チャンプルジムリーダー見習い(仮)   作:ホネホネ

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見切り発車!出発進行!



不良少年と非凡サラリーマン

 

「アンタがアオキさん?」

 

上目遣いの三白眼と、ポケットに手を突っ込んだままの片足重心。

怪我をした野生のポケモンより強くこちらを警戒するその少年と初めて会った時の第一印象は、正直に言ってこうだった。

 

(うわ……めんどくさそうな子だな……)

 

 

 

 

 

1年ほど前に結婚してガラルに移住した姉から、親戚の少年を預かって欲しい、というお願いをされたのは春先のことだった。

 

その少年というのが、姉の結婚相手の父親の再婚相手の連れ子……らしい。

 

15歳だというその少年は、2年ほど前にシングルマザーだった母親が男性と──この男性というのが、姉の夫の父親である──再婚し、実家暮らしだった男性の息子──この息子というのが姉の夫である──と4人で暮らし始め、それから1年ほどで義理の兄が結婚し、その実家に義理の姉──これがアオキの姉である──がやってきた……というもうこの一文だけで如何に家庭環境が面倒なことになっているかがわかると思うのだが、複雑な家庭環境にいたのだそうだ。

 

多感な思春期に新しく父が出来、兄が出来、姉が出来たというわけだ。その心情察するに余りある。自分だったら絶対に嫌すぎるからだ。

御多分に洩れず彼も、ほぼ他人の家でほぼ他人と共に暮らすというのは当然かなりのストレスだったようだ。

 

居心地の悪さから逃げるように家に寄り付かなくなり、相棒のポケモンたちとガラル中を回ってポケモン勝負にばかり明け暮れてしまったらしい。

せめてジムにチャレンジするという気概があるのならまだ応援できたが、その意思もないらしく、碌に連絡をせずにあちらこちらを回って辻斬りのようなことをしていて困っている……のだそうだ。

 

まして姉家族の中にはポケモン勝負ができるトレーナーがいないために、少年と同じ土俵に立って話をすることできない。

 

頭を抱えた彼らはじゃあポケモン勝負なら……と割と雑な理由で、他地方でジムリーダーをしているアオキに白羽の矢が立った。

 

少しだけ預かって欲しい。

もしも可能なら彼と同じ目線に立って対話をして欲しい、と。

 

姉が困り果てて自分を頼ったことはわかっていたし、自分とは正反対の明るく誰とでも仲良くなれるような性格の姉だからこそ、環境に馴染めない少年の気持ちがわからないのも理解できている。

 

(……だとしてもやり方が違うだろう……)

 

「オレのこと、放っておいてくれていいから」

 

迎えに行った港からチャンプルタウンまでの空飛ぶタクシーの中で少年はそう吐き捨てるように言った。

 

狭いタクシーの中、アオキは右隣に座る少年へ目を向けた。まだ成長途中といった体付きの彼は、窓縁に肘をついて窓の外を眺めている。出会ってから約10分。まだ、彼とまともに目が合っていない。どうしたものかと思いながらアオキを口を開いた。

 

「いえ、そういうわけにはいかないので」

「わけもクソもねえだろ。母さんたち頭おかしいって。普通ほぼ見ず知らずの他人に人の子供の世話頼むとかおかしいじゃん。アンタの迷惑考えてねえよ」

「…………」

 

ぐうの音も出ないほどの正論だった。

少年は苛立たしげに足を組むと、アオキの言葉を待つ気もなく乱暴な口調で続けた。

 

「オレ1人で暮らすから。アンタからはあっちに適当に言っとけばいいよ。こっちに来てから大人しくなりました〜いい子にしてます〜とかさ。あの人たちはそれで満足だろ」

「……確かに。それもひとつの手です」

「だろ?いいじゃん、それで。オレはあの家から離れられたら何でもいいし」

「さぞかし居心地悪かったでしょうね」

「最悪。母さんが再婚するからって引っ越して友達と会えなくなったし、知らねえ家に知らねえ人がいるし、全然オレんちじゃねえよ、あそこ」

「嫌でしたか?」

「……別に。母さんが幸せならそれでよかったからさ。でも……」

 

……オレは普通でよかったんだ。

 

彼はそう小さく呟いた。

こういう時、なんて声をかけたらいいのかわからない。自分が経験したことのない悲しみや苦しみに寄り添うのは、ドラマや小説なんかで見るよりずっと困難だ。適当な慰めは彼の精神を逆撫でするだけだろうし、その傷をより深いものにしてしまうかもしれない。

 

結局のところ、アオキは可もなく不可もない普通のことしか言えなかった。

 

「お気持ちお察しします」

「……ハッ、そりゃどーも」

「それはそれとして現状あなたはこのパルデアでは自分以外に頼る人間がいないと思いますので、立っている者は上司でも顎で使えの精神でとりあえず自分を頼っておいていいと思います」

「は?」

 

不意に少年はポカンと口を開けてアオキの方を見る。

その時に初めて目が合った。

ツンツンとした短い黒髪と、少し灰色がかった黒い瞳。

改めて見ると案外まだ幼さの残る顔つきだ。

……それもそうか、15歳なのだから。

 

「一人暮らしをするにしてもパルデアへ住民票を移して生活基盤を整えてからですし、それまでの仮宿は必要でしょう。当分はうちに泊まってください。何より一人暮らしは金もかかる……。そんなに急いで決める必要は無いかと」

「……アンタさ、それマジで言ってんの?」

「マジです」

「……なんで?知らねえガキなんかほっとけばいいじゃん」

 

……何故、と言われても少し困る。

アオキは彼に返す言葉を探すために長考する。

それを少年はどこか焦ったそうに見つめていた。

 

「……強いて言えば、」

「言えば?」

「行く当てのない子供がいたら、力になるのが普通の大人だからです……」

 

それがアオキにとって当たり前の判断だったから、としか言いようが無い。

 

けれどアオキの言葉に少年は訳がわからないという顔をしてから、訝しげに「……きっしょ」とだけ言った。

自分よりずっと若い子にストレートにキモがられて流石にちょっとショックだった。

 

「…………とりあえず街に着いたら飯にしましょう。腹が減りました」

「なんか結構マイペースだな、アンタ……」

 

彼はそう言ってから、肩を落として溜息をついた。窓縁で頬杖をついて、沈黙。狭いタクシーの中、風の音とイキリンコの羽ばたく音ばかりが聞こえる。

けれど、不思議と居心地の悪い空間ではなかった。

少なくとも、アオキにとっては。

 

チャンプルに着くまであと数十分はあるだろう。

背もたれに深く腰をかけて、アオキも窓の外へ視線を向ける。

広大なパルデアの大地。自分にとっては見慣れた景色が、隣に座る少年には初めての景色だということに気がつく。

 

……説明とか、したほうがいいのだろうか、観光案内みたいに。

 

「……ヤシオくん」

「あ?なんだよ」

「あちらに見えるのがパルデアの大穴です」

「知ってるわそんくらい見りゃわかるだろ」

「はい……」

「…………」

「…………」

「…………アオキさん」

「はい、なんですか」

「……あれ、なに」

「…………」

「…………」

「……いや、自分もちょっとわからんです……なんですかね、あれ」

「なんなんだよマジでアンタ……」

 

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