普段はあまり欲を見せないから、彼がしたいと言ったことはできる限り叶えてやりたいと思う。
「……アオキさん」
「はい」
「あのさ、オレこの辺りのトレーナーとはほぼ戦ったっぽくて、だからちょっと遠出して他のトレーナーとバトルしようなって思うんだけど、」
「はい」
「家事とかやってるとあんま遠く行けねえし、でももしせっかく遠出するなら普通のトレーナーとやるだけじゃなくて、その、ジム戦とかしてもいいんじゃねえかなって思って、」
「はい」
「だから、アンタから見たらまだ実力不足かもしんねえけど、ジムに挑戦すんのもアリかなって思ってるんだけど、アンタとしてはどうなわけ?」
だから夕食の後、いつものようにダイニングテーブルで向かい合った時、モゴモゴしながらもジムに挑戦したいと言った時は素直に嬉しかった。
「力不足とは思いませんよ。ジムチャレンジ、あなたがしたいと望むのなら自分は応援します」
「……そっか」
ヤシオは少しはにかんで、うなづいた。
まあ、それはそれとして。
「ヤシオ」
「なに」
「あの、完全に任せきりにしている分際での発言じゃないのですが、家事はそんなに頑張らなくていいです……」
「……ん?」
「掃除機とか毎日かけなくていいですし、洗濯物も何日かにいっぺんとか、あと飯も作るの面倒だったら自分に連絡してくれたら適当に買って帰りますし……」
アオキがそう言えば、ヤシオはキョトンとした顔をした。それから小首を傾げて口を開く。
「や、でもオレ、アンタんちの居候だし、そんくらいしねえと」
「そんなこと考えなくていいです。あなたが料理ができなくても家事ができなくても、自分はあなたをここにおいてました」
アオキはそう言ったが、ヤシオはやや訝しげな顔をした。
「それ、オレの料理がマジで不味くても言えたんだろうな?」
「……まあ、あなたの料理にまんまと胃袋を掴まれたことは否定しませんが」
「ほーらみろ!」
「それでも、子供を放り出すようなこともしませんよ」
「…………そうだろうけどさ」
「まあ、それはともかくとして、あなたは少し手を抜くことを覚えてもいいかと」
「…………」
口を噤むヤシオに、彼の服を伝ってワッカネズミが登ってくる。それからぴょんとテーブルに降り立つと、ヤシオの掌にくっついた。ヤシオは2匹を指でふにふにと捏ねくり回しながら、少し考え込むような顔を見せる。
「……手を抜くって、例えば、」
「はい」
「買ってきた惣菜を皿に移して晩飯のおかずにするとか?」
「ヤシオ」
「なに」
「皿に移さなくていいです」
「え」
「買ってきた時のパックに入れたままでいいです」
「ひえ……!」
「表示を見ないで適当に1200Wでチンしましょう」
「ヒッ……!プラスチックのパックが溶ける……!」
「アー!!!」
「アー!!!」
反応が良くて遊んでいたら、いじめていると思われたのかワッカネズミに威嚇された。
落ち着けとばかりにヤシオはワッカネズミを指先で揉み揉みと撫でる。喉を撫でられた2匹は「ンアアア」とうっとりした。
「……じゃ、じゃあ、明日はオレ掃除機もかけないし洗濯機も回さねえぞ。いいのか」
「いいと思います。夕飯も自分が買ってきましょう」
「そしたら明日は庭の草むしりしかしねえからな!」
「……ああ、はい」
一番しなくていいやつだ……と思った。
ヤシオは「トロピウス先輩と今度庭をキレイにしようって話してたんだよ」とグッと拳を握る。
「はあ……花でも畑でも好きにやってもらって構いませんが……」
「マジ?野菜育てよっかな」
アオキは飲み会の幹事とかを引き受ける人間を宇宙人だと思っているが、多分ヤシオはそっち方面の生き物なんだろうなあと思った。一般的に面倒とされることを苦に感じない稀有なタイプだ。
それを良い子だと評するのは簡単だったが、それなりに社会経験を積んできたアオキとしては都合よく利用されないかの方が不安だ。
「……ヤシオ」
「なんだよ」
「もし何年も連絡を取っていない知り合いから電話が来て会おうと言われても安易に1人で行かないでくださいね……」
「え、なんだよ、急に……」
「いえ、あなたはなんというか、壺とか絵とか押し売られそうで……」
「……アンタはオレをなんだと思ってんだ」
「なんでもその場ですぐに「はい」と返事をするのではなく、一旦持ち帰って落ち着いて考えるべき時があることも知っておいてください……」
「なにその具体的なアドバイス……経験者?」
「……違います」
違くない。実を言うと何年も連絡を取っていない知り合いから電話が来て会おうと言われてノコノコ行った経験はある。
ただアオキは勧誘とか押し売りとかそういう言葉による搦手に滅法強かったので、なんか15分くらいで勝手にあっちが帰った。ヤシオにあのなんとも言えない虚無感はあまり味わってほしくない。
「……」
「……」
「……アイス、食べますか?」
「食べる」
思い出したら空しくなったので話を変える。
風邪の時の甘やかしの時のおかげか、アイスを食べる時に諸々を用意するのはアオキ、というのがこの家の暗黙の了解になっている。
食べると答えたヤシオはワッカネズミを肩に乗せてからダイニングを出て、リビングのソファに座った。
アイスを食べたりテレビを見たりとのんびりと夜を過ごす。ポケモンたちもリビングでそれぞれ好きに過ごしている。
オドリドリとチルタリスに「新しいメス増えてるじゃない」「それでいいの守護神」とつつかれているプクリンは「……でもヤシオは私の運命だし……」と何か言い訳じみたことを言っていた。
当然そんな言い訳を許すわけのないメス鳥ポケモン2匹に「なにが運命よ!」「立場にあぐらかいてるメスから負けんのよ!」と羽根を広げて叱られている。
そんな彼女たちを他所に、新しく手持ちに加わったラッキーはたまにヤシオの元にやってきては世話を焼いたり、パフュートンと和やかに話をしたりしている。
アオキとヤシオはテレビでやっているグルメ紀行番組を眺めながら、やってきたカラミンゴに物理的に絡まれたり、ムクホークにアオキが、ウォーグルにヤシオが毛繕いされたりしている。
イエッサンはヤシオが(いいな……)と思った飲食店を片っ端からスマホのブックマークに入れる作業をしていた。
そんな時間を過ごし続けていくらか。
パルデアの穴場グルメを紹介する番組を見つつアオキは呟く。
「流石にハイダイさんやカエデさんの店は有名過ぎて逆に取り上げられませんね……」
「…………」
「……?」
静かになった隣に、ふと視線を向けるとヤシオがソファに座ったまま寝こけていた。
すう……すう……と一定の間隔で寝息を立てる子供の姿に思わず時計を見る。
21時前、15歳の少年が寝るには早い時間だが、今日はラッキーを仲間に加えたりと色々あったようだし、疲れたのだろう。
せっかく寝たのを起こすのも忍びないし、このまま2階に連れて行ってやるか、とソファから立ち上がった時、ラッキーとプクリンがソファに寄ってきた。恐らく2匹もアオキと似たようなことを考えて来たのだろう。
1人と2匹で微妙な距離感を保ちながら牽制し合う。
「……ヤシオは自分が抱き上げて2階に連れて行くので、あなた方はここで休んでていいですよ」
「ラッキー、ラキラキ、ラッキー」
「ププ、プリャ、プクプ」
ラッキーはブランケットを手に、眠っているのだからこのままソファで寝かせておいてやるべきだと主張した。
対してプクリンはちょっとだけヤシオを起こして私が2階に一緒に行ってから歌で寝かしつけると言っている。
三者三様の意見で対立した。
アオキはプクリンと目配せをし合ってから口を開く。
「まずソファで寝かせておくのは絶対無いです」
「プリ」
「ラッ!?」
「ソファで寝て起きた時の体のバキバキ感は凄まじいんですよ……」
「プクプク」
まずは共通の敵を潰す。
アオキの意見に同調するプクリンは「それだから人間文化を知らない野生は……」と、やれやれとばかりに首を振った。
ラッキーはショックのあまり涙目になった。
プクリンは一歩前へ出て「プップリ」と言って胸を叩く。自分がヤシオを2階に連れて行くから下がってろ、という意味だ。
しかしその意見はすぐさま潰される。
「え、こんなに気持ちよく寝ているヤシオを起こす気ですか……?」
「ラキラキ。ラッキー?」
ラッキーも「あまりにも思いやりが足りなすぎる。それで相棒を名乗る気?」と眉間に皺を寄せる。
正論アタックを受けてプクリンは床に崩れ落ちた。
アオキは「なので自分がヤシオを抱えて上に連れて行きます」と言ったがその発言もまたすぐに叩き潰される。
「プッキュ」
「ラ?」
アオキには2匹の言葉はわからなかったが、多分「きっしょ」「は?」的な言葉なのはわかった。
ポケモンとはいえ年若い女性にそう言われてちょっとショックを受ける。
三つ巴状態のまま、1人と2匹は互いを伺い続けた。
と、その時のことである。
ソファで眠っていたヤシオの体がふわりと浮き上がったのは。
「……え?」
「んきゅきゅ」
イエッサンはサイコパワーでヤシオを浮かせると、床で待機していたノココッチの背にゆっくりと降ろして寝かせる。
ヤシオを背に乗せたノココッチは床をのこのこと這いながら2階に続く廊下へ向かっていった。そんなノココッチの頭の上でワッカネズミがわっしょいわっしょいと跳ねている。
イエッサンはヤシオが落ちないようサイコパワーでフォローしつつ、すやすや眠っているトレーナーを運ぶノココッチの後に続いて歩いて行く。
それからリビングを出る前に、揉めていた三つ巴のほうへ振り返った。
「きゅる!」
ばちーんとウインク。
そして手を顔に当てて、勝利の決めポーズ。
こうやって敢えて自分が掻っ攫うことで、プクリンは危機感を覚えて今後ヤシオへのアプローチを強めるだろう。
そう!推しコンビの新規展開!
敢えて自分が雨となって降ることで、地を固める!
イエッサンは推し活のためなら、自らの身を危険に晒すことを厭わないタイプのオタクだった。
ゾクゾク……いや、ワクワクする……!
「グググァ……」
プクリンの唸り声と、風を切るシャドーボクシングの音を背に、イエッサンは興奮に体を震わせた。