贄のフェリス   作:peg

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砂の

 案内人はすでに去り、私は霞がかって少し暗い砂浜に一人ぼっちで立っていた。

 灯台が照らす方向に『境界』が見えるはず……。神殿の講師が、昔そう言っていたのを思い出した。

 

「んー『境界』は。……なぁ、視えないよな?」

 

 霞がかる中、古い灯台が照らす方向を見て、勝手に出てきた独り言に驚いて口を抑える。

 

「あーいかん。ずっと返事があったから、なんか癖になってんな」

 

 モミモミと両手で顔を揉み込んだ。

 冷たく見えた案内人は、私に大分影響をもたらしたらしい。憎いやつめ。

 

 悠々と動き回るオケアノスも、いつの間にか去っていた。

 海の漣だけが聞こえる。

 世界から切り取られた私は、その場にどっかりと座り込んだ。

 

「このまま逃げちゃおっかねぇ……」

 

 その場合、いずれ首輪がキューって締まって、コキュっと死ぬんだけどさ。いや、この間みたいに、呼吸を止める前に源餐(レゴラ)を食べればワンチャンあるか……? うーん、魔法遮断する装置入ってそう……。怖すぎて駄目だな。

 

「だあー! やめだやめ」

 

 そのまま寝転んで灰色の空を見上げた。ギュルギュルと腹の虫が鳴り、急に冷たい空腹感に襲われた。

 ……源餐(レゴラ)が切れやがった。くそったれ。

 

「あー、飯食いてぇ……」

 

 腹の虫と本心が、空に吸い込まれていった。

 

 

 

 そのまましばらく眠っていたが、また例の夢で起こされた。

 

「……ッ。くそ。眠れもしないのかよ」

 

 気持ちを切り替えるために、創作活動に努めることにした。

 

 いつかどこかで見た摩天楼……の1/120スケールな長方形。それをいくつも地面から生やして、全く関係のない五稜郭も作った。

 ヒャッハー! テンション上がってきたぜ! 魔法を使って平等院鳳凰堂と五重塔も作って。

 

「そして止めはふっじさんだ! は!?」

 

 かなり熱中していたが、そこまで作って目が覚めた。

 ……まぁ、何ていうかサンドクラフトだな。

 

「完全にオーパーツだよこれ……」

 

 あまりに出来のいい仕上がりに、思わずそうこぼした。誰も見てないからいいんだけどさぁ。

 

 魔法で砂の重さを操って固める。水掛けたほうがいいんだろうけど、下にある湿った砂を使ったら固まった。

 

 熱中できる趣味としていいかもしれない。これで、東の海でも何とかやっていけるといいが。

 

「一つ積んではペタタペター……と」

 

 膝を抱えて座り込んだ姿勢のまま、念糸で砂を操って積んで、黒の魔法で固める。

 

 魔法に詠唱は、実は要らなかったりする。念糸で粒体魔法金属を操るのだって魔法に属する。魔法で粒体金属を操れるのが私達しかいないから、詠唱なんてしていない。

 

「開けろ! ヲーフィリア市警だー……ってね」

 

 魔法を使う際の祝詞は、所属を周りに告知するためのものだ。

 理性なき力には力で返してもいいっていうのが、この世界で生きる人々の根底にある。モラルっていうのかな。

 それこそ、魔法が使える市民は、魔法で被害を被ると魔法で反撃したりしてくるから注意が必要だ。

 緊急時には少しフワッとしたりするが、町中で大きな魔法を使うときには特に祝詞が必要だ。ゾルドの皆は、割と口癖になってるってところもある。

 

「誰が見てるかわからないからねぇ」

 

 しかし、ここでは不要だろう。

 摩天楼を作りながら、頭を少し整理しながら言葉を吐いた。

 

「迎えに来た」

 

 その時、私の背後から幽鬼のような声が降ってきた。

 

「どわらっ!? あっ……」

 

 あまりにも驚いて、臨戦態勢で立ち上がった。しかし、硬さがマチマチな平等院鳳凰堂に足を取られて、自分で作ったビル街へ仰向けに突っ込んだ。

 砂まみれになった……。いきなり誰だよ、まじで。

 

「? 迎えに来た」

「それは聞こえてるよ! あー……ったく」

 

 砂だらけになった目を開くと、私のお仲間がこちらを覗き込んでいた。帽子の隙間から見える髪の長さは耳が隠れるくらい。ほっそりとしたチビ女で華奢な印象を受けた。青い聖装をしっかり着込んでいて、首輪はしていなかった。

 どうやら道草食ってた私を感知した仲間が、迎えに来たようだ。

 

「…………? ぁ!? 挨拶が遅れた。私、オリアナ。青の54」

 

 しばらく小首を傾げて沈黙したオリアナは、突然瞠目して姿勢を正したと思ったら自己紹介を始めた。

 

「え」

「? ……ちがうのか?」

 

 彼女の中でコミュニケーションが上手く行かなかったのは、挨拶しなかったのが原因と思い込んだようだ。

 まず謝ってほしかったな……。

 

「いやそうじゃなくて。はぁ……。私は黒のフェリス。61」

「よろしく」

「あぁ。っと、初めましてだ。よろしくね」

 

 手を差し伸べられたので、握って身を起こす。そのまま固く上下に握手すると、オリアナは不思議そうに手を眺めた。

 

 この反応。

 初期ミーア状態か。

 私よりも若いかなぁ、コイツ。

 

「……握手だよ握手」

「なぜ? 握手、する?」

「はぁ〜〜〜」

 

 なんか身体の力がぬけた。とりあえず、時間切れらしい。

 苛立ち紛れに作品を破壊して、灯台の所まで歩くことにする。全く、賽の河原の石積みだよこれじゃ。先が思いやられるね。

 

「ほら、灯台に行けばいいんだろ? お手々見てないで早く来なさーい」

「おい。まて、なぜまた握手する? おい」

 

 そう言って手を引っ張ると、常識のないオリアナはしつこく訊いてきた。

 どうでもいいけど、あの崖どうやって登るのか……案内してくれぇ。

 

 

 

 

 

 岬にある灯台のもとに、小さな神殿があった。神殿と言っても、普通の家の中をぶっこ抜いて作った祭壇のような印象だった。

 

 私は今、その前に祈るように跪いている。

 

「……。黒のフェリス。道中でも大命を果たしていたか。欠損はないな?」

「はい。老師様」

 

 この東の灯台にある神殿に勤める老師、アズイーラが私へ問いかけた。第一印象は、ハゲを被り物で隠す胡散臭い中年のおっさんって感じ。

 

「ふーむ。悪霊は色付きだったらしいが……。存外優秀なのだな、君は」

「……」

 

 そう言った後、老師アズイーラは少し考え込んだ。

 60位のディスりはやめろ。そして、早くしてくれ……。さっき足を挫いたのか、微妙にこの体勢がきついんだ。

 聖装の中で細かく振動していると、老師アズイーラは口を開いた。

 

「まぁ、源餐(レゴラ)を祈ってやってもいいだろう。そこで待っていなさい」

「はい。老師様」

 

 わ~い。と言いたいところだが、これまでの点数稼ぎに意味はあったのだろうかという思いが、私の中に占めていた。旅立ってから、ずっとその考えが巡っている。

 

「大いなるヲーフィリアよ――」

 

 私が視線だけを老師の背中へ向けると、老師は祭壇前でどうでも良い何事か呟きながら印を切る。すると、空間に紫電が走り祭壇に置かれていた銀の器が甲高く鳴った。

 天罰神ヲーフィリアから与えられる、ゾルドへの恵み源餐(レゴラ)だ。

 

「2つ、か。主はよく見ておられるよ」

 

 手渡してくるものを恭しく受け取る。ほんとかよ。

 

「は」

 

 考え事をしていると、嘲笑のような返事が出てしまった。やべ。

 

「さぁ、ここには君の仲間が3人いる。1人には会ったのだろう? あと2人に挨拶するといい」

「はい。老師様」

「2人は奉仕に行っている。君がいた浜辺と反対側へ向かうといい」

 

 私は浅くお辞儀を返して祈りの間を出た。

 

 

 

 

 

 

 外ではオリアナが待っていた。

 

「おい。源餐(レゴラ)、貰ったのか?」

「あぁ」

 

 急に顔を近づけて聞いてきた。どうにも、この娘のペースがよく分からない。

 ほーん。意外と美人だなこいつ。

 

「……」

 

 私が源餐(レゴラ)をしまったカバンを叩くと、オリアナは物欲しそうに見つめたあとに肩を落とした。

 

「なんだ。ほしいの?」

「いい。人のは取らない」

「そりゃ偉い。偉い偉い」

 

 頭を撫でてやると、オリアナは急に怒った顔になって飛び退いた。

 

「おい、私が上なんだ! 触るな!」

 

 そういや、こいつの方が序列が上だった。

 

「あぁ、そっか。ごめんね。ほら、怒るな。1個やるから」

「な!? おい、あむ」

 

 近付いて飴玉を小さな口に押し込むと、身震いしたあとに大人しくなった。ちょっろ。

 感情表現に乏しいと思ったが、よく見れば口角が上がっている。分かりづらい。

 

「……よかったな」

 

 怒りは引っ込んだようだった。エリクサーは精神にも良く効くなぁ。私の前世ロスも消えるくらいだし。

 

「うまい」

 

 ちなみに、源餐(レゴラ)に味はない。

 

 

 

 

 ベッド1つが置かれた狭い寮に荷物を置いて、私達は砂浜へと向かった。

 

 オリアナと2人、足場の悪い巨岩の外周を下る。

 

「奉仕、ね。何してるんだか」

 

 今まで居たところだと、奉仕といえば神殿の掃除や町の害虫の駆除、泥さらいなんかだったけど。魔法パワーで、結構楽に終わるもんだったな。んー海で何するんだろうな?

 

「砂浜に落ちている骨を拾う」

「へー。ん?」

 

 自分の顔の筋肉が引きつるのがわかった。

 聞き間違いか?

 環境活動家か何かだろうか。

 

「どうした? 骨は拾うものだろう?」

「いや、ちょっと待って。整理してるから」

「何を言っている?」

 

 骨を拾う。慣用句的なサムシングのこと言ってるとか?

 つまり、人間の死体でも流れ着くのだろうか。

 それなら、隠語みたいになっちゃってるのも納得できる。

 

「見えた。皆は向こうだ」

「!」

 

 オリアナのあまりにも不足な説明を聞いていると、足場の悪い場所を抜けて視界が開けた。

 

 遠くでゾルドの聖装を着た誰かが、白い巨木を引きずりながら歩いていた。

 遠目に見える赤と黄のゾルドは、合流するとこちらに向かって手を振った。

 オリアナが叫ぶ。

 

「おーい! 連れてきた!」

「早く来い!」

 

 私は眼の前に、念糸を使って小さな穴の空いた板を形成した。黒の魔法で、回折する光をちょっといじる。すると、小さな穴から覗く視界が白い巨木にフォーカスされた。

 木かと思ったけど、よく見たらあれは巨獣の骨だ。

 

 ほんとに骨を拾ってる……(白目)

 

 

 




およそ1章分了。
少しチャージします。
承認欲求が一時的に満たされると、さらに承認欲求が増大しフリックやタイプ速度が上がったりする者(正直者)
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