狂信っぷりがやばかったですね。
中世ヨーロッパの鞘は、2枚の木の板を芯にして、糊を染み込ませた麻布を巻きつけ、それを皮で覆ったものが典型的なものだったが、19世紀に入ってからは全て金属でできた鞘がポピュラーになった。これは、刃先の切れ味を悪くしてしまうという欠点は持っていたものの、革や木製の鞘に取って代わった。
対して日本刀は朴の木が使用されるのが一般的だった。それは硬さが中庸で刃物を傷めず、強度も適度にあり、材が均質で漆塗り等の表面仕上げにも適するなど、優秀な鞘材としての特質を持っていたためと思われる。外観は時代の流れと共に変化していったが、全体を金属で包んだ重く厚いものから、金属の使用を抑えた軽く薄いものへと移っていったのが大きな流れといえる。金属の使用を抑えた分は鮫皮(エイの皮)で補った。鮫皮を巻いてその上に色漆をかけ、それをさらに砥石で研ぎ出して装飾文様を浮き出させる「鮫鞘」である。堅固で美しく、しかも異様な雰囲気を醸し出したのですぐに広まり、室町時代の中頃には普及した。
オレの鞘はオーダーメイドで鮫の皮を使っている。
ただし、この世界に生息する魔獣という特殊な存在のをだが。
♢♦♢
「……鞘?」
半分になった剣を眺め、確かめるように振った後、腰に差していた鞘で折れた刀身を覆ったまま構えるヴァイスを見て、貴賓席にいたアレクシア達は困惑する。それは競技場にいる殆どの魔剣士や聖騎士も同様だ。
「ふ、ふん。いったい何のつもりやら、気でも狂ったのか?」
ヴァイスの行動が全く理解できないネルソンが侮蔑の言葉を吐く。
「あんなもので何かできるとでも思っているのか?まあ、あのエルフ相手によくここまでやったと「あの、すみません大司教代理。ちょっと黙っててくれませんか?」えっ」
ネルソンの言葉を遮ったのは意外にもベータだった。
「代理とはいえ聖教の大司教が命がけで試練に挑む戦士を侮辱するのはどうかと思いますよ」
「ナツメ先生……」
(ふーん……意外といいこと言うじゃない)
ベータの言葉にアレクシアは感心する。嫌いなのは変わらないが。
「それに、ひょっとしたら面白いものが観れるかもしれませんよ?」
「面白いもの、ですか?」
それはどういう意味か、とローズが告げる前にフィールドの両者が動いた。
前に出る彼を迎撃しようとオリヴィエが放ったのは突き。
その最速の一撃は、空気を切り裂き、ヴァイスの心臓を貫こうと迫る。
もうダメだ。
剣が折れた今ヴァイスに勝ち目がない。そう思った者は大勢いただろう。
だが入ったと誰もが思った途端、ドゴォォンッと激しい音が響くとともにオリヴィエが吹き飛んだ。
「は?」
ゴロゴロと地面を転がるオリヴィエを見て、ネルソンは間抜けな声を上げた。
他の観客達もなにが起こったのかわかっていない。
ヴァイスの方を見ると心臓部分に剣も刺さっていなかった。
「いったい、なにが……」
オリヴィエが立ち上がり、再び斬り掛かった。
ヴァイスの身体を両断しようと剣を振り上げる。
だが、振り下ろした剣がヴァイスに届く前に平に鞘が僅かに当たったのかと思ったら軌道からずれ、ヴァイスは剣の平に鞘を滑らせながら突きを放っていた。
鞘の先端にある
「なに、今の?」
「微かに鞘が剣の側面部に当たった気がしますが……」
「え?」
ローズの指摘通り、ヴァイスがやったのは迫ってきたオリヴィエの剣の平で山となっている部分、
機動力よりも防御力を優先しているロングソードはゴツくて分厚く、日本刀のように小回りが効かない上に弾かれた場合の反動が大きい。更に横からの力による弾きを鎬が手伝ってしまい、剣の軌道が大きく逸れたのだ。
とはいえ、ローズが目で捉えていたのは動きだけなので、それ以外の情報を理解しようとする頃には次の動きに入っていた。
剣を杖にして再び起き上がるオリヴィエが動くよりも先に動くヴァイス。
地面を踏み込む予備動作も、体幹と上半身を一切動かすことなく、滑るようにオリヴィエへと肉薄し、鞘を振り下ろす。
正面に立つと離れていた相手が突然目の前に現れたように見える動作に驚く暇もなくオリヴィエは剣でその一撃を受け取めた。
ギシィィィッと、剣と鞘が衝突し、その力が拮抗する。
オリヴィエは身体能力を底上げして鞘を弾き、高速でヴァイスに斬りかかる。
オリヴィエの横薙ぎが、ヴァイスの首を狙う。
ヴァイスは上体を仰け反らしてギリギリで回避し、反らした体をそのまま後ろに倒し、バク転を駆使してサマーソルトキックを放つ。
ばごぉ!
カウンターによりヴァイスの蹴りがオリヴィエの下顎にヒットし、4メートル高くまで吹き飛んだ。
放物線を描いて重力に従って落下、空中で身を翻して華麗に着地したオリヴィエ。
記憶とはいえ生前の姿を再現しており、ヴァイスからのダメージが通ったことを証明するように口元から血を流していた。
口元の血をぬぐったオリヴィエは、姿勢を低くしたまま地面を大きく踏み込み、高速でヴァイスの懐に入り込む。
「―――それはもう見たぞ」
ヴァイスは左手で鞘を掴み、剣を抜刀。腰を入れて右手一本で真一文字に払うように一閃を放つ。
半分に折れた刀身でオリヴィエの剣先をぶつけて軌道をずらす。
そこへ、振り抜いた勢いを利用して左手に持つ鞘で二撃目を放った。
横薙ぎの一撃が右頬に直撃し、またしてもオリヴィエの体が横に弾け飛んだ。
♢♦♢
「あらあら~ヴァイスちゃんいつになく動きが速いわね~」
「はわわわ、速すぎてなにがなんだかわかりません……ヴァイス君勝ってますよね!?ね!?」
「ええ、ヴァイスが優勢ね……」
観客席にてアンナ、シェリー、クレアは試練を観戦していた。まったく目で追えていないシェリーのために横でクレアが解説しているが、当の本人も予想を超える激戦を目で追うのがやっとだった。集中していなければ、周りの観客達と同じように硬直するしかないだろう。
クレアの目にもヴァイスが優勢になっているように見えていた。刀身が折れたにもかかわらず前と変わらない動き………いや僅かに攻撃パターンが変わりオリヴィエに攻撃が当たりだした。とはいえ鞘に刃はないためオリヴィエは消えない。ただ斬ることができなくとも、オリヴィエに攻撃が効いているように見える。
(……あれが、あいつの本気なの…………)
エルフの少女が英雄オリヴィエとは気づいていなくとも、動きからかなりの強者だということがわかる。そして、その強者と生意気な幼馴染が渡り合っていることに、クレアは驚愕とともに「嫉妬」した。
実家での稽古の時も、学園で勝負を挑んだ時も、ブシン祭の選抜大会の時も、ヴァイスは本気を出さなかった。しかも、本気を出したのが他の相手だというのがクレアは気に入らなかった。
そしてそれ以上に腹が立ったのは、挑む立場にすらなれていない自分自身の『弱さ』。負けず嫌いの心の炎に、十分過ぎる程の燃料が与えられたのだった。
(……絶対に追い付いてみせるわ。もっと強くなってアンタを打ち負かしてやるんだから!)
二年前、誘拐のごたごたの後に王都へ出立する際、見送りに来ていた好敵手に向けたセリフは、彼女の中では少しも揺らいでいなかった。
今は両者の動きを観察して少しでも学ぼうと意識を集中させる。
(あれ?)
しばらくもかからず、クレアはふと違和感を覚えた。
「…あの、アンナさん」
「ん~?なにかしら?」
「ヴァイスの鞘、ミスリル製なのですか?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「その、頑丈なのか、折れたり砕けたりしてないみたいですが…………」
オリヴィエの剣とヴァイスの鞘が何度もぶつかり合ってるというのに、鞘が砕ける様子がない。魔剣士が使う剣はミスリル製で、伝導率によるが魔力を流せば切れ味も威力も増す。そんなのにぶつかれば普通の金属製の鞘でも粉々になってるはずだ。
「あ~そういうことね。ヴァイスちゃんの鞘はミスリルじゃなくて、魔獣の皮を使ってるわ」
「魔獣の皮?」
「領地内の侵入した魔獣をヴァイスちゃんが討伐して、その記念にってことでヴァイスちゃん用にその素材で作ってもらったの」
「ふえーヴァイス君魔獣を倒したことがあるんですねー」
「私その話聞いたの初めてなんですけど…………」
「確かあれはクレアちゃんが王都に行ってすぐだったわね~」
約2年前、魔獣の生息域に近いネーベル領に魔獣達が侵入。侵入地点付近の農村から魔獣襲来の狼煙を受けたネーベル家当主のジャンは僻地により騎士団の到着が望めないため、現地付近の冒険者とお抱えの部隊の共同による緊急討伐を決定した。
部隊が現場に到着したとき、そこにいた魔獣は1匹や2匹などという数ではなかった。
三十匹を越す魔獣が村の周辺をうろつき、村人だったものを貪っていた。
4本足が生えており、頭の先は
幼体と生体が複数いて、集団で獲物に襲いかかり、鏃のような頭部を食い込ませて、回転しながら肉を食い漁るという生態。
更には『魔』の名を冠する獣なだけあって只の獣にはない特殊な能力があった。
驚くことに、幼体が獲物を貪り喰うと摂取した魔力を糧に急激に肉体が膨張、生体へと成長する。
生体になると体内を巡る魔力の操作で自身の皮膚を並の魔剣士の攻撃を通さないほどの強度まで硬質化させる能力を有していた。
後に”化け鮫”と呼ばれる新種。討伐に乗り出したジャン含む魔剣士と冒険者達も太刀打ちできず、一人また一人と食われて被害は広がる一方に思われた。
そこへ駆けつけたのがジャンの義理の息子ヴァイス・ネーベルだった。
見習いとは思えない恐ろしいくらいの力強さと速さ、卓越した剣技。魔力の流れで強度を変化させる鮫の能力を逆手に取り、鮫に魔力を流し込んで魔力波長を乱れさせて紙切れ同然にまで皮膚を弱体化させるという発想の転換で魔獣たちを討伐するのだった。
部隊の全滅を防いだその功から、魔力で強度を変化させる性質を持った鮫の皮で作られた鞘が、今ヴァイスが使っているもの。オリヴィエの剣と激突する際も流し込んだヴァイスの緻密な魔力で硬質化させることで高い強度を保っているのだ。
「魔力を流し込んで強度を上げる鞘って…………ルール違反とかになりませんかね?」
「ん~~別にアーティファクトじゃないし、魔獣の素材で作った道具を使っちゃいけないってルールもなかったからセーフじゃないかしら?」
「ま、まぁそうですね」
今度魔獣を一狩りしてなにか作ってもらおうと考えるクレアだった。
ちなみにネーベル領でそんな事件があったことは陰の実力者以外に興味を示さないシャドウガーデンの盟主はまったく知らない。耳にしてもなんか大変だったみたいだね程度の認識しかなかったとか。
♢♦♢
(バカな……なにがどうなっている…)
ネルソンは目の前で起こっている現実を受け入れられないでいた。
魔人ディアボロスの腕を斬り落とした英雄オリヴィエの記憶が恐ろしく力強く、素早く、苛烈な斬撃の雨を繰り出している。
しかし。
その総てが通じない。
速度を引き上げても、オリヴィエの動きを全て見切っているかのように、ヴァイスは彼女の高速攻撃を全て捌いていた。
速度も威力も劣っているというのに、その場の生殺与奪の権利を彼が握っているようだ。
(あの女が、押されているだと?ありえん、そんな事があり得て良いはずが無い!ましてやただの見習い魔剣士相手に!)
ヴァイス・ネーベル。かつてラウンズへ至ったルスラン・バーネットの悪事とミドガル王国の騎士団の腐敗を暴露して魔剣士学園を退学になったという見習い魔剣士……調べさせたところ、ただの下級貴族の養子という情報以外は何も出てこなかった。無法都市との繋がりも、ここ最近騒がせている【シャドウガーデン】という組織との繋がりも、一切なし。
女神の試練に参加するというのもあり、実力を測って大したことなければ他の奴に押し付け、あれば適当な古代の戦士を出して始末しようか考えていた矢先にオリヴィエが勝手に出てきた。
それだけでも驚きなのに、そのオリヴィエが圧倒されだしただけでもはや悪夢だった。
(なにかの間違いだ…!これは……そう、聖域のシステムが不調なだけだ!あの女に準ずる程の力を持っている人間などいるわけがない……!)
そう自分に言い聞かせるが、オリヴィエの身体が宙を舞い、叩きつけられた。もう何度目になるかわからない。
(システムがここまで不調をきたしてるとは…ええい、かくなる上は!)
痺れを切らしたネルソンが足下にある戦士を呼び出すスイッチの右横にある小さな石畳を2回踏む。すると、石畳がスライドしてその下から赤いボタンのスイッチが現れた。
(これさえ押せばシステムの不調なんぞ関係なく出力を出せるだろう!死ね!)
ポチッ
勝ち誇った笑みを浮かべながらネルソンがそのスイッチを踏んだ途端、オリヴィエの様子に変化が起こった。
攻撃の最中に突然カクンっと糸の切れた人形のように脱力したのかと思えば、オリヴィエの魔力が膨れ上がった。
小さな身体に納まっていたとは思えないほどの莫大な魔力が溢れ出し、青色に煌めきながら波となって広がっていき、ドーム内で風を巻き起こした。
オリヴィエが剣を上段に構え、膨大な魔力をそこに集約させていく。凄まじい力が込められた剣が青く輝き、巨大な光の帯のようなものが生じていた。
「なんだよこれ…………」
「あのエルフいったいなんなんだ……」
「ちょっと、なんかマズくないか?」
魔力の奔流に障壁が震え、障壁に阻まれてもその威力の凄まじさを本能で感じ取った観客達が騒めく。
(くくく………記憶の戦士の出力を強制的に底上げさせるという荒業……使えるのが一回という欠点があるがこれならさすがの奴も―――)
内心ほくそえんでいたネルソンがヴァイスの反応を見ようとしたとき、硬直した。
(は?)
その光景を正面から見ているはずのヴァイスの反応が他と違い薄かった。衝撃を受けたような、絶望に染まったような表情をせず、汗1つかかずに一貫してポーカーフェイスを崩さない。光の奔流を見据えていたその無機質な瞳がネルソンにはとても不気味だった。
(なぜだ。これだけの力を目の当たりにすれば絶望し…………まさか、いやありえない!ただの人間が英雄に抗う術を持つなど―――)
ヴァイスの無機質の瞳がちらりとネルソンを捉えた。
「ひっ……!」
チラ見だというのに、まるで全てを見透かしてくるような、瞳孔の奥の闇に吸い込まれそうな悪寒に襲われネルソンは怯えた。
「こ、殺せええええぇ!早くそのガキをぶっ殺せぇえええ!オリヴィエ!」
恐怖のあまり周囲の事を気にせずに大声で叫んでしまったネルソン。
「「「え?」」」
大司教代理の叫びを貴賓席にいた者たちは聞き逃さなかった。
「オリヴィエ?あのエルフが?」
「オリヴィエは男のはずじゃ……」
「でもあの大司教はっきりとオリヴィエって」
「ていうかぶっ殺せって言ったぞ」
「あっ」
自分の失言に気づいた時にはすでに遅かった。
ドゴオオオオン!
貴賓席がざわざわと騒々しくなった時、フィールドでオリヴィエがヴァイスめがけて剣を振り抜いた。
剣に収束していた眩い巨大な青い光の奔流が鞭のようにしなり、巻き起こる剛風と障壁を越えて大気をつんざく爆音。
やがて、視界を白熱させていた眩い光が、ゆっくり収まっていく。
無音。静寂。衝撃に耐えきれず何箇所か亀裂が入っているドームの中は土煙が上がっている。
(ど、どうだ……ありったけの魔力をぶつけた英雄の一撃、どれだけ強い魔剣士でも無事ではすむない)
――――当たればな。
「は?」
ドーム内の煙が晴れていく。
観客達の目に映ったのは剣を振り下ろしたオリヴィエ――
そして、彼女の背後で抜刀の構えを取るヴァイスの姿だった。
オリヴィエが背後の存在に気づいて振り返りざまに剣を振るう。
「じゃあな英雄。まあまあ強かったぞ」
オリヴィエの耳にヴァイスの言葉が届いた時、彼女の視界がくるくると回る――。
眼下に頭を失い、崩れ落ちる自らの体があった――。
そしてついに、首を刎ねられたオリヴィエが粉々に砕けた。鏡が割れるかのように砕け、そのまま消えていった。
「そ、そんな…………馬鹿なぁ」
後にフィールドに残るのはヴァイスだけ。
『しょ、勝者、ヴァイス・ネーベル!』
数秒遅れて審判が勝敗を告げた瞬間、爆発せんばかりの歓声が上がった。
戦いの描写を三人称視点で書いたので戦っている二人のセリフがほとんどありません。
セリフが少なくてすみませんでした!
戦闘描写では、ロングソードに関する動画を参考に書きました。
ちなみに説明に出てきた魔獣「化け鮫」はモンハンのあれを参考にしています。
さて、次回は七陰(アンドその他)のターンです。