帰省
校舎が焼け落ちたことで生徒達は夏休みが前倒しになったが、オレだけは退学処分を下された。
処分理由はシャドウガーデンという得体の知れない組織と共謀した事実から国に仕える魔剣士としての適正がないと判断したというのだったが、それは表向きであることはすぐにわかった。
剣術指南役のゼノンに続き学術学園の副学園長のルスラン、更には騎士団の不祥事が世間に知られたことで王都の風向きは変わった。
市民達の騎士団を見る目が冷たいものになり、大陸最高峰の名門校である学園の知名度もガタ落ち。魔剣士学園だけでなく学術学園の多くの生徒が不信感を抱き、自主退学するものが何人もいた。面子を潰された腹いせに、一部の騎士団や学園理事会はオレをその元凶と捉えて裏で共謀、オレから魔剣士となる道を閉ざすことにしたのだ。
だが、正直こうなることを想定していたオレにそんなことをしても痛くも痒くもない。寧ろ学園から離れる機会をくれて感謝してるくらいだ。
あの学園にあった目当ての物を既に回収していたし、貴族の上下関係はオレには窮屈過ぎた。
留まりたい理由もないため退学処分を受け入れ、寮の荷物をまとめて実家のネーベル領に戻ることにした。
「なんなのよまったく。課外授業から戻ってみたら学園は燃え尽きてるし副学園長が実は悪人で学園に火をつけたって聞くしアンタが退学になるしでいろんなこと起こりすぎでしょ……」
音が響く列車の中、オレと向かい合って座るクレアが今回のことで不機嫌そうに愚痴をこぼしていた。
別に一緒に帰る約束とかはしていなかったが、帰り道が同じな上に聞きたいことがあるからと言う理由で勝手についてきた。
ちなみにシドのやつは帰るつもりはなくクレアから逃げた。
「それで、これはどういうことかしら?」
「どうって?」
「惚けないでよ。なんでシェリーさんと一緒にいるのか説明しなさいよ」
クレアのジト目がオレの隣の席に座るシェリーへと向いた。
「あ、あの私がお願いしたんです。家を引き払って学園を出たんですけど行くところがなくて…」
シェリーは自分が解析したアーティファクトで人が大勢傷ついたことに責任を感じ、生徒会長達に謝罪したあと学術学園を自主退学した。
王国随一の研究者である彼女が学園からいなくなるのを避けたい理事会は必死に止めようとしたが、シェリーから「ヴァイス君を退学処分にしたのなら自分も同じ処分で当然です」と論破された。
退学手続きが終わった後、シェリーはバーネット邸を引き払って今後についてオレのところに相談しに来た。身寄りのない彼女が一人で生きていくには厳しいし、教団の連中が近付いてくる危険性があったため、しばらくオレのところに来ないかと提案してみたら即了承したのだ。
「あんなことがあった後だしな。一人にしておく訳にはいかない」
「ヴァイス君……」
「………ふーん」
「どうした?」
「別にぃ、随分と仲良さそうじゃない。二人っきりで実家に帰ろうとするぐらい」
凄く不機嫌そうだ。そんなにシドと一緒に帰れなかったのが残念だったのか。
「なんか含みのある言い方だが、別に二人っきりじゃない」
オレの後ろの席に紅の騎士団のグレンとマルコが座っていた。
二人の方も上層部からシャドウガーデンと共謀したとして、数ヶ月の謹慎処分を下された。団長であるアイリスを通さずに無理矢理ということなので、こっちはディアボロス教団の嫌がらせなのだろう。アイリスが掛け合っても処分は覆らず、謹慎で暇になった二人はオレの退学処分には自分達にも責任があると実家で説明するために律儀にも同行してきた。
行きと違い帰りは大所帯だな。
「……それはそうと、アンタこれからどうするのよ?」
「そうだな…養父達の領地経営を手伝うか、最悪家名に泥を塗った責任を取って出ていくか……まあなんにせよ、今後のことは向こうに着いてからだな」
「…そう」
それからシェリーとクレアは女子同士で会話に華を咲かせていたものの、ここまでの疲れと眠気を誘う、列車の心地よい揺れで次第に二人とも口数が少なくなっていき……
「すー…すー……」
「……んん…ん……」
やがて、いつの間にか、二人は寝入ってしまっていた。
オレも特にやることがなく、静かに窓に頭を預けるように外の景色を眺める。
そして、王都から目的地までの数時間が流れ……
やがて、オレ達を乗せた鉄道列車は森を過ぎり、峠を越え、湖を迂回し…夕方頃にネーベル領地の近辺へと到着していた。
それから当初の予定通り、駅前に用意されていた来賓客用の寄宿舎で一夜を明かし、次の日の朝に手配した馬車に乗ってクレアはカゲノー領、オレ達はネーベル領へと直行する。
「……なあ、ヴァイス」
「どうしましたグレンさん?」
馬車の中でグレンが落ち着かない様子で外の景色をキョロキョロ見ていた。
「ここってネーベル領で合ってるよな?」
「そうですが?」
「いや、前に来た時は作物もあまり多く生えず殺風景な感じだったはずだが…………なんか、滅茶苦茶豊作じゃね?」
外を確認すると、道の両面にある農地ではキュウリやトマト、トウモロコシといった夏野菜がもうとってもいい頃合いじゃないかというぐらいに多く実っており、元気よく収穫する領民たちがこっちの存在に気づいて手を振っていた。
そうか。しばらく来ていなかったから知らないのも当然か。
階級の低い田舎貴族に最も必要とされるのは領地経営の上手さだ。
領民を飢えさせれば人が減って税を取れなくなるし、最悪反乱を起こされる危険性もある。
領地経営に必要なものとして、事務処理能力のある内政官の雇用、食料と農作物などの税として納める物の安定供給の確保、外部からの攻撃に耐えるだけの守備隊の配置などが挙げられる。
だが、今までのネーベル領はそのどれもが不足していた。
内政官の雇用するにしても領民達の識字率がそんなに高くなく、王都から人を雇うとしても金がかかってしまうため領主と少数がやることに。守備隊を雇うのも金がかかってしまうため少数に。
土地は酸性土壌であるせいで作物が育ちにくく、収穫が少ない時は飢えさせないよう税もあまり多く取らず、近くの森に棲む獣を狩るのが主となっていた。
なんとかギリギリの状態で持ち堪えた方だが何かの拍子に一気に崩れてしまう状態であったため、反乱されたくないオレはそれらの問題を一個一個解決することにした。
まず、作物が育たない原因である酸性土壌に貝殻を細かく砕いてできた石灰を定期的に撒いて中和させることで作物が育ちやすい環境へと変え、植える旬の野菜を季節ごとに分けた。
内政官の問題では、読み書き計算ができる人材が足りないのなら自分達で育成すればいいと答えを出し、領地内の教育改革を行うことにした。
平安時代の「実語教」という指導書に記されている物で「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」という言葉がある。人は生まれた時は皆等しく無知の存在で、学ばないと知恵は付かないし、知恵の無いものは愚か者であるという意味だ。
つまり、身分差関係なく教育を受けさせれば多くの人材を育成・確保に、知恵を付ければ自ら生きていく術を見いだすことに繋がる。
読み書き計算以外にも薬学や建築学など外で役に立つ知識を教える職業訓練所も兼ねた小さな学び舎を設立し、子供から大人までを対象として、昼間は子供、夕方は仕事を終えた大人といった感じのローテーションにしている。
大人達の中に今まで生活で困ったことがないからと参加を渋るものがいたが、隣の領地の農民が計算ができないのをいいことにある行商人にお釣りを誤魔化されてしまったという噂話を流すことで参加するよう誘導した。
「守備隊の問題はまだ始めて一年半なので、予算捻出が軌道に乗るまで暫く保留にしています」
「……いろいろと突っ込みたいところがあり過ぎて言葉が出ない」
「貝殻で野菜がよく育つなんて話初耳だ……」
「一年くらい前に前に学会で発表された内容に土壌の改善に関する論文がありましたよ」
「ああ、石灰の話はその論文で知ってやってみた」
石灰を撒くと効果があることはイータによって事前に発表してもらった。出自不明の養子より、蒸気機関を発明するほどの天才の方が説得力があるからだ。
「ウチの方でもやってみようか」
「そうだな……しばらく来ていないうちにそこまで変えてしまうとはな、大したものだ」
「オレはあくまで案を出しただけです。細かい調整とかはネーベル家の人たちが頑張ってくれました。特にアリスは予算捻出と学び舎の教師を両方兼任してますし」
「あの娘が!?いや、確かに賢そうだとは思っていたが……本当にどうなっているんだ」
「あ、あの……アリスさんって?」
「ネーベル家の長女でオレの義理の妹にあたる」
「え?ということは私やヴァイス君より年下ってことですよね?色々と凄くないですか」
言われてみれば確かにそうだな。あいつは一つのことを除けば、「天才」と称するほどの頭脳をもつ。
「そう言うシェリーも天才の部類に入るから気が合うのかもしれないな………多分」
「なんかいつもと違って確証がなさそうな言い方だな」
「………会ってみればわかると思いますよ」
馬車に揺られながら快晴の空を眺めていると、目的地であるネーベル家の屋敷が見えてきた。
今日帰ってくることは手紙で事前に伝えていないため当然使用人たちは迎えができておらずばたばたしていた。
そんな中、屋敷にある小さな庭園から覚えのある人物が声をかけてきた。
「あらぁ、ヴァイスちゃん、お帰りなさい。早かったわね」
小さな庭園でお茶をしていた長い紫の髪にのほほんとした女性がオレ達の方へと歩いてきた。ネーベル家現当主の夫人でオレの養母であるアンナ・ネーベルである。
ジャンとアリスは屋敷で書類と格闘中だろう。
「ただいま戻りました養母さん」
「もう、血は繋がってなくても私達は家族なんだから敬語はいいっていつも言ってるでしょ?それより疲れたでしょ?お腹すいた?それともお風呂にする?それとも――」
「いや、それよりお客さんがいるんだが」
「お客さん?」
馬車からグレン達が降りてきて自己紹介する。
「久しぶりだなアンナ殿。息災なようで何よりだ」
「あらぁ、グレンさんお久しぶりです。向こうでヴァイスちゃんと会っていたのですね」
「ああ。ちょっと王都でいろいろあってその説明に来た。あ、こっちは部下のマルコ・グレンジャーだ」
「は、初めまして!」
「よろしくねマルコ君……ところで、そちらのお嬢さんはどなた?」
アンナの視線が、オレの背中に隠れるようにいたシェリーに向いた。
「紹介するよ。学園で知り合った子でこっちに世話になる」
「しぇ、シェリーです……よ、よろしくお願いします……」
シェリーは一歩前へ出て、緊張した様子でぺこりと頭を下げる。
すると、なぜかアンナは驚いたような表情で、口元に手をやっていた。
「ヴァイスちゃんが……ヴァイスちゃんが……」
アンナは動転したように大声で口走った。
「わたし達のヴァイスちゃんが、もうお嫁さんを連れてきちゃっよぉっ――――!!!」
屋敷の庭園に響き渡る声。
「お、よよよよよよよ、お嫁さん!?」
「悪いシェリー。この人ちょっと早とちりなところがあるから」
いくらなんでも誤解しすぎではあるが。
「いいの。いいのよ、ヴァイスちゃん。ヴァイスちゃんの幸せが、お母さんの幸せなんだからね。お母さん、反対しないわ……」
目尻を拭い、涙ながらにアンナが言う。
いったい、この人の頭の中で、どんな妄想が駆け巡っているのか、ちょっと聞くのが恐ろしい。
というかグレン達は笑うの必死に堪えてないで誤解を解いて欲しい。
「あの養母さん、盛り上がってるところ悪いんだけど……」
バタンッと勢いよく屋敷の扉が開かれた。
「ヴァイスッ!でかした。それでこそ、男だ!!」
ジャンまでもか。
二人とも少しは落ちついてくれ。
「振り返れば、お前を拾ったのがつい先日のように思い出される」
ジャンはなんだか気取ったポーズを決めて、空に視線を注いでいる。
「いつか、父さんはこんな日が来るだろうと思っていたんだ。だけど、長いようで少し短かったな」
はは、と爽やかにジャンは笑った。ジャンも早とちりだったの忘れてた。
「いや、めでたい。アンナ、今夜はご馳走だ。派手に祝うぞ」
「うん、わかってるわ、あなた。私達のヴァイスちゃんの門出だものね」
満面の笑みを浮かべるジャンと、また涙ぐむアンナ。二人は向かい合い、うんうんとうなずいている。
「あわわわ…私がヴァイス君の、お嫁さん……お嫁さん…」
シェリーは耳元まで顔を真っ赤にして混乱状態に陥っていた。
「よし、そうと決まれば、早速動こう。ほら、アンナ、笑顔だ、笑顔」
「うん、そうね。ヴァイスちゃんのおめでたい日に、お母さんが泣いてちゃだめよね。大丈夫、ちゃんと笑えるわ!」
「――――お父様もお母様も一度落ち着いてください」
呆然とするオレをそっちのけで、ジャンとアンナは二人でどこまでも盛り上がっていく中、屋敷の中から凛とした声が聞こえてその場が静まりかえった。
「お義兄様と彼女がそういったご関係かどうか確認できていないというのに、早とちりが過ぎますよ」
色白の肌に薄紫のセミロングヘア、美しさと儚さ、強い意思を感じさせるような大きなアメジストの瞳を併せ持った細身の少女が優雅にこちらの方へ歩いてくるだけでその場を支配した。
「お客様達がいるのでご馳走を振舞うのには賛成です。その際にゆっくりとお話を聞けばいいじゃないですか」
「そ、そうね。アリスちゃん。お母さん達悪い癖が出てたわ」
「あ、ああ。食事の席で確認しよう」
カオスな状況を収めたアリスは、グレン達の方を向いた。
「父と母がお騒がせして申し訳ありません。自己紹介が遅れました。わたくし、ネーベル家の当主ジャン・ネーベルの長女であり、敬愛するヴァイス義兄様と義妹のアリス・ネーベルであります」
「あ、こ、これはどうも……」
柔らかく微笑みながら非常に礼儀正しく自己紹介をするアリスにグレンたちはかしこまってしまう。田舎貴族の出の筈なのに、何処の家に出しても恥ずかしくないような完璧なお嬢様に見えるのだろう。
「それでお義兄様…」
微笑みながらアリスはオレの方を向いた。
「早いご帰還のことも含めて、ちゃんと説明、してくれますわよね?」
書類仕事だけでなく、学び舎の先生も兼ねている完璧な義妹とここまでなら思えるだろうが、アリスには一つだけとんでもない欠点があった。
それは……
「わかった。ちゃんと説明するから、その後ろに隠している剣を納めてくれ」
「あら、失礼」
――――うちの義妹はクレアとは別ベクトルのとんでもないブラコンであったのだ。
勘違い系ファンタジー作品なのでこういう勘違いを入れてみました。
ちなみに、アンナ・ネーベルは魔王学院の不適合者のお母さんをモチーフにしています。
義妹のアリスは……ご想像にお任せします。