「……アオキさん、ジムリーダーってマジ?」
「マジです」
「ふーん」
チャンプルタウンに屋外バトルコートはない。
そのため街の外へ出て、ある程度人やポケモンがいない場所まで向かう。先を歩くアオキから半歩下がった隣をヤシオが着いてきていた。
ポケモン勝負に誘ったアオキに、ヤシオはあっさりとうなづいた。
想像よりあっさりと承諾されたことにアオキは少し拍子抜けをする。
そんなヤシオのさして緊張する様子もない反応から、恐らく彼が露骨に態度に出さないだけでバトルに多少なりとも自信があることが察せられた。
証拠不足な自信を抱けるだけの若さが眩しい。
なだらかな原っぱの中、周囲にひと気がないことを確認してからこのあたりでいいかと立ち止まる。
それからヤシオがモンスターボールを2つ、上着のポケットから取り出したのを見て口を開いた。
「公式戦でもありませんし、腹ごなしです。2対2でトレーナーによる道具の使用は無しというルールでいいですか」
「いーよ」
両手の手首をぷらぷらと揺らして軽く準備運動をするヤシオへ背を向けてアオキは数メートルほど距離を取った。
そうして振り向いた瞬間、バチリと目が合う。
こちらを伺うような、警戒するような、それでいながら隙があれば喰らい付いてこようとするかのような、好戦的な少年の瞳。
それを見た瞬間、アオキは自分の中のトレーナーとしての闘争心が沸き立つのを感じた。
仕事じゃない。業務じゃない。
とはいえ、あくまでも異邦人たる彼の力試しだ。
わかっているのに、まだ相手の実力も知らないのに、本気を出してみたくなる。そんな感覚。
そんなアオキへ、不意にヤシオが口角を上げて笑った。
「アンタ、そういう顔もすんだ」
「……さて、はじめますか」
2人はボールを構える。
そしてそれを素早く相手の方へ向かって投げた。
「頼むぜ!プクリン!」
「お願いします、ネッコアラ」
投げられたボールの中からそれぞれのポケモンが出てきた時、2人は相手のポケモンを見て思った。
((案外可愛いポケモン連れてるんだな……))
すぐに切り替えて、向き合う。
「いつも通り行きましょう。ネッコアラ、あくび」
アオキの指示で夢うつつ、ゆらゆらと体を揺らしたネッコアラがふああと大きなあくびをした。
──基本的にアオキのパーティは火力だけで押し込むような戦術を使うようなものではない。
あくびや蛇睨みといった状態異常の搦手で相手のペースを崩し、崩れたところを的確に打ち込み削っていく。揺らがせるのは相手のポケモンではなく、むしろトレーナーの精神のほうだ。
想定外の状態異常に対応できるのか、そもそも状態異常を想定内に出来ているのか。
特にジムへの挑戦者に対してはそこを見ることが多い。ポケモン勝負も結局はトレーナー次第なのだから。
そういう意味もあって、いつも初手にネッコアラを選んでいた。
ぱっと見ではあまり強そうに見えない、むしろ可愛らしくうつらうつらと眠そうにしている様子に経験の浅いトレーナーは容易く油断するからだ。
……とはいえ、そこで揺らいだり油断するようなら、ヤシオは初めからあんな目をしないだろう。
「試合中に敵のあくびにつられるほど柔なメンタルしてねえよな!マジカルシャインだプクリン!」
あくびという技は、それ自体がバトルに似付かわない緩い技だ。だからこそ相手があくびにつられるほど油断していたり、不意を打ったり、近距離で行ったりする必要がある。
つまるところ、勝負中にはそうそう通る技ではない。
だからこそ、ネッコアラの見た目に油断したバトル開始直後がむしろ狙い目なのだ、本来ならば。
しかし今回はトレーナーからの叱咤激励と特殊技での距離の確保によって、ヤシオのプクリンにあくびは届かなかった。
プクリンは気合満々に鳴き声を上げて全身から眩い光を放つ。プクリンの体から360度波状に放たれる範囲の広い技。
それゆえに避けることは難しい。
なればこそ、攻めを選ぶ。
「距離を詰めます。攻め込みましょう」
枕木を盾にしたネッコアラがプクリンへ向かって無理やり距離を詰めていく。多少のダメージは想定の範囲だ。
攻撃を恐れずに突っ込んでくるネッコアラの姿にヤシオが微かに動揺し、それがプクリンに伝播する。
が、彼はすぐに切り替えて声を張った。
「大丈夫だ。緩急をつけてマジカルシャイン!」
ヤシオがそう指示した途端、先ほどまでより溜めが少ない分弱い攻撃が来たかと思うと、すぐにしっかりと溜めてから打った攻撃が交互に繰り返される。
繰り返される緩急のある波状攻撃にネッコアラの進みが遅くなるが、今は距離を詰めなければ話にならない。
というよりも、距離さえ詰めてしまえば、ネッコアラのパワーとスピードなら打ち勝てる。
プクリンは特殊攻撃が得意で体力はあるが、案外打たれ弱いところがあるからだ。
突くならばそこだ……とアオキが考えていることくらい、きっとヤシオには伝わっているのだろう。
だからこそ、距離を詰められないための緩急のある波状攻撃だ。
「まあ、悪手ですが」
溜めの少ない弱攻撃が来た瞬間にネッコアラは力づくでその攻撃を突破した。
そして次の攻撃が来る前に素早くプクリンへ距離を詰めて飛びかかる。
攻撃を打ち出す直前で動けないプクリンの顔にネッコアラの影がさした。
「ウッドハンマー」
ネッコアラが枕木を使って渾身の力でプクリンの体を一閃したのと、アオキが指示を口にしたのはほぼ同時だった。
「……ッ!プクリン!」
撃ち抜かれたプクリンの体は大きく弾き飛ばされる。
芝生の上を転がる手持ちポケモンの姿にヤシオが咄嗟に名前を呼ぶ。
ネッコアラを近づけさせたくないというのなら、緩急をつけた攻撃に転じるのは悪手だ。
多少溜めがあってでも最高火力を維持したまま攻撃を続け、ダメージを与えつつ、攻撃の余波でネッコアラを弾き飛ばし続けるべきだった。まだ判断が甘い。
アオキは自分がジムチャレンジ用の加減をした技構成の縛りを捨てて彼と戦っていることを自覚しながら、先輩トレーナーとして冷静にヤシオの判断の弱さをつく。
「ネッコアラ、とどめを」
そして、体力のあるプクリンならばまだ完全に意識を飛ばしていないこともわかっている。
芝生に倒れ伏しているプクリンへ素早く距離を詰めたネッコアラ。
そして、手に持った枕木を叩きつけようとしたその時。
「今だ!プクリン!」
「 !!!!!!!」
瞬間、凄まじい爆音が空気を激しく震わせた。
遠くの木に止まっていた鳥ポケモンたちが飛び立つ。
大地を吹き抜ける風が一瞬掻き消える。
真空のような無音の時間が続き、やがてゆっくりと音が世界に戻ってくる。
その爆音がプクリンの大きな鳴き声だと気がついたのは、痺れる鼓膜が落ち着いてからだった。
「……ハイパーボイス、ですか」
それを至近距離で受けて吹き飛ばされたネッコアラの小さな体は宙に放り出されて、そのまま受け身を取る間もなく地に叩きつけられる。
これまで蓄積していたマジカルシャインのダメージと、ウッドハンマーの反動、それから避けようもない至近距離で受けたタイプ一致のハイパーボイス。
それはネッコアラを動けなくさせるには十分なものだった。
「……してやられました」
「ハッ、してやったぜ」
上手く決まったことに彼自身少し驚いているような様子のヤシオと、ふらつきつつも起き上がったプクリンがドヤ顔を作ってアオキを見てくる。
不思議と腹は立たない。むしろ愉快な気分だった。
ネッコアラをボールへ戻して労いの言葉をかけてから、アオキは次を考える。
……本来であればネッコアラの後にはノココッチを出そうと思っていた。
この勝負はあくまでもヤシオの実力を見る為のものだったから。
けれど予定を変更して、アオキはジャケットの内側の中から相棒のモンスターボールを手に取る。
途端に警戒を見せるヤシオとプクリンに、アオキは一瞬表情を緩めてからボールを投げた。
「先手を取るぞ、プクリン!マジカルシャ、」
ヤシオが指示を出すよりも前に、プクリンが目を回して地面に倒れ伏す。
「……は?」
倒れたパートナーに気がついたヤシオが何が起こったのかわからないと言ったような顔で目を丸くした。
それから、遅れて理解する。
目にも止まらぬ速さでボールから飛び出してきたムクホークがそのままプクリンへ燕返しを打ち込んだのだ、と。
プクリンを倒したムクホークはヤシオの目の前を悠々と飛び、主人の元へ戻る。
バサリバサリとゆったりとした羽の音だけがその場に響いた。
「プクリンはあなたを信頼している。いいパートナーですね」
自分のそばに舞い戻ってきたムクホークを一度軽く撫でてからアオキはヤシオを見つめた。
「ですが、まだ活かしきれていない。……それはヤシオ、トレーナーたるあなたの責任です」
猛禽類のような瞳に捉われて、ヤシオは握った自分の拳が微かに震えているのを感じた。
もしもそれを他人に指摘されたのなら、反抗期真っ盛りのヤシオは「武者震いだわ!」と強く反論するだろう。
けれど、本当は彼自身わかっていた。
目にも止まらぬ速さの攻撃。
今になって気がついた自分の判断ミス。
自分よりずっと強いトレーナーからの叱咤。
……あ、勝てない、と気がついた時の足元が揺らぐ感覚。
その全てが15歳の彼の心を揺るがせて、まるで巨大なポケモンに威嚇をされたみたいに怯んでしまったこと。
ヤシオの思考がそのまま止まりかけた時、ポケットの中の2体目のモンスターボールが彼を叱咤するように揺れる。
それにハッと気がついたヤシオは慌ててプクリンをボールへ戻すと、すぐに次のボールを投げようと投球フォームを取って……一度その体勢を元に戻した。
それから両手で握ったボールを自分の唇に寄せて、ゆっくりと深呼吸をする。
小さくうなづいてから、ボールの中の仲間に言葉をかけた。
「……ごめん、オレの判断ミスだ。でもさ、最後まで一緒に足掻いてくんねえかな」
当然だとばかりに揺れるボールに、ヤシオは年相応の少年の笑みを見せる。
「ありがとう」
そうして今度こそ、真っ直ぐにそのボールを投げた。