その翌日の今朝、目が覚めた僕はあのユグドラシルの記憶が残っていることを身に持って確認した。
(やっぱり、夢……じゃないよな)
こうして、ユグドラシルの記憶が残っていると自覚を持てる時点で、夢ではないと思い知ったのだ。
両親から聞くと、目が覚めかける瞬間僕はまるで何かを探しているように手をあちこち探るような仕草をしたと聞いた。
(あの記憶か……)
自分がどこかの世界で働いていた会社員のころ、タイマーを止めるためにあちこち探りやがて止める……というのが日常茶飯事となっていた。
その記憶が流れ込んだ影響が出ているのだろう。まだ記憶が流れ込んできて一日しか経っていない。時間が解決してくれる――――と楽観視してはいけないのだろうが、現状どうすることもできない上そうするしかない。
今日は頭の整理も兼ねていつものように両親の農作業を手伝おうとしたのだが。
『スヴェル……手伝ってもらうのはありがたい。だが、お前は昨日倒れたばかりなんだ、今日は安静にしてほしい』
父はそう苦笑いを浮かべてそう口にした。今日も医者が来るらしく、念のため診察してもらって異常がなければ……との事らしい。無理にでも言って手伝うわけにはいかない、僕は父の言うことに従って家の中で安静にすることにした。
(……ん?)
両親の言いつけ通りに部屋で安静にしていると、窓から見えるある光景に気を囚われそちらに目を向ける。
その光景は、青年と騎士のような格好をした人が手合わせをしている光景だった。
(あの騎士の人は……確か、パトリックさんだったか)
村の近くにある"スレイン法国"から引っ越してきたという話を本人から聞いたことがある。彼は時折この村付近に出没する魔物から守るといった立場にいる。といっても"スレイン法国"からの命令を受けたわけではなく、前線で負傷したため、引退という形でここに越してきたらしい。
そして彼がこの村では一番腕が立つので、成り行きという形で魔物から守る立ち場についている。それと合わせて村人が自らの力で魔物から身を守れるように時折手合わせをしているという。
「――――<斬撃>!」
「おっと!」
青年が、そう叫ぶと同時に木の剣を繰り出す。それと同時に同じく木の剣で受け止めるパトリックさん。
(あ……)
そんなやり取りを聞いて、ひとつ気づいた。先ほど聞いた<斬撃>――曰く、"武技"というモノは、ユグドラシルには存在していなかった。
僕自身は剣術をかじっているというわけでもないため、話に聞いた程度で……今の今までそれに気づかなかった。
(とすると、やっぱりここはユグドラシル……じゃないのか?)
「前より筋が良くなってきてるぞ――<
「あ、ありがとうございます、パトリックさん」
手合わせで少し傷を負った青年に、そう魔法をかけるパトリックさん。
(……今のは、第一位階魔法の<
ユグドラシルの視点から見れば、この世界の魔法におけるレベルは低いのかもしれない。
(ここら辺のことは少しは知っているであろうパトリックさんに聞いてみるしかないか……)
ユグドラシルには存在しない"武技"。かといって、ユグドラシルに存在していた"魔法"がある。相反する事実が、ますます頭を悩ませるのは言うまでもなかった。
――――その後は、昨日と同じ医者が家に来て。念入りに診察を受けたが、どこも異常なし。身体の調子もおかしくはなく明日以降、普段通りの行動を取っていいと医者の判断が下された。
それに両親もひとまずは安堵した。だが、一度倒れたという事実は変わらないため、今後僕に農作業を手伝ってもらうのはいいのかという空気が出来上がっていたが……
『……ひとまずは、様子を見よう。いいか、何か身体の調子がおかしいと思ったらすぐに言えよ?』
そう言った父は、わしゃわしゃと僕の頭を乱暴に撫でまわるのだった。乱暴な撫で方だが、それでも僕自身は嫌じゃなかった。それどころか、安心を覚えもしていた。もちろん母の優しい撫で方も同じく安心感を覚える。
やはりあのユグドラシルの記憶が流れ込んだとしても、僕は僕なんだなと分かった瞬間でもあった。
◇
あれ以降、さらにべつの記憶が流れ込んできたということはなくいつも通りの生活に戻りつつあった。だけど、一つ懸念する点があった。
(……自分以外に、ユグドラシルの記憶を持った人はいるのか?)
自分以外に、あの"ユグドラシルの記憶"を持った人はいるのか。いるとしたらソイツも自分のように記憶だけを持っているのか。それとも、ユグドラシルのプレイヤーのままここに転移してきたのか。
(後者だとしたら、厄介だ)
ユグドラシルから転移という現象自体、あり得ないことだが……ユグドラシルの記憶が流れ込んできた僕自身が、あり得ないことではないとそう証明してしまっている。
ユグドラシルの記憶が流れ込んできたのが自分だけだという保証はどこにあるのか。少なくとも最悪の事態が起こる前提で物事を進まなければならないのだ。
そう――――例えば。好奇心で、村人やNPCを殺してみるという行動を取るプレイヤーは少なくないはず。それで『ああ、こうなるんだな』と分かるや否や何事もなかったようにまた行動を始める。戯れに殺された村人やNPCを生き返せる手段があるのだからなおさら。
そのようなプレイヤーが存在することは知っているし、それを目にしたときは不愉快に感じたものだ。
――――だが、この世界ではどうなのか。生き返せる魔法があるのか。あるとしても行使には困難を極めるモノになっているのではないだろうか。その情報が足りないのだ。
ひとまず殺してみるといった動機で村の皆が殺されてもしたら、目にも当てられない。それどころか、動機関係なく殺しまわるプレイヤーがいないとは言えない。
もしも、この村に他のプレイヤーが来たら? そのプレイヤーが友好的ではないとしたら?
そう思うと、ゾクッと背が凍る思いがした。
この世界は、第三位階魔法を使えるというだけで人として高みに達していると言わしめるほどのレベルなのだ。
ユグドラシルのプレイヤーを基準に考えると、第三位階魔法なんて"え、なんでそんなショボい魔法で……"となる。何せ第十位階魔法や超位魔法をガンガン使いまくっているから無理もないのだ。
記憶が流れ込んできた僕もそう思わざるを得ないと同時に、『マジか……』と驚愕を覚える僕もいた。
それを感じる辺り、僕の感性はユグドラシルではなくここの世界に寄っているらしい。
ともあれ……今日は農作業が休みの日だ。そんな日は、僕がある程度の自由を得られる日でもある。もちろん村から出てはいけないという決まりはあるが、僕の年齢を考えると当たり前なのだからそれについては何も言わない。
――この世界にある"武技"や"魔法"について、パトリックさんに聞きに僕は外出したのだった。