チャンプルジムリーダー見習い(仮)   作:ホネホネ

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華麗なる憂鬱、のちの夕食

 

プライベートでは親戚の子を預かるという大きな変化があったが、それを理由に仕事に影響が出るということはなかった。アオキは普段と変わらないし、それ故に周囲に変化を悟られることもない。

 

仕事の合間に少しだけ、作業の手を止めて(朝飯旨かったな……)と思い出したりはした。

アオキがたまに停止して長考するのはいつものことだったから、周囲は気にも留めない。

 

その日は営業資料作成や会議が中心で、特にトラブルに巻き込まれることもなく定時頃に上がれた。

そのまますぐ家に帰ることもできたが、なんとなく足が向いて本屋に寄る。

 

すぐに目的の本棚へは向かわず、軽く本屋をぐるりと一周してから、特に目ぼしいものがないのを確認して、足は『教育』関連の本棚へ向かう。

 

ポケモントレーナーという職業や立場が一般的なこの世界において、そういった専門書や教育本というものは巷に溢れかえっている。アオキ自身10代の頃には学生としてバトルについても学んだ経験があったし、現在では職業トレーナーではある。

 

しかし、教えるという方面においては初心者であった。

 

自分の都合が8割とはいえ、ヤシオに対してトレーナーとしての指導をすると言ってしまった手前、ある程度今後彼に何をどう教えていくかを考える必要がある。

知識的な部分は──つまり状態異常についてとか道具の効果だとか──教えられるが、その程度のことは既にヤシオもわかっているだろう。

教えなくてはならないのは、もっと別のところ、勝負の中での立ち回りや考え方、相手の手の読み方、有利状況の押し付け方、三次元的思考……つまりは実践的な部分だ。

 

目についたバトル学の教本を手に取る。

……こういうのでいいんだろうか。

パラパラとめくって軽く中身を見るが、やはり初学者向けの知識的な話ばかりだ。

こういう学ぶ側ではなく、教える側の、つまりは教師側のための本を読んだほうがいいのかもしれない。生徒への教え方の本とか、そういう……

 

「アオキ?」

 

不意に声をかけられたのはその時だった。声の方へ目を向ける。

そこにいたのは同僚であるハッサクだった。

反射的に軽く会釈をする。それから内心面倒な人に見つかったな、と思った。

 

「……ハッサクさん。お疲れ様です」

「珍しいですね、こんなところで会うとは」

 

アオキが手に持っていた教本へハッサクが視線を移したのに気がついて、見られたくないところを見られたような感覚に陥る。

きっと何故この本を手に取っているのかだとか、その背景だとかを聞かれるような気がして、持っていた本を興味なさそうな素振りで本棚へ戻した。

 

「おや、あなたも教育に興味が?」

「……いえ、休日に読む本を探し歩いていたらこの本棚まで来ただけです」

 

咄嗟に嘘をつく。ハッサクは嘘に気がついているのかいないのか、笑みを見せて答えた。

 

「そうでしたか、それは少し残念ですよ。アカデミーも人手不足ですからね」

「ああ、教員の総入れ替え、でしたっけ。ハッサクさんも大変なことに巻き込まれましたね……」

「教鞭を取るのは久々ですからね。小生自身、学び直しといったところですよ」

 

苦労を苦労と感じていないような明るい声音に、この人のそういうところが合わないな、と改めて思う。

盛り上がるわけでもない会話と、業務に影響を与えない程度の微かな苦手意識。

そんな居心地の悪さに早くこの場から離れたいと感じた。

 

少し足を引いて、それから「すみません、そろそろ帰るので」と呟くように口にする。

ハッサクは「そうですか」と特に引き留める様子もなくアオキが去ることを許した。お疲れ様でしたとそう言って、彼の横を通って書店の出口へ向かおうとしたその時。

 

「アオキ」と、呼び止められる。

感情を表に出しすぎないよう心がけて、振り返った。

 

「小生でよければ、いつでも相談には乗りますですよ」

「…………」

「学問の扉は万人に開かれているものなのですから」

 

見透かしたようなその目が、苦手だ。

 

「……はい、失礼します」

 

それだけ言って、彼に背を向けて歩き去る。

本屋を出て、タクシー乗り場のほうへ歩みを進めながら思考を巡らせた。

 

本当にヤシオを成長させるというのなら、アカデミーにでも通わせて、資格と知識のある教師のもとで学ばせて、同級生たちと交流させて、広い世界を見させて、ライバルの1人でも作らせて、切磋琢磨させたほうがいいのかもしれない。

 

(……つい最近までいじめ問題があった学校に、か?)

 

いじめ問題があり、それによって教員の総入れ替えがあり、アカデミーは混乱の最中だ。

一番余波を受けているのはいじめの被害者生徒たちと、いじめ問題に関わりがなかった生徒たちだろう。急激な変化とそれに伴う混乱。頼るべき大人たちにもまともに頼れず、不良じみた生徒も増えてきていると聞く。

 

そこに、案外繊細な部分のある少年を行かせるのは冷静な判断ではないと思った。

 

そもそも家庭問題も人間関係だ。

急激に変化して拗れた人間関係に耐えきれず、心を守るために逃走を選んだ少年を、複雑な人間関係ばかりの学園というコミュニティに放ることが果たして良いことなのか悪いことなのか、アオキにはまだ判断がつかない。

 

だからといって自分が良い教師になれるかといえば、そんな自信もないのだけれど。

 

そのうち本人に意思を聞いてみるか。

そう思うが、どうであれまだ先の話だ。まずヤシオにはこのパルデアという場所に慣れてもらう必要がある。少なくとも出会ってまだ2日の現在考えることではない。

 

(疲れたな……帰ろう……)

 

タクシーに乗り込んでから、上昇する感覚の中で溜息をつく。

 

自分のことだけで手一杯なのに、他人の人生まで抱えようとしているのは大きな過ちだったかもしれない。

姉貴からの頼みだからと引き受けたこと自体が間違いだったか。

他人の人生に、例えその一端だけだとしても関わるということへの覚悟が足りていなかったことは否定できない。

気の強い姉とのやりとりが面倒で、流されるままヤシオがこちらに来ることを受け入れたところはある。

人との対話から逃げた結果、より大きなものと向かい合わなくてはならなくなった。

 

結局は自分の行いの結果なのだけれど。

 

深みに嵌まり込む思考を止められないまま、アオキはチャンプルタウンの自宅まで辿り着く。

 

玄関の前に立ってから、もはやここが自分だけの家ではないこと、自分のためだけの安息の場所ではないことに微かなストレスを感じてしまう。

それから、そう感じる自分に微かな自己嫌悪。

誰に嫌われようと、自分だけは自分を嫌いたくないのに。

落ちる肩を戻せないまま、自宅玄関の扉を開く。

 

その瞬間、キッチンから香るスパイスの匂いにノータイムで腹が鳴った。

 

「……え」

 

家の中からものすごくいい匂いがする。

玄関で靴を脱いですぐに上がる。

廊下からリビングに繋がる扉をヤシオのイエッサンが開いた。誰がやってきたのか確認に来たのだろう、アオキを見てから、微笑んで受け入れるように扉を大きく開く。

リビングへ足を踏み入れたアオキはそのままダイニングキッチンへ向かった。

 

「ん、おかえり。アオキさん」

 

朝と同じプクリン色のエプロンをつけたヤシオが振り返って、なんでもないようなフラットな声でアオキを迎え入れる。

 

……ただそれだけのことで、唐突に息の仕方を思い出した。

吸って、吐いて、言葉を紡ぐ。

 

「……ただいま、帰りました」

「おう、お疲れ。カレー出来てるけどすぐ食う?先に風呂入る派?」

「……食べます。すぐ着替えてくるので」

「おー、じゃあその間によそっとくわ」

 

リビングを通って一階の奥にある自室に向かう。

その途中、留守番だった自分の手持ちたちを見てみると、みな穏やかな様子で過ごしていたようだ。

アオキが帰ってきたことに気がついた彼らがわらわらと寄ってくるからそれを撫でたり適度に構いつつ、堅苦しいスーツを脱ぐ。

鞄を定位置に置き、ジャケットを脱いで、ネクタイを解き、スラックスを脱いで代わりにルームウェアを履く。とりあえず風呂に入るまでの間のための楽な服装になってから、すぐにまたダイニングへ戻る。

 

ダイニングのテーブルにヤシオが2人分のカレーを置いているのが見えた。おかわりができたらいいな、とコンロの上の大鍋へ視線を向けてしまう。

アオキが戻ってきたことに気がついたヤシオは仏頂面のまま口を開いた。

 

「手ェ洗ってこい。飯はそれからだ」

「…………はい」

 

言われるがまま洗面所へ行く。

手を洗って戻ってきたアオキを見て、ヤシオは「おし、飯にしようぜ」とニッと口角を上げた。

 

「いただきます」

「おう」

 

目の前にあるのはカレーだった。ライスカレー。

見た目はかなりシンプルだ。特別何か目立つトッピングがあるというわけでもなく、ニンジンやジャガイモといった一般的な具材が入った、家庭的なごく普通のカレー。

大盛りにしてくれているのは朝のアオキの食欲を見たからなのだろう。気遣いが有難い。

 

スプーンで軽く混ぜてから、山盛りに掬って、食べる。

 

舌の上に乗せて最初に感じたのは熱さ。ルーも白米も出来立てでとても熱い。下手に喉に流し込むとむせてしまいそうなくらいだけれど、その熱さがむしろ良い。

それから広がるのはマイルドで心地の良い辛さ。舌の上で少しざらつくスパイスも癖が強すぎず、アオキの口によく合う食べやすいバランスだった。生クリームかヨーグルトか、辛味の中に微かに感じる甘味や酸味がむしろカレーの味をより深いものにしている。

しっかりと煮込まれて柔らかい具材が混ざったルーと白米を絡ませて口に入れれば、それだけで多幸感に包まれる。

一口、二口と食べ進め、初動を満足させてから、ようやく息を吐くみたいに呟いた。

 

「……ああ、旨い」

 

思わず溢れた言葉に、照れ屋なヤシオの眉間にぎゅっと皺が寄ったのが見えたから、アオキは黙って食べるのに専念する。カレーは飲み物とはよく言ったものだ。するすると流し込むみたいに胃の中に収まっていく。

 

食べる手が止まらないアオキの姿をチラリと見たヤシオは、普段は無表情な彼が表情や仕草や食べるスピードなどで「旨い!」とカレーの感想を表す様にめちゃくちゃに照れていた。

 

でも本当は嬉しくて、少しチラチラとアオキの方を伺いつつ自分も食事を続けていると、ふとした拍子にパチリとアオキと目が合う。

 

するとアオキは何を思ったのか唐突にスマホを取り出すと何かを確認してすぐにまた仕舞う。

突然の謎の行動にヤシオが思わず問いかけた。

 

「……今のなんだよ」

「いえ、朝から旨いものを食べさせてもらってるのでもしかしたら忘れていただけで今日が自分の誕生日だったかと思って」

「なわけあるか!アンタの誕生日なんか知らねえよ!」

「……カレー、本当に旨いです。ありがとうございます」

「……っ!ガラル人ならこんくらいのカレー誰でも作れるっつーの!!」

「おかわりもらいます」

「好きに食え!!!」

 

立ち上がり、おかわりをよそうために炊飯器を開く。

 

ヤシオの褒められ慣れていない様子にからかい半分で褒め続けてみたい気持ちが生まれたが、ふとこんなに料理が上手い少年が褒められ慣れてないということがあるのか?と不穏な方向に思考が進んだ。

 

10代でこのレベルの料理ができれば例え世辞でも大人は褒めるだろう。ハッサクなら多分号泣している。

 

料理をする機会はあったが、他人に提供する機会がなかった。もしくは、他人に提供することもあったが、評価されたことがなかった。

どちらにせよ、……いや、想像だけで話を進めるのは早計か。

 

「炊飯器開けたまま長考してんな!早く閉めろ!」

「あ……」

 

気がつくと炊飯器がピーピーと鳴いていて、ヤシオに怒られた。

 

 

 

 

皿くらいはこちらで洗うと申し出たのだが、ヤシオにきのみを抱え込んだホシガリスみたいに威嚇されたので大人しくリビングのソファに座る。

 

テレビのリモコンを持ったプクリンとチルタリスが音楽番組を見ているので、知らないバンドの曲を聴き続ける羽目になった。家主にチャンネル権がない。

 

ふとリビングを見渡すと普段より綺麗な気がした。

床や棚に埃は積もっていないし、なんだか特に窓が綺麗な気がする。まさか窓掃除までしたのだろうか……?

 

ヤシオが来て2日目。

ポケモンたちも過剰にストレスを感じている様子はないし、アオキ自身、気がつけば自宅に帰る途中に感じていたあの微妙な憂鬱さが消えていることに気がついた。

 

洗い物を終えたヤシオがリビングに来て、アオキの隣に座る。彼が座ったことでソファが軽く沈み、それがアオキにも伝わった。

彼は興味があるのか無いのか、腕を天井へ向かって伸びをしつつ音楽番組を眺める。その横顔に声をかけた。

 

「ヤシオ」

「ん」

「週末は自分も休みなので、大きな街に買い物に行きませんか。あなたも来たばかりで生活に足りないものも出てくると思いますので……」

「あー、そうだな。それは助かる」

「……なにか欲しいものがあるんですか?」

 

急ぎ必要なら明日にでもアオキが買ってきてもいい。

そう思って問いかけると、隣に座るヤシオにじっと顔を見つめられる。ちょっと呆れたようなその表情に首を傾げると、彼が口を開いた。

 

「アンタのワイシャツ」

「……はい?」

「今日洗濯して見たんだけどアンタのワイシャツもう首元ダルッダル。何年着てんだよ、新しいの買いに行くぞ」

 

……違う、そうじゃない。

 

思わずそんな顔でヤシオを見つめたが、彼はテレビを見て「あ、ネズじゃん!」と表情をパッと明るくして前のめりになったから何も言えなかった。

 

 

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