~辿り着く場所~ -Another Story- 作:ナナシの新人
もう午後六時を回っているのに、まだ青空が広がる長い夏の夕刻時。盆を過ぎれば暑さ和らぐ、なんて言葉を授業で聞いた覚えがあるが、盆はもうすぐそこ。本当に和らぐのか疑いたくなるくらい今年の夏も蒸し暑い日々が続いている。
自宅アパートの前で見終えたスマホをバックにしまってから、玄関のドアの前に立つ。良いニオイと一緒に賑やかな声がドアを隔てた向こう側から漏れ聞こえてくる。カギを回して、部屋に上がる。
「お帰りなさい、
「おかえりー」
「ただいま」
出迎えてくれたふたり、
あれから......
何より、これは家族の問題。
「ともちゃん、ほっぺにケチャップが付いてますよ」
「えっ? どこー?」
「動かないでくださいね。はい、取れました」
「ありがとー」
同棲を始めてまだ半年足らず。それが今では、三人での共同生活。まったく、奇妙なことになったもんだ。まったく知らないわけではないとはいっても、幼稚園児の扱いには慣れていないし、何もかもが手探りで初めての経験。ただそれに関しては、頼もしい存在が身近に居る。そう、すぐ隣の部屋に。夕食を食べ終え、ひと息ついた頃、その頼もしい隣人がぬいぐるみを持参して部屋にやって来た。
「こんばんは、
「お邪魔します、
「そうだ。名前は、とも。姉弟の義理の妹だ」
「何かいろいろ紛らわしいな。まあいい」
「頼む。とも、ちょっと出かけて来るからこのお兄ちゃん。
「ん? うん、わかったー」
「お、
「パンダさん!」
「よし。じゃあ俺は、クマだな。とも、知ってるか? クマとパンダは親戚なんだ。しかも、漢字で書くと一緒にネコも付いてくるんだぞ」
「ええー、そうなのーっ? じゃあ、ネコさんもしんせきなの?」
ともが目を丸くして食いついている、雑学を得意気に披露する
「
「妹さんが居るからな。じゃあ行ってくる。そっちも頼むな」
「はい、いってらっしゃいです」
ともの着替え、寝具もろもろを
「これが今の、彼女たちの現状......なるほど」
基本的に爽やかな笑顔を絶やさない
「彼の、
「バスの本数とか、
頬杖を付いて言った俺の言葉に、若干肩をすくめる素振りを見せる。
「
「事情はどうであれ一緒に過ごすべき、だそうだ。俺も、
「厳しいね、酷な話だよ」
「まあ、判ってはいるつもりなんだけど。ま、実際厳しいからな」
「そうだね、現実的に。それで、どうするつもりなんだい?」
俺に出来ることなんてたいしてない。そんな俺が今、ともにしてやれることがあるとすれば――。
「どこかに連れて行ってやろうと思ってる。明日から盆休みだからな」
「うん、いいんじゃないかな。きっと喜んでくれるよ」
「来ないのか?」
「そこまで無粋じゃないさ。ここは親子水入らずで、ね」
「親子じゃない」
「はっはっは、照れることないじゃないか。予行演習だよ」
軽口を聞き流して。忘れもしない、二年前の春の旅の時のように行き先をいくつかピックアップして、それぞれの家路に付いた。
家を空けている間ともの面倒をみてくれていた
「明日、三人で遊びに行こう。ともの行きたいところでいい。動物園でも、水族館でも、遊園地でもいいぞ」
「ほんとーっ?」
「ああ、本当だ。
「はい、もちろんです。ともちゃん、楽しみですね」
「うんー!」
明日に備えて、早めの就寝。普段と違う家だから寝付かないんじゃないかとか心配したけど、しばらくして小さい寝息が聞こえて来た。起こしてしまわないように注意して布団を抜け出して、キッチンで話す。
「何か言ってたか?」
「お父さんも、お母さんもいつでも頼ってくれていいって言ってくれました」
「そうか」
本当に。あの二人、
「私、
「だな......」
身体が弱い
「どこがいい?」
スマホのメモを見せながら訊ねる。
「私は、どこでもいいです。
まったく、小っ恥ずかしいことをまた臆面もなく言ってくれる。
「
「そうだな......海とか? 夏だし」
水着姿も見れる。やっぱり見てみたい。
「あの、すみません。私、スクール水着しか持ってないです......」
「そんなの買えばいいだろ。けど、泳げそうな海か。妥協してプールもありかもな。近場だと......ここなんか、人工の波が出るプールがあるみたいだぞ」
「とっても楽しそうですっ」
「だろ?」
だけど、ともにはまだ少し早い。子守に慣れてないうちの水遊びは流石にちょっと危険。何より今回は、とものため。ともが行きたいと言っていた中から候補を絞り込み、予約が必要で空きがある施設、予約なしでも行ける施設を調べ。居間に戻って、眠りについた。
――翌日。
アパート近くのバス停をからバスを乗り継いで、目的地の動物園がある上野で下車。ゲートを通って、園内に入場。盆休み初日の動物園は、大勢の親子連れで賑わっている。当然、大人気のパンダエリアは大盛況。一時間ほど並んで、見れたのは僅か数分。それでも、ともは嬉しそうにはしゃいでいたからヨシとしよう。他のエリアをいくつか回り、木陰のベンチに座って、保冷バッグから手作り弁当を取り出し、少し早めの昼食。
「これ、すごくおいしいよ!」
「よかったです。
「サンキュ。美味い」
いつも通り......いや、いつも以上に美味く感じる。外で食べているからかなのか。
「はい、どうぞ。あーんしてください」
「あーんっ。これもおいしいよ!」
「えへへ」
ともに絶賛されて、
この二人の笑顔を見ていると――ああ、きっとそういうことなんだろうな、と自分の中で納得してしまえた。
そしてそれは同時に、やっぱりこうあるべきなんだとも改めて想った。
一通り見終えて、帰宅。背中には、バスの中で眠ってしまったともを背負っている。
「きっと、歩き回って疲れてしまったんですね」
「だろうな」
他の客の迷惑にならないように注意は払っていたけど、初めて見る動物たちを見る度に駆け足で近寄り、常にハイテンションだった。むしろ良く持った方だろう。
「外で食べるつもりだったけど、またの機会にして。寄り道しないで帰るか」
「はい、そうしましょう」
「冷蔵庫、夜分の食材あるか?」
「あ、そうでした、お弁当に使ってしまいました。スーパーに寄っていきます。
「ああ、判った」
――賑やかになりそうだな、いろんな意味で。
ひとつ大きく吐いた息は、まだ高い夏の青空の中に融けていった。