「なんなのこれは……?」
辻斬りが現れたという騒ぎを聞きつけたアイリスが現場に駆け付けると既に終わっており、通りには他の騎士団が駆けつけて現場保存をしている最中だった。
石畳に夕焼けとは別の赤がバケツからぶちまけられた水のごとくまき散らされており、野次馬に見えないよう布で覆われているものが複数転がっている。布からはみ出ている足と盛り上がり具合からそれが人だというのがアイリスから見ても一目瞭然であった。
「あれは………」
周囲を見回していると見覚えのある面子が騎士団から離れていくのが見えた。
「グレン!」
「っ!団長、いらしてたのですか」
アイリスが呼びかけるとグレン達もアイリスの存在に気付いて歩み寄る。よく見るとグレンとマルコ、ヴァイスの衣服に返り血が付いていた。
「ここでいったいなにがあったの?」
「実は突然黒づくめの連中が奇襲をしかけてきまして……取り敢えずここから離れませんか?」
「っ………そうね」
グレンに促されて面々は現場から離れて話の続きをする。
「えっと、本当なの?二十人もの襲撃者をヴァイス君1人で返り討ちにしたって…」
「はい。情けないことに本当です」
「けど2人に付いているその返り血は?」
「その、騎士団の人間がなにもしなかったと知られると騎士団の信用に関わるだろうと彼と口裏を合わせることになりまして…」
「それで俺達だけが返り血を浴びてないのは不自然だからと、彼が…」
「ええ……」
グレンとマルコが遠い目をしているのを見てアイリスは2人のことを気の毒に思った。
2人を血で汚した張本人に目を向ける。シェリーのそばに立って周囲を見回している彼は午前のときと同じく感情が読み取れないぐらい無表情であった。雰囲気も人畜無害と言っていいほど覇気を感じられない。
「グレン、貴方は彼とは知り合いのようですがいつもあんな感じなのですか?」
「えぇ、小さい頃からあれが平常運転で…………ただあそこまで強いのは初めて知りました」
「そう………」
魔剣士見習いでありながら人斬り二十人を返り討ちにした実力に戦慄を覚えるも、アイリスはヴァイスの方に歩み寄る。
「怪我はありませんかヴァイス君?」
「いえ、幸いありません」
「よくあの人数を相手に……やはり貴方はかなりの実力をお持ちなのですね」
「いやいや、火事場の馬鹿力という奴ですかね。いやもうダメかと思いました」
「ふふ、謙遜のしすぎですよ」
グレンとマルコは口にせずも『噓つけ』と言いたげな表情をしていた。
「ところで、あれが最近騒がせてる人斬りだったのしょうか?」
「目撃証言とも特徴が一致していますのでそうなのでしょう。ただ、ここまで大勢現れたという話は聞いていませんね」
「無差別に人を殺している人斬りにしては行動が矛盾していますね…………ということは今回目的があって襲ってきたということでしょう」
「目的、というと?」
「それははっきりわかりません。ひょっとしたら特定の個人、つまりシェリーを狙ったものかと」
「えっ!?」
「「「なっ!?」」」
「その場合、アーティファクトの解析のことは奴等に知られているということになります」
「ちょ、ちょっと待てくれ!なんでそう思うんだ?解析の依頼は誰にも話していないぞ」
話を聞いていたマルコが声を上げる。
「誰に話さなくても予測できるものですよ」
「どういうことだ?」
「アーティファクトは放火程度では壊れない代物です。保管庫を放火した人間がアーティファクトのことを知っていたかはともかく、教団に繋がる手掛かりは燃え残ったそれだけとなります。どんな効果があるのか知りたいのなら、この国一番のアーティファクト解析の専門家に依頼するのが自然です。その上、学園に集団で堂々と入ってくれば嫌でも目立ってましたよ。周囲の人間がなにかあるんじゃないかと考えます。どこから情報が漏れてもおかしくありません」
「あっ……」
「い、言われてみれば確かにな……」
「ちなみに情報通の知り合いも『アイリス王女からミドガル学術学園の方に何か調査の依頼をしている』という噂を耳にしていましたよ」
「「「………っ」」」
ヴァイスの説明でアイリスにグレンにマルコは自分達の行動の杜撰さにようやく気付いて項垂れる。
「………貴方の言う通りですね。目先のことに囚われて周囲の反応や相手の出方を考慮してませんでした。全て私の落ち度です」
「何を言いますか団長!それなら貴女をサポートする立場にある私も同罪です!」
「じ、自分もです!」
「………グレン、マルコ」
「あの、反省するのは後にして話を続けてもいいですか?」
「ヴァ、ヴァイス君!?相手は王女様だからもう少しこう――」
「いえ、構いませんシェリーさん……それで、なんでしょうか?」
「さっきの話を踏まえて殿下に二つお願いがあります」
「願い………というと?」
「まず一つ目、しばらくシェリーのところに訪問する許可を頂けないでしょうか」
「え?」
ヴァイスの言っている意味が理解できず、アイリスは目をぱちくりさせる。
「えっと……どういう意味でしょうか?」
「オレは友人であるシェリーの様子を見に行きたいだけなのです。もっとも万が一何か起こったら、そのときは
「え、えっと?」
「あの団長、どうやら彼は警護を手伝ってくれるみたいですよ」
「え?………あ、ああ、そういうことですか」
グレンのフォローでアイリスも彼の言葉にピンときたようだ。
「そうですね。ヴァイス君はただ、その場に居合わせるだけなので問題ありませんね」
「シェリーもそれでいいか?」
「えっと……よくわかりませんがヴァイス君はお友達なので遠慮はいりません」
話の意図が理解できていなかったシェリーは嬉しそうだった。
「何だか回りくどくないか。素直に手伝うって言えば良いのに」
「回りくどい方が上手く回るときもあるのですよ、マルコさん…………それでは二つ目のお願いについてなんですが、少し近くに寄っても?」
「え?はい」
「では……」
ヴァイスはアイリス達の方に近付き、シェリーに聞こえないように小声で話す。
「アーティファクトの研究者だったシェリーの母親が殺された事件の資料を取り寄せれますか?あと捜査に参加していた騎士団の名簿も」
「え?なんでそれ「しっ」…今回の件となにか関連があるのか?」
「それはわかりません。オレはただシェリーの母親がなんで殺されなければならなかったかを知りたいんです。シェリーにも知る権利があります」
「ですが7年くらい前の事件ですよ」
「どうでしょうね。今になって事実が明るみになるかもしれません。無理には頼みませんが……」
「……わかりました。騎士団総本部の資料保管庫に事件資料があると思うので後日調べてみます」
「ありがとうございます」
「あの、皆さんヒソヒソとなにを話してるんですか?」
「シェリーはまだ知らなくていい」
「は、はぁ……」
そう、まだな。
太陽が完全に沈み、辺りが暗闇と静寂に包まれた王都郊外の廃墟に複数の人影があった。
「標的の排除に失敗、他17名は全滅しました……」
「ククッ……人斬りが逆に斬られちまったか」
野良犬のような鋭い目つきをした男が壁を背もたれしながら3人の黒づくめの男達の報告を聞いて嘲笑する。男の視線が廃墟の奥にいる全身鎧姿の人物に向いた。
「どうする、瘦騎士さんよぉ?あんなに大勢で行ったってのに結果がこれだ。計画を練り直した方がいいんじゃねえか?」
『…………問題ない。例の物の回収が最優先だ。それにアレを使えば腕利きの魔剣士と言えど我々には手も足も出まい』
♢♦♢
「はぁ…………」
ヴァイスが帰宅した後、シェリーはアーティファクトの解析作業をやめ、ため息をついた。作業にも気が入らない。
ヴァイスと友達になった日から、地に足がつかないふわふわした感じだ。
(ヴァイス君……護衛についてくれるんだから弁当を用意した方がいいかな。なにもおかしくないよね。お友達だもん………)
何をしていても、考えるのは彼のことばかりだ。図書館での会話や試合での活躍、共に買い物に行った時のこと、放課後に様子を見に来てくれたことを何度も思い出してしまう。
授業中も研究中も、ベッドに入って寝るまでの時間もずっと考えている。
(どうしちゃったんだろう私………このままじゃ何も手につかないよ)
偶々耳にした噂だが、魔剣士学園3年のクレア・カゲノーと付き合っているらしい。
シェリーは最初あまりその手の噂には関心がなかったのだが、最近はヴァイスの話になると気になって仕方がない。
「………よし、決めた」
このままだと何も手につかない。シェリーは直接話を聞くことにした。
翌日の休み時間、シェリーは魔剣士学園校舎のある教室から件の女子生徒が出てくるのを見計らって声を掛ける。
「あ、あの…クレア・カゲノーさんですよね」
「?そうだけど、貴女は?」
「が、学術学園2年の、シェリー・バーネットです。突然すみません」
「バーネットって副学園長の……私に何か用?」
思わぬ人物に戸惑いながらもクレアは友人たちを先に行かせ、シェリーに問う。
シェリーはここに来て緊張しながら、少し言いづらそうにぼそぼそと話し出した。
「実はですね…………クレアさんにお伺いしたいことがありまして…………あ、あのですね………クレアさんには、幼馴染の男性がいらっしゃるとか………」
「ん?」
「ですから、ヴァイス・ネーベル君と幼馴染だとか………もしかして、お付き合いされてるのですか?」
「──は?」
「えっ」
「あっ、ごめんなんでもないわ」
つい条件反射で低い声が出てしまったクレアは冷静になってシェリーの真意を探ろうと、彼女の表情を観察する。キョロキョロと視線が彷徨い、肩には力が入っている。おそらく、もともと人付き合いが得意ではないのだろう。とても緊張しているのはわかったが、結局彼女の質問の意図は読み取れなかった。
「…………別にアイツとはそんな関係じゃないわよ」
「で、でもよく会いに行くって」
「それはアイツに勝負を挑んでるだけよ。いうなればアイツは私にとって超えるべき壁みたいなものであって、それ以上でもそれ以下でもないわ」
「そうなんですか!!」
「……え、ええ」
「よかったぁ~」
「よ、よかった?」
心底ほっとして嬉しそうなシェリーにクレアは戸惑う。
「実は私、先日ヴァイス君とお友達になったんです」
「え?そ、そう…」
「はい、それでおふたりのことがとても気になってしまったんです」
「ひょっとしてそれだけ聞くために来たの?」
「はい!研究も手につかなくてどうしたものかと。お二人がお付き合いされてないことがわかって本当によかったです!」
「そ、そう…よかったわね」
「はい!お時間取らせてすみません!」
先程とは正反対の明るい笑顔でシェリーはその場を去る。
「……なんだってのよ」
その場に残っていたクレアは何故だかシェリーの話を聞いてからイラッとしていた。理由はわからなかったが、このあと弟に滅茶苦茶八つ当たりしたら消えたとかなんとか。
♢♦♢
数日後。
午前中最後の授業の後に生徒会選挙の候補者の演説があるらしいが、ヴァイスはそちらには参加せずにシェリー達がいる研究室に来ていた。
「失礼します」
「ん?ヴァイスか。今日は早いな」
「そろそろ例の物が届くだろうと思いまして」
「ああ、ここにある」
シェリーはペンダント型アーティファクトの解読に集中していてヴァイスに気づいていない。その間にグレンからシェリーの母、ルクレイア殺害事件の資料を受け取った。
「思っていたよりも少ないですね」
「まあ未解決の事件だからな。手がかりも少なくて捜査も難航していたそうだ」
――――
○○××年■♢月○△日
被害者:ルクレイア
殺害場所:ルスラン・バーネット宅の書斎
事件発生時刻:午後11時~11時半
死因:刃物による刺殺。右手首、足先、二の腕、太ももと手足から内臓、心臓の至る所に複数の刺し傷あり。
事件内容:被害者が支援者であるバーネット氏の宅で何者かにより殺害された。第一発見者は被害者の一人娘で、夜中に言い争うような声がして様子を見に行った際に殺害の瞬間を目撃。唯一の肉親が殺害されたショックで話もろくに聞けず。
被害者はアーティファクト関連の研究者で、研究中に加害者と鉢合わせし殺害されたものと思われる。
幾つかのアーティファクトが紛失しているとのバーネット氏の証言から騎士団は強盗による強盗殺人の線で捜査するも進行せず、未解決事件として処理。
犯行手口が前述した通り残酷なものであったため非公開とする。
――――
「…………」
ヴァイスは資料に記された内容に目を通し、捜査に参加していた魔剣士の名簿や複数の現場写真をジッと確認する。
「……よく現場写真を平気な顔で見れるな。俺なんて直視するのが憚れるほど悲惨なんだぞ」
「見せてくれと頼んだのはオレなので」
「確かにそうなんだが…ぶれないにも程があるぞ。それで、なにかわかったのか?」
「はい、写真から書かれてる内容以上のことが」
「「え?」」
ヴァイスの言葉にグレンとマルコは目を丸くする。ヴァイスはシェリーの耳に入らないように二人の近くに寄って小声で説明する。
「結論から言ってこれは強盗殺人ではありませんね」
「!根拠は何なんだ?」
「写真を確認したんですが防御創が見つからないんですよ」
「ぼ、ぼうぎょそう?」
「他人に刃物で切りつけられそうになった際、顔面や頭部を守ろうして腕に主に手部や前腕部にできる傷のことですよ」
「けど実際傷がついているんじゃ…………」
「腕で防御するなら普通外側に多くつくものです。ですが写真に写っている傷の箇所に規則性がありません」
ヴァイスがルクレイアの写真を見せながら説明する。マルコはそれを見て思わず目をそらしそうになるが勇気を振り絞って恐る恐る確認する。
「た、確かに変だ」
「それなら何故こんな傷ができたんだ?」
「簡単な話が、防御の体勢に入る程相手を警戒していなかった……懐に入られても本人でさえ殺されるとは思わなかったのでしょう」
「?懐に入られても?いくら私でも夜中に知らない相手がすぐ傍にいたら流石に―――っ!?」
話をしている最中にグレンの頭をある考えがよぎった。
「どうしました副団長?」
「ヴァイス、まさか犯人は被害者の知り合いだと考えてるのか?」
「えっ!?」
「はい。資料にシェリーが言い争う声を聞いたと書いてあるので、おそらく口論の末カッとなって彼女を殺害したのでしょう」
「カッとなってって……普通そこまでやるか?」
「どうでしょう。人間いったいなにを仕出かすかわかりませんからね。最近の例では剣術指南で生徒からも慕われていた人物が王女誘拐したり」
ヴァイスが挙げた例に二人共反論ができない。騎士団の捜査方針を真っ向から否定できるほど彼の言葉は論理的でとても説得力がある。それが頼もしくもあり、逆に戦慄するほど恐ろしくもあった。
「そういえば剣術指南で思い出したのですが」
「まだなにかあるのか?」
「捜査に参加していた騎士の名簿に見覚えのある名前がありました」
目の前に出された名簿リストに記載されている人物の名前を見てグレンとマルコは目を大きく見開いた。
「どういうことなんだ?なにかの偶然か?」
「さあ?どうなんでしょう。なんにしても再捜査する必要が――――」
その瞬間。
突然、凄まじい爆音が学園内から轟いた。
ヴァイスが二十人もの人斬りをほぼ全滅させた話をアレクシアが聞いたら絶対曇らせそうですね。原作で三人相手に手こずって負傷、謹慎をくらってしまったようですし。