~辿り着く場所~ -Another Story-   作:ナナシの新人

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Episode4

 翌日、予想通りの事態が起きた。

 街もまだ寝静まる早い夏の朝、鷹文(たかふみ)から緊急の連絡が入った。姉の智代(ともよ)が人知れず、ともの母親が療養している村から姿を消したという連絡。通話をいったん切り、薄手の羽織に袖を通して、静かに家を出る。近所の公園のベンチに座り、少しだけ肌寒さを感じるようになった空の下、着信履歴から電話を掛け直す。

 

『にぃちゃん、ゴメン。朝早く』

「いや。バスの始発は?」

『ちょっと待って。えーと、8時だね』

「結構あるな。近くに居ないのか?」

『たぶん居ると思うけど、電源切っちゃってる。ねぇちゃんのことだから、どこかに隠れてるんじゃないかな?』

「じゃあ、帰ってきても無駄だって伝えてくれ」

『判った。伝えるよ、伝えられるか分からないけど』

「お前も勘違いしてる。ともは今、東京に居ない」

「え、えぇーっ!?」

 

 スマホを耳から離し、落ちついたのを確認してから再び耳元へ運ぶ。

 

『ともが居ないって、どういうこと? まさか......』

『――貸せ!』

『え? ね、ねぇちゃんっ!?』

 

 近くに隠れて盗み聞きしていた智代(ともよ)が血相を変えて、鷹文(たかふみ)からスマホを奪い取ったのが電話越しにも手に取るように判る。

 

岡崎(おかざき)だな、今の話し――』

「見つけた。意外と単純だな」

『......謀ったな、どういうつもりだ? これは、私たち家族の問題だ。部外者が口を挟むな!』

 

 その通りなんだけど。盲目的過ぎて、問題の本質を見えていない。いや、見ようとしていないが正しいだろう。

 

「落ち着け。ともは、うちで寝てる。(なぎさ)が一緒だから心配ない。だけどな。智代(ともよ)、お前が帰ってきたところでどうしようも出来ないぞ。現実問題、無理なんだ。お前だって、本当は解ってるだろ」

 

 姉弟の父親は、とものことを認知していない上に存在していることさえ知らない。今は、二人とも学校が夏休みだからどうにかこうにか理由を付けて面倒を見ていられるけど、学校が始まれば今の騙し騙しの生活は無理。それは仮に、智代(ともよ)が学校を自主退学したとしても同じこと、根本的な解決には至らない。

 

「保育参観は? 保護者面談は? 家庭訪問は? 生活基盤はどうする? もし幼稚園から連絡が行って警察沙汰になれば、アパートを貸してくれてる幸村(こうむら)の爺さんと大家さんにも責任が及ぶぞ。それとも、正直に真実を親父さんに伝えるか? 鷹文(たかふみ)が命懸けで繋ぎ止めた家族がまたバラバラになったとしても」

『そんなもの全部、私が――』

「お前は、ともの母親じゃない」

 

 何でも有言実行してしまう智代(ともよ)のことだ、本気でどうにかしてしまうかもしれない。それが出来るようなやつなのも知ってる。だけど、これだけは勘違いさせちゃいけない。どんな結末を迎えることになったとしても。

 

『......じゃあ、どうすればいいんだ!? あの人は、ともの母親に残された時間はもう長くない......だったら、また辛い想いをさせるくらいなら、何も知らずにこのまま私と暮らす方が幸せじゃないのか......』

 

 ――幸せ、か。

 確かに、まだ年端もいかない幼子には両手でも抱えきれないほど過酷で残酷な現実だ、だとしても。

 

「知っておいた方がいい」

 

 何も知らずに偽りの日々を過ごすくらいなら、どんなに辛くても幸せだったことを思い出せる方がいいに決まっている。

 今は解らなくても、いつの日か、これから先物事が理解できるようになった時、母親に捨てられたと絶望せずに、しっかり現実を受け止められるように。

 

「ともの母親と直接話してみる。お前は鷹文(たかふみ)と一緒に、村に戻れ。いいな」

 

 念を押したが、智代(ともよ)は押し黙ったまま何も言わない。少しして、鷹文(たかふみ)の声で応答があった。

 

智代(ともよ)は?」

『立ち尽くしちゃってる。それで、どうするの?』

「ともの母親と話す」

『そう、じゃあ取り次ぐね』

「いや、直接話すよ。面と向かって話して初めて解ることもあるからな」

『え? じゃあ、ここに来るの? 結構遠いよ?』

「始発の特急とタクシー使えば昼前には着けるだろ」

 

 盆休みは始まったばかり、長居はむりでも数日の滞在は出来るだろう。

 

『ごめん、僕たち家族の問題に巻き込んじゃって』

「気にするなって。だけど、いい加減聞き飽きたぞ」

『ああ......そうだね。ありがと、にぃちゃん』

「ああ、じゃあな。また後で」

『うん。それから、とものことだけど』

「判ってる、(なぎさ)に頼むから大丈夫だ。早苗(さなえ)さんとオッサンも居る」

『了解。じゃあ、待ってるから。ねぇちゃん、戻ろう。河南子(かなこ)が心配するよ。まだいびきかいて寝てるだろうけどね』

 

 結局、彼女の返事は聞こえなかった。だけど、ひとまず繋ぎ止めることは出来た。ともと母親を繋いでいる切れかけの細い糸を――。

 

「さて、急がないとな」

 

 上杉(うえすぎ)武田(たけだ)にメッセージを送ったあと、(なぎさ)の両親が営むパン屋に電話をかける。パン屋の朝が早いことは向こうでバイトをしていたから経験済み。朝の仕込みに忙しい時間帯だけど、電話は無事に繋がった。

 

『はい、古河(ふるかわ)パンです』

「おはようございます、早苗(さなえ)さん。俺です、岡崎(おかざき)です。朝早くすみません」

朋也(ともや)さん、おはようございます。どうされました?』

「今から、ともの母親に会いに行くことになりました。一度、しっかり話しを聞いてみようと思います」

『そうですか、ともちゃんのお母さんのところへ。気をつけてください』

「はい。それで、とものことなんですが」

『任せてください。責任を持ってお預かりします』

「ありがとうございます......!」

 

 見えていないと判っていても自然とその場で頭を下げてしまうほど、早苗(さなえ)さんには普段から世話になっている。

 

(なぎさ)が......」

朋也(ともや)さん』

「あ、はい、何ですか?」

 

 (なぎさ)がともを連れて実家に戻ることを伝えようとしたのを遮られた。

 

『無理にとはいいません。でももし、(なぎさ)朋也(ともや)さんと一緒に行きたいと言ったら出来れば尊重してあげてください』

(なぎさ)をですか?』

『はい。(なぎさ)はいつも、朋也(ともや)さんの力になりたいと思っていますから』

 

 結構遠くだから、体調面が気がかりだけど。

 

「判りました、(なぎさ)に訊いてみます」

『ありがとうございます。ともちゃんは、あとでお迎えに行きますね』

「お願いします」

 

 電話を切って、公園を出る。自宅に帰っている途中、正面からジョギングしてくる見知った顔を見つけた。向こうも気付いて、立ち止まった。

 

「おはよー早いね」

「お前もな。一花(いちか)

 

 肩を並べて歩きながら、注意深く周囲を窺う。それらしい人影は見当たらないが、サバンナに生息するしたたかなハイエナの如く、獲物と狙っているとも限らないから油断は大敵。

 

「どうしたの?」

「いや、撮られないかと想って」

「あっははっ! 大丈夫だよ。ちゃんと変装してるからねー」

 

 色の付いてない伊達メガネをかけただけの変装じゃ説得力は微塵も感じない。

 

「いざというときは、姉妹の誰かってことにしておくから」

「そりゃ安心だ」

「ふふっ」

「何だよ?」

「懐かしいなーって思って。前にもあったでしょ」

「ああ......そうだったな」

 

 あの時はまだ、メディア露出は少なかったけど、今では見ない日の方が少なくなった。ほんの二年ほど前まで、天然キャラのタマコちゃんを演じていたのがまるで嘘のようだ。

 

「桜の季節じゃないけど、朝は少し涼しくなってきたな」

「そうだね、虫の鳴き声も変わってきたし、走りやすくなったよ。言わないんだね、キミのそういうところ好きだよ」

「そりゃどうも」

「もー、リアクション薄いなー。私、今をときめく若手女優だよ?」

「特別扱いして欲しいのか?」

「遠慮しまーす。貴重だからね、普通に接してくれるの。姉妹のみんなとフータロー君くらいだもん」

 

 そう言って笑った一花(いちか)は、両手を後ろで組んで前を見ていた顔をこちらに向ける。不意に吹いた生ぬるい風を受けて微かに靡いたショートヘアに軽く手を添える様は、まるでドラマのワンシーンを切り取ったかのような横顔と表情だった。

 

「力になれることがあったら遠慮しないで言ってね」

「海外のリゾートで、なんてあの無茶なプランを提示したお前が言うのか?」

「真面目に考えたんだけどなー。ここは、甲斐性の見せ所だよ! なんてね」

 

 見透かされてる。だけど、一花(いちか)はそれ以上は踏み込んでは来なかった。

 自宅と、姉妹が宿泊しているホテルなどが建ち並ぶ大通りを繋ぐ交差点で別れて、少し早足で自宅に帰る。まだ寝ているともの傍らで朝食の準備をしている(なぎさ)に事情を話し、手早く旅支度を調えていると、呼び鈴が鳴った。

 

「どなたでしょうか?」

「たぶん、早苗(さなえ)さんだろ」

「おはうー......」

 

 今の呼び鈴で、ともが起きた。舌っ足らずな朝の挨拶、まだ眠そうに目をこすっている。

 

「おはよ。(なぎさ)、とものこと頼むな」

「はい。ともちゃん、朝ごはん出来てますよ。お顔を洗いましょう」

「うん。ひとりでできるよ」

「偉いです」

 

 二人の、親子のような会話を背に聞きながら応対に向かう。玄関のドアを開ける。訪問者は、隣の部屋に住む上杉(うえすぎ)だった。

 

「メール見た。話しに行くのか?」

「ああ、朝飯食べ終えたら出る」

「そうか。ともは?」

「大丈夫だ、(なぎさ)の両親が見てくれる。お前は、気にするなよ。俺が、勝手に首を突っ込んだだけだからな。今日は、どこか行くんだろ?」

「東京の二大シンボルタワーと六本木の展望台を制覇するそうだ」

「じゃあ、楽しんでこいよ。彼女とのデート。楽しみにしてたぞ、四葉(よつば)もあいつらもな」

「......そうさせてもらう。土産は食べ物で頼む。質より量が好ましい」

「覚えてたらな。じゃあな」

 

 釈然としない様子だったが、上杉(うえすぎ)は自宅へ戻っていった。俺も部屋に戻って、三人で朝食を食べる。たった数日一緒に居ただけなのに、家の中がとても明るく賑やかになったように感じていた。

 朝食を食べ終えた頃に、早苗(さなえ)さんが訪ねてきた。着替えなどと一緒にとものことを預けて、(なぎさ)と二人で最寄りのバス停へ向こう。バスに乗って、東京駅へ移動。盆休みで混み合う駅構内に入る直前、声をかけられた。声をかけてきたのは、二乃(にの)三玖(みく)の二人。

 

「お前ら、どうして駅に居るんだ?」

「バスを待ってて偶然見かけただけよ」

「ていうのは嘘。はい、これ」

 

 三玖(みく)から、紙袋を複数個受け取る。合わせると結構な重みがある。

 

二乃(にの)と一緒に作ったサンドイッチだよ。お昼に食べて」

「どうして――」

「遠慮しないで、CDのお礼も兼ねてるから。あ、飲み物も欲しいよね。待ってて、売店で買ってくるから」

「あ、私も一緒に行きます。朋也(ともや)くん、荷物お願いしてもいいですか?」

 

 (なぎさ)の荷物を預かり、腕を組んでいる二乃(にの)と向き合う。

 

「何となくよ。昨日、一昨日とあの子と話して複雑な家庭なのは判ったわ。日課のジョギングから帰ってきた一花(いちか)から朋也(ともや)の様子を聞いて、フー君に確認して貰ったのよ」

「そうかよ」

「ねぇ、朋也(ともや)。私は、私たちはあんたたちの味方だから。忘れないでいなさい」

「ああ、心強いよ」

「お待たせしましたー」

 

 (なぎさ)三玖(みく)が戻ってきた。バッグに飲み物を詰め込み、改めて肩にかける。

 

二乃(にの)が何を言ったか分からないけど、たぶん私も一緒だから。こんなことしか出来ないけど、頑張って」

「ありがとな」

「乗り遅れるわよー!」

 

 改札前で、(なぎさ)と一緒に居る二乃(にの)の呼ぶ声。

 もう一度二人に礼を言って、彼女たちに見送られながら改札を潜った。




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