~辿り着く場所~ -Another Story- 作:ナナシの新人
翌日、予想通りの事態が起きた。
街もまだ寝静まる早い夏の朝、
『にぃちゃん、ゴメン。朝早く』
「いや。バスの始発は?」
『ちょっと待って。えーと、8時だね』
「結構あるな。近くに居ないのか?」
『たぶん居ると思うけど、電源切っちゃってる。ねぇちゃんのことだから、どこかに隠れてるんじゃないかな?』
「じゃあ、帰ってきても無駄だって伝えてくれ」
『判った。伝えるよ、伝えられるか分からないけど』
「お前も勘違いしてる。ともは今、東京に居ない」
「え、えぇーっ!?」
スマホを耳から離し、落ちついたのを確認してから再び耳元へ運ぶ。
『ともが居ないって、どういうこと? まさか......』
『――貸せ!』
『え? ね、ねぇちゃんっ!?』
近くに隠れて盗み聞きしていた
『
「見つけた。意外と単純だな」
『......謀ったな、どういうつもりだ? これは、私たち家族の問題だ。部外者が口を挟むな!』
その通りなんだけど。盲目的過ぎて、問題の本質を見えていない。いや、見ようとしていないが正しいだろう。
「落ち着け。ともは、うちで寝てる。
姉弟の父親は、とものことを認知していない上に存在していることさえ知らない。今は、二人とも学校が夏休みだからどうにかこうにか理由を付けて面倒を見ていられるけど、学校が始まれば今の騙し騙しの生活は無理。それは仮に、
「保育参観は? 保護者面談は? 家庭訪問は? 生活基盤はどうする? もし幼稚園から連絡が行って警察沙汰になれば、アパートを貸してくれてる
『そんなもの全部、私が――』
「お前は、ともの母親じゃない」
何でも有言実行してしまう
『......じゃあ、どうすればいいんだ!? あの人は、ともの母親に残された時間はもう長くない......だったら、また辛い想いをさせるくらいなら、何も知らずにこのまま私と暮らす方が幸せじゃないのか......』
――幸せ、か。
確かに、まだ年端もいかない幼子には両手でも抱えきれないほど過酷で残酷な現実だ、だとしても。
「知っておいた方がいい」
何も知らずに偽りの日々を過ごすくらいなら、どんなに辛くても幸せだったことを思い出せる方がいいに決まっている。
今は解らなくても、いつの日か、これから先物事が理解できるようになった時、母親に捨てられたと絶望せずに、しっかり現実を受け止められるように。
「ともの母親と直接話してみる。お前は
念を押したが、
「
『立ち尽くしちゃってる。それで、どうするの?』
「ともの母親と話す」
『そう、じゃあ取り次ぐね』
「いや、直接話すよ。面と向かって話して初めて解ることもあるからな」
『え? じゃあ、ここに来るの? 結構遠いよ?』
「始発の特急とタクシー使えば昼前には着けるだろ」
盆休みは始まったばかり、長居はむりでも数日の滞在は出来るだろう。
『ごめん、僕たち家族の問題に巻き込んじゃって』
「気にするなって。だけど、いい加減聞き飽きたぞ」
『ああ......そうだね。ありがと、にぃちゃん』
「ああ、じゃあな。また後で」
『うん。それから、とものことだけど』
「判ってる、
『了解。じゃあ、待ってるから。ねぇちゃん、戻ろう。
結局、彼女の返事は聞こえなかった。だけど、ひとまず繋ぎ止めることは出来た。ともと母親を繋いでいる切れかけの細い糸を――。
「さて、急がないとな」
『はい、
「おはようございます、
『
「今から、ともの母親に会いに行くことになりました。一度、しっかり話しを聞いてみようと思います」
『そうですか、ともちゃんのお母さんのところへ。気をつけてください』
「はい。それで、とものことなんですが」
『任せてください。責任を持ってお預かりします』
「ありがとうございます......!」
見えていないと判っていても自然とその場で頭を下げてしまうほど、
「
『
「あ、はい、何ですか?」
『無理にとはいいません。でももし、
「
『はい。
結構遠くだから、体調面が気がかりだけど。
「判りました、
『ありがとうございます。ともちゃんは、あとでお迎えに行きますね』
「お願いします」
電話を切って、公園を出る。自宅に帰っている途中、正面からジョギングしてくる見知った顔を見つけた。向こうも気付いて、立ち止まった。
「おはよー早いね」
「お前もな。
肩を並べて歩きながら、注意深く周囲を窺う。それらしい人影は見当たらないが、サバンナに生息するしたたかなハイエナの如く、獲物と狙っているとも限らないから油断は大敵。
「どうしたの?」
「いや、撮られないかと想って」
「あっははっ! 大丈夫だよ。ちゃんと変装してるからねー」
色の付いてない伊達メガネをかけただけの変装じゃ説得力は微塵も感じない。
「いざというときは、姉妹の誰かってことにしておくから」
「そりゃ安心だ」
「ふふっ」
「何だよ?」
「懐かしいなーって思って。前にもあったでしょ」
「ああ......そうだったな」
あの時はまだ、メディア露出は少なかったけど、今では見ない日の方が少なくなった。ほんの二年ほど前まで、天然キャラのタマコちゃんを演じていたのがまるで嘘のようだ。
「桜の季節じゃないけど、朝は少し涼しくなってきたな」
「そうだね、虫の鳴き声も変わってきたし、走りやすくなったよ。言わないんだね、キミのそういうところ好きだよ」
「そりゃどうも」
「もー、リアクション薄いなー。私、今をときめく若手女優だよ?」
「特別扱いして欲しいのか?」
「遠慮しまーす。貴重だからね、普通に接してくれるの。姉妹のみんなとフータロー君くらいだもん」
そう言って笑った
「力になれることがあったら遠慮しないで言ってね」
「海外のリゾートで、なんてあの無茶なプランを提示したお前が言うのか?」
「真面目に考えたんだけどなー。ここは、甲斐性の見せ所だよ! なんてね」
見透かされてる。だけど、
自宅と、姉妹が宿泊しているホテルなどが建ち並ぶ大通りを繋ぐ交差点で別れて、少し早足で自宅に帰る。まだ寝ているともの傍らで朝食の準備をしている
「どなたでしょうか?」
「たぶん、
「おはうー......」
今の呼び鈴で、ともが起きた。舌っ足らずな朝の挨拶、まだ眠そうに目をこすっている。
「おはよ。
「はい。ともちゃん、朝ごはん出来てますよ。お顔を洗いましょう」
「うん。ひとりでできるよ」
「偉いです」
二人の、親子のような会話を背に聞きながら応対に向かう。玄関のドアを開ける。訪問者は、隣の部屋に住む
「メール見た。話しに行くのか?」
「ああ、朝飯食べ終えたら出る」
「そうか。ともは?」
「大丈夫だ、
「東京の二大シンボルタワーと六本木の展望台を制覇するそうだ」
「じゃあ、楽しんでこいよ。彼女とのデート。楽しみにしてたぞ、
「......そうさせてもらう。土産は食べ物で頼む。質より量が好ましい」
「覚えてたらな。じゃあな」
釈然としない様子だったが、
朝食を食べ終えた頃に、
「お前ら、どうして駅に居るんだ?」
「バスを待ってて偶然見かけただけよ」
「ていうのは嘘。はい、これ」
「
「どうして――」
「遠慮しないで、CDのお礼も兼ねてるから。あ、飲み物も欲しいよね。待ってて、売店で買ってくるから」
「あ、私も一緒に行きます。
「何となくよ。昨日、一昨日とあの子と話して複雑な家庭なのは判ったわ。日課のジョギングから帰ってきた
「そうかよ」
「ねぇ、
「ああ、心強いよ」
「お待たせしましたー」
「
「ありがとな」
「乗り遅れるわよー!」
改札前で、
もう一度二人に礼を言って、彼女たちに見送られながら改札を潜った。
。