イエッサンはスーパー優秀でハイパー可愛いエスパータイプなので野生の時はそれはもうモテにモテた。
爆モテだった。コイキングの池に餌を撒くような、もう入れ食い状態って感じ。
可愛くてごめーん!っていうか、なんで私が謝んないといけないの?可愛い私にありがとうでしょ?私が可愛くて嬉しいんだもんね?ってなもんだった。
狩りなんかしなくてもオスからの貢物で生きてられたくらい。
野生ってなに?って感じ。
毎日チヤホヤされてあらゆるオスからモッテモテで………超つまんなかった。
可愛い可愛いって、結局私の見た目しか見てなくない?
確かに私は他のイエッサンよりツノの形が綺麗で毛並みも良くて体色のバランスが絶妙で顔のパーツもそのバランスも完璧だけど、そういうのじゃないんだよね。
イエッサンはスーパー優秀でハイパー可愛いエスパータイプだから、自分の本心なんてとっくにわかってた。
イエッサンは狩りくらい自分でできる。頼んでもないのに貢がれても困るし、勝手に私の能力をスポイルしないでって感じ。だってイエッサンはできる女なのだから。
恋愛だって追われるより追いたいタイプだし、愛されるより愛したい。だからこのままじゃダメだ。自分の好きに生きなきゃ。
やんなっちゃった!
イエッサンはある日あっさり今の棲家と取り巻きのオスたちとバイバイして1匹で引っ越した。
ガラル中を回っていい感じの引越し先を探す。
ハロンタウンの長閑さも、ターフタウンの穏やかさも良かったけど、なんだかんだでルミナスメイズの森に落ち着いた。エスパータイプやフェアリータイプが多い場所って、みんな互いの性質をそれなりに理解しているから変なトラブルが少なくていい。
森でのんびり暮らしつつ、たまに森を出てラテラルやアラベスクあたりを散歩したりする毎日。
煩わしさから抜け出せて快適な日々。
……でもなんだか退屈なのは事実だった。
自我のある生き物ってやっぱり強欲なのかも。
より良いもの、より良い現在、より良い生活、より良い自分を望んでしまう。なまじエスパータイプで頭が良くて感受性が豊かな分、現状維持に魅力を感じない。
そんな頃にイエッサンが出会ったのが、1匹のトレーナーを連れているメスのプリンだった。
ルミナスメイズの森にやってきたその2匹を見た瞬間、イエッサンは「げー!」と思った。
野生生活を謳歌しているイエッサンとしては、トレーナーと一緒にいるポケモンとかマジダサい!って感覚だった。
ポケモンとしてのプライドってある?
人間によしよしされないと何もできないってワケ?
そう思ったのはイエッサンだけじゃなかったみたいで、他のフェアリーやエスパータイプたちも不愉快そうな顔でそいつらを邪魔しに行った。ざまーみろ!ポケモンセンターのぬるま湯に帰してやるよ!
でも野生の連中はあっさり返り討ちにされた。
人間の的確な指示とプリンの洗練された技のコンビネーション。連戦ならこっちに分があると思ってさらに何匹かがかかっていったけど結果は同じ。あっさり転がされておしまい。
この森にいるポケモンたちだって別に弱いわけじゃないのに、なんであのちっちゃいプリン1匹が、なんで弱っちい人間が一緒にいるだけで勝てちゃうんだろう?
イエッサンは気になってその2匹を尾けた。
いやこれはストーカーとかじゃなくて、観察とか研究とかだから。
2匹は毎日森に遊びに来てはキャンプしてカレー作ったり、ボールで遊んだり、テントの中で一緒に昼寝したり、抱っこしたり、頭を撫でたり、プリンと人間はウザいくらいにラブラブ。
でも見ていくうちになんかわかってきた。
弱っちい人間はポケモンが一緒にいないとまともに外も歩けないけど共にいてくれるポケモンを理解しようとしてくれる存在。
そんな弱いくせに自分の力を最大限に引き出して今以上の自分にしてくれる人間を、ポケモンは好きになっちゃうのかも。
多分、世界が広がるってそういうことなんだろう。
1匹と1匹が一緒にいて、1匹じゃ行けないいろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんな経験をして、互いを信じて、信じ合って、対等に認め合う。
……それって、愛じゃない?
それに気がついた瞬間、イエッサンはなんとも筆舌難いトキメキを感じた。
私が本当に見たかったのはそういう景色だったのかもしれない。そう思った。
……私は別に愛されたかったわけじゃない。
でもどうせなら傷ひとつない愛らしい顔じゃなくて、擦れた掌を褒めて欲しかった。狩りの結果を与えられるんじゃなくて一緒に狩りに行きたかった。尽くされるんじゃなくて、同じ目線で歩いて欲しかった。
今になって、そんなことに気がつく。
愛は愛によって報われる。
目の前の景色はそれなのかもしれない。
不思議と羨ましいとは思わなかった。
美しい宝石を見て美しいと思っても、自分自身が宝石になりたいとは思わないみたいに。
けれど、ずっと見ていたいと思った。
この宝石を自分の手中に入れて、大切に守っていたい。
「
「
「お、イエッサンだ。プリンの友達?」
「
「
「お、ご丁寧にどうも、テント上がってく?」
「
「
イエッサンは可愛いのですぐに2匹の愛の巣にお邪魔できちゃった。人間も可愛い子には油断しちゃうのねえ。
もしかしてイエッサンが超絶可愛いから、この人間のオスもちんちくりんのプリンより可愛いイエッサンのことが好きになっちゃうかも……。
挨拶がわりにイエッサンは人間の手をとって、世界一可愛いお顔できゅるん!と笑顔を見せた。
これで簡単にメロメロになっちゃったら、イエッサンはもう愛なんて信じられない。
この人間もプリンもここで殺して、エスパーポケモンで徒党を組み、人里を襲う悪魔と化そう……と思った。
で、人間の反応がこれ。
「ん、よろしくな、イエッサン。プリンに友達がいたみたいですげー安心したわ」
路地にこびりついた吐瀉物を見るような目でイエッサンを睨みつけてくるプリンの頭を、ニコニコ笑いながらナデナデして人間はそう言った。
その瞬間、スーパー優秀でハイパー可愛いエスパータイプのイエッサンは完全理解してしまった。
あ、このオス、マジでプリンのことしか考えてないわ。
目の前に絶世の美女がいてこの反応なのだから、そうなるともう仕方ない。この人間とプリンの間にある愛を認めるしかないだろう。試し行動に成功したイエッサンは嬉しくなってしまった。
そうそう!こういうのよ!こういうの!こういうのが見たかったのよ!これが純愛ってやつ!?!?
ニッコニコしていたら、プリンが急に人間の耳にヘッドフォンをつけて音楽を流し出して耳を塞いだ。人間はキョトンとしながらもされるがままだ。
プリンはそれからイエッサンをテントの外に引き摺り出し、テント裏に連れて行く。
プリンはもう怒り狂った顔でイエッサンの胸ぐらを掴んだ。
「私の運命に色目使うたァいい度胸じゃない……。その度胸に免じて、ポケモン勝負じゃなくてただのステゴロで相手したげるわ……」
「え?ちょっ……」
プリンはその桃色の可愛いおててでもう容赦遠慮なくイエッサンの顔面を殴った。もうボッコボコだった。
流石に不審に思ったヤシオが来てくれなかったら、イエッサンの可愛いお顔のパーツのバランスがめちゃくちゃ歪んでしまっていただろう。助かった。
「……プリン、友達をいじめたの……?」
「
「
「なーんだ、そっか。イエッサン、このあたり暗いから気をつけてな」
あーあ、唐変木。
ヤシオに手当てされながらイエッサンは思った。
でもこのプリンはこんな唐変木なオスがいいんだもんね。ほーんと、愛ってへーんなの。
……とまあ、そんな楽しい回想から帰ってきて、現在パルデア地方はチャンプルタウンのスーパーにて。
イエッサンはスーパー優秀でハイパー可愛いエスパータイプなので、気がついていた。
精肉コーナーで思っていたより安かった肉のパックを手に夕食どうしようかな、とヤシオが考えていることを。
そしてイエッサンはできる女なので、野菜コーナーのキャベツが安かったことを伝えてあげるのだ。
そうすればヤシオは「お、そしたらカツにするか」と笑ってくれた。それから「流石イエッサンだな」と頭を撫でてくれる。
昔はトレーナーの手持ちになったポケモンをバカにしていたけど、今やイエッサンもその仲間入りだ。そうなったことに後悔は少しもない。
頑張り屋で案外抜けていてでも繊細な人間と、それを愛して守ろうとするプリン──今はもうプクリンだけど──の2匹は、イエッサンが思っていた通り、面白くて、楽しくて、尊かった。
いやー見つけちゃったよね、世界の真理。
知らない奴が近づいて来ると警戒して彼を守ろうとするプクリンがヤシオによしよしされるとふにゃふにゃになってしまうところとか可愛いし、ヤシオはヤシオで博愛主義みたいな顔しながらプクリンのことは無意識に特別扱いしてるんだから可愛いのだ。トキメキー!
思い返してウッキウキのイエッサンに気がつくわけもなく、スーパーのカゴを手に歩くヤシオは隣を見てふと唇を開いた。
「ラッキー、欲しいものある?お菓子とか買ったげよっか?」
「ラキッ……!」
イエッサンと共にスーパーに来ていたラッキー。
彼女は初めてのスーパーにおっかなびっくりしてヤシオにピッタリくっついてばかりいた。
そんな彼女へヤシオが軽く膝を曲げ、視線を合わせてそう口にすると、ラッキーはパアアッと表情を明るくした。ヤシオはカゴをイエッサンに任せると、ラッキーの手をとってお菓子コーナーへ足を進める。
それからラッキーの隣にしゃがみ込んで棚を一緒に眺めた。
ラッキーはハートやらお花やら可愛らしいパッケージのお菓子に目移りしては楽しそうにしている。
それを微笑ましく見つめるヤシオ。
そんな2匹を眺めながら、イエッサンは(やっぱりねえ……)と思う。
最近の大きなトピックといえば、新しく手持ちに入ったラッキーだ。
このラッキーがどんな子かを端的に言うと、ちょっと頭のネジが吹き飛んでて自分をヤシオの母親だと思い込んでいる子だ。
イエッサンはスーパー優秀でハイパー可愛いエスパータイプなので、ラッキーがどうしてそうなってしまったのか知っている。
それにポケモンには倫理観とか個人情報保護法とかアウティングとかそういうのないから、危機管理として普通にプクリンに共有した。
ラッキーの雑音ばかりのグチャグチャな記憶を覗いて見たのは、彼女が野生にいた頃に偶然見つけた卵を守り育てようと必死になっていた記憶。
それから、彼女の願いが叶わず、野生の残酷さの波に飲まれて彼女は守り育てたかった卵をなくしてしまったこと。
大切なものをなくしてしまったことを受け入れられなかったラッキーは、またしても偶然現れたヤシオをあの卵から生まれた我が子だと思い込むことで心の安寧を得ている。
イエッサンから見ても不健全でグロテスクな構図だな〜とは思う。
でも、野生のままある程度まで成長したイエッサンは割と世界の残酷さを理解していたから可哀想とは思わない。そのあたりは結構そっけないのだ。
だって仕方ないじゃん。結局弱い奴は死ぬし、弱い奴は自分も仲間も群れも子も卵も守れない。
ラッキーが弱かったのがいけないし、自分の弱さを自覚せずに卵を守ろうと抱え込んだのが悪い。
卵を守ってやりたいと思った優しさまで否定するつもりはないけど、そういうのを肯定してやるのはプクリンとかヤシオとか優しい子に任せる。イエッサンは優しくないから。
……っていうか、薄々わかってたけど多分このラッキーって、ヤシオの手持ちの中でも一番年下なんじゃないかな。……ああ、なんか増えてたチビネズミは別としてね。
彼女の記憶を覗くに、多分卵を拾ったのもピンプクから進化したばっかの時みたいだし。
今だって、お菓子コーナーを眺めて目をキラキラさせてどれにしようかなって選んでる。
いくら人間文化に慣れてないからって、あの目の輝かせようは歳を経た成体の落ち着きには程遠い。
ヤシオもラッキーのこと、少なくともお母さんとは思ってないし。
多分いいところ、最近都会にやってきたばかりの妹分くらいの感覚じゃない?
頑張ってお母さんらしくしっかり振る舞おうとしているみたいだけれど、そもそも彼女の中のフワッフワなお母さんのイメージをトレースしているから結局無理が出てきている。
ヤシオの頭を撫でたり、毛布をかけてあげようとしたり、そばにいようとするけど、それくらい。多分根っこのところでは何をしていいのかわかっていない。
イエッサンだって野生育ちだから、お母さんって存在はヤシオの実の母しか見たことないけど、なんかもう全然違う。距離感とか接し方とか、そういうのがね。
だからそのうち、彼女が見ている優しい世界は破綻すると思う。
っていうか、破綻した方がいいと思う。
野生のまま1匹で勝手に狂ってるだけなら壊れたままでも構わないけど、私のトレーナーを巻き込むのならそうはさせないから。
どんなに辛くてもどんなに苦しくても、目の前の現実を見させてやる。
目の前にいるのはあなたの理想の我が子じゃなくて、ヤシオっていう1匹の人間なんだってね。
だって彼はあなたの都合のいい人形じゃない。
ヤシオのお母さんが大切に育てて、プクリンがずっと守り続けて、彼の師匠が未来を信じてくれた人だから。
私が見守り続けると決めた、宝石の輝きの片割れだから。
「イエッサン」
ラッキーの隣にしゃがみ込んだヤシオがこちらを見てそう呼びかけた。おいでと手招く掌に無意識に足が進む。
「イエッサンはどれにする?あと、プクリンとイッカネズミの分も一緒に選んでくんねえ?内緒で食べたって知ったらあいつら絶対怒るもん。ね、ラッキー」
「ラッキー!」
ねー!と顔を見合わせて笑うヤシオとラッキー。
それを見て、親子みたいだという奴はきっとこの世界に1匹だっていないだろう。
それがどんなに優しくても醒めた方がいい夢もある。
夢から醒めて彼女がもう一度立ち上がろうとするのなら、イエッサンだって手を貸すことはやぶさかではない。
そんなことを考えながら、イエッサンはお気に入りのキャンディを手に取ってカゴの中へ入れた。