チャンプルジムリーダー見習い(仮)   作:ホネホネ

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真夜中のムーンロマンス

 

これは私の眼がまだ赤く、生の意味さえ知らなかった頃の話だ。

 

自分がどこで生まれたのか、私は知らない。

物心がついた頃にはすでに孤独であった。

群れを逸れたのか、あるいは群れが絶えて自分だけが生き残ったのか、そもそも群れで生まれたわけではないのか。

答えを知る術は最早なく、実のところさして興味もない。

 

しかし野生として生を得た幼き頃の私に、世界は厳しかった。

群れに守られることは無く、まして鋭い牙や爪を持たない小さな生き物が一体どうやって生き延びていくというのだろう。

 

他の群れの縄張りを避け、強い個体から身を隠し、落ちて腐りかけた木の実を口にし、泥水を啜り、時に強風に飛ばされまいと嵐の夜をずっと木の根を掴んで過ごしたこともある。常に気を張り、満腹を知らず、眠りを恐れた。

ただ生きるために生きていた。

死にたくなくて生きていた。

他に生きる理由なんてなかったから。

 

そんな日々の果てに、判断を誤った私はうっかり他の群れの縄張りに足を踏み入れてしまう。

 

当然、その群れに襲われた。

初めこそ私は手を振り回し、短い足で必死に走って抵抗する。

けれど多勢に無勢、数の暴力に勝てるわけもなく、やがて私は囲まれた。力無く倒れるしか無い私を追い出そうと彼らは攻撃をする。

その場を離れようにも歩けず、攻撃されては立ち上がることさえできない。

 

次第に私は……諦めた。

倒れ伏したまま、傷つけられることを受け入れた。

その果てに命を落とすことさえも、弱者ゆえに当然の結末だと。

そうして私は全てを手放すように目を瞑った。

 

その時である、私の運命がやってきたのは。

 

運命は頼りない細い木の枝を手に走ってくると、鋭い爪を持つポケモンの群れに立ち向かった。

大声を出して、木の枝を振り回して威嚇すると、怯んで離れた群れから私を抱き上げ、すぐに再度駆け出す。私は曖昧な意識のまま、彼の腕に抱き締められていた。そこで体力は尽き、意識は消える。

 

次に意識を取り戻した時、私は人間の暮らす街にある建物──後にここがポケモンも保護・回復するポケモンセンターという施設だと知る──にいた。

私は混乱したが、暴れることはなかった。死ならば受け入れるととっくに覚悟していたからだ。

 

しかし、私に死が訪れることはなかった。

怪我を治され栄養を与えられた私は、私の運命と再会する。

 

「……大丈夫かよ、ちび」

「プ……?」

 

私の前に現れた少年の服はボロボロで、顔にはたくさんの絆創膏が貼られていた。その理由に見当がつかないほど私は愚かではなかった。

 

……この少年に救われたのだ、と。

それを理解した瞬間、私はなぜ彼がそんなことをしたのかがわからなかった。

 

だって、私には救われる理由がない。

彼が怪我をしてまで、その身を危険に晒してまで私を助ける理由がどこにも見つからなかったから。

 

私はどうして?と問いかけたが、彼に私の言葉を伝わらなかった。

彼は首を傾げてから、私の頭を撫でるだけ。

 

それは暖かい掌だった。

生まれて初めて、痛み無く他者の体温を知った瞬間だった。自然と溢れた涙に、私の運命はぎょっとした顔をして私から手を離す。それが悲しくて、寂しくて、私は咄嗟に彼の手を掴んで、もう一度撫でてほしいと強請った。そうすれば彼は静かに撫でてくれる。それが嬉しかった。それが「嬉しい」という感情なのだと、運命が私に教えてくれたのだ。

 

私は彼の手に抱きついて、泣いていた。

時間が経って、彼が帰らなくてはならなくなっても私が離さないものだから彼は困った顔をする。それでも手を振り払うことなくずっと私のそばにいてくれた。

彼は手を離さない私を見て困った顔をしながらも口角を上げて笑って、この施設にいる人間の成体に問いかける。

 

「このププリンって、オレが引きとったらだめですか」

 

私が抱き締め続ければ、泣き続けていれば、彼は私の望みを叶えてくれる。

それを知ったのは多分この時だ。

 

 

 

私は彼の住む巣で、彼と彼の母と共に暮らすことになった。

彼の母君は驚きながらも簡単に私を受け入れてくれて、彼とよく似た笑顔で私を撫でてくれた。その手も優しくて暖かかったのに、私はどうしてか彼に撫でられるほうが心地よかった。

 

彼らと共に暮らす巣は外敵に襲われることもなく、餌に飢えることもなく、雨曝しになることもなく、暖かく、穏やかだった。

 

なのに、私はずっと怖がってばかりいて、夜に眠ることさえ恐ろしかった。

今のこの平穏はすべて夢で、次に目が覚めたらまた外の世界で怯えながら暮らさなくてはならなくなるような気がして仕方なかったのだ。一度知ってしまった体温を失うことなど、もう私には耐えられなかった。

 

「だいじょうぶ」

 

夜が来ると恐怖と不安で泣いてしまう私に彼はそう言って笑ってくれた。

彼と同じ毛布に包まって体温を感じながら、私は幸せだったのに、眠ることが怖かった。無防備な自分を晒すことが恐ろしかった。雨の夜は、嵐の夜は彼の体にしがみついて震えていた。

 

その度に彼は根気よく私を撫でて「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言ってくれた。

やがて睡魔に負けて彼は眠ってしまうけれど、ずっと私を抱き締めていてくれたから、いつもなんとか夜を越えることができていた。

 

そんな日々を何度も繰り返して、とある日。

とても暖かく、天気の良い昼下がりのこと。

 

陽の光が降り注ぐ窓辺で、スマホをいじりながら彼が寝っ転がっていた。そばにある携帯ラジオからは音楽が流れていて、私は彼の腕に身を寄せながら、小さな鼻歌を聴いていた。温かな彼の体温。降り注ぐ日差し。流れるバラードに合わせて体を揺らす。

 

「ププリン、この曲好き?」

 

彼の問いかけに私はうなづく。

本当は曲じゃなくて彼の鼻歌が好きだったのだけれど、そんなことを言ったら照れて歌ってくれなくなってしまうかもしれないから言わなかった。

 

「オレも好き」

 

それは音楽のことだとわかっていた。けれど、彼が私の目を見て、笑ってそう言ってくれたから、私は今だけ愚かな勘違いをすることにした。

 

「ププリン」

 

彼に名前を呼んでもらうのが好きだ。その笑顔も、声も、撫でてくれる掌も、抱き締めてくれる腕も、彼の全てが好き。大好き。

 

「ププリンはかわいいな」

 

鋭い爪や牙を持たずに生まれてよかった、とこの時初めて思った。彼を傷つけずに済むから。

彼にかわいいと思ってもらえる私に生まれてよかった。優しく撫でてもらえるから。

 

あの辛く厳しい野生での日々はきっと、今この瞬間のためにあったのだとさえ思えた。

私は伝わらないと知って、それでもなお彼へ告げる。

 

「プププリ」

 

きっと私の言葉は彼には伝わらないだろう。それでも構わなかった。

この行為に意味なんてなくても、彼に伝えられたらそれで良かったから。

そんな私に彼は寝転がりながら微笑んだ。それから彼も口を開く。

 

「ん、オレもだいすき」

 

私の「だいすき」に彼は「だいすき」で応えてくれた。

彼が私の言葉を、気持ちを理解してくれた。

それを知ったその瞬間、小さな私の体の中にある小さな心臓が大きく鼓動する。

こんな気持ちは初めてだった。

こんなにも幸せを感じたのは生まれて初めてだった!

 

あなたの掌が好き、その体温が好き、小さな鼻歌が好き、同じ布団で眠ってくれる優しいところが好き、怖いのにポケモンの群れに立ち向かえる強さが好き、母君のために料理の練習をしている頑張り屋さんなところが好き、笑った顔が好き、強がりなところも好き、あなたが好き。あなたが大好き。ほんとうに、ほんとうに大好きなの。

 

私はそっと目を閉じて、それからゆっくりと目を開く。

その時にはもう私の瞳は赤くなどなかった。

 

彼の瞳に映る私はそれまでより一回り大きくなっていた。

驚いたような彼の表情がやがて心からの喜びに満ちた笑顔に変わる。

それから私の新しい名前を呼んでくれた。

 

その声が優しくて、私の空色の瞳から涙が溢れる。

あなたの優しさに報いたいとそう思った。

 

その夜、私は初めて彼の前で無防備に深い眠りにつくことができたのだった。

 

 

 

 

 

現在暮らしているパルデアにある巣の2階、普段彼と共に眠っている部屋で、回想を終えた私は静かに窓辺に座っていた。

 

窓枠で切り取られた空にはまんまるい月が昇っている。それを見るたびに郷愁じみた感情が心の中に生まれるのはどうしてなのか。

わからないが、きっと種族としての性なのだろう。そうに決まっている。だって、個としての私がいるべき場所は遠い月などではなく、私の運命の隣だけなのだから。

 

私は私の運命を心から大切に思っている。

彼を守りたい。この世界のあらゆる苦しみや悲しみから彼を守ってあげたい。ただそれだけだ。

 

一時は、人は人の群れの中で生きるのが正しいと思い、彼が新たな群れの中で生きることを受け入れ、身を引いていた時期もあったがアレは過ちであった。

 

群れを知らぬ私が今更群れの中で暮らせないように、我が運命もまた今更生き方を変えることはできなかったのだ。

もっと早くに気がつき、その手を取って一緒に逃げてやればよかった。もしも時を戻せるのならばきっと私はあの時に戻るだろう。

 

だからこそ、今度こそ彼を守りたいのだ。

 

私がまるで頭のネジの緩い独占欲の強い(つがい)面をしているのにももちろん理由がある。

 

私が彼を心から愛している姿を見せれば、それは周囲への牽制となるからだ。

彼を溺愛する私を見れば、ヤシオへ邪な感情を抱く者も怯んで離れていくし、それでもなお近づいてくる者は往復ビンタでしばき回していいという判断ができる。

 

そう、すべては彼を守るためだ。

そのためになら私は周囲からメンヘラ激重束縛彼女面プクリンとか思われても構わない。

 

……というか、気を抜くと私の運命は変なのに好かれる。

 

今の手持ちの連中もそうだ。

 

イエッサンは気立ての良い女だが、時折私とヤシオを見て寒気のする笑みを浮かべているし、たまに深夜、眠っているヤシオのスマホを使って変なサイトを眺めていることを知っている。

趣味はそれぞれだからそこまで口出ししたくはないが、もし私の運命を困らせたり悲しませたらマジビンタすると一度釘を刺した。効いているかはわからない。それ以外は気の合う良い友なのだが、そこだけが何よりも問題だ。

 

それから、新参者のワッカネズミとかいう畜生共。あれはダメだ。あいつらは私のヤシオを自分たちの『イッカ』に加える腹づもりでいる。

……いや『イッカ』に加える、というのが具体的にどんなものなのかはわからないが、なんかこう……気持ちが悪い。よくわからないながら、もし私の運命を困らせたり悲しませたらマジビンタすると一度釘を刺した。効いているかはわからない。今度どこかのタイミングで庭裏に呼び出してちゃんと締めておくべきかもしれない。

 

あと、ヤシオの師匠を名乗るあの男も気になってはいるが、彼の手持ちたちの話を聞くに悪い人間ではないらしいので一旦置いておく。

ヤシオも懐いているようだし、大丈夫だろう。大丈夫じゃなかったらマジ往復ビンタで全てを終わらせる。

 

それよりもなによりも1番の懸念事項は、今日ヤシオに花を渡してきたあのメスポケモンだ。

あのメス、私の運命がちょっと優しくしただけで色気付いた目で見やがって。ヤシオは怪我をしていたのがお前じゃなくても手当くらいしていたというのに調子に乗らないでほしい。大体すぐにぽんぽん卵を産むようなメスを私のヤシオに近づけさせられるわけもない。次寄ってきたらマジビンタをする。これは確定事項だ。

 

とまあ、私がこうやって気を張っているという話をすると、この家のメスの鳥ポケモンたちなどは「いい子ちゃんしてないでさっさと彼の種で卵産んどきな」「結局認知を迫るのが一番早いっしょ」と暴論を言い出す。

まったく、これだから鳥ポケモンは発想が野蛮で困る。人間にとって子という存在は我々が思うよりずっと重いのだ。人間と暮らしているのにそんなことも知らないのだろうか?

……それとも彼女たちのトレーナーの倫理観か?

だとしたら私は私の運命を連れてこの家を飛び出す。

 

そもそも誤解のないようにしておきたいのだが、私はヤシオと番になりたいわけではない。

彼を大切に思っているが、私は人とポケモンが結ばれるには多くの障害があることを知っている。ただ穏やかに普通に生きたいだけの彼の生活を壊したいわけじゃない。

ただ、彼を守りたいだけだ。

 

「プクリン」

 

不意に名前を呼ばれて、振り返る。

そこには思っていた通り、私の運命がいた。

 

食事の途中だったろうに、私を追いかけてここまでやってきてくれた彼にふと胸の内が温かくなる。彼に一番に優先されたいなどと我儘を言うつもりはないけれど、優先してもらえたらそれはもちろん嬉しいに決まっている。

 

電気のついていない部屋の光源は月明かりだけで、ヤシオは灯りをつけず静かに私の隣へやってきた。私の右隣で、人間特有の長い足を抱えるようにして座り込む。それから私が見ていた窓の外へ目を向けて口を開いた。

 

「今日って満月だったんだ」

「プ」

「綺麗だな」

「……プリ」

 

並んで静かに月を眺めていた。開いた窓から入り込む微風が、少しだけ他者の体温を求めたくなるくらいに涼しくて、お互いに少しだけ距離を詰める。

私は彼の横顔を見つめた。その緊張と照れと戸惑いが滲む少し硬い表情に思わず笑えば、気がついた彼が「……なに笑ってんだよ」と少し唇を尖らせる。

 

「プリュ」

「元はと言えば、プクリンがアオキさんの話に乗ってあんなことするから……」

「プリリ?」

「……いや、プクリンのせいじゃねえけど」

「リリ」

「…………ん」

 

ヤシオは左腕を広げて私を抱き寄せると、私の頬に頬を寄せて柔らかい毛並みに擦り寄った。

 

「……オレはプクリンが好きだよ」

「プリ」

「愛とか恋とか責任とか……そういうのはわかんねえけどさ」

「プク」

「すげえ可愛いって思ってるし、大事だし、ずっと一緒にいたいって思う」

「リィ……」

「……それじゃだめ?」

 

だめなわけがない。この身に余るほどの喜びだ。

私は立ち上がり、真正面から笑顔で彼を抱きしめた。そうすれば彼も応えるように抱きしめ返してくれる。

それだけで十分で、それだけで幸せだった。

 

ヤシオは私を抱き締めたまま、ころんと床に背をつけて転がる。

自然、私が彼の上に乗っかる形になったけれど、彼は私の重みなど気にすることなくぎゅうと腕に込める力を込めた。

 

「ってかさ、さっきのプクリンのちゅー、あれどういう意味だったの」

「プリ、プリプイ、プププリ」

 

顔と顔を寄せ合ったまま、ふとそう問いかけられる。

あれはなんというか、その場のノリと、牽制と、心からの愛情だ。

 

あの師匠を名乗る男の要らぬ心配や変な邪推が煩わしかったというのもある。私はヤシオが大好きなだけなのに。

もしかして愛に理由や意味を持たせないと満足できないタイプの潔癖か?プクリンそういうのどうかと思う。

 

私はヤシオが好きで大好きで愛している。

そしてヤシオもまた私のことが好きで大好きで愛している。

それで十分だろう。

 

私は2人きりなのをいいことに、階下でしたように彼の頬に唇を押し付ける。そうすればヤシオはくすぐったそうにふにゃふにゃ笑って「なんだよ今度は」と言いながら彼の方からも私の頬に口付けた。

 

「プププリ」

「ん、オレも大好き」

 

今度のはノリも牽制でもない、ただの『大好き』のちゅーだ。

 

私は今以上のものを望みはしない。

けれどもしも、もしもあなたが私を望んでくれるというのなら、私は私の全てでもってあなたに応えるだろう。

……それを言葉にしてあなたに伝えることはないけれど。

 

まあ、それはそれとして、閉じた部屋の扉の向こう側で盗み聞きしている連中はダメだ。強めにしばく。

私はニコニコしている私の運命の頭を撫でてから、扉へ向かい、勢いよく開ける。

 

「あ、どうも……」

「んきゅ」

「キュイ……」

「「ア……」」

 

ヤシオの師匠と、彼の手持ちたちと、ヤシオの手持ちたち。全員が扉の外で聞き耳を立てていた。あ、バレた……という顔をする面々。

 

その中で唯一、妙に湿度の高い笑みを浮かべていたイエッサンの横っ面を私は躊躇いなくビンタした。瞬間、即座に返ってきた「ありがとうございます!」の鳴き声に鳥肌が立つ。

 

それから、外の連中に「あと2時間……いや、3時間はここに来ないでくれる?」と吐き捨ててから、扉を閉める。

 

それから、聞き耳を立てられていたと知って顔を真っ赤にしているだろう私の運命をよしよしするために振り返ったのだった。

 

 







趣味で登場人物それぞれにイメソンが設定していますが、プクリンネキのイメソンはOfficial髭男dismの「イエスタデイ」です
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