トレーナーとポケモンがとっても仲良し♡な表現が出てきます
とある日のこと、アオキが仕事を終えて自宅に帰ると、いつも通りヤシオが夕食の準備をしていた。
「ただいま帰りました」
「ん、おかえり」
「今日の晩飯はなんですか?」
「ハンバーグ。デミグラスのやつ」
「最高ですね……」
帰宅したことを伝えるためにダイニングキッチンに顔を出して声をかける。普段通りの会話、普段通りのキッチン。そこに一つだけ、目新しいものがあった。
ダイニングテーブルの上に置かれたグラスと、そこに挿された数本の花。
花屋で売っている売り物の綺麗な花というよりは、野原で摘んできたような、そんな素朴さのある可愛らしい花だった。
「……こちらの花は?」
「ああ、今日もらったんだよ。せっかくだし飾った」
「はあ、頂き物でしたか……」
「おう」
「……女性から、ですか」
「え?いや女性っていうか、ポケモンだよ。前に野生のラッキーが怪我してたから手当してやったらお返しにって、今日くれた」
「ああ、なるほど……道理で……」
道理で、リビングでパンチグローブを嵌めたプクリンがイエッサンと共にスパーリングしている訳だ。
「プリィ!プリィ!プリャァ!」
「ぎゅ!きゅきゅ!」
決して物理的な攻撃力は高くないはずのプクリンだが、その小さな手でイエッサンが構える防具へ向かって撃つパンチは重く鋭い。
短い間隔でスパァン!スパァン!というパンチの音がリビングに響いている。
いつも笑顔な彼女が殺気立っているところからも、その真剣さがわかるだろう。
2匹の周囲にはアオキの手持ちの中の女性陣がいて、プクリンを応援するように鳴き声を上げたり、羽を広げたりして激励を飛ばしている。
それよりもっと離れたところで男性陣は若干怯えたような顔でそんな女性陣を見つめていた。
ワッカネズミに至っては部屋の隅で互いを抱きしめ合いながら震えている。アオキもちょっと怖いなと思った。
「……あの、ヤシオ、プクリンは大丈夫なんですか?」
「あー、あれのこと?ストレス溜まってんのかな。たまにああいうことすんだよ」
「たまに、あるんですね……」
……いうまでもなく、プクリンはヤシオのことが好きだ。
いつもヤシオにくっついているし、抱っこされたがるし、ヤシオがいないと寂しがるし、ワッカネズミが手持ちに加わった時はヤシオが彼らに構っているのを見て怒っていたし、ヤシオがオドリドリを「可愛い」と言った時も嫉妬していた。
出会った当初の彼女の印象は『ヤシオの姉役』だったが、プクリンへの現在の印象は『束縛が激しいガールフレンド』。それに尽きる。
大変そうだなと思うが、慣れているというのもあってか、ヤシオは一切気にしていないようだ。
ヤシオもプクリンには何かと構っているし、非常に可愛がっている。相思相愛と思っていいのかもしれない。ややプクリン側からの愛が重い気もするが。
とかく、ヤシオのことが大好きなプクリンだ。
彼女は彼に近づく有象無象を決して許しはしないだろう。
まして、恋仲となるとさらに厳しそうだ。
お相手が相当プクリンに気に入られない限り、ヤシオに恋人ができる日は来ないだろう。自分が一番に優先されない状況をプクリンが良しとしないに決まっているから。
それにプクリンが良くても第二の壁としてイエッサンがいる。彼女もまた強火な女性である。
……改めて認識したが、ヤシオはなんだかものすごくクセの強い女性に囲まれている気がする。
そんなヤシオへ花を贈る女性──まあ、ポケモンなのだが──が現れた。
プクリンとイエッサンとしてはもう気が気ではないだろう。そりゃあスパーリングもする。最終的に全てを解決するのは圧倒的な『力』だからだ。
「アオキさんもいつまでも見てねえで着替えてこい。プクリンたちももう遊ぶの終わりにしろよ、メシの時間だぞ」
プクリンたちを(ワア……)と思いつつ眺めていたらヤシオに怒られた。
プクリンたちもヤシオから遊びは終わりと言われているが、多分彼女たちからしたら決して遊びなどではないのだろうと思う。
とはいえ、ヤシオから声をかけられたプクリンは途端にきゅるるんという瞳でヤシオに駆け寄ってその脚にしがみついた。
「ん、プクリンどうした」
「ププ」
「飯にするからもう遊ぶの終わりにしような」
「プリ!」
「おし、いいこ」
「プリュ〜」
「なに?だっこ?はいはい」
ヤシオは強請るプクリンを抱き上げては撫でてやる。プクリンはヤシオの肩口にしなだれかかって満足そうだ。
そうやって好きな人の前で露骨にかわいこぶってアピールするプクリンは一周回って物凄くいじらしい気がしてきた。
反面、その様子に一切気がついていない、もしくは気がついていてもあっさりスルーするヤシオのほうが唐変木なのかもしれない。
ぼんやりと彼らの関係性を眺めていたらプクリンを抱き上げたヤシオと目があった。
「飯だっつってんだろ!とっとと着替えてこい!アンタのハンバーグだけソースかけないで食わすぞ!オラ!」
「えっ……」
足で尻を蹴られた。自分には急に厳しい……。
夕食はヤシオが言っていた通り、煮込みハンバーグだ。
ナイフがなくとも箸だけで切れるくらい柔らかいハンバーグにはキノコがたっぷり入ったデミグラスソースがかかっていて、単独でも十二分に旨いが白米と共に口に入れると極上だった。付け合わせの焼きアスパラやポテトサラダ、人参のグラッセも付け合わせと呼ぶには勿体無いくらいだ。
旨い……と、いつもながらじんわり感動しながら味わう。
そんなアオキを見て、ヤシオはちょっと笑った。
食べている時は喋らない派の2人が無言で食べ進めていると、ひと足先にリビングでの食事を終えたプクリンがやってきた。
彼女はヤシオの隣の椅子に腰掛けると、黙ってテーブルの上の花瓶を眺める。
眺める……というよりは睨みつけているといってもいいかもしれない。
大口で白米を食べていたヤシオはプクリンの視線に気がつくと、箸を置いて小首を傾げた。
「花、気になんの?」
「……プ」
ヤシオは花瓶に手を伸ばすとそこから黄色い花を一つ手に取る。それからその花をプクリンの長い耳の付け根に結ぶようにそっと飾った。
「プ!?」
「ほら、可愛いよ」
「プ……プリゥ……」
「ん、やっぱプクリンはなんでも似合うな」
「ンクゥ……」
他の女から貰った花を飾られて、プクリンは一瞬怒ったように膨らみかけた……けれど、ヤシオが「可愛い」と褒めたがためにあっさりと陥落して頬を赤らめる。
熱くなった頰に手を当てて恥ずかしがるプクリンへ、ヤシオは「なに照れてんの?」と言いながら頭を撫でて微笑みかけた。
アオキはそれを真正面から直視して(ワ……ワ……!)となった。
ナチュラルボーン女誑し。これはプクリンも彼女面する。こんなお姫様扱いされて彼女面しないわけがない。むしろヤシオが彼氏面していると言ってもいい。これはヤシオが悪い。
「……ヤシオ」
「ん、なんだよ」
「……過去に女性関係で揉めた経験は無いですよね」
「は!?ねえよ!あってたまるか!」
「誰にでもこんなことを……?」
「こんなことってなんだよ!褒めただけだろ!」
「今のは褒めるって言わんでしょう……口説くが正しいかと……」
「正しくねえよ!」
「念のため、プクリンとの関係性を確認してもいいですか」
「何を確認するってんだよ!トレーナーと手持ちに決まってんだろうが!ねえ、プクリンもなんか言ってやって……」
プクリンは椅子の上に立つと、ヤシオの肩に両手をつき、ちょっと背伸びをして、少年に顔を寄せる。
それから無防備なその頬へふれるだけのやわらかいキスをした。
「え?」
びっくりした顔のヤシオと目があったプクリンは、ふにゃりと嬉しそうに笑う。それから椅子を降り、どこか楽しげな足取りでダイニングを去っていった。
「……え?」
頬に残る柔らかい感触。ヤシオは思わず確かめるように、ふれられた箇所を指先で撫でる。
ダイニングに残された男2人、顔を見合わせた。
「お、」
「えっ!?えっ!?なに!?これ、おれ、え!?」
「おめでとうございます……」
「なにが!?ねえ!なにが!?」
「ププリンの頃から一緒なんですよね……距離が近いが故に気が付かなかった感情に思春期になってから気がつく……すごい……幼馴染モノの真骨頂を見ました……」
「やめろや!!!!」
「見てください、イエッサンの姿を」
「は!?……ってイエッサン!?なんで!?」
一部始終を見ていたイエッサンはリビングの真ん中で
そんなイエッサンにちょこちょこと近づいたワッカネズミは彼女の様子を確認してから、ヤシオへ顔を向けて静かに首を横に振った。手遅れらしい。
手持ちたちの異常事態に顔を真っ赤にしてパニックになったヤシオが喚く。
「ねええ!!!もおお!!意味わかんない!!アオキさんが変なこと言うから変な空気になったあ!!!するじゃん!!ちゅーくらい手持ちとするじゃん!!!するって!!!するよ!!!ほらおいでワッカネズミ!!!昨日もおやすみのちゅーしたじゃん!!首を横に振るな!!!来い!!!今更照れんな!!もじもじすんなーー!!!」
「……ヤシオ、責任という言葉を知ってますか」
「アオキさんのバカ!!!!!」
ヤシオは立ち上がると食事の途中なのも気にせず早足でダイニングを出る。
「ヤシオ、どこへ」
「プクリンのとこ!!!」
バタバタと足音を立てて2階へ向かっていくヤシオに、リビングの女性陣がワーキャーと沸き立つ。
いまだに倒れているイエッサンは唇を噛み締めたまま笑顔でサムズアップしていた。ワッカネズミは静かにお互い抱きしめあっている。もうめちゃくちゃでてんやわんやだ。
アオキは内心で面白がりながら、マイペースに食事を再開した。
その時、女性陣の輪をうまく避けてダイニングにムクホークがやってきた。彼はアオキを何か言いたげな顔で見つめる。
相棒のその表情に思わず相好を崩して腕を差し出すと、ムクホークは黙ってアオキの腕に掴まった。一度バランスを取るように大きく翼を広げて、閉じる。それから跳ねるように肩の方へ移動した。柔らかい羽毛がアオキの頬に触れる。
「……少しちょっかいをかけすぎましたかね」
「…………ピィ」
嘴の丸みを帯びたところで軽く頭を叩かれる。
流石にやりすぎじゃないか、と。
アオキの手持ちの中でもムクホークは一番のしっかり者で、世話焼きだ。ヤシオのこともプクリンのことも後輩としてよくよく可愛がっている。それ故の苦言だろう。
「でも、見えている地雷なら早めに除去したほうがいいに決まっているでしょう?人とポケモンの関係は時折難しいところがありますし……」
「ピュイ……」
「何よりヤシオの今後の人間関係に関わりますから、彼らは一度腹を割って話したほうがいい」
「……キュ」
「荒療治なのは……まあ、否定はしません」
「キュイ」
「ふふ、そうですね」
アオキの頬へ自身の頬を擦り寄せてくるムクホークをアオキは静かに受け入れた。その柔らかな感触を楽しみながら、応えるようにムクホークの嘴へ自身の唇を当てる。
リビングの喧騒を他所に、静かなダイニングでそっとスキンシップを取るアオキとムクホーク。
それをダイニングの入り口で目撃してしまったワッカネズミは思わず赤面して互いの目を塞ぎ合った。