~辿り着く場所~ -Another Story-   作:ナナシの新人

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Episode1

 もう午後六時を回っているのに、まだ青空が広がる長い夏の夕刻時。盆を過ぎれば暑さ和らぐ、なんて言葉を授業で聞いた覚えがあるが、盆はもうすぐそこ。本当に和らぐのか疑いたくなるくらい今年の夏も蒸し暑い日々が続いている。

 自宅アパートの前で見終えたスマホをバックにしまってから、玄関のドアの前に立つ。良いニオイと一緒に賑やかな声がドアを隔てた向こう側から漏れ聞こえてくる。カギを回して、部屋に上がる。

 

「お帰りなさい、朋也(ともや)くん」

「おかえりー」

「ただいま」

 

 出迎えてくれたふたり、(なぎさ)と小さな子ども――ともに挨拶をして、服を着替える。

 あれから......鷹文(たかふみ)が駆け込んで来たあの日から二日が経ち、昨夜から一時的にともを預かっている。先ほど無事に到着したと、鷹文(たかふみ)から予定よりも少し遅い連絡を受けた。とりあえず今日分の報告は届いたが、鷹文(たかふみ)たちが滞在している場所はスマホや携帯の電波が通じ難い不便な山間部の農村地帯。役場の固定電話以外では一度村を出て、電波が届く場所まで移動する必要があるため、連絡方法も連絡回数にも制限が付く。

 何より、これは家族の問題。

 上杉(うえすぎ)の言葉は全面的に正しい。部外者が安易に口を挟むようなことじゃない。だから、今の俺に出来ることはこうしてともの世話を代わりにみてやることくらいなもので。と言っても盆休みは明日からだから、今日は(なぎさ)に頼りっぱなし。だけど、こんな感じ......なんだろうか。家に帰ると待ってくれている人が居て、今日あったことを話ながら一緒に食卓を囲んで、一緒に夕食を食べる。去年の春。転校先の旭高校から元居た光坂高校に戻って来てから他人行儀だった父親と数年ぶりに和解して、多少の戸惑いやギクシャクもありながらも普通に会話を交わせるようになって過ごした一年間とも少し異なる新鮮な時間を実感している。

 

「ともちゃん、ほっぺにケチャップが付いてますよ」

「えっ? どこー?」

「動かないでくださいね。はい、取れました」

「ありがとー」

 

 同棲を始めてまだ半年足らず。それが今では、三人での共同生活。まったく、奇妙なことになったもんだ。まったく知らないわけではないとはいっても、幼稚園児の扱いには慣れていないし、何もかもが手探りで初めての経験。ただそれに関しては、頼もしい存在が身近に居る。そう、すぐ隣の部屋に。夕食を食べ終え、ひと息ついた頃、その頼もしい隣人がぬいぐるみを持参して部屋にやって来た。

 

「こんばんは、上杉(うえすぎ)さん。いらっしゃいです」

「お邪魔します、古河(ふるかわ)さん。で、あの子が例の子か?」

「そうだ。名前は、とも。姉弟の義理の妹だ」

「何かいろいろ紛らわしいな。まあいい」

「頼む。とも、ちょっと出かけて来るからこのお兄ちゃん。上杉(うえすぎ)の兄ちゃんと遊んで待っててくれ」

「ん? うん、わかったー」

「お、(きく)と違って素直な子だな。やっぱり、子どもはこうじゃないとな。ぬいぐるみで遊ぼう、どっちがいい?」

「パンダさん!」

「よし。じゃあ俺は、クマだな。とも、知ってるか? クマとパンダは親戚なんだ。しかも、漢字で書くと一緒にネコも付いてくるんだぞ」

「ええー、そうなのーっ? じゃあ、ネコさんもしんせきなの?」

 

 ともが目を丸くして食いついている、雑学を得意気に披露する上杉(うえすぎ)はご満悦の様子。

 

上杉(うえすぎ)さん、ともちゃんともう仲良しさんです」

「妹さんが居るからな。じゃあ行ってくる。そっちも頼むな」

「はい、いってらっしゃいです」

 

 ともの着替え、寝具もろもろを(なぎさ)に任せ、ひとり近所のファミレスへ向かった。店先で待ち合わせした武田(たけだ)と合流、夕食時が過ぎてやや客足が捌けた店内の二人がけのテーブル席で向かい合う。

 

「これが今の、彼女たちの現状......なるほど」

 

 基本的に爽やかな笑顔を絶やさない武田(たけだ)の表情から、事態の深刻さが容易にうかがい知れる。想定外もいいところ。駆け込んできた時の話では詳細までははっきり判らなかったが、帰宅前に受信した客観的な内容が記されたメッセージは、他人がおいそれと踏み込んではならない問題の根底にまで迫るようなところまで書き綴られていた。

 

「彼の、鷹文(たかふみ)君のお姉さんは帰宅の意思を示しているようだね」

「バスの本数とか、鷹文(たかふみ)も交えてもう一度話し合おうとか、適当な理由を付けてどうにか留めてるみたいだけどな。聞かなかったことにしたいんだろ。お前、腹を空かせて暴れてる熊を止めれる自信あるか? 俺には無理だぞ」

 

 頬杖を付いて言った俺の言葉に、若干肩をすくめる素振りを見せる。

 

上杉(うえすぎ)君は、既に知っているんだよね?」

「事情はどうであれ一緒に過ごすべき、だそうだ。俺も、鷹文(たかふみ)河南子(かなこ)も同じ意見だ」

「厳しいね、酷な話だよ」

「まあ、判ってはいるつもりなんだけど。ま、実際厳しいからな」

「そうだね、現実的に。それで、どうするつもりなんだい?」

 

 俺に出来ることなんてたいしてない。そんな俺が今、ともにしてやれることがあるとすれば――。

 

「どこかに連れて行ってやろうと思ってる。明日から盆休みだからな」

「うん、いいんじゃないかな。きっと喜んでくれるよ」

「来ないのか?」

「そこまで無粋じゃないさ。ここは親子水入らずで、ね」

「親子じゃない」

「はっはっは、照れることないじゃないか。予行演習だよ」

 

 軽口を聞き流して。忘れもしない、二年前の春の旅の時のように行き先をいくつかピックアップして、それぞれの家路に付いた。

 家を空けている間ともの面倒をみてくれていた上杉(うえすぎ)に礼を伝えて、入れ替わる形で部屋に上がる。シャワーで汗を流してから、居間に敷いた布団の傍で一緒に絵本を読んでいる(なぎさ)とともに話しかける。

 

「明日、三人で遊びに行こう。ともの行きたいところでいい。動物園でも、水族館でも、遊園地でもいいぞ」

「ほんとーっ?」

「ああ、本当だ。(なぎさ)もいいか?」

「はい、もちろんです。ともちゃん、楽しみですね」

「うんー!」

 

 明日に備えて、早めの就寝。普段と違う家だから寝付かないんじゃないかとか心配したけど、しばらくして小さい寝息が聞こえて来た。起こしてしまわないように注意して布団を抜け出して、キッチンで話す。

 

「何か言ってたか?」

「お父さんも、お母さんもいつでも頼ってくれていいって言ってくれました」

「そうか」

 

 本当に。あの二人、(なぎさ)の両親には。特に、母親の早苗(さなえ)さんにはいろいろ世話になっているし、迷惑もかけているから頭があがらない。

 

「私、智代(ともよ)さんの力になりたいです。学校でいつも気にかけて貰っています」

「だな......」

 

 身体が弱い(なぎさ)は今年度、三度目の三年生。同い年の友人も、親しかった教職員も、去年同級生だった俺や春原(すのはら)、女友だち。所属していた演劇部も定員割れで休部になってしまった。智代(ともよ)は、そんな彼女のことを気にかけてくれる数少ない頼れる後輩の一人。恩返しって訳じゃないけど、まあ、そういう側面もある。

 

「どこがいい?」

 

 スマホのメモを見せながら訊ねる。

 

「私は、どこでもいいです。朋也(ともや)くんと一緒ですから」

 

 まったく、小っ恥ずかしいことをまた臆面もなく言ってくれる。

 

朋也(ともや)くんは行きたいところはありますか?」

「そうだな......海とか? 夏だし」

 

 水着姿も見れる。やっぱり見てみたい。

 

「あの、すみません。私、スクール水着しか持ってないです......」

「そんなの買えばいいだろ。けど、泳げそうな海か。妥協してプールもありかもな。近場だと......ここなんか、人工の波が出るプールがあるみたいだぞ」

「とっても楽しそうですっ」

「だろ?」

 

 だけど、ともにはまだ少し早い。子守に慣れてないうちの水遊びは流石にちょっと危険。何より今回は、とものため。ともが行きたいと言っていた中から候補を絞り込み、予約が必要で空きがある施設、予約なしでも行ける施設を調べ。居間に戻って、眠りについた。

 ――翌日。(なぎさ)の手作りの弁当等を入れた荷物を持って、朝早くから出発。行き先は、パンダがいる都内の動物園。一番最初に動物園が出たのはきっと、上杉(うえすぎ)が遊んでくれたからだろう。

 アパート近くのバス停をからバスを乗り継いで、目的地の動物園がある上野で下車。ゲートを通って、園内に入場。盆休み初日の動物園は、大勢の親子連れで賑わっている。当然、大人気のパンダエリアは大盛況。一時間ほど並んで、見れたのは僅か数分。それでも、ともは嬉しそうにはしゃいでいたからヨシとしよう。他のエリアをいくつか回り、木陰のベンチに座って、保冷バッグから手作り弁当を取り出し、少し早めの昼食。

 

「これ、すごくおいしいよ!」

「よかったです。朋也(ともや)くん、お箸です」

「サンキュ。美味い」

 

 いつも通り......いや、いつも以上に美味く感じる。外で食べているからかなのか。

 

「はい、どうぞ。あーんしてください」

「あーんっ。これもおいしいよ!」

「えへへ」

 

 ともに絶賛されて、(なぎさ)が笑顔になる。そんな彼女を見てたともも笑顔になる。

 この二人の笑顔を見ていると――ああ、きっとそういうことなんだろうな、と自分の中で納得してしまえた。

 そしてそれは同時に、やっぱりこうあるべきなんだとも改めて想った。

 一通り見終えて、帰宅。背中には、バスの中で眠ってしまったともを背負っている。

 

「きっと、歩き回って疲れてしまったんですね」

「だろうな」

 

 他の客の迷惑にならないように注意は払っていたけど、初めて見る動物たちを見る度に駆け足で近寄り、常にハイテンションだった。むしろ良く持った方だろう。

 

「外で食べるつもりだったけど、またの機会にして。寄り道しないで帰るか」

「はい、そうしましょう」

「冷蔵庫、夜分の食材あるか?」

「あ、そうでした、お弁当に使ってしまいました。スーパーに寄っていきます。朋也(ともや)くんは、ともちゃんと先に帰っていてください」

「ああ、判った」

 

 (なぎさ)とは別行動、一足先に自宅アパートに戻ると。隣人の玄関先に、似た背丈の五つの人影を見つけた。

 ――賑やかになりそうだな、いろんな意味で。

 ひとつ大きく吐いた息は、まだ高い夏の青空の中に融けていった。

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