「プクリン、アイスうまい?」
「プリ!」
「ん、よかった」
テーブルシティの屋台で買ったストロベリーアイスをプクリンが食べていた。
彼女の隣、ベンチに並んで座ったヤシオは美味しそうにアイスを食べるプクリンを見つめて表情を綻ばせる。
プクリンと2人きりで過ごすのは久しぶりだった。
アオキの家で暮らしてからはアオキや彼の手持ちが日常的にそばにいたり、新しい手持ちが増えたりと周囲に誰かがいることが当たり前になっていたからだ。
実家にいた頃もヤシオの母やイエッサンが同じ家で暮らしていたが、母は仕事で家を空けることが多かったし、イエッサンはたまにヤシオとプクリンを2人きりにして彼女だけ1人になろうとすることがあった。
そのため、プクリンと2人きりになるタイミングは今よりも多かったのだ。
イエッサンが何故1人になろうとするのかはよくわかっていないが、エスパータイプで人の感情に敏感なところがあるからたまには1人でゆっくりと落ち着きたいこともあるのだろう、とヤシオは思っている。
そして今日、他の手持ちたちはみんなリュックのモンスターボールの中。ヤシオはプクリンと本当に久々に2人きりで外へ出かけていた。
何故かイエッサンがそうするように他の手持ちたちに働きかけていたらしい。ヤシオとプクリンがゆっくり2人になれる環境を設定した上で満足げな顔でボールに入っていったイエッサンの顔。
よくわからないが、プクリンはそんなイエッサンを見て妙に複雑そうな顔をしていた。
「なんかイエッサンたちに気ィ遣わせちゃったかねえ」
「プ?」
「ま、いっか。たまにはプクリンとこうやって2人きりで過ごさねえとさ」
「プク!」
「今日は2人でゆっくりしような」
「プリュ!プリュ!」
「プクリン、オレにも一口ちょうだい」
そうねだってみれば、プクリンが持っているコーンアイスをヤシオの口元に近づけてくれる。それに小さく噛みついて、アイスの冷たさと甘さを楽しんだ。
ピンク色のストロベリーアイスはプクリンの好物だから、アイスを食べるとなるとヤシオもついストロベリー味を選んでしまう。
ヤシオが食べているとプクリンがいつも一口欲しがるから、せっかくならプクリンが好きな味を選んでやろうと思ってしまうから。
「今年さあ、海行こうぜ、プクリン」
「プリ?」
「ほら、オレら割と内陸のほうで育ったじゃん。あんま海に縁がなかったっつーか」
「プープリリィ」
「な?パルデアって結構砂浜とかビーチとかあるし、遊びに行こうぜ」
「プリ!プリリ!」
「だろー?ほら、プクリンも麦わら帽子とか買ってさ、可愛くして出かけようぜ」
「プ、プーリ……?」
「ん?ああ、デートでもいいし、みんなと一緒でもいいけど……」
「プ、プーリ!プーリ!」
絶対に2人きりでデートがいい!と手をパタパタさせて主張するプクリンにヤシオは笑って彼女の耳元をくすぐるように撫でた。
そうすればプクリンは気持ちよさそうに喉を鳴らして彼の手に擦り寄る。
その姿を見てヤシオは思った。
こう言ったら語弊を招くけれど、可愛い女の子に好かれるのは嬉しい。
だからプクリンが自分に対して好意を寄せてくれることは勿論ものすごく嬉しいことだ。
例えそれがあくまでもトレーナーに対する好意であっても。
オレの手持ちは女の子ばっかりだから機会が無いけれど、いつかプクリンも素敵なオスポケモンと出会って恋に落ちたりするのかもしれない。
そう思うとなんだか寂しいような嬉しいような、不思議な気持ちになる。
プクリンがいろんな意味でヤシオのことしか見ていないことなど知る由もない彼はそんなことを考えるのだった。
「……思ったけど、アオキさんが海にいる姿って想像つかねえな」
ふとそんなことを思ってヤシオは呟く。
ヤシオにとってアオキの見慣れた姿とはスーツ姿かダルダルのスウェット姿で、水着とか海辺っぽいファッションとか、そんなものはまるで想像がつかなかった。少し前、一緒に出かけた時に初夏らしい薄いシャツ姿を見たはずなのに。
「アオキさんと先輩たちも誘ってみんなで海行くのもいいかもな……」
「…………プィ」
「あははっ、拗ねんなって。大丈夫、それとは別にプクリンと海に行くからさ、ほら、デートデート」
「プ……」
さっき自分とデートしてくれると言った舌の根も乾かないうちに他の相手と海に行きたいと言うなんて!本当にデリカシーのない男!ヤシオじゃなかったら往復ビンタをしていたところだわ!……と、彼女は少し機嫌を悪くしてむくれる。
そんなプクリンの様子に気がついて、ヤシオは横からむぎゅっと彼女に抱きついて「ごめんってば〜」と情けない声を出した。
「プクリンが1番優先に決まってんじゃん。な?」
「プム……」
「ほら、麦わら帽子買いに行こうぜ。あとさ、オレの水着とかプクリンが選んでよ、かっこいいやつ」
「……プ」
「オレとプクリンのデートなんだろ?行くまでの準備も一緒にしようぜ」
「……プリ」
甘さのある優しい声音でそうねだられて、プクリンはもうあっさりと許してしまいたくなる。
……仕方ないだろう、惚れた弱みなのだから。
内心ですっかり許しきってしまいながら、プクリンはまだ怒っているぞという表情をヤシオに見せる。そうすると媚びた様子もなくさらりと「プクリンは怒ってても可愛いな」と言われた。
このシチュエーションでそんなことを言われたら逆に怒りたくなる者もいるかもしれないが、プクリンとしてはもう毒気が抜けて仕方なかった。
こんなことで嫉妬したり怒ったりするだけ無駄だ。
だって、相手はどうしようもないくらい唐変木なのだから。
プクリンは溜息みたいに体の中に溜め込んでいた空気を吐き出すと、ヤシオに抱きついて、さりげなく彼の首元に唇を押し当てた。
そうすればそのままぎゅっとして、抱き上げてくれる。
そうして2人きり、テーブルシティの店々を梯子しては海デートのための買い物や、それとは関係のないウインドウショッピングや、買い食いやら、存分に休日を楽しんだ。
「プクリンは可愛いからなんでも似合うな」
花柄のリボンが巻かれた麦わら帽子を試着したプクリンに、ヤシオがふにゃりと笑ってそう言ったから、彼女の中ではもうこの麦わら帽子以外に価値はなくなってしまった。
絶対にこれがいい!とねだって買ってもらう。
このままかぶって帰ってもよかったけれど、それでは特別感が無くなってしまうから被らずに彼の手を握った。
そんな2人の買い物を終えて夕方頃、ヤシオのスマホに着信が入った。「お、アオキさんだ」とヤシオが呟いた途端、プクリンはちょっと機嫌を悪くする。プクリンの邪魔をするのはいつもあの男だ……と。
ヤシオが着信を取ると、音声だけの電話が繋がる。
「ん、アオキさん?」
『はい、お疲れ様です、ヤシオ』
「お疲れさん。出張楽しかったか?」
『……出張とは楽しいものじゃ無いんですよ……』
「あはは!アンタこっち帰ってきたんか?」
『はい、ついさっきテーブルシティに戻ってまして……』
「マジ?オレも今プクリンとテーブルシティにいるけど」
ヤシオが声のトーンを上げてそう返すと、アオキは『そうなんですか』とほんの少しだけ驚いたような声音で返した。
『……ではこの後、合流して飯でも行きますか』
「おお、いいじゃん。アオキさん今どこいんの」
『自分は今、中央広場の……っと、すみません』
「ん、どした?」
『……同僚と鉢合わせました。後ほど掛け直します』
「おー、りょーかい」
電話が切れて、ヤシオはスマホをポケットにしまうとプクリンへ視線を下げた。
「アオキさんと飯行くぞ」
「プィィ……」
「なーに?拗ねてんの?」
「プリ!プーリ!」
「プクリンが1番だって。飯食って帰ったらまた可愛い格好見せてよ」
「プリュ……」
ヤシオは笑ってプクリンの頭を撫でる。それから「合流しやすいように広場向かっとこうぜ」と彼女の手を引いた。
テーブルシティの中心部にある広場は、夕方の帰宅時間だからか人波で溢れていた。待ち合わせには少し厄介なくらいの人の群れ。
その端でヤシオは周囲を見渡していた。上手い具合にアオキさん見つけらんねえかなと思いながら、あたりをきょろきょろする。
と、その時、広場の中心近くでスーツ姿の男性を見かけた。
帰宅時間、スーツ姿の男性なんていくらでも歩いているが、その少し丸まった背中を見ただけでヤシオはアオキだとわかった。
「お」
アオキの目の前に、電話で話のあった彼の同僚と思われる人物の姿がいるのが見えた。
遠目だから顔まではよく見えないが、小柄で細い体つきと長い緑色の髪からして女性だろう。それに気がついた瞬間、ヤシオは内心で揶揄うような気持ちが生まれた。
「お!プクリン!なあ!見て見て!アオキさんが女の人といる!」
「プリィ?」
「アオキさんって何歳だっけ?そういう話聞いたことねえけど、まあ大人だし恋人とかフィアンセの1人や2人いるだろ」
「プィ」
「2人はいたらだめか」
「プープリ」
「……あのさ、思ったんだけど、もしあの人に恋人いたらさ、オレが居候してんのすげー邪魔じゃね?」
「……プクプ」
「あの人もいい歳だし、仕事も忙しそうだし、恋愛とか結婚ってなったらさあ……オレいないほうがいいよな」
「プリプ……」
いつか、今のこの安寧の生活も終わる。
終わらせないといけなくなる。そうなったらどうしよう。ガラルに帰んのかな。ガラルに帰って、今度こそ新しい家族と上手くやって……………上手く、上手くってどうやるんだろう。
ガラルの家の食卓に座った瞬間に、あの時の失敗がフラッシュバックする予感がした。もしまた同じことをしたら今度こそ、きっともう、本当に、救いようがなく、なにもかもが終わる気がした。取り返しがつかなくなって、もうガラルの家には帰れなくなる、今度こそ本当に帰る場所なんて無くなってしまう、と──
「プクプー!」
思考が深みにハマりかけた時、プクリンの声に意識が現実に帰る。
ハッとして、彼女を見る。心配そうな顔でこちらを見る彼女はヤシオの手を取って、労るように撫でてくれた。その優しさにふと安堵する。
「ん、ごめん、ありがとな、プクリン」
「プープ」
視線を少し離れたアオキの方へ向け直す。
話をしている2人の間に、顔見知りなのか、まだ幼い童女がいることに気がついた。同僚の女性とアオキと、その幼子で何か話をしているのが見える。
幼子は楽しそうに笑って見せると、それからふとアオキに向かって抱っこをしてほしいとばかりに腕を伸ばして強請る。
アオキは少し困ったように眉を下げてから、しかし同僚女性にも言われたのか、持っていた鞄を地面に置いて、その幼子を抱き上げる。
そんな景色を、ヤシオは遠く離れたところから見ていた。
穏やかな3人の姿を見て(……なんか、家族みたいだな)とそう思った。
父と母と娘。それはまるで、理想的な、家族の肖像。
──瞬間、ヤシオは激しい吐き気に襲われた。
「……あ、エ?」
胃が激しく痙攣して、中身が逆流しようと蠢く。貧血を起こしたように目の前が鮮やかでショッキングで様々な色色色で埋め尽くされて夕方のテーブルシティが一瞬で掻き消える。ぶわりと噴き出した冷や汗によって全身の体温が低下していく感覚。指先が冷たい。足が震える。立っていることがままならない。自分が今まっすぐ立てているのかしゃがんでいるのか倒れているのかわからない。え?なんで?と思った。オレなんで今急にこうなってんだ?
「プリ!?プ、プリ!」
「はぁっ、は、は、ぁっ、ぷ、ぷくり……」
咄嗟にプクリンの手を掴む。怖い。誰かの体温と接続していないと自分がどこにいるのかもわからなくなりそうだった。足元のぐらつくような感覚。(ヤシオが悪いわけじゃないからね)(お母さんとお父さんで納得して決めたことなの)(目を離した間に非常階段から落ちたらしいよ)(お前といると辛いことばかり思い出す)(かわいそうに)(まだ若いんだから再婚でもすればいいのにねえ)(ああでもあの人こぶつきだから)(いつも苦労ばっかりさせてごめんね)家族って幸せですか?美しいですか?尊いですか?わからない。オレはいつも『家族』というものの邪魔をしてばかりだ。きっとオレは『家族』に近づかないほうがいいんだ。壊しちゃうから。オレがいなかったら両親は離婚しなくてすんで、オレがいなかったら母さんが苦労することもなくて、オレがいなかったら再婚だってもっと早くできてて、オレがいなかったら新しい家族ももっとうまくやれてて、きっとオレがいないほうがアオキさんもよかったのかな。アンタも誰かと家族になるのかな。だとしたらオレは邪魔かな。ごめん。うまくやれなくてごめん。気持ち悪いよね。こんなことでこんなふうになってるオレが1番おかしいんだよね。わかってる。誰も悪くないから多分きっとオレが悪いんだ。黙って、今までみたいにじっと黙ってやり過ごして気がつかないふりして見えないふりして聞こえないふりして耐えていれば良かったのに。どうしてそれさえできなくなっていくんだろう。
浅く息を吐く、吐く、吐く。呼吸がうまくできない。吸い方を思い出せない。プクリンの手を握ったまま、自分がしゃがみ込んでいると気がついた。込み上げるなにか。口元を押さえる。脂汗みたいに滲み出る涙。気持ち悪い。スマホが鳴っている。アオキさん。出ないといけない。迷惑をかけてしまう。なんでもない、大丈夫だから、もう一度大丈夫な自分を取り戻して、元に戻すから、巻き戻して、前に戻して。ああああああ着信音がうるさい。頭が痛い。痛い、いたぃぃぃ
「ちょっ、ちょっ!キミ、大丈夫!?」
誰かがそう声をかけて、そばにしゃがみ込み、ヤシオの背に掌を当てながら彼の顔を覗き込む。ぐちゃぐちゃになった視界ではその人の顔がよく見えないけれど、触れられた掌の温度に、なんとか息の仕方を思い出す。
息を吸って、吐いた。……おえっ。
チリとポピーの2人組に会ったのは本当に偶然のことだった。
最近は四天王の業務もほとんど無かったから、彼女たちと会うのは久しぶりだ。長引きそうな話を、この後用事があるからと早々に切り上げてもらって別れた。深く息を吐く。
出張帰りと意図しない人との関わり合いに少し疲れた。
それにしても、こちらの都合でヤシオを待たせてしまった。
そう思いながら再度電話をかけるが、何度コールしても出ない。
タイミングが悪かったのだろう。少し待ってからかけ直すか、それより前に着信に気がついたヤシオが掛けてくるかもしれない。
アオキは近くのベンチに腰掛けてから考える。
……晩飯はどこに連れて行こうか。
前にテーブルシティに来た時にパルデア料理の店に行ったから、今日は別の店にするか。頭の中でいくつか候補を上げてみる。
どこに行くかはヤシオと合流してから、彼と話して決めよう。
これからのことを考えて、家に帰ってきたかのように心地になる。
電話はまだ鳴らない。
主人公を曇られるのが1番楽しいまである。
それはそれとして、やっぱプクヤシよ。もしくはヤシプクよ。