骨を集めては焼いて。
そんな生活が何日か過ぎた朝。
ようやく霞が晴れた。皆の話では、オケアノスがやっとここを離れたらしい。
これまで拾った骨を積み上げれば、相当な量になるだろう。あれだけ身体が大きければ、どうやら自切する部位も多い様だ。というか、落し物である骨自体がデカすぎるわ。
「建付けわっるいな。……くそ! お、開いた」
石で出来た寮の壁に無理やり取り付けたような木製の格子戸を開けると、海の向こうにオーロラの様に光輝く壁が見えた。
『境界』だ。
「よいせっクス」
窓縁に腰掛けて海を眺める。結界の光が反射する海面は、色が不気味に変化していた。
世界を一変させてしまうほどの巨大な結界。どうやって構築したのかも、さっぱりなサイズだ。
あの壁の向こうには、いったい何があるんだろうか。教えでは滅んだ世界らしいが。
どうなっているのか興味はあるけど、確かめる術はないもんなぁ。
「フェリス。起きてるか?」
凪いだ海を見つめて、そんなことを考えていると、ノック音のあとにオリアナの声が響いた。
「……あぁ、起きてるよ。入って」
何となく、海を見たまま振り返らずに応じる。
ノック覚えてて偉い。一昨日までは、普通に突撃してきてたもんな。
すっぽんぽんで飴仕込む場所作ってたら、扉をぶち開けて来やがったんだ。逆ラッキースケベなんて初めて食らったぞ。オリアナは全然応えてなかったが。
「読み終わった。また作って」
「ん。置いといて」
オリアナに作ってやったのは、巻物状の小さな絵本だ。布切れに魔法で砂絵を貼っつけただけの、やっつけ仕事なやつだけど。
尚、作る度に私のベッドシーツは短くなっていく模様。
「チィタロス面白かった」
「そりゃ良かった」
ちっちゃくて可愛いキャラたちが、鬼退治する話だ。まぁ、中身は古き良き桃太郎なんですけどね。
「他のも、ある?」
「あぁ。たくさんあるよ。……作ればね」
シナリオのレパートリーは、それなりに沢山ある。そして、簡単な絵なら描ける。これが知識チートの力。……だからなんだって話だが。
この閉じた世界では、知識チートが巻き起こす産業革命みたいなことは起きにくいかも知れない。緩やかに資源を失って行く、その途中の世界。元の世界ほど忙しくない。
「何見てる?」
「んー。……海、かな」
どこを見ているわけでもなく考え事をしてただけだから、突然聞かれて言葉に詰まった。
「フェリスは変だ」
「……んだよ急に」
振り返ると、帽子のないオリアナが窓辺に近寄って来ていた。帽子のかわりに、ツヤツヤのショートカットが乗っかっているように見えた。見慣れないせいで、少し違和感がある。可愛いけど。
「……悪い変じゃない。いい変だ」
「……いい変、ね」
「うん、いい変」
なんだそりゃ。
ベッドに座り直した私の隣に、オリアナがちょこんと腰掛けた。砂絵見せびらかした後くらいから、この娘は私に引っ付いて回りたがる。……まぁ、ミーアとかセーラもこんな感じだったけど。
たまに序列を笠に着てお姉さん風を吹かせるところは、ミーアにそっくりだ。
「セリスは?」
「任務に行った」
「……全部持ってく気かよ」
ま、楽でいいんだけどさ。でも、下っ端が
「速いから、って」
「そりゃ、ビュンビュン飛べりゃ速いねぇ」
私よりずっと速い、というのは間違いがない。というか、あんな見た目しててめっちゃ働き者だ。感心しちゃうね。
しかし、困った。任務がないんじゃ骨拾いしかないじゃないか。
「うへぇ……」
私は骨拾いに対して飽きが出てきていた。最初は新鮮味があって面白かったのだけれど。永遠に終わらない海岸ゴミ回収ボランティア。そう考えるとげんなりした。
人の多くいるコミュニティは、この辺りにない。
人の集落が少ない理由は、古神オケアノスが頻繁に来るせいのようで。通りすがるだけなら海に恵みをもたらす古神は、留まると『コケラ』と呼ばれる骨をまき散らす害悪に変わるようだ。
さらに、東の海に面する砂浜は、『竜の背骨』の山々から流れ出る河で縦3つに分断されている。その中央に位置するこの神殿は、他の神殿に比べて村々からはちょっと遠い位置にある。
地図的には緩いm字を横に倒したようになっていて、突出した位置にある灯台以外は何もない。
つまり、奉仕の仕事があんまりない。
前に居たところでやっていた魔法を使ったドブ浚いは、手を使わないので汚れにくい上に底に沈んでいるお宝をくすねることが出来たから、ちょっと楽しかったんだけどね。
「うーん、どうしよっかな」
絵本を作ったのも、ここに理由がある。単純に暇なのだ。
魔法の習熟を図るか、仲間と親睦を深めるために絵本やアート作品を作るか。
セーラをからかって遊ぼうと思ったが、何もないときの彼女は海に向かって座禅を組んで返事をしなくなる。時折、空中に炎が噴き出すから、おそらく魔法の修行だ。昔より、めっちゃストイックになっとるのよ……。
集中力を確かめようと、馴れ馴れしくおっぱい揉んでセクハラしたら普通に燃やされた。
しばらくちょっかいは掛けないほうが良いだろう。
「奉仕、する?」
「んじゃ、骨拾いでもしますか」
「うん」
オリアナの提言で、骨拾いを続けることになった。まだまだ骨は落ちている。
オリアナがいれば、割とすぐに見つけられることが多いんだけど、青の魔法でも使ってるのかね?
この娘は、かなり深い地中に埋まっている骨まであっさり見つけたりする。脳みそにソナーでも詰まってるのかもしれない。
掘り出すのに時間が掛かるから、セリスなら放置しろって言うだろうけど。今日いないから穴掘りでもすっかね。
岬から浜へ下る途中、北側の海に霞が掛かっているのが見えた。腐龍は北へ旅行中のようだ。
「ここだ。ここ」
浜辺に降りると、オリアナが早速例の骨を見つけた。
「掘るか。よーし、見てろよぉ。くくく」
普通に砂を操作すれば、ちびちびしか掘り出せない。しかし、固めて一気に掘り出して、私が有能なところ見せつけてやる。
念糸を操って、いつもの粒体金属ではなく砂を操った。念糸の力が伝わる効率は悪いけど、作業自体はこちらのほうが早かった。
サンドクラフトとした時の様にズンと地面を黒の魔法で固め、レンガ大のブロックに変えて除外していく。
「どうなってる? ……変な魔法。フェリスはやっぱり変」
「えぇ……」
砂のブロックを見たオリアナの反応は、私の予想と全然違った。なぜだ。
「砂をどうやって固めてる?」
「そりゃ、質量を増やして高圧に圧縮して界面張力も増やして……」
「聞こえている、のに分からない? どうなってる?」
オリアナは私の言葉が1ミリも分からなかったようで、眉根を寄せて小首をかしげた。
駄目だこれ。全然伝わってない。
作業の手を止めずにいると、骨にたどり着いた。
「お、でたね。引き抜くぞぉ。あれ!?」
「!?」
黒の魔法で軽くしてるとはいえ、思った以上の手応えが砂の下で動いた。
そうして砂の下から引き上げられたものは、馬鹿みたいにデカかった。
「なに、これ……」
「すごく、大きいです。え、成長とかすんのこれ?」
掘り出したあばら骨のような腐龍の骨は、背骨の途中まで再生されていた。普通に家よりもでかい。念糸がなければ、とてもじゃ無いが持ち上げられない大きさだ。
「砂の中で大きくなった?」
「回収されてないやつ、地面の中でこうなってんのか……」
埋まっても成長……再生? してるのかこれ。
そのままにして大丈夫か?
心配になったので、私達は海に向かって座禅するセーラまで引きずっていった。
「おーい!」
未だ遠くに見えるセーラの背中越しに声を掛ける。
「セーラむーん! 燃やしてくれ!」
「あぁ?」
「あっつぅ!? 私じゃなくてこっち!!」
足元付近から火柱が上がり、危うく私が浄化されるとこだった。多分脳内設定が、おっぱい事変のままだコイツ。
「あ? それは骨か? お、大きくないか?」
「でかい」
「お前ら……。私目を瞑ってるから……ちょっと、もう一回言ってもらっていい?」
私は精神世界に潜行することにした。
シチュエーションを描き直してもう一度聴く。
「フェリス。何を言ってる?」
「知るかよ。しかし、偶にあるって姉さんが言ってたな。こんなに大きいとは思わなかった」
まぁ普通にマンモスサイズだもんねこれ。
その後めちゃくちゃ燃やした。
◇
そんな感じの日常が続くある夜。
私は空を見上げて、いつもの様に物思いにふけっていた。
普通、こういうような仲間と引き合わされたときって、大体懇親会みたいなものを開くもんだけど、私達に限って言えば飲食もできないのでそんな習慣はなかった。
「悲しいけどね。あーーー唐揚げ食いてぇ……」
遥か遠き飲ミュニュケーション。そして唐揚げ。もうどんな味が忘れちゃった。
私も仲間とレモンかけるかかけないか論争したいよ。
ちなみに私はレモンかける派閥に属するが、私のかわりにブッパしてヘイト全部持って行ってくれる奴をひたすら待つタイプだった。そして、かけられなかったらそのままプレーンで頂くくらいには、底辺の思想家だったりする。
寮の個室で夜空を見上げながら、そんな取り留めもないことを思う。
皆で集まってできるような流行りの遊びもない。
きっと更新が早すぎるせいで、継承する文化も薄いというか少ないのだろう。
永遠に1年生をやり直している気分……いや違うな。そんな初々しい感じではない。
娯楽……いっそトランプ辺りを普及させてみるか。いや紙が無かったわ。
木片でもいいかと思ったけど。いくら加工してもゾルド達は目が良いから、札の癖を見つけた瞬間にババ抜きすら透視してすることになる。つまり却下。
というか前に、何でもない木片回収の奉仕とかあったから、仲間に納入されて
空を見上げながら、窓の縁から硬いベッドへ落下する。
「はぁ……。いてっ」
そのまま窓縁を行儀悪く蹴って、クソ硬い板敷きのベッドの上を寸足らずのシーツとともに滑って縁で止まった。
「はぁ。お腹ヘンリエッタ……」
セリス辺りは何か知っていそうな感じがするが、どこか追われるように奉仕に没頭している。
というか、すれ違っても純粋に顔が怖くて話掛けづらい。
ほんと、なんであんなに威圧感あるんだろうね。あの悪い目付きのせいか。
「おい、起きてるか?」
脳内でディスっているとセリスに強めのノックで扉を叩かれた。
「うえっ!? いてっ!?」
驚いた拍子にベッドから完全に落ちて頭を打った。
「どうした?」
「あ、ああ。起きてるよ」
「入るぞ」
この世界にも噂をすればなんとやらみたいな諺があるかもしれない。
私はのっそりと起き上がった。
入ってきたセリスは、前髪を上げて髪をトップでまとめていた。いつもは見えない左側の顔が露わになっている。酷い火傷の痕があり、左目は酷い傷が深々と刻まれ潰れていた。
「っ」
怖かったが鋭利な美人顔に見えなくもない。印象の置きどころが分からなくなり、思わず息をのんだ。
そのままセリスと目を合わせていたが、二人して黙りこくったままなのに気が付いた。いや、何しに来たんだ。
「……で、何の用?」
セリスに対しての会話の距離感がわからないせいで、少し硬い聞き方になってしまった。敬語で喋ったほうがいいかな……。
少しだけ想像してみた。
語尾にッス! とか付けたセーラになった。
イヤこれはやめよう。ナシで。
「……。新入りと遊戯でもしようと思ってな」
セリスは何かを考えていたようだが、肩を竦めてそう言った。
遊戯?
セリスの手には、銀色が縁取られた木の板が複数枚重ねられていた。
「
木の板の中心に聖銀で印が刻まれており、魔力を通すと一見複雑なフラクタル模様が生えてくる。上手く魔力を通せれば、絵柄は木の札全体に広がるといった物だ。
さらに超過すると模様が念糸を遡ってきて、木の札を超えて絵柄を空中に描いたりするけど。
視覚的に分かりやすく、魔力や念糸の扱い方を学ぶことができる。
初めからやり直す度に魔力が通る道筋が変わるから、意外と飽きないもんだった。
しかし、遊戯って
「そうだ。お前も持っているだろう?」
「え? いや、あははは……無くした、かな」
ちなみに私のは使いすぎて壊れた。というか、分解して破壊してしまった。仕組みが気になったのだから仕方がない。
分解するにあたって、
「無くした、か。そういうやつも多いな」
「遊戯って、
「ああ。まぁ座れ」
床に座る訳にもいかないので、ボロボロのベッドの上に私達は向かい合って座った。
「
「あぁ……魔力操作マウント合戦ね」
「まうんと?」
「あ。いやコッチのこと」
「? ふん」
「ここに
「おー。ずいぶん変な形の砂時計だね」
「時間が来たら倒れて教えてくれるのさ」
「ふーん」
他の色の仲間の魔力で描かれたものは結構見栄えするもので、
それにしても。
私は何時になくワクワクとしてしまった。
簡単なルールをざっくり聞く限り、これは魔力を使った陣取りゲーム。欲して止まなかった娯楽だ!! 超エキサイティン!!
しかし、私はセリスの手前、冷静な顔を取り繕った。変にがっついてちょろいやつ認定されたくない。
「早くやろう!」
「待て、鼻息が荒いぞ。なんでそんなに興奮してんだお前」
まさかの呼吸でバレた。
「……つっても年季で実力差も出ちまうからな。適当に手加減してやる。フェリス、お前は何本念糸が使える?」
「何本って……ん? 数えたことないぞ」
いつも出せるだけ出してたけど。悪霊と戦う上で加減して生き残れる場面も少なかった。
「……。まぁいい。あたしが数えるから全部出せ」
「いいけど……。ぐぬぬ」
目を瞑って出せるだけ出した。
特に意味もなく出したので、念糸はうにうにと空間に留まっている。一般人が見れば、空間に謎の圧力が出現したように感じられるだろう。
「いくぞ。引っ込めるなよ」
すると、私の念糸一本一本に何かが絡みついてくる感覚があった。
背筋をなで上げられるようなゾワゾワとした感覚が、頭から体を通り抜けていく。
めっちゃ、くすぐったい。
「500……から先はわからないな。細かい本数はいいか」
「500!? って、多いのか?」
多いのか少ないのか、基準がわからないから全然わからない。
「あたしが636本だから、年齢の割に多いほうだぞ。セーラが248本、オリアナが114本だったな」
「へー」
「ま、多いからって上手く扱えてるとは限らねぇからな」
数字が近かったためかセリスはどこか釈然としない顔をしていた。私の本数が思ったよりも多かったのかな?
「あたしは目を瞑って、念糸は50本だけ使わせてもらう。手は使うなよ? 初めてやるみたいだから、干渉しないように並べてやる。さて――」
「ハンデ多くない?」
矢継ぎ早に条件を言われたが、セリスの念糸が私の10分の1はちょっと舐め過ぎではなかろうか。
セリスは寸足らずのシーツの上に
「それじゃあ、いくぞ」
「ああ、いいよ」
目を瞑ったセリスからは、何時もよりもずいぶん弱い波動を感じた。飛んでいくときの10分の1くらいの波動だ。本当に手加減してくれるらしい。
セリスの手によって歪な砂時計が反された。
私が最初に狙った札の印は、右上の炎を模した印。
念糸を集中させる。
「ん?」
念糸を使い魔力を通そうとしたが、上手く通らない。私が持っていた
「くく、気付いたか。
セリス側の札には、炎を思わせるようなフラクタルな絵柄が淡く黄色に輝いていた。次に狙っただろう札が、既に黄色に染まり始めている。うわぁ、経験者の暴力だ。
「この……! いや、待てよ」
焦りを感じて力尽くで正解を総当たりしようと思ったが、ふと思い留まった。
以前分解したときの感覚を思い出したからだ。あの時、少しだけこの札の理屈に触れた気がしていた。
確か――。
「敷かれた法則に逆らわない……か」
黒の魔法で無理に逆らい続けた結果、私の
正解じゃないルートに黒の魔法を使って無理やり力を通したり、有機物を分解して魔法だけ取り出そうとしたからだ。
魔法で敷いた理を別の理で上書きしてはいけない。術理自体が壊れて収拾がつかなくなる。
「なら」
ここにあるこの札は、既に札自体に付けられた魔法によってルールが刻まれている。これを無理やり変えると自壊する。
そしてこのルールは、この札に付加された魔法とは別に通された魔力が抜ける度に
私は念糸で札の表面を微細に撫でた。
魔力を抜く。
毛細管現象を逆再生するように正解のルート跡を示した後、複雑な回路が回転して入れ替わった。
「見えた……!」
通し方が見えた私は、先程のルート跡に似たセオリーを重ねて一枚目をクリアした。余剰の魔力によって触れていた私の念糸もフラクタル図形のように変化する。
「出来」
「ハイ終了だ。あたしが4でお前が1。あたしの勝ちだな」
「へ?」
無常にも砂が落ちきり、砂時計が倒れて甲高い音を立てた。
……負けた!