~辿り着く場所~ -Another Story-   作:ナナシの新人

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Episode6

 普段とは違う環境のせいか、いつもよりも早く目が覚めてしまった。同じ部屋で寝泊まりしている、(なぎさ)たちはまだ起きていない。起こさないように独り静かに、部屋を出て、眠気覚ましの散歩の出る。

 山の朝は、夏でも過ごしやすいひんやりした爽やかな空気。大勢というわけではないが、既に農作業をしている村の人もちらほら。昨日とは違って、挨拶をすると普通に返ってくるし、相手の方からしてくれることも。パンケーキを振る舞った時に思った通り、取り返しのつかないほどの絶望的な環境というわけでもないのかもしれないと改めて思った。

 

「着信?」

 

 村はずれの廃屋の近くを通りかかった際、ずっと圏外だったはずのスマホが鳴った。

 

「ここ、電波飛んでるのか......」

 

 とりあえず、スマホを見る。武田(たけだ)から、チャットメッセージが届いていた。アプリを開いて、内容を確認する。近況を尋ねるメッセージだった。返事を送り、ままあって直電が来た。

 

『やあ、おはよう。岡崎(おかざき)君』

「おはよ。早いのな」

『諸事情でね。どんな感じかな?』

「書いた通り、想像よりはって感じだな。のどかな場所だよ、村の人も悪い人たちじゃない。けど、子どもが暮らすには不向きな村だな。最寄りのバス停まで、(ここ)から大人の足で二時間近くかかる」

『電波通っているのかい?』

「ああ、村の外れにな。俺も今、知った」

『なるほど......申しわけないけど、村の写真を送ってもらえるかな? 出来るだけ多いと好ましい』

「構わないけど、どうするんだ?」

『まだ確証は持てないけど、解決の糸口を作れるかもしれないよ』

 

 武田(たけだ)の意図を聞き、村の写真を十数枚撮影してから電波が通じる廃屋の近くへ戻り、写真を送信。続けて、電話をかける。まだ寝ているかもしれない、そう思ってかけた電話は、数回のコールで繋がった。

 

「朝早く悪い、親父。俺だけど」

『どうした? 朋也(ともや)

「教えて欲しいことがあるんだ」

 

 君付けで呼ばれていた頃が嘘だったかように、今は、こうして普通に会話が出来ている。親父との会話の最中、智代(ともよ)に言われた言葉を思い出していた。

 どうして俺は、無関係で見ず知らずのほぼ他人のために必死になって考えているのか。答えは、既に俺の中にあった。そう、こんな当たり前のことが特別なことだと知っている俺だから......ともの姿を、どこか自分に重ねていたのかもしれない。ほんの一年と半年前までの俺と親父のように、壊れかけの親子のために出来る限りのことを、思いつく限りのことをしてやりたいと思ったんだ――。

 

           *  *  *

 

 一度、療養所に戻る。台所で、(なぎさ)智代(ともよ)が朝食の支度をしていた。二人の手伝いをしている河南子(かなこ)が、散歩から帰ってきた俺に気付いた。

 

「お前、どこ行ってたんだよ。朝起きたら居ないとか、びっくりするだろ!」

「散歩に出てたんだよ。鷹文(たかふみ)は?」

「え? 鷹文(たかふみ)? 鷹文(たかふみ)なら、武者修行の旅に出たよ。四国中で、鷹文(たかふみ)祭りが開かれるくらいの伝説になるって豪語して」

鷹文(たかふみ)くんでしたら、管理人さんのお手伝いです」

 

 何らかのリアクションをするまでもなく、料理する手を止めた(なぎさ)が振り向いて答えた。

 

「おはようございます、朋也(ともや)くん」

「おはよう。また駆り出されたのか」

 

 昨日の一件から、俺も鷹文(たかふみ)も村の家電や機械の修理でてんてこまい。タイムリミットは、確実に近づいている。すぐにでも作業に取りかかりたいが、武田(たけだ)からの連絡がないことには迂闊に動けない。

 

「ただいま......」

「お帰り。駆り出されたんだってな」

「ああ、うん。役場で使ってる、旧型のデスクトップPCのメンテ頼まれたんだ。ただのメモリ不足だったから比較的簡単な作業だったけどね」

「こら、鷹文(たかふみ)。座る前に手を洗え、汚れているぞ」

「あれ? ねぇちゃん、今日は、朝から手伝ってるんだね」

古河(ふるかわ)さんに頼りっきりという訳にはいかないからな。ところで、河南子(かなこ)はどうしたんだ?」

 

 言われてみれば、鷹文(たかふみ)が戻ってきたのにイジりもしない。

 

「......先輩、かなは傷つきました。もう傷ものです」

「何を言っているんだ?」

「うぅっ......ウケないんだよ! あたしのギャグも、ボケも! 拾ってよ、ねぇ、拾ってってば!」

「拾う? 何を拾えばいいんだ?」

 

 必死な河南子(かなこ)と、困惑する智代(ともよ)を横目に鷹文(たかふみ)に訊ねる。

 

智代(ともよ)、どうかしたのか? 人が変わったみたいだ」

河南子(かなこ)から聞いたんだけど。昨日の夜、(なぎさ)さんと話ししたみたい。それで、ともの寝言のこと聞いたんだって。河南子(かなこ)もさ、結構きてたよ。もちろん僕もね」

「そっか。朝飯食い終わったら、ちょっと付き合ってくれ。お前の意見を聞きたい」

 

 電波が通じた空き家の前に連れ出して、武田(たけだ)とした話しを伝える。すると鷹文(たかふみ)は、張っていた気が抜けたような、どこか安堵にも似た表情を見せた。

 

「スゴいね、にぃちゃんたち。河南子(かなこ)がさ、言ったんだ。ともが一緒に住める環境にないなら、この村に学校を作ればいいって。僕はさ、そんなこと出来っこないって最初から取り合いもしなかったよ。場所も、人も居ないし。でも、不思議だね。今、少しだけ可能性が見えるよ」

「そんな楽観的でもないけど」

「そうだね。通電はしてるんだよね?」

 

 鷹文(たかふみ)は、廃屋に延びている電線を見ながら確認してきた。

 

「ああ。朝、チェックした。電源はブレーカーを整備しないといけないけど、電話線は活きてた」

「緩いね、ある意味」

「こんな辺境な場所だからな、後回しなんだろ」

「そうだね、出来ると思うよ。最大の課題は......」

「時間だ。俺たちも、あの人にもな」

「急ごう。使えそうなもの探してくるよ」

 

 俺たちは手分けして、ともと母親が一緒に過ごせる環境作りの作業に取りかかった。まず一番は、管理人の許可を得ることから。

 

「あの空き家から? そんなこと出来るの?」

「電気を通して、スマホ一台あれば、ここにも無線を飛ばせるようになる。どうかな?」

「まあ、確かに便利になるわね。町の役所の人たちも、私も山道を往き来する手間も省けるし。お好きにどうぞ。でも、どうして? かなちゃんの彼氏くんとお姉さんにとって、有子(ゆうこ)さんと娘さんは親戚だけど、あなたにとっては赤の他人でしょ?」

「知り合っちまったからだよ。あんたも、赤の他人だろ?」

 

 言葉の意味を汲みした管理人は、小さく息を吐いた。

 

「本格的に役所と掛け合ってみるわ、元々頼んでいたことだし。約束は出来ないけど」

「期待してる。掃除道具借りていいかな?」

「どうぞ」

 

 モップと箒、バケツとちり取りなどを持って廃屋へ戻り、マスク代わりのタオルで口と鼻を覆って、懐中電灯を片手に埃っぽい屋内の配電盤周りを掃除。大まかな汚れを取り終えたところで外に出る。薄暗い廃屋での気を遣う作業、体に張り付く服に染み込んだベタつく汗が心地悪い。服を脱いで、新しいタオルで汗を拭っていたところ、声をかけられた。

 

「やあ、お疲れ」

「まったく。どうして、お前らが居るんだよ?」

 

 振り返ると、無駄に爽やかな笑顔の武田(たけだ)と、今にも倒れそうな顔の上杉(うえすぎ)、五者五様の顔をした中野(なかの)さんのところの五つ子の姉妹が立っていた。

 

「僕は、上杉(うえすぎ)君に進行状況を報告しただけさ」

「それを見られた......」

「お手伝いに来ました! 黙ってるなんて水くさいですよ、岡崎(おかざき)さん、人手は多いにこしたことはありません!」

「ま、先ずは服を着てくださいっ!」

 

 四葉(よつば)は一歩前に出て、五月(いつき)は目を泳がせながら訴えてきた。また口調が戻ってる。ひとつため息をつき、汗で湿ったシャツに袖を通す。

 

「四人はともかく。一花(いちか)、こんなところに居ていいのか?」

「お休み貰ってるから大丈夫だよー。ここなら撮られることもなさそうだし」

 

 なら、いいけど。

 

「それにしても、ホントに何もないところなのね」

「私は、静かで好き。二乃(にの)

「わかってるわ。料理作れるところあるんでしょうね?」

「あの建物に食堂がある。(なぎさ)も居るから、管理人に掛け合ってくれ」

「分かった。行こ」

「ええ。ほら、あんたたちも行くわよ。手伝いは、お昼の後になさい」

「はーい。では、また後ほど!」

 

 姉妹たちは療養施設へ向かい、上杉(うえすぎ)武田(たけだ)は残った。武田(たけだ)は、下ろした荷物の中から機材を取り出しながら訊いてきた。

 

鷹文(たかふみ)君は?」

「不法投棄の山に、使えるもの探しに行ってる」

「そう。じゃあ、僕たちも始めよう。上杉(うえすぎ)君、電波の確認をお願いするよ」

「ああ......」

 

 受け取ったタブレット端末を、目を細めて怠そうに見ている。

 

「おい、大丈夫か? 日陰入れよ」

「大丈夫だ......」

「よし。デザリング設定完了。どうだい?」

「飛んだ。けど、弱いし、不安定だ」

「ちょっと移動してみよう」

 

 逐一位置を確認しながら、電波の強度を調べ、最適な場所を設定。一番安定して強くとれた場所は廃屋の側面、施設の反対側。

 

「ここを基地局にするのは、少し難しそうだね」

「役所に掛け合うって話しだ、設備が整うまで使えればいい」

「それなら、ここを仮設定して。この廃屋をリノベーションしよう」

 

 新たに取り出したものは、小型のドローン。不法投棄の山から戻ってきた鷹文(たかふみ)も加わり、空撮を開始。タブレット端末に空き家の図面を起こし終えたところで、四葉(よつば)五月(いつき)が、昼食の用意が出来たと呼びに来た。

 

「あたしの意見スルーにしたくせに、実行に移すとかお前どんなバカだよ」

「だから謝ってるじゃん」

「こら、二人ともケンカするな」

 

 河南子(かなこ)鷹文(たかふみ)のじゃれ合いを咎める智代(ともよ)は、ある程度吹っ切れたようだ。それとも、ただの強がりなのだろうか。どっちにしても、昨日までの見ていられない智代(ともよ)よりは幾分いい。

 

「何日かかるかな」

「解答は控えさせていただくよ、専門分野じゃないからね。青空教室でいいのなら今日中に可能だけど、ね?」

「お前たちが撮影している間に中を見たが、さほど廃れていなかった。水拭きして、ワックスがけすれば床はいけそうだったぞ」

 

 壊れたドア、割れたガラス窓、点かない照明。修理しなければならないところがたくさんある。(なぎさ)智代(ともよ)に加えて、二乃(にの)三玖(みく)が作ってくれた料理を口に運びながらスケジュールを立てて見るも、どうも積もっても盆休み中の完成は見通せない。

 

「何してんのー? 眉間の皺が戻らなくなるよ」

河南子(かなこ)か。鷹文(たかふみ)祭りはもういいのか?」

「は? ついに壊れたか。(なぎさ)さん(なぎさ)さん、彼氏さん、暑さにやられちゃったみたいですよー」

「拾ってやったんだろ」

 

 心配しなくていいと、配膳中の(なぎさ)に伝える。

 

「空き家の図面、学校にリノベーションしようと思ってる」

「うわぁ、マジで作る気なんだ。できんの?」

「模索中」

「よーし、デザインはあたしがしよう。あたしをデザイナーとして雇え」

「カネ取る気かよ......ってか、普通にかかるよな」

「甲斐性ないな。アイスで手を打とう。ねぇ、大工出来る人居なーいっ?」

 

 河南子(かなこ)の呼び掛けに、食堂に集まっていた人の中から名乗り出たひとりが、タブレットの図面を覗く。

 

「これ、村はずれの空き家か」

「学校にしたいんだって」

「学校? 子どもが来るのかい?」

「そう。ともの......なんだっけ?」

三島(みしま)さん」

 

 母親の名前をど忘れした河南子(かなこ)に呆れながら、代わりに答える。

 

三島(みしま)? ああ、有子(ゆうこ)さんか」

「今、離ればなれになってて。だから――」

「一緒に暮らせるようにしてやりたいんだな。判った、飯食ったら現場視察だ」

 

 その言葉に頷いた元職人の人たちは急いで、食事に戻った。

 

「いいのか?」

「兄ちゃんと、ちっこい兄ちゃんには何かと世話になった。そっちのとっぽい兄ちゃんたちは初顔だけど、ツレの美人のお嬢ちゃんたちには、こうして美味い飯ご馳走になってるしな。それに......」

「......かなちゃん見てると、子どももいいかなって」

 

 洗濯機を直した時の女性が、少し微笑みながら言う。

 

「えー、あたし、子どもじゃないよー」

 

 上杉(うえすぎ)、五つ子姉妹、武田(たけだ)は不思議そうにしていたけど。この場にいる村人は、みんなが笑っていた。

 楽しそうな笑い声が窓を抜けて遠くまで響く、色を失っていた村がカラフルに彩られていく。そんな風に感じた。

 

           *  *  *

 

 昼食後。(なぎさ)四葉(よつば)上杉(うえすぎ)と一緒に、不法投棄の山に来ていた。

 

「酷いな」

「ですね。キレイな山なのに」

 

 予想以上の酷さを目の当たりにした四葉(よつば)の声には、いつもの元気がない。(なぎさ)も悲しそうな顔をしている。でも今は、宝の山に見える。足下に気を払いながら、手分けして、慎重に必要な家具を探す。

 

「あ、黒板発見しました!」

「マジか。よく見つけたな」

「しししっ! お掃除はお手のものです!」

 

 どや、と得意気に胸を張る四葉(よつば)上杉(うえすぎ)がおぼつかない足取りで、黒板を掘り出す手伝いに向かった。

 

「お、おかしい、なんで持ち上がらない? これが力学的に最良の持ち方のはず、物理の法則に反しているのか!?」

 

 その計算、自分の腕力を考慮してないな。絶対。

 手を貸しに行く。不意に足下の感覚が、抜けた――。

 視界が動く。ゆっくりと遠ざかっていく。

 光の中に人影が見えた。誰かが居る。いつか見た景色、いつだっただろうか。

 人影の口が動いて、俺に向かって、手を差し伸べた。

 俺は、その手を――。

 

「――っと」

 

 顔を上げる。すぐ近くで、緑色のリボン揺れていた。

 掴んだのは、四葉(よつば)の手。

 

岡崎(おかざき)さん、大丈夫ですかっ?」

朋也(ともや)くん!」

 

 青ざめた顔で、(なぎさ)が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だ。助かった、ありがとな」

「どういたしまして。でも、ちゃんと伸ばしてくれたから掴めたんですよ」

 

 ――掴んだ手。右腕......助けられた。四葉(よつば)の、姉妹の親父さんに。ふと、視線に探していた物が入った。

 

「机だ!」

「ホントだー!」

「近くに、椅子もありますっ」

「おお、怪我の功名だな!」

「怪我してないけどな。お前の彼女のお陰だ」

 

 少し錆び付いた学習机と椅子を掘り出し、不法投棄の山を後にする。村の作業場に戻る足を止めて、振り返る。

 掴んだのは確かに、四葉(よつば)の手。でもあの瞬間、差しの伸ばされた手は......本当に、四葉(よつば)だったんだろうか。

 どうしてか、そんなことが頭を過った。

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