side パトリック
――――スレイン法国の近くにある村。
彼含めてこの村の人々に、必要最低限の自衛を持たせるためという名目で、俺はここに引っ越してきた。といっても、あくまで名目であって、本気で稽古をつけさせてきたわけではなかった。興味を持ってくれた者がいたら、稽古をするという程度でしかなかった。
戦場で足に負傷を負い、充分な戦力と見なされず"引退"という形で法国から離れているこの村に来たというのが本当の理由であった。
最初は、失意の底にいたのだがこの村で過ごしてみると、徐々に心が洗われていくような気分になった。とてもスレイン法国の近くとは思えないほどに、この村は平和そのものなんだ。
そんな村で、話題に上がることと言えば"誰々さんが、誰々さんに告白した""誰々さんが誰々さんに怒られた"という風な話題がほとんどだった。
戦場に出ていた俺から見ると、気が抜けてしまう話題ばかりだったのは事実。何せ戦場にいた頃は、いかに敵をどうやれば殺せるのか。誰が死んだのか。この戦争はいつまで続くのだろうか。などという重くて暗い話題ばかりだった。
だが、この村ではとてもそれを感じさせないほどにのどかそのもの。
そこで暮らしていれば、自然と心が洗われていったのは言うまでもない。
そんな時、俺の心境を大きく変わらせる出来事が起こった。
それは――――スヴェルという少年だ。
彼は、とある出来事が起こるまではどこにでもいる少年という印象だった。
いつも農作業を手伝っており、いつかは親の農業を引き継ぐんだとそう無邪気に言っていた彼を思い出す。
法国に住む平民たちと似たような価値観を持つ、そんなごく普通といえる少年。
そんな彼が、農作業の途中で倒れたとの話を聞いてから――――俺の心境は大きく変わっていく。
彼が、珍しく稽古場に来たと思ったら"武技"や"魔法"を教えてほしい様子が見られた。その時の俺は、スヴェル君も男の子かとそんな風に気楽に考えていた。
だが、その後スヴェル君に対する俺の認識は変わる。
『<
まだ少年といえる歳の彼が、勉強もしない内に第一位階魔法を行使したのだ。彼が言うには、"俺の魔法を見て試しにやってみたら発動できた"とそう言っていた。
――――あり得ない。見ただけでそう易々と行使できるものではないのだ、魔法は。恐らくは魔法に関する"異能"を持っているのではないだろうかと思った。
だが、俺を驚かせたのは――彼が魔法だけではなく戦闘に関する才能もまた持ち合わせている点にある。
彼は、時間があれば"武技"について勉強しに俺の所に来ていた。その時に軽く手合わせをするという日々を送っていたが……
『おっ、今のは筋が良いぞ。その調子だ、スヴェル君』
そう褒めても、彼は『そうですか……』と満足いかない表情をするばかりだった。向上心があるな、とそんな風に思っていたが――それはすぐに改めさせられた。
スヴェル君は、手合わせをするたびに凄まじいほどの成長を見せた。最初は、軽く手合わせをする程度だったが、日を重ねるごとに彼の力量は目に見えるほどに伸びていく。徐々にこちらの力を出しざるを得ないほどの力量を身につけていく。
『<斬撃>』
『ッ! ……使えるように、なったのか』
しまいには、二回目の手合わせで、彼は<斬撃>を使いこなせるようになった。――二回目で、だ。
"武技"だけではなく、戦闘における駆け引きの仕方も凄まじい成長を見せる。最初の彼は攻撃が目に見えており、どこに打ち込んでくるのかが見て分かるほどだった。だが、それも日々を重ねるごとに予測が付きづらくなっていく。
『――――ぐッ!』
彼が繰り出す攻撃を、剣で受け止めるが腕が痺れるほどの力を感じた。
とても、こののどかな村で育った少年とは思えない気迫。全力をもって相手しなければ自分はとうの前に倒れているといっても過言ではないほどの力量。まるで、法国の騎士を相手にしているかのような感覚だ。
何かアドバイスを送れば、凄まじい速度で彼は吸収していく。<斬撃>だけではなく、俺が繰り出せる"武技"その全てを出したが、それすらも彼は自らのものとなるように習得していく。
まさしく、化け物だった。戦闘の機会が皆無といってもいいこの村で、まさかこのような才能を持つ者に相まみえるとは思わなかったんだ。
彼には悪いが――――非常に惜しい、とそう思ってしまった。
彼ほどの才能を持つ者を、このままこの村に置いていていいのだろうか。このままこの小さき世界で過ごさせていいのだろうか。
彼は、こんな小さき世界だけではなくもっと大きな世界にこそ旅立つべき存在ではないだろうか。
かの"英雄"の域に足を踏み出せるほどの才能を持つ彼を、このままにしておいていいのだろうか。
彼は、人類の"英雄"になり得る素質を有している。
そう思うと……非常に勿体なく感じた。
――――これから俺がすることは、俺がしたいからする事だ。このままにしておくのはもったいないからと、そんな俺の身勝手な事。
もちろん、スヴェル君に強要するつもりはない。ただ、もし彼が今まで以上に実力を身に付けたいとそう言うのであれば、スムーズに次のフェーズに行けるように手はずを整えるだけしか俺にはできない。
……残念だが、俺の力ではスヴェル君をもっと高みに連れて行ってやることはできないのだから。
◇
side ???
「ふむ――英雄級相当の才を持つ少年、か」
場所は移り、スレイン法国にあるとある場所にて会議が開かれていた。
「ええ、この近くにある村にて暮らしているとの情報です」
「……その情報は確かか?」
「あのパトリックからの情報です。信憑性は確かかと」
「ほう……」
六色聖典の間では、パトリックという名はそれなりに知れ渡っていた。彼が戦場にて損傷を負わなければ、いずれ六色聖典に入るだろうと言われている実力を持っている男だから尚更だった。
「――待て、一切の知識なしに第一位階魔法を発動させたと書いてあるが、これは事実か?」
「パトリックの見解では、"異能"だと思われるそうです」
「"異能"……なるほど」
一切の知識なしに、魔法を発動できたというのが"異能"由来のことだと考えれば確かにそう言えるだろうと、男は納得する。
「魔法だけではなく、戦闘における能力にも不足なしと……なるほど、この歳でこれほどの能力を有しているのであれば、英雄級に相当する才を持っていると言える。それでは――」
その時に、会議に参加していた一人の男が微笑みを浮かべながら静かに手を挙げる。この場にいる者の目線が、彼に集中する。
「失礼。その少年とやらの名を聞きたいと思いまして」
「名だと? それが一体――いや、待て。……"スヴェル"と書かれているな」
「スヴェル──ああ、なるほど、なるほど」
スヴェル、とそう聞いた男は納得いったような雰囲気を出してなお微笑みを絶やさない。いつもとは違った反応をする彼に、場の空気は困惑めいたモノになっていく。
「随分と珍しい事もあるものだな……彼を知っているのか?」
「ええ。少し伝手がありまして」
「そうか……では、
「ええ、もちろん。お任せいただき有難うございます」
第五席次と呼ばれた男は、相変わらず仮面とも言える笑顔を絶やさずにそう軽くお辞儀をした。
(まさか、才がないとそう判断され追放された者が、"英雄級"に相当する才を有していたなどと。"血は争えない"とはまさしくこの事ですねぇ)
そう思いながらも、微笑みを絶やさない男がそこにいたのだった。
これまでで序章は終了です。次の章である法国編に関しては、ある程度まで書き進めたら、また毎日投稿していく予定ですので、しばらくお待ちいただければ幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。