『アオキさんマジでごめん!急にスマホのバッテリー切れちゃってさ!』
「……ああ、そうでしたか。それならよかったです。何かあったのかと……」
『ほんっとごめん!待ちぼうけにさせちゃったよな』
「気にしないでください。トラブルはそういうものですから」
『……ごめん。あの、ほんとに』
「大丈夫ですよ。……今はどちらに?」
「え、あ、今は、あの、充電貸してくれた、えーっと、友達といて」
『……友達、ですか』
「そう!あの、アレ、ほら!オレさ一時期めっちゃバトルしてたじゃん!平日毎日のやつ!アレの時に知り合った人でさ!街で偶然会って!」
『……はい』
「同い年くらいの子で、アカデミー?……の子で、ちょっとあの、話が盛り上がって」
『…………はい』
「だから、今日の夕食なんだけど、えーっと、本当に申し訳ないんだけど、……ド、ドタキャンしてもいい……?」
『……ヤシオ』
「ん、うん……」
『なにか変なことに巻き込まれてないですか?』
「え!し、してない、ほんと、マジで」
『…………自分の助けが必要だったりはしませんか?』
「大丈夫、マジで大丈夫だから……」
『…………』
「……ア、アオキさん、あの、ほんとごめん」
『……いえ、帰る時にまた連絡をくれますか。迎えに行きます』
「あ、いや、そこまでしなくても」
『人様の大事な子を預かってる身です。心配くらいさせてください』
「……ん、ごめん、ちょっと、あの、切るから。あの、電波的な、アレが……」
『はい、何かあったらすぐに連絡をください』
「うん、ありがと……」
アオキとの通話を切ってから、ヤシオは頭を抱えた。
いや、マジで、オレ、嘘つくの、下手すぎる。
「あー、はは、どう?なんとかなりそ?」
そう問いかけてきた同い年くらいの少年にヤシオは頭を抱えたまま首を横に振る。
「ぜっっったい不審がられてる……なんか、すげえ怪しまれてた……」
「だと思うよ……正直傍から聞いてるボクから見てもも喋り方とかすごい不審だったもん……」
「だよなあ、ああもうオレのバカ……」
「まあまあ!でも見逃してくれたっぽいし!大丈夫っしょ!」
そう言ってサムズアップしてくれた共犯者に、ヤシオは「はは、ははは……」と乾いた笑顔を浮かべた。
電話をしていたヤシオの背中にくっついていたプクリンが彼の前に回ってきてぎゅむと抱きついてくる。
それを受け止めて背中を撫でながら、口を開いた。
「……ってかマジ関係ねえのに巻き込んでごめんな、ピーニャ」
「謝ることじゃないってば。こういうのってほら、困った時はお互い様ってやつじゃん?」
電話をかけている間、プクリンと共にそばで見守ってくれていたピーニャ。
彼こそが、テーブルシティでメンタルブレイクしたヤシオに声をかけて介抱してくれた彼だった。
さて、ピーニャはアカデミーのはぐれものたちで構成されたスター団の幹部であり、あく組チーム・セギンのリーダーである。
つまるところ、アカデミーとはちょっとした因縁があり、アカデミーのお膝元であるテーブルシティにはあまり近づきたくなかったのだが、その日はどうしても大事な用事があって街に出ていた。
そして目の前で体調を崩した同い年くらいの少年を見かけてしまった。
元来の真面目さと善良さと世話焼きな性格のために、ピーニャに彼を放っておくという選択肢は無い。
彼が人混みでパニックを起こしたのかと思い、広場を離れて、ひと気の少ない場所に連れて行った方がいいと判断したピーニャだったが、しかしスター団である故にテーブルシティでは目立ちたくなかった。
その結果として、彼は嘔吐少年を自分の本拠地であるチーム・セギンのアジトに迎え入れることにしたのだった。
「さっきの電話の人ってお父さん……じゃないよね?あっ、ごめん、これ聞かない方がよかったかな……?」
「ああ、もうマジで全ッ然気にしないでいいよ。そう、オレ今親の再婚とかで色々あって親戚んちに預けられてんの」
「あー、ごめん。想像しかできないけど大変だったよね……」
労わるように細められた目に見つめられてヤシオは少し居心地が悪くなる。……大変だった、という言葉を肯定するのはなんとなく違和感があって、否定も肯定もしきらずに呟く。
「別に大変とかはないけどさ……」
「あー、でもその親戚の人となんかあってしんどくなって吐いちゃった的な感じ?」
「……なんでわかんの?」
「あー、経験値?体調悪くて吐いちゃったとかじゃなくて、精神的なやつだろうな〜ってわかっちゃうんだよね」
「……もしかして、ピーニャも経験者?」
「まあ、ちょっと前にだけどね」
苦笑してみせる彼に、ヤシオは思わず静かに右手を差し出した。ピーニャは笑いながらその手を握って笑う。
見つかった共有点に、二人の間にまだあった警戒と壁が薄れた。
スターモービルのある大きなテントの中で、キャンプ用のような簡易的な椅子に座ってヤシオはピーニャと向き合って話をしていた。
出会って一時間も経っていないが、歳が近く、ピーニャがヤシオの境遇に理解をしてくれそうだと感じたこともあり、ヤシオはあっけらかんと身の上話を始めた。
「オレさあシングル家庭で育ったんだけど母親が2年くらい前に再婚して引っ越して新しい父親と兄貴ができて兄貴っつってもめっちゃ年上でそれだけでうわマジかしんどって思ってたら家に慣れる前に兄貴が結婚して義理の姉さんが増えて全然馴染めねーっつーかなんかその家、家っつっても全然自分の家って感じしねえんだけどそこをなんかまだ慣れてない人間が歩き回ってんのがしんどくて寝ようとしてても人の足音で起きちゃうみたいな野生ポケモンみたいな警戒心バリマックスみたいな状態で生活してんのマジでエグいストレスヤバみってか父親とか兄貴とかとどう接していいのかわかんねえしなんかわかんねえけどもうオレ無理!ってなって家族で飯食ってる時にストレスマッハでゲロ吐いて食卓阿鼻叫喚って感じでもっと居心地悪くなって家出してあーやっぱオレ家族無理かも家族アレルギーだわって思ってたらちょっとガラル離れようぜって話になってパルデアの今の親戚んちに預けられてその人はすげえいい人なんだけどいい歳なんだよ別にすげえ歳食ってるとかじゃなくてこのくらいの年齢なら仕事めっちゃ忙しいし多分恋人とかできてるとか婚活してるとかしててもおかしくないだろうなって想像つく系の年齢なわけでそうなるとこっちの事情で居候してんのってマジ迷惑じゃんって思ってたらなんかその親戚の人が女の人と話してるの見てあーですよねオレみたいな穀潰しが居候しててすいませんってなってたらなんかちっちゃい女の子もそばにいてうわ3人いると家族っぽいねって思った瞬間即家族アレルギー発症してゲロアウトピーニャインって感じ?わかる?」
「まあ、なんとなくは」
「マジ?天才じゃん」
「いやあ、激ヤバだね、そのアレルギー」
「アレルギーつっても夫婦は大丈夫なんだよ!」
「ア?」
「ア?」
ヤシオは彼の近くをちょこまか歩いていたイッカネズミの大きい2匹を引っ捕まえるとピーニャに見せた。
「で!親と子もいける!」
「ア?」
「ァ?」
ヤシオは大きい1匹をフーディーのポケットに入れると、大きい1匹と小さい1匹を掴んでピーニャに見せる。
「でも、夫婦と子供が揃うとダメなんだよ……」
「ア……」
「ア……」
「ァ……」
ヤシオは3匹を揃えて膝の上に乗せる。イッカネズミはされるがまま、特に怒ったり困惑することもなくヤシオにむぎゅむぎゅと撫でられる。
「そ、そうなんだ……この子達は大丈夫なの?」
「こいつらはなんか大丈夫。ポケモンだし、3匹一緒にいるだけで別に家族って確定したわけじゃないらしいし。群れだよ、群れ。な?」
「ア!」
「ア!」
「ァ!」
「元気がいい……」
謎理論だったが、ピーニャも別にイタズラに彼のアレルギーを発症させたいわけではないので、そういうものかととりあえず納得した。うなづくピーニャにヤシオは口を開いた。
「あのさあ!」
ヤシオは前のめりになってピーニャの目をじっと見た。急に声を張ったヤシオにピーニャはのけぞって一瞬驚きながらも、その表情の真剣さに「うん」と相槌を打つ。
「オレんちっておかしい!?」
「……いや、ほら、いろんな家庭があるしさ」
「オレっておかしい!?」
「大変そうだなって思うし、詳しくないからよくわかんないけど一回ちゃんとメンタルクリニックで診てもらった方がいいんじゃないかとは思うだけで、別におかしいとは思わないよ」
「正直にゆってぇ!?」
「……あー、そんな家庭環境とメンタルじゃあ、そりゃゲロの一つや二つや三つや四つくらい吐くよね……」
「やっぱオレんちおかしい!?」
「ヤシオくんちをおかしいとは思わないけど、キミがそんな状態になってるのはおかしいっていうか普通にやばいと思うよ」
「オレってやばい!?」
「やばいと思う」
ピーニャが答えると、ヤシオはしゅんと肩と眉を下げる。
どちらかと言うと男の子らしい顔つきのヤシオだが、そうもしゅんと落ち込んだ様子を見せられるとどうにもピーニャの中の世話焼き属性が疼くような心地があった。
「とりあえず、マジでお疲れ様でスター」
「スター?」
「……それでさ、ヤシオくんはどうしたいの?」
「ど、どう、って、言われても……」
その瞳に戸惑いを見せたヤシオに、ピーニャは笑みを見せた。足元に寄ってきた自身のコマタナを抱き上げて、膝の上に座らせる。
捕まえたばかりの頃はそっけなかったのに、最近になってようやく懐いてくれた新しい相棒。大人しく座った手持ちを撫でながら口を開いた。
「……ボクらスター団ってさ、実はアカデミーの元いじめられっ子たちばっかりなんだよね」
「……え?ってことは、もしかして、ピーニャも?」
「うん、ボクらの学校ってちょっと前まで結構荒れててさ、その時ボクは生徒会長で、そんな学校を変えたくて色々頑張ってたつもりなんだけど、むしろ反感買っちゃっていじめられてさ」
「……そうだったんか……」
自分ごとのように辛そうな顔をするヤシオにピーニャは否定するように首を横に振った。
「あ、でも今は大丈夫だよ!仲間のみんなと一緒にいじめっ子に立ち向かって、そのいじめっ子たちはもうアカデミーからいなくなったからさ!」
「ん、それならよかったけど……」
「それでさ、ここにいるみんな、ボクみたいにいじめられてたり、なんとなく学校に居場所がなかったり、家にも帰れない子とか結構いるんだよね」
スター団が大人たちからどう思われているのか、ピーニャは知っていた。
けれど、こうやって幹部として中にいるからこそわかることもある。スター団のアジトは大人が思うよりずっと平和で、安心だ。だからこうやって人が集まる。みんなが本当は穏やかに過ごせる場所を求めていることを知っている。
ピーニャはヤシオのこれからについての話を始めた。
「辛いことから逃げちゃダメっていう人もいるけど、ボクはあんまりそう思わなくてさ。……だから、キミが家族とかその親戚の人といるのがしんどいなら、このまま家を出ちゃうってのもありなんじゃない?」
ピーニャにそう言われてヤシオは何を言われたのかわかっていないような顔でキョトンとした。
「え?」
「……あー、それは無し系だった?」
「か、家族とか、大人と一緒に暮らさないってありなん!?」
予想外のことを言われたのか、ものすごくびっくりした顔をするヤシオに、ピーニャはちょっとびっくりしながらもうなづく。
「いや、ボクもわかんないけど、別にダメではないんじゃないかな?アカデミーだと寮暮らしの子も多いし……」
「エッ、あ、いや、でも、別にアオキさんと暮らすのがしんどいってわけじゃねえんだよ……」
ピーニャは急に出てきた固有名詞に(多分親戚の人のことなんだろうな)と思いながら、特にそこに触れることはなく続けた。
「ヤシオくんは今日これから親戚の人の家に帰って、今まで通りにやってけそう?もう吐いたりしないって思える?」
「う……それは……や、でもオレが頑張れば……」
「そうじゃなくても、ボクに言ったみたいに辛かったこととかしんどかったことを伝えられる?」
「んぐ………ううん………」
しどろもどろになって口籠るヤシオにピーニャはできるだけ優しい声を出すように心がけて言葉を紡ぐ。
「ボクは無理に頑張ったりしなくていいと思うんだよね。……経験談で申し訳ないけど、大人ってさ、見えてても見ないふりすることってあるんだと思う」
「見ないふり?」
「うん、まだ大丈夫かなとか、面倒だなとかって思って、ボクらが困ってても敢えてそのままにしておくっていうかさ。さっきの電話の時もそうだったっしょ?親戚の人、ヤシオくんが様子おかしいってわかってても、大丈夫って言ったら放っておいてくれたし」
「そ、それは、面倒とかじゃなくて、オレのことを心配して、考えてくれたからで……!」
「うん、ボクもそうだと思う。だからヤシオくんが家に帰って、今まで通り大丈夫に振る舞ったら何も言わないでくれるんじゃないかな」
「多分、そうだと思う……」
「……でもさ、それでいいの?」
ピーニャはそう言ってヤシオの瞳を見つめた。
少し灰色がかった彼の瞳は戸惑いと困惑に揺れている。彼が困っていて、疲れていて、どうしたらいいのかわからない状態だとわかっていた。
だからこそ、放っておくことなどピーニャにはできない。
いつか、マジボスが手を差し伸べて一緒に戦ってくれた時のように、自分も誰かを助けることができると信じたいから。
「このまま帰っても、多分また同じことを繰り返しちゃうんじゃない?」
「…………そ、それは、う、んん……」
「そうなったらヤシオくんも親戚の人もつらいじゃん?だから、これはボクの提案なんだけど」
ピーニャはとっておきの内緒話をするみたいに少しだけ声を潜めて言った。
「一回、めちゃくちゃに困らせてみようよ」
「……え?」
「本当は大丈夫じゃないこと、その人にもわかってもらえるくらいにさ」
日もすっかり暮れて、青少年が出歩くには遅い時間になった頃、自宅に戻っていたアオキのスマホにヤシオからメッセージが届く。
迎えを頼む連絡かと思い、肌身離さず持っていたスマホの画面を覗けば、そこにはこんなメッセージがあった。
『ごめんアオキさん!オレ反抗期だから家出するわ!』
『とりあえず3日くらい!』
スマホを見たまま固まるアオキの肩にムクホークが止まり、大丈夫かとアオキの頬に羽毛を擦り付ける。
長考の後、ゆっくりと深く溜息をついたアオキは吐き出した息のまま、呟いた。
「普通、家出する時はわざわざそんな宣言しないんですよ……」
あと多分反抗期も自称しないし、家出する期間も連絡しないものだ。……真面目か。
根っこの善良さの抜けない弟子の反抗期宣言に、アオキは笑っていいのか困ればいいのかわからなくなってしまった。