛かる。まず間違いなく、東の海には遅れるだろうな」
「それは困る」
「だが、判断するなら今日中にな。お前の
「……」
昔は、評価を落とすと北とかに送られると思っていた。北の『境界』から帰ってくるゾルドは、ほぼ居ないと聞いている。行くべきじゃないんだろうが、東に送られる時点で、もはや評価は関係ないのかもしれない。つまり、どうしようもない。
「まぁ、これだけ大々的に送るんだろうさ。5日もしないうちに、お前のお仲間のヲーフィリア信徒が向かうさ」
案内人は私を諫めるように背中越しに言った。
「……はぁ。東に行くよ」
「それがいい」
しばらく迷った末に、脱力してそう呟く。確かに、無理してまで討伐をやる必要はない。人命は尊いが、自分の命以上に大切なものはない。私もそれをよく知っているはずだった。
「しっかし、あれかぁ。なんだかんだ言って、私が行くって言えば、あんたは付いてきてくれるワケだ。あぁ、私は可愛いからなぁ。あいてっ!」
空気に耐えられなくなり、戯けた私の頭にネルゥを磨くためのブラシが刺さった。
「誰が人形趣味だ」
「あんた、それ私以外に言うなよ?」
「誰が言うか」
東の海につくまでの間、始終こんな調子だった。なんとなくだが、私はこの案内人が不用意な言葉でひき肉エンドを迎えるのは、なんだか嫌だった。
◇
海に近づくに連れて、快晴から霞がかった空模様へと変わってきた。
案内人の馬車に揺られて、海岸線に沿って出来た街道を進む。
特に何事もなく旅程は進み、無事に東の海に差し掛かった。
「ん!?」
「……なんだ?」
磯臭い香りが増してきた中。頬杖をついて海に目を向けると、小島並みにでかい骨が悠々と海を泳いでいた。
申し訳程度の肉が付いたデカい骨……と言うか腐った死体だ。
「え、なにあれ。でっか」
「……あぁ。古の神の一柱オケアノスさ」
「神? 海竜……なのか? 死んでる?」
島サイズのオケアノス周辺には、鳥の群れが集まっていて、背中にはいくつもの巨木が生えていた。上の方は霞がかっていて、薄っすらとしか視えない。
「なんだ、知らないのか。……世界が閉じた時に、東の海に貯まる穢れを全て受け入れたんだそうだ。お陰様で、人間は今でも海の幸を得られるってわけだな」
穢れとは何だろうか。結界で海流が堰き止められたことによって、なんやかんや腐ってしまったとかそんな感じだろうか。
「穢れ、ねぇ。いてっ」
車輪が岩を踏んだのか、荷台が跳ねて肘を載せていた外枠で顎を打った。これで7回目くらい。あと2回打ったら、この荷台を破壊してやる。
「せいぜい慎重に運転するんだな」
「……何の話だ? まぁ、死体のまま動き回るんだ。古の神々と呼ばれる連中は、人知の及ばない存在ということは確かさ」
「……ふーん」
やっぱり死体らしい。
飛んでるドラゴンとかを見られるのなら、ファンタジー感を全力で感じることができたんだが。初めて見たのが、海を泳ぐドラゴンゾンビとか……。私はやっぱり、この世界が好きになれなかった。
神の霊験あらたかな死体眺めていると、馬車が不意に揺れて止まった。
「……ここまでだな。あそこに見える古い灯台を目指していけ」
「おいおい。ここまで来て、最後まで届けてくんないのかよぉ。それでもほんとに案内人かぁ?」
「……」
私の煽りを聞いた案内人は、無言で馬車を降りると車輪を指さした。
「……」
私も降りて車輪を見た後、無言で案内人を見上げた。
「……」
「……」
これあれだ。完全に砂浜に嵌ってやがる。
ネルゥがバックで馬車を押し上げて、元の硬い街道へと戻った。その姿は完全にスカラベのそれだった。
「んじゃ、元気でね」
「……。ふん、じゃぁな」
愛想よく手を上げた私を一瞥した案内人は、特に何も言うことなく走り去っていった。
少し寂しいが、あいつとの関係性はこんなものだろう。走るラジオみたいなやつだった。……あいつが困っているときは、一度くらい助けてやってもいいかもしれない。
小さくなっていく案内人の背中を見て、私はそう思った。
「まぁ、もう会うことはないんだろうけどさ」
有限世界つっても、この世界は広い。端から端に移動するにも一月以上掛かるくらいには。