~辿り着く場所~ -Another Story- 作:ナナシの新人
普段とは違う環境のせいか、いつもよりも早く目が覚めてしまった。同じ部屋で寝泊まりしている、
山の朝は、夏でも過ごしやすいひんやりした爽やかな空気。大勢というわけではないが、既に農作業をしている村の人もちらほら。昨日とは違って、挨拶をすると普通に返ってくるし、相手の方からしてくれることも。パンケーキを振る舞った時に思った通り、取り返しのつかないほどの絶望的な環境というわけでもないのかもしれないと改めて思った。
「着信?」
村はずれの廃屋の近くを通りかかった際、ずっと圏外だったはずのスマホが鳴った。
「ここ、電波飛んでるのか......」
とりあえず、スマホを見る。
『やあ、おはよう。
「おはよ。早いのな」
『諸事情でね。どんな感じかな?』
「書いた通り、想像よりはって感じだな。のどかな場所だよ、村の人も悪い人たちじゃない。けど、子どもが暮らすには不向きな村だな。最寄りのバス停まで、
『電波通っているのかい?』
「ああ、村の外れにな。俺も今、知った」
『なるほど......申しわけないけど、村の写真を送ってもらえるかな? 出来るだけ多いと好ましい』
「構わないけど、どうするんだ?」
『まだ確証は持てないけど、解決の糸口を作れるかもしれないよ』
「朝早く悪い、親父。俺だけど」
『どうした?
「教えて欲しいことがあるんだ」
君付けで呼ばれていた頃が嘘だったかように、今は、こうして普通に会話が出来ている。親父との会話の最中、
どうして俺は、無関係で見ず知らずのほぼ他人のために必死になって考えているのか。答えは、既に俺の中にあった。そう、こんな当たり前のことが特別なことだと知っている俺だから......ともの姿を、どこか自分に重ねていたのかもしれない。ほんの一年と半年前までの俺と親父のように、壊れかけの親子のために出来る限りのことを、思いつく限りのことをしてやりたいと思ったんだ――。
* * *
一度、療養所に戻る。台所で、
「お前、どこ行ってたんだよ。朝起きたら居ないとか、びっくりするだろ!」
「散歩に出てたんだよ。
「え?
「
何らかのリアクションをするまでもなく、料理する手を止めた
「おはようございます、
「おはよう。また駆り出されたのか」
昨日の一件から、俺も
「ただいま......」
「お帰り。駆り出されたんだってな」
「ああ、うん。役場で使ってる、旧型のデスクトップPCのメンテ頼まれたんだ。ただのメモリ不足だったから比較的簡単な作業だったけどね」
「こら、
「あれ? ねぇちゃん、今日は、朝から手伝ってるんだね」
「
言われてみれば、
「......先輩、かなは傷つきました。もう傷ものです」
「何を言っているんだ?」
「うぅっ......ウケないんだよ! あたしのギャグも、ボケも! 拾ってよ、ねぇ、拾ってってば!」
「拾う? 何を拾えばいいんだ?」
必死な
「
「
「そっか。朝飯食い終わったら、ちょっと付き合ってくれ。お前の意見を聞きたい」
電波が通じた空き家の前に連れ出して、
「スゴいね、にぃちゃんたち。
「そんな楽観的でもないけど」
「そうだね。通電はしてるんだよね?」
「ああ。朝、チェックした。電源はブレーカーを整備しないといけないけど、電話線は活きてた」
「緩いね、ある意味」
「こんな辺境な場所だからな、後回しなんだろ」
「そうだね、出来ると思うよ。最大の課題は......」
「時間だ。俺たちも、あの人にもな」
「急ごう。使えそうなもの探してくるよ」
俺たちは手分けして、ともと母親が一緒に過ごせる環境作りの作業に取りかかった。まず一番は、管理人の許可を得ることから。
「あの空き家から? そんなこと出来るの?」
「電気を通して、スマホ一台あれば、ここにも無線を飛ばせるようになる。どうかな?」
「まあ、確かに便利になるわね。町の役所の人たちも、私も山道を往き来する手間も省けるし。お好きにどうぞ。でも、どうして? かなちゃんの彼氏くんとお姉さんにとって、
「知り合っちまったからだよ。あんたも、赤の他人だろ?」
言葉の意味を汲みした管理人は、小さく息を吐いた。
「本格的に役所と掛け合ってみるわ、元々頼んでいたことだし。約束は出来ないけど」
「期待してる。掃除道具借りていいかな?」
「どうぞ」
モップと箒、バケツとちり取りなどを持って廃屋へ戻り、マスク代わりのタオルで口と鼻を覆って、懐中電灯を片手に埃っぽい屋内の配電盤周りを掃除。大まかな汚れを取り終えたところで外に出る。薄暗い廃屋での気を遣う作業、体に張り付く服に染み込んだベタつく汗が心地悪い。服を脱いで、新しいタオルで汗を拭っていたところ、声をかけられた。
「やあ、お疲れ」
「まったく。どうして、お前らが居るんだよ?」
振り返ると、無駄に爽やかな笑顔の
「僕は、
「それを見られた......」
「お手伝いに来ました! 黙ってるなんて水くさいですよ、
「ま、先ずは服を着てくださいっ!」
「四人はともかく。
「お休み貰ってるから大丈夫だよー。ここなら撮られることもなさそうだし」
なら、いいけど。
「それにしても、ホントに何もないところなのね」
「私は、静かで好き。
「わかってるわ。料理作れるところあるんでしょうね?」
「あの建物に食堂がある。
「分かった。行こ」
「ええ。ほら、あんたたちも行くわよ。手伝いは、お昼の後になさい」
「はーい。では、また後ほど!」
姉妹たちは療養施設へ向かい、
「
「不法投棄の山に、使えるもの探しに行ってる」
「そう。じゃあ、僕たちも始めよう。
「ああ......」
受け取ったタブレット端末を、目を細めて怠そうに見ている。
「おい、大丈夫か? 日陰入れよ」
「大丈夫だ......」
「よし。デザリング設定完了。どうだい?」
「飛んだ。けど、弱いし、不安定だ」
「ちょっと移動してみよう」
逐一位置を確認しながら、電波の強度を調べ、最適な場所を設定。一番安定して強くとれた場所は廃屋の側面、施設の反対側。
「ここを基地局にするのは、少し難しそうだね」
「役所に掛け合うって話しだ、設備が整うまで使えればいい」
「それなら、ここを仮設定して。この廃屋をリノベーションしよう」
新たに取り出したものは、小型のドローン。不法投棄の山から戻ってきた
「あたしの意見スルーにしたくせに、実行に移すとかお前どんなバカだよ」
「だから謝ってるじゃん」
「こら、二人ともケンカするな」
「何日かかるかな」
「解答は控えさせていただくよ、専門分野じゃないからね。青空教室でいいのなら今日中に可能だけど、ね?」
「お前たちが撮影している間に中を見たが、さほど廃れていなかった。水拭きして、ワックスがけすれば床はいけそうだったぞ」
壊れたドア、割れたガラス窓、点かない照明。修理しなければならないところがたくさんある。
「何してんのー? 眉間の皺が戻らなくなるよ」
「
「は? ついに壊れたか。
「拾ってやったんだろ」
心配しなくていいと、配膳中の
「空き家の図面、学校にリノベーションしようと思ってる」
「うわぁ、マジで作る気なんだ。できんの?」
「模索中」
「よーし、デザインはあたしがしよう。あたしをデザイナーとして雇え」
「カネ取る気かよ......ってか、普通にかかるよな」
「甲斐性ないな。アイスで手を打とう。ねぇ、大工出来る人居なーいっ?」
「これ、村はずれの空き家か」
「学校にしたいんだって」
「学校? 子どもが来るのかい?」
「そう。ともの......なんだっけ?」
「
母親の名前をど忘れした
「
「今、離ればなれになってて。だから――」
「一緒に暮らせるようにしてやりたいんだな。判った、飯食ったら現場視察だ」
その言葉に頷いた元職人の人たちは急いで、食事に戻った。
「いいのか?」
「兄ちゃんと、ちっこい兄ちゃんには何かと世話になった。そっちのとっぽい兄ちゃんたちは初顔だけど、ツレの美人のお嬢ちゃんたちには、こうして美味い飯ご馳走になってるしな。それに......」
「......かなちゃん見てると、子どももいいかなって」
洗濯機を直した時の女性が、少し微笑みながら言う。
「えー、あたし、子どもじゃないよー」
楽しそうな笑い声が窓を抜けて遠くまで響く、色を失っていた村がカラフルに彩られていく。そんな風に感じた。
* * *
昼食後。
「酷いな」
「ですね。キレイな山なのに」
予想以上の酷さを目の当たりにした
「あ、黒板発見しました!」
「マジか。よく見つけたな」
「しししっ! お掃除はお手のものです!」
どや、と得意気に胸を張る
「お、おかしい、なんで持ち上がらない? これが力学的に最良の持ち方のはず、物理の法則に反しているのか!?」
その計算、自分の腕力を考慮してないな。絶対。
手を貸しに行く。不意に足下の感覚が、抜けた――。
視界が動く。ゆっくりと遠ざかっていく。
光の中に人影が見えた。誰かが居る。いつか見た景色、いつだっただろうか。
人影の口が動いて、俺に向かって、手を差し伸べた。
俺は、その手を――。
「――っと」
顔を上げる。すぐ近くで、緑色のリボン揺れていた。
掴んだのは、
「
「
青ざめた顔で、
「大丈夫だ。助かった、ありがとな」
「どういたしまして。でも、ちゃんと伸ばしてくれたから掴めたんですよ」
――掴んだ手。右腕......助けられた。
「机だ!」
「ホントだー!」
「近くに、椅子もありますっ」
「おお、怪我の功名だな!」
「怪我してないけどな。お前の彼女のお陰だ」
少し錆び付いた学習机と椅子を掘り出し、不法投棄の山を後にする。村の作業場に戻る足を止めて、振り返る。
掴んだのは確かに、
どうしてか、そんなことが頭を過った。