~辿り着く場所~ -Another Story- 作:ナナシの新人
東京駅を出発してから三時間あまりが経ち、電車とバスを数回乗り換えてようやく、ともの母親が療養している村の最寄りのバス停に到着。荷物を持ってバスを下車、軽く伸びをしていると、バス停の近くの雑貨屋から、
「よう、久しぶり......でもないか。元気か」
「何とかね、精神的な疲れは結構きてるけど。
「いいえ。
「村で大人しくしてます。にぃちゃんの一喝がこたえたみたい」
「そうかよ。で――」
バス停の遠くを見る。麓から続く舗装されていない砂利道が延びる鬱蒼とした森を抜けた先、切り開かれた山間部に数件の建物を目視出来た。
タクシーを降りてまず最初に目に映ったのは、色とりどりの夏野菜が実る段々畑。想像の中の田舎の風景が広がっていた。ただ、村の人影はまばらで、村全体の時間の流れも穏やかな印象を受ける。
「のどかなところだな。幼稚園とかないんだよな?」
「子どもが居ないからね。学校も、バス停のある麓の町まで出ないといけないんだ」
「それは、とっても大変です」
判ってはいたけど、ともが独りで山道を往復して通学するのはとてもじゃないが厳しい。ともあれ、先ずは話しを聞くことが最優先。村で一番大きな木造の建物、
「私たち、何か気に障ることしてしまったんでしょうか?」
「この村は、療養所なんで。でも、僕が初めて来たときよりマシですよ。最初は目があっただけで......まあ、そんな感じで」
そこは察して欲しい、ということなんだろう。大方想像は付くが、あまり深く触れずに療養所へ急いだ。村を一望出来る高台の療養施設に入る。
「管理人さーん」
「はいはい、ちょっと待ってね」
女性の返事のあと、パタパタと廊下を早足で駆ける足音が近づいて来て、
「あら、かなちゃんの彼氏くん。そっちの二人は......」
「僕とねぇちゃんの先輩で、留守してる間
「
「い、いえ! お付き合いはしていますけど、まだ......」
「あれま。自然だったからてっきり、早とちりだったみたいね。それで?」
「ともの母親と少し話しをしたくて、これからのこと」
「......本人に確認してみないと、私からは何とも言えないわ。今、定期診察中だから終わってからになるけど?」
「構わないよ。突然押しかけたのは、俺たちの方だから」
「そう。じゃあ、少し早いけどお昼にしましょう。どうぞ」
管理人の女性の案内で、建物内の食堂へ移動。
「あら、スゴいわね。あなたの手作り?」
「いえ、これはお友だちが作ってくれた料理で。私のは、もっと地味で......」
「充分美味しそうよ」
「あ、ありがとうございます」
「遅いな。ちょっと様子を見てくるよ」
席を立つ。管理人に三人が寝泊まりしている部屋を聞き、廊下を歩いていると、気怠そうな顔をしたツインテールの少女が正面から歩いてきた。
「
「ん?
「何言ってんだよ。
「
「まだ、部屋か」
塞ぎ込んでいる
「なんだよ、ちょっとはツッコんでよ。あたしのボケが活きないじゃん」
「暇じゃないんだ。昼飯持ってきたから、先に食べてていいぞ」
「肉は?」
「ある。鶏の唐揚げ、卵焼き付き」
「ひゃっほー! あ、
「花畑?」
「あっちー!」
村はずれの森の中を指差した。建物を出て、タクシーで来た舗装されていない山道とは別の道を歩き、
夏を代表する向日葵を始め、白、黄色、オレンジ、様々な色の鮮やかで可憐な花々が咲き誇る小高い丘の花畑の前に、二人は居た。
「あ、にぃちゃん」
「先に戻れ」
「
「とものため、だろ。違うのか?」
「......そうだ。私は、とものために来た」
「だったら、ともにとって一番いい選択を示してやればいい」
「......辛い想いをさせることが、ともにとって一番いい選択なのか?」
「決めつけるな。決めるのは、俺たちじゃない。二人が決めることだ」
これは、家族の話。本来であれば、他人がどうこう口出すべき問題じゃない。
* * *
微かに聞こえる蝉の鳴き声、清潔感のあるレースのカーテン越しに差す柔らかな光、少しぬるい風が独り部屋に流れ込む。ベッドの上で座る物静かな女性――ともの母親は、とても申し訳なさそうに小さく会釈をした。
「
「
「お構いなく。ともの写真を持ってきました。ともだけってわけじゃないけど」
フォトアルバムのアプリを開いたスマホを渡す。
「いいえ、ありがとうございます。この写真は?」
顔を白くして笑ってるともと、ともの顔を拭いてあげている笑顔の
「遊びに来た友だちが、ともと一緒にパンケーキを作ったんだ。他にもある」
「元気そうで安心しました」
「なら、よかった。不躾でも悪いけど、話しは
躊躇なく、それでいて静かに頷いた。そして、窓の外へと顔を向けた。同じように、窓の外に拡がる農村を見る。
「この村には、何もありません。ここで暮らす人たちは何かを失っているんです。すべてを失っていく、そんな場所です。未来があるあの子が居るべき場所ではありません」
「なら、都会の病院に転院すればいいだろ」なんて、無責任なことは言えない。出来れば最初からそうしているだろうし、それが出来ないから、この人はここに居る。
「納得できた?」
共に廊下を歩いている、管理人から問われた。
「いや。理解は出来るけど、納得はいかない」
「そう」
訊いてきたわりには、どちらでも構わない、といった感じの返事。こういった特殊な施設だから似たようなことも少なくないんだろう。あくまでも中立の立場で構えている。
「正しさは立ち位置で変わるって話しを、恩師から聞いたことがある。だから、ともの母親......
「聡明な人ね。二人にとって、これが、一番よかった。今距離を置いておけば、これ以上の悲しみを知らずに済むし、時間がいずれ解決してくれることもある。そういうことじゃないの」
「あんた、母親と仲良かった?」
「何? 急に。特別悪くはなかったと思うけど、それが?」
「俺は、物心付く前に母親を亡くしたから何も知らない。どうすることが正しいかなんてことも分からない。だけどさ、まだ小学校にも上がってない小さな子どもが、夜中に布団の中で独り涙を流して、寝言で『ママ』って言わせるような選択は間違ってることだけは判るよ」
しばらくの間、歩を進める度に木組みの廊下が軋む音と、やかましい蝉の鳴き声だけが建物内を反響し続けた。
* * *
管理人と別れて独り、村を散策しながら考え事をしていると。この静な村には似つかわしくない、やかましい声が聞こえた。声の主は、ツインテールのあいつ。
「何してるんだ?」
「あ、にぃちゃん」
「ちょうどいいところに来た、ねぇ、聞いてよ。聞いて!」
やや怯えるような仕草を見せた女性に会釈をして、改めて二人に問う。
「それで?」
「薄情なんだよ、コイツ!」
「だから、そういう問題じゃないんだってば」
言い合う二人の言い分を聞く。女性は、村の住民で主に洗濯を担当しているそうなのだが、洗濯機の調子が芳しくないそうで、偶然通りがかった
「僕には、分からないよ」
「何でだよ、お前いつも、パソコンイジってるだろ」
「白物家電とマシーンを一緒にしないでよ。全然違うものだよ」
「どこが違うんじゃボケーっ!」
「わかったわかった。ちょっと見せて貰えるか?」
今時珍しい、脱水機と別れている二槽式の洗濯機。
「急に大きな音がして、スイッチが入らなくなったんだって」
「そうか」
「......解るの?」
ともの母親と管理人以外から初めて声をかけられた。
「まあ、電気系は一通り。専門的なことはまだまだだけど......な」
洗濯機に近くに置かれた工具箱の中から、故障の原因を調べるのに必要な物を取り出す。盆休み前から取り組んでいた資格の勉強をしていたのが、ここで活きた。
「ケーブル系統は問題ない。たぶん、ヒューズが飛んだだけだから取り換えれば直るはずだ。年代物だし、経年劣化だな」
「おー、すげーじゃん。見たか
「何でも僕がくそみそに言われなきゃいけないのか分からないけど、とにかく直るんだね。よかったですね」
「......うん」
「部品、買いに行かないといけないけどな」
ちょうどいい。夕食の買い物のついでに買いに行こう。三人に欲しい物を訊ねてから、療養施設に戻って、
「ご苦労さま、いくらだった?」
療養所に戻ると、管理人が出迎えに来ていた。
「いいよ。そんな高いものでもないし」
「そういうわけにはいかないのよ。はい、領収書。あら、思ったよりしないのね」
「だから言っただろ。それより、冷蔵庫借りていいかな?」
「どうぞ」
台所の冷蔵庫に食材をしまい、洗濯機の修理に向かう。無事に電源が入って元通り動き出した洗濯機を見た女性が、とても嬉しそうだったのが印象的だった。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
管理人が用意してくれた冷えた麦茶を飲んで、ひと休み。台所では、
「パンケーキだそうよ。器量好しね、あなたの彼女さん」
嬉しい反面、面と向かって褒められるのはやや気恥ずかしさを覚える。
「ところで、その掃除機は?」
「調子悪くて、直せないかなーって」
「専門家じゃなんだけどな。どんな感じ?」
「洗濯機と同じで、電源の調子がね。入ったり入らなかったり、途中で切れちゃったり、また動き出したり」
「なら、電源コードだろ。どこかが断線してるんだよ。切って、半田ごてでつなぎ直せば動くようになると思うけど。あんまり経験ないんだ」
「僕がやろうか?」
いつの間にか、
「お前、出来るの?」
「自作マシーンの故障とか、ジャンク品とか、自分で修理するからね。電源コードも直したことあるよ」
「だってさ」
「じゃあ、お願いするわ。でも、切るってことは短くなるわよね? 今の長さでギリギリ届くのよ」
「んー、あ、そうだ。あの不法投棄の山から漁っていいですか? 今より長く出来ると思うよ」
「構わないわよ。厄介な問題だったけど、意外なことで役立つこともあるのね。気をつけてね」
「はい」と返事をして、
「パンケーキ作ってるんだって?」
「
「見てよこれ、すんごいふわふわで美味しそうだろ? てか美味しいね、美味しいっていえこのやろうっ!」
ハイテンションの
「村のみんなに食べてもらうんだ。いつも食べ物貰ってばっかだからさ。じゃあ、呼んでくるね!」
「手伝うよ」
「ありがとうございます」
嵐のように去って行った
「......さっきは、ありがとう」
「どういたしまして。これ、パンケーキ」
「......ありがとう。いただきます。おいしい」
「よかったです」
もしかすると、この村も、村人も変わっていくことが出来るのかもしれないと思うほど。
ここを「失っていく場所」と表していたともの母親の言葉が信じられないくらい、村も、人も、不思議と活気があるように思えた。