チャンプルジムリーダー見習い(仮)   作:ホネホネ

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ピーナッツバター・パトロン

 

目が覚めた時には日がすっかり上がっていた。

記憶が混濁している。寝覚が悪い。歯磨きをしないで寝た時のあの、口の中が気持ち悪い感覚。ついでに昨日風呂に入っていないことを思い出した。なんとなく、ダメ人間になったような自己嫌悪。

 

時間を確認する意味も込めてスマホを手に取ると、メッセージが来ていた。開くとそれはハッサクからのもので「ボブって結局なんだったのですか?」とある。多分酒の席でした話なのだろうが、いかんせんまったく覚えていない。ボブ。誰だ、ボブ。スマホの画面を落とす。結局時間を見てなかったことを思い出してまた付ける。9:28。泥酔した翌朝にしては早起きだ。

 

起き上がると途端に残っていた酒のせいか脳味噌がぐらつく様な感覚に陥る。当たり前だが、パフュートンはベッドからいなくなっていた。あの子は早起きだ。微かに開いた部屋の扉。出て行った跡が見えた。

立ち上がり、自室から出る。テレビの音やポケモンたちの鳴き声に、日常を感じながらリビングに入る。

するとソファに座ってテレビを見ているヤシオと目があった。

 

「うわ、昨日ゲロ吐いた人だ」

「……事実なのに罵倒みたいですね……」

「ゲロリーマン」

「罵倒……いえ、事実なんですが……」

 

ソファの上に腰掛けて、膝の上に座らせたプクリンをなでなでしながらヤシオは不機嫌そうな顔をして、のっそり起きてきたアオキへそう言った。

土曜の朝の明るいバラエティ番組の音声とは裏腹に、ヤシオはなんだか怒っているような気がする。

 

「……なんか、怒ってますか?」

 

アオキは機嫌の悪い相手に「機嫌悪いんですか?」と直で聞くことしかできない右ストレートしか打てないボクサーみたいな男だったので、ヤシオも流石にちょっとイラッとした。上目遣いで、寝癖だらけのアオキを見る。

 

「……アンタの目に怒ってるように見えんならそうなんじゃねえの」

「はあ……」

「…………」

「…………」

 

怒らせたようなのだが理由がわからず──いや十中八九昨晩の泥酔や嘔吐が原因なのだろうが、昨日の時点でヤシオはそこまで不機嫌ではなかったはずだ。後になってオッサンのゲロ処理させられたのにムカついてきたと言われたらなにも言えないが──、とはいえそんなヤシオを放っておくわけにもいかない。

アオキが居心地悪そうにリビングのマットの上で小さく足踏みしたり足元を通ろうとしたノココッチを避けたりしていたら、ヤシオに怒られた。

 

「……ああもう!そのへんでウロウロすんな!」

「あ、はい」

「昨日の夜アンタの世話してる間にプクリンが起きちゃってそん時にオレがいなくてびっくりして夜泣きして拗ねちゃって機嫌取るのが大変だったからアンタに八つ当たりしてるだけだわ!」

「まあまあ正当な怒りでは……?」

「うるせえ!アンタなんかもう知らねえ!スーツのクリーニングには自分で行けよ!ベッドのシーツとかは洗濯機に入れとけ洗うから!風呂沸かしてるからさっさと入れ!朝飯は冷蔵庫ん中!」

「もう知らねえとは一体……?いえ、ありがとうございます……」

 

礼を言ったらヤングースのように歯を剥き出しにして威嚇された。ヤングースの特性は威嚇ではないが。

しかし「もう知らねえ!」と言いつつ、めちゃくちゃに世話を焼いてくれる。一般的なものを知らないのでわからないが、弟子ってそういうものなのだろうか。多分違う気がする。

 

 

 

自室のベッドから回収したシーツ、それから昨晩ベッドの外に脱ぎ捨てたシャツも拾って洗濯機に入れる。

シーツとシャツは分けた方がいいのかとか、風呂入るためにこれから脱ぐ下着とかはどうしたらいいのかとかわからなくて、手を止める。

自分だったらもう全部まとめて洗ってしまうけれど、ヤシオがいつもどうしているのかわからなくて、結局全部洗濯機に投げ込んだ。怒られたらその時は怒られよう。

 

風呂に入る。湯船に溜まったお湯はいつから張ってくれていたのかわからないがしっかり温かい。

古い家なのもあって保温機能は死にかけだ。独り身だったから自分が入るタイミングで湯を張れば良くてなにも困っていなかったけど、今は以前とは少し違う。きっとうまくタイミングを測って湯を沸かしてくれたのだろう。有り難さと共に、自分のダメさが露見して溜息。

 

湯船に浸かってゆっくりしていたら、風呂場の脱衣所の方で物音がした。多分ヤシオが洗濯を回すために来たのだろう。足音が多いから、プクリンかイエッサンも一緒にきているようだ。

洗い物を全部洗濯機に突っ込んだことを叱られるかと思ったが、曇りガラスの向こう側の彼は何も言わずに洗濯機を起動させた。

機械が揺れる音、水が溜まっていく音、リビングへ戻っていく足音。それが遠ざかってから、深く息を吐いた。

その時ふと、昨晩の酒の席での記憶が蘇る。

 

(「アオキはその少年のことを愛しているのですか?」)

 

泣きながらアオキを散々叱って、その果てに年上の同僚はそう問いかけてきたのだった。

 

愛、愛……。言いたいことはわかる。恋慕や所謂愛情だけではなく、友情や家族愛やシンパシーなどといった相手への想いもあの人にとってはすべてが愛なのだろう。

……言い方がいちいち仰々しいのだ。

しかし、愛、か。比較的嫌いな言葉ではある。

 

だって、『愛しているから大切にする』というのならば、それは愛していなければ他人を大切にできないということだろう。

それを肯定したら、大切にするという行為の根源が愛だけにされてしまう気がした。

そんな不確かなものを自分の行動の指針になどしたくはない。

 

確かにアオキはヤシオのことを1人の人間として好いているし、1人の子供として守るべきだと思っている。

それはアオキ自身の意志であり、大人の義務であって、愛などという不確かな感情によるものではないのだから。

 

「……そういう考えが潔癖だと言われたら、どうしようもないが」

 

呟いた声は洗濯機が回る音に掻き消された。

 

 

 

 

「アオキさん、ついでにピーナッツバター買ってきて」

 

スーツをクリーニングに出すために家を出ようとしたら、そう声をかけられた。同時にエコバッグと近所のスーパーのポイントカードを渡される。

 

ピーナッツバターはワッカネズミの好物だ。

ヤシオのワッカネズミは特にヨーグルトにピーナッツバターをかけた物を至上のご馳走と捉えているらしく、事あるごとにそれを要求してくる。

ちなみにヤシオもアオキも(そんなにうまいのか……?)と思い、ワッカネズミに隠れてこっそりヨーグルトにピーナッツバターをかけて食べてみた。

ヤシオは「あ、結構好き!」と言っていたが、アオキは個々の味が強くて(別々に食べた方が美味しい……)と思った。

 

閑話休題。

 

ちなみにイエッサンは切れ目を入れた厚切りのトーストをたっぷりのバターで焼いて紅茶と共にゆっくり食べるのが好きで、プクリンはヤシオが食べているものを一口もらうのが好きだ。

 

再度、閑話休題。

 

「はい、それだけでいいですか?今なら謝罪点稼ぎのためにアイスとか貢ぎますが」

「……そういうのって、普通オレに聞かないで黙って買ってきて稼ぐもんなんじゃねえの?」

「……確かに」

 

謝罪の意味を込めて何か買ってきてあげようと思ったのだが、確かに貢ぐなら事前に聞いてはダメだった。そんなことも自分で考えられないのか?となる。なっている。反省する。

とはいえ、聞いてしまったのは仕方ないので質問を重ねた。

 

「ヤシオはバニラとチョコならどっちが好きですか」

「イチゴ」

「あ、はい」

 

甘いものも嫌いではないが、おやつよりも三度の飯が好きなアオキにとっては、若者が好きそうなアイスというものがなにか想像つかなかった。

最近はアイスもものすごく種類がある。とはいえ、何が好きかを聞いたら先ほどの二の舞になってしまう。スマホで調べつつ行くか……。

そう思っていた時、ヤシオが口を開いた。

 

「……別にこれはオレの話じゃねえけど、」

「え?」

「……シャーベット系よりクリーム系のアイスの方が好き……あと、ゆっくり食べたいから棒アイスじゃなくてカップのやつ……」

 

すごいぞこの子、全部教えてくれる。

「勉強になります……」と頭を下げれば、ヤシオは「ん」と素っ気無くうなづく。

 

「では、行ってきます」

「いってら」

 

 

 

そんなわけでスーツをクリーニングに出してから、スーパーに寄って帰ってきたアオキ。

荷物をダイニングテーブルの上に置いてから、リビングでノココッチと遊んでいるヤシオを呼んだ。

 

「なに?」

「アイスを買ってきたんですが」

「おう」

「あなたへの昨日の謝罪と感謝の意味も込めて、」

 

アオキはエコバッグから業務用のバカでかい三色アイスを取り出してテーブルの上に置き、その上にさらにヤシオのために買ってきた、ちょっと結構かなりまあまあちゃんと良いお値段がするイチゴ味のカップアイスを乗せてから続けた。

 

「なんか合体させたらパフェが作れそうなものを買ってきました」

「……お、おおおお……!」

 

エコバッグから、チョコスプレーやアラザン、コーンフレーク、生クリーム、チョコソース、バナナ、苺、チョコ菓子、ビスケット、エトセトラ……そんなものが出てきて、ヤシオは思わず歓声を上げた。謝罪点稼ぎまくり大成功だった。

 

「エ!パフェ作っていいってこと!?」

「はい、そういうことです」

「戸棚の奥にあった絶対一回も使われてないビールジョッキとか使っていい!?」

「そんなものあったんですか……使ってください。ジョッキも本望でしょう……」

「じゃあまずチョコペン用の湯煎から……いやまずデザイン案考えるの先か!」

 

明らかにテンションが上がっているヤシオの様子が気になったのか、ヤシオの手持ちたちだけでなくアオキのカラミンゴまでダイニングに顔を出した。

そのカラミンゴの首をつたってテーブルの上に上がってきたワッカネズミを見た瞬間、アオキはとあることに気がついて「あ」と一音こぼす。

 

「ん、どしたの、アオキさん」

「……あの、すみません、ヤシオ」

 

アオキは肩を落として溜息をついた。

 

「ピーナッツバター買ってくるのを忘れました」

「…………」

「…………」

「……オレはいいけど、こいつらが許すかな?」

 

ヤシオが指差した先にはテーブルの上のワッカネズミ。

 

2匹は揃って顔を真っ赤にしたかと思うと、アオキへ「「アア!?」」と大口を開けて怒った。

 

謝罪点爆下がりである。

 






以下、独り言です。

とっととヤシオの過去とか将来とかの話をガンガン進めて行ったほうがいいんだろうなと思うんですが、それはそれとしてアオキさんとヤシオが家の電球を変えたり、2人とも寝坊して大慌てで朝の支度したり、深夜にソファに座って映画を見て寝落ちしたり、でっかい肉の塊を焼いたりするような日常話もずっと書いていたい気持ちもある。でも日常っていつかぐちゃぐちゃに砕け散る日が来るから美しいというのも事実じゃないですか……(ろくろを回す)
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