カタチになりました。
「なんなの今の………化物が少女に?」
アルファに足止めをされたアイリスの目に異様な光景が映った。
ローブの人物が片手で巨人の拳を難無く受け止め、後から来た女性が巨人に触れた瞬間、巨人は白い煙を上げながら萎んでゆき、少女ほどの大きさにまで小さくなった。
「あの子も悪魔憑きの解呪に成功したようね」
「え?」
悪魔憑き?解呪?
『………時間切れだ。騎士団に包囲される前に離脱するぞ』
「………はい」
『アルファ、退くぞ』
「ええ、わかってるわミスト」
ローブの人物の一声でアルファがもう興味は失せたとばかりにアイリスに背を向ける。
「ま、待て!」
アイリスが止める間もなく三人は飛び去ってしまった。
アイリスは追いかけず、呆然と立ち尽くしていた。降り注ぐ雨が髪を伝い顔を流れていく。
身体が震えていた。
この震えの意味を、アイリスは知らなかった。
「っ!」
その後アイリスはまた凄まじいものを見ることになった。遠方から巨大な青紫色の光の柱が出現し、遙か夜空の彼方へと立ち上った。
「いったい何が起こってるの………!?」
夜空に光の紋様が刻まれ、王都が青紫に染まった。
遙か遠くから……爆風が遅れて王都に届き、雨雲を吹き飛ばし、家屋を揺らし、大地を揺らし、通り過ぎた。
光が治まった時、光の発生源と思しき場所にあったはずの多くの建物が消え、地下深くまで続く巨大な穴がぽっかりと空いていた。
「アレクシア……!」
穴の奥に妹がいる。そんな予感がしたアイリスは穴の中へと走り出す。
目の前でシャドウと名乗る男が謎の光を発し、婚約者候補であり誘拐の首謀者であるゼノンを塵も残さず蒸発させてどれだけの時間、佇んでいただろう。
アレクシアはふと、自分を呼ぶ声に気づいた。
『アレクシア……アレクシアッ……!』
遠くで、誰かが息を切らして叫んでいた。
アレクシアはその声に聞き覚えがあった。
「姉様……アイリス姉様ッ……!」
叫んで、走り出した。
大穴を走り抜け、外に出る。
「アレクシア、アレクシアッ!!」
アイリスが駆けてきた。
「姉様、わ、私……ッ」
有無を言わさずアレクシアは抱きしめられた。
アイリスの身体はびしょ濡れで、それが冷たくて温かい。
「無事で良かった……本当に」
ギュッと抱きしめられる。
アレクシアもおずおずとアイリスの背中に手を回した。
「ごめんなさい、冷たいでしょう」
アレクシアはアイリスの胸の中で首を振った。
涙が溢れて止まらなかった。
♢♦♢
アレクシア王女誘拐事件が解決(シドのダサい名前の必殺技でゼノンを蒸発、王都を半壊)してから数日が経った。
ある晴れた休日、オレはシャドウガーデンのフロント企業の一つであるカフェでコーヒーを飲みながら今日の新聞を読んでいた。
『アレクシア王女誘拐犯は婚約者候補のゼノン・グリフィ侯爵!?動機も王都を半壊させた光の正体も依然不明。真相究明のためアイリス王女殿下自ら調査団を設立』
新聞記事の表紙は王都の事件のことで一面を飾っていた。
アレクシア誘拐事件はアイリスがアレクシアを見つけたことにより一旦は解決し、グリフィ侯爵家はお家取り潰し、ゼノンが指揮していた騎士団は解体されることになったようだ。
ディアボロス教団やシャドウガーデン、暴走した悪魔憑きの少女、誘拐の動機のことは載っていなかったが、魔剣士学園の剣術指南役を勤めて人格者と評判の男が仕出かした不祥事により、魔剣士学園だけでなく騎士団の信頼が国民の間で揺らぐことになるだろう。
「……大体は計画通りか」
だがこれで全て終わったのではない。
教団の魔の手はミドガル王国だけでなく、同盟国である芸術の国オリアナ王国や剣の国ベガルタの中枢にまで蔓延ってる。王都であれだけ派手に暴れたにしても連中に与えたダメージは微々たるもの。今は派閥関係で連携をとってはいないが、完全に壊滅させるにしても今のシャドウガーデンの規模ではまだまだ足りない。すでに次の一手を打ってるが結果待ちだ。
さらに今回の件でアイリスやおそらくアレクシアにディアボロス教団だけでなく、その教団と敵対しているシャドウガーデンの存在を気付かれた。
あの力量では特に脅威にならないが、何かの拍子で(特にシドのせいで)正体がバレたら面倒だ。
アイリスが設立するという調査団を連中にぶつけるのも手だろう。
先を見越して次の一手を考えている中、後ろから音もなく待ち人が姿を現した。
「…ミアか」
「はい」
小声で返事したミアはオレの後ろの席に座り、振り返ることなく背中合わせの形で資料をオレに手渡しする。
「こちらが今回の調査報告のまとめとなります」
「そうか」
資料を受け取ったオレはそれに目を通しながらミアに問いかける。
「あいつの調子はどうだ?」
「イータ様の診断によると長期間の実験の影響で身体に深刻なダメージを受けているようです。意識が戻った後日常生活に支障はありませんが、その、魔力行使は…………」
「……そうか」
作戦終了後、巨人化していたあの少女をミアがシャドウガーデンの本拠地である霧の都アレクサンドリアまで運んだ。自分が治した相手を最後まで送り届けたいという彼女の意思を尊重してオレから離れることを許可した。
「…もしあの時貴方に救われなかったら、私が同じような目にあっていたでしょうか?」
ミアはあの少女を通してオレに出会わなかった場合の自分を見ているようだ。
「かもな。だがお前は今こうしてここにいるし、あの娘も安全だ。それに、お前の望みも叶っただろ?」
「…………はい、そうですね」
ミアの望み、それは父親を騙す形でディアボロス教団に入団させたゼノン・グリフィの抹殺である。
オレはゼノンがディアボロス教団のメンバーだという事を入学前から知っていた。
ミア…………ミリアの父親であるオルバ子爵が唯一の愛娘を助けようと奮闘している際、ディアボロス教団への入団と引き換えに彼女の治療を持ちかけてきたのがゼノンだった。
だがゼノンには治療する気はまったくなく、実験動物兼人質として扱った。
教会の地下にいた教団の連中からそのことを聞き出していたオレは彼女に『お前の親父を騙し、お前たちに酷い仕打ちをしたゼノンを殺してやる』と約束をした。勿論肉体的にも社会的にも。
最初は頃合いをみて暗殺し、他の派閥に闇討ちされたように偽装する予定だったが、ゼノンが痺れを切らして王族であるアレクシアを誘拐し、一応シャドウガーデンの盟主であるシドにその濡れ衣を着せて連行してしまったことから予定変更を余儀なくされた。
クレアを連れ戻すのを口実に、ゼノンより上の立場にいるアイリスに騎士団の調査の見直しとシドの一時釈放をするように誘導し、ゼノンの目論見に綻びを生じさせた。
それでゼノンが焦ってぼろを出してしまったことでアイリスに疑いの目を向けられることになり、オレの読み通り監視下の中ではアジトに戻るわけにもいかずに四六時中形だけでも騎士団の調査に参加する羽目になっていた。
その隙にアルファ達やミアとは別の別動隊にゼノンのアジトに潜り込ませ、侵入を気取られないよう秘かに調査させた。資料の回収は後で取られたことに気付いて大騒ぎになるのは避けたいため断念し、代わりにイータ作のカメラで資料の中身を撮影した。今オレが見ている資料は、それらを現像したのをまとめたものである。
調査は作戦開始前に無事に終わり、後はシャドウガーデンに教団アジトを襲撃させ、予定通り用済みとなったゼノンを殺すだけだった。
「悪いな。本当ならお前自身の手で殺すのが理想だったが…」
「お気になさらず。あの時はあの子の安全の確保が最優先でしたし、それにあの男がこの世から消え去ってくれただけで満足です…………王都を半壊させたのはやり過ぎだと思いますが」
「…………一応使うなと釘を刺していたんだがな」
ミアも馬鹿のやったことには呆れていた。七陰の連中ならあの光に感動するだろうが、ミアは自分の父親を殺したシドにアルファ達のような感情は抱いていない。むしろ金欲しさにアレクシアの犬になったことを知った時に「あんな奴に私の父が……」と殺意を抱いたほどだ。
「まあそんなことより、一応お前との約束を果たしたことになったが……」
そう。オレはミアにゼノンを殺す代わりにオレの駒となる契約を交わした。ゼノンが死んだことでこの主従関係は一応終わりになる。
「これからどうする?」
「どう、とは?」
「お前達父娘を苦しめた奴は死に、もうシャドウガーデンやオレの命令に従う理由はない。辞めたいときは辞めたっていいんだぞ?」
「…それ、分かったうえで聞いてるのですか?」
ちらりと後ろを振り返ると、ミアはむすっとした顔でこっちを見ていた。
「あの時貴方は私達に言いましたよね?救われた命を大事に抱えて、何もかも忘れて偽りの平和で静かに暮らすか。あるいは同じように奴らに苦しめられている同胞を救い、奴らに目に物を見せてやるかのどちらかを選べと」
「ああ、だが今なら自分の人生を歩むことができる。ミアではなく、オルバ子爵の娘ミリアとしてな」
「いいえ、ここまで来てその道を選ぶことはできません。かつては人だったものを人と扱わない…あんな非道が陰で行われているのを身をもって知ったからには尚更………」
「つまり目的は復讐か?」
「否定しません。けどもう一つあります」
「というと?」
「今も私達のように苦しんでいる子達が同じ目に遭ってるのなら、表の世界の人たちに彼女達の助けを求める声が届かないというのなら、私が代わりに陰の世界に潜って彼女達を救いたいと思います。あの時、苦痛に苦しむ私達を救ってくれた貴方のように」
巨人になった悪魔憑きの少女を元に戻せたことで自信がついたか。
「できるなら、今まで通り貴方に仕えさせてください」
「シャドウガーデンに、ではなくか?」
「はい。私の命は貴方様にくれたもの、シャドウガーデンにではありません。この身の全て、貴方に捧げます」
ミアは軽く笑って見せて、軽くお辞儀をした。
「ちょっと重いが……まあいい。受け取らせてもらうぞ、ミア」
そうして、改めてミリアはミアとして今後もオレに尽くす事を誓い、オレは彼女の意に応じた。
──これでいい。ミアは完全にオレの『駒』になった。
ディアボロス教団が実在することを知ったあの時、オレは手駒を欲した。
シャドウやアルファ達七陰にではなく、オレだけに従い思い通りに動かせる『駒』を。
彼女達を回収してすぐにアルファ達に会わせなかったのもそれが理由だ。それでは七陰たちと同じくあの馬鹿が本気で世界を良くしようとしていると信じ切ってしまうのは目に見えている。
2年前、シドが殺したオルバ子爵がミアの父親だったのは不測の事態だったが、話を切り出すのにかえって好都合だった。
オルバ子爵の訃報を伝えた時彼女に何度も胸を刺されて痛かったが、彼女達全員が戦う道を選ぶよう仕向けることができることを考えれば、極めて些細なものだった。
そしてオレの期待通り殺しの腕を上げ、悲劇の元凶であるディアボロス教団への憎しみを募らせつつも、仇がすぐ近くにいる中でかつての自分のように悪魔憑きで迫害され、教団に実験動物扱いされて苦しむ少女を救ってみせた。
使命感に目覚め、あの地獄からオレに恩があるからには簡単には裏切らない。
いい手駒だ。
♢♦♢
初夏の季節に入った頃、太陽が燦々と照りつけてくる真昼に学園の校舎裏で血を流したシドを発見した。
幸い(?)死んでいなかったシドになにがあったのか聞いてみたところ、なんでもアレクシアがゼノンが跡形もなく蒸発させたことでもう恋人関係を続ける必要はなくなったのだが、『もし、あなたさえ良ければもう少しこの関係を続けてもいいかしら?』と交際の継続を求められたそうだ。だがそれにシドは『お断りだ。僕はこう見えて多忙なんだ。性悪王女にこれ以上振り回されるくらいなら死んだ方がマシだ』と答えた。
それで怒ったアレクシアは、『あら……そう……じゃあ死になさい!』とシドをぶった斬ったそうだ。
「くそ…………あの性悪王女め」
「中指を突き立ててそんなこと言われたら誰だって殺したくなるだろ」
せっかく疑いが晴れたというのに自業自得な理由で処刑されかけるとは実にアホらしい。
「ねえそれよりヴァイスさ」
「なんだ?」
「制服が血で汚れちゃったからなんとかして?」
はぁ…………。
無知なやつは能天気だな。シャドウガーデンの連中が気の毒だ。
「……道着を取ってくる」
「頼むよ」
「そこから動くなよ。ポチ」
「…その呼び方やめて」
午後の実技が始まる前に教室へと歩を進めるのだが……
「おっと」
「わぁっ!?」
建物の角から大量の本を抱えた女子生徒が出てきて、タイミング悪くぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃で女子生徒は持っていた本を落とし、地面に尻餅をついた。
「いったた………」
「悪い。怪我はないか?」
どちらが悪いという話ではないが、オレは謝罪を述べてその女子生徒に手を差し伸べる。
「あぁ……!」
「?どうした?」
「い、いえ!大丈夫です!」
女子生徒はオレを見て数秒固まったが、すぐにオレの手を取った。
おや?一章の最後に妙なフラグが……。