~辿り着く場所~ -Another Story- 作:ナナシの新人
スマホの画面に表示されている設計図と作業手順を照らし合わせながら、バラした部品を慎重に元の位置につなぎ合わせ、チェック。計測機器の針は問題なく振れているし、メーターの数値も許容内の値を表示している。剥き出しの配電盤の蓋を閉め、周囲に注意を促して、ブレーカーの電源をオンにする。
「
「大丈夫、正常値だよ。
「ああ。じゃあ、入れるぞ」
やや緊張が走る。異常が生じた時は、すぐに大元のブレーカーを落とせるように構えて。最悪の事態を想定して、療養施設の消火器を拝借してきた。
絶縁手袋を両手に嵌めた
「点いた......異常は?」
「現時点で異常なし。電圧も安定してるし、扇風機も動いているから、新しく移設したコンセントも問題ないね。もう少し観察する必要があるけど、今のところ大丈夫そうかな」
内装作業を手伝ってくれていた村人から賛辞の言葉と、労いの言葉をかけて貰った。何だか照れくさかったけど、緊張の糸が切れて疲れが一気に来た。壁に身体を預けて手袋を外し、ウェットティッシュで、汗で蒸れた手を拭く。
「ほら」
「サンキュー」
放り投げたウエットティッシュの容器を受け取った
外に出て、進行状況を訊ねる。先ずは、不法投棄の山から見つけてきた勉強机と椅子の清掃とメンテナンスを手伝ってくれている、
「
雨ざらしで痛んでいた机と椅子の木目は、まるで新しく付け直したかのよう。カンナで削って、サンドペーパーで整えた天板に塗ったニスを乾かしている最中。錆び塗れだった鉄製の脚も注意して見ないと分からないくらい。
「新品みたいだ、凄いな」
「塗りむらが出るんじゃないかって心配だったけど、さすがだね、
「お菓子作りの経験が役に立った。
「悪いな、お前たちまで手伝わしちまって」
「気にしないで。教職を志す身だからね、こういうことは力になりたいし」
二人に礼を伝え、日陰で作業中の
「わっ、埃まみれ。これ、動くの?」
「洗浄するから大丈夫ですよ。破損してるのは無理だけど」
「よし、あたしがやろー」
「あ、勝手に触らないでよ」
「何だよ、手伝ってやるって言ってるだけだろ」
「パーツごとに分別してあるから、テキトーに触られてバラバラになると困るんだよ」
「人をガサツみたいに言うなー! もう怒った! お前のパソコンのキーボード、EとRとOのキー壊してやる! 二度と検索できないからな、覚悟しとけよ」
「壊されるのは困るけど、中学生じゃないんだから。ていうか前、エンターキー本当に壊されたし」
「お前、どんな変態ワードで検索してんだよ?」
「人聞き悪いなぁ」
「あはは、仲良いねー」
二人のじゃれ合いを、微笑ましそうに見守っている。
「楽しそうだな」
「やっほー、
「うっす、おつかれっす」
「にぃちゃん。どう?」
「無事、通電した。コンセントも使えるようになったよ」
「おー、凄いじゃん」
「そっちは?」
教室に設置予定のモニターの具合を尋ねる。
「ほぼ無傷の液晶パネルが見つかったのはラッキーだったよ。基盤は全取り換えなきゃいけないけど、新しい基盤と組み直してみてだね」
「焦らなくていいからな、急ぎのものじゃないし」
「ありがと。設置スペースの確保お願いしていい? これ、サイズ」
「了解、伝えとく。
「はーい」
「あたしの信用ゼロか。まったく心外ですなぁ、生徒会長に当選した輝かしい実績があるのに」
「その選挙、職員会議で取り消し喰らったじゃん」
「何それ、何があったの?」
「あたしの武勇伝」
何で得意気なんだか。
「あら、戻ってきたのね」
「おつれさまでーす」
「おつかれ。何してるんだ?」
「収納のアイデアを話してたのよ。こんな感じにしたらどうかと思って」
スマホを見る。ぱっと見では教室とは思えない、小洒落た感じのデザインの木材のロッカー。
「味気の無い鉄製のロッカーより断然オシャレでしょ。クローゼットみたいにして、中のハンガーラックと小棚は、あの子の成長に合わせて、数と高さを調節できるようにするの」
「凝ってるな。けど、作れるのか?」
「それを今、相談してたのよ」
「......そういうのも考えないといけないのね。仕方ないわ」
「じゃあ私の出番だね、力仕事はお任せあれ!」
「頼りにしてるわ。場所は、どこがいいかしら?」
「任せるけど、この分のスペースは空けておいて欲しい。モニターを取り付ける」
「モニターですか? 何に使うんですか?」
「オンライン授業だよ」
ネット環境を設備して、オンラインで授業を受けられる環境が整えば、例え教師が居なくても通学できる年齢になるまで、この村で暮らすことが出来るようになる。
休憩を終え、昼食もそこそこに作業に戻る。専門分野は元職人さんに任せ、細かな作業中心。午後三時過ぎ、
「ありがとう」
「ううん、こちらこそ。私、ちょっと前まで、先生、やってたから......」
「マジで?」
「......うん。辛いことがいろいろあって、どうしようもなくて......この村に来たの。でも、かなちゃん見てたら、もう一度やってみようって思って」
「そっか。パソコン、使える?」
「使えるけど」
「よかった。教室に、モニター付けるつもりなんだ。オンラインだけじゃ不安だったけど、先生が居てくれるなら安心だよ。教卓もちゃんと用意するから。とものこと、お願いします」
「うん。私の方こそ、ありがとう」
――これで、大丈夫。あとは、ともの母親。
母親の
「......村が変わっていく。あなたは、時間が止まったこの村にいったい何を持ち込んだの?」
「俺は、何も持ち込んじゃいない。きっかけを持ち込んだのは、たぶんあんた自身だよ」
「ともは、どんなことがあっても一緒に居たいと思ってる。また一緒に暮らせる環境が、もうすぐ完成する。俺たちが出来るのはここまで。一緒に過ごすか、それとも拒むか?」
「いいえ。もう言いません、二度と......。ありがとうございます」
「よかった。傍に居てやってくれ。辛くてどうしようもなくなっても、楽しかった日々の想い出をいつでも思い出せるくらい」
――はい。と、やや涙混じりの過細い返事が聞こえた。
病室を出る。管理人と
「了解は得られた?」
「ああ。ここで、一緒に暮らすことになったよ」
「そう、よかったわね。役所の方も、小学校入学前までに環境を整える約束を取り付けたわ。予算の関係上、来年度以降になるけど。お陰で、書類作業もはかどるわ」
そう言った管理人は、これでもかと大きなため息をついた。
「......そうか、一緒に暮らせることになったのか。よかった」
「
「......何をだ?」
「ともを、ちゃんと送り出して見届ける。これは、一番近くに居たお前にしか出来ないぞ」
「......そうだな。ちゃんと送り出してやらないとな......」
残酷な要求をしている。
だけど。もし、ここを避ければ前へは進めなくなってしまう。そんな漠然としたことを感じていた。
* * *
夜、作業も最終工程。電気系統の最終チェック。配電盤は正常に作動している、漏電の兆候も見られない。ただ、昼間は分からなかったが、教室を照らす蛍光灯が一本揺らいでいた。右腕が上がりきらないため、取り換え個所をメモし、施設の備品から拝借した新品の直菅の蛍光灯を準備しておく。他の部屋のチャックも終えて、連絡を入れる。
『配線は、難燃使ったか?』
「新品使った。燃えたらことだし。あとで写真送るから」
『ああ、
「頼む。じゃあ、おやすみ」
父親にかけた電話を切り、完成間際の学校を出ると、視界に星空が飛び込んできた。
盆を過ぎて、これから秋へ向かう夜空には、都心部では決して見ることが叶わない満天の星々が瞬いている。白く輝く帯状の星々。空を見る余裕はなかったんだな、と今になって思った。
「天の川。夜空にミルクを流したみたいだから、ミルキーウェイって言うんだよ」
「
姉妹たちが勢揃い。
「まだ帰ってなかったのか。
「フー君は、野暮用で遅れてるわ。私たちは、タクシー待ってるところ。先に予約が入っててこの時間ってわけ。で、まだ作業してたの?」
「動作確認してただけだよ。明日、蛍光灯を一本換えて完成だ」
無事に終わったことを、
「悪かったな。せっかくの休みなのに付き合わせて」
「ううん、いい気分転換になったよ。記者さんの目を気にする心配もなかったし、楽しかったしね」
画面越しで見る笑顔とは違う、自然な笑顔の
「私と
「ま、家具の配置とか、使い勝手とか。いろいろ知れるいい機会だったことは認めるわ」
「ツンデレ」
「なによ......?」
「別に」
いつもの通りの、
「あはは。私は、歳の近い先生からためになる話しをたくさん聞けた。正直、ちょっと不安な気持ちにもなったけどね。でも、挫けても強くなれることを知れた。そのきっかけを作ったのは、
少し変わった、
「そうですよ、
何の見返りを求めない、
「そっか、ありがとう」
「しししっ、どういたしまして!」
村の入り口付近にライトが灯った。
「こんなところに居たのか、探したぞ」
「あ、フータロー。今、呼びに行こうと思ってた。タクシー来たよ」
「フータロー君、野暮用は済んだの?」
「ああ、伝言を頼んだけど無駄になった。明日、
「電話したのかよ」
「言っておくけど。俺は、頼んでないぞ。連れて来るって言いだしたのは、親父さんだからな」
「分かってるって」
迎えに行くと言っても「テメェは、黙って頷いてりゃいいんだよ」とか言って、有無を言わさず押し通して来る。オッサンは、そういう人だ。
「じゃあ
「だね。それでは
姉妹たちが、村の入り口へ向かう中、
「どうした? 忘れ物か」
「今日は、月が綺麗だな。こんな夜は、散歩したくなるな」
「それ、
「は、恥ずいし......とにかく、そういうことだ。じゃあな!」
背を向けた
「フー君、
「べ、別に大したことじゃない。学校のことで確認してただけだ」
「ふーん、怪しいわね。いったい何を企んでるのかしら?」
「よからぬことだったりしてっ」
「う、
「フータロー」
「
「ご、誤解だー!」
案の定、詮索されてる。
けど、
療養施設に戻って、
周囲の森から聞こえる秋の虫の声を聞きながら、満天の星空に導かれるように、あの花畑に辿り着いた。
「凄いな」
「はい。とても綺麗です」
太陽の光に照らされた昼間の華々しさとは違う、柔らかな月の光に照らされた幻想的な景色に思わず息を呑んだ。
どちらからともなく、繋いだ手。
いろいろ話したいことがあったはずなのに、この幻想的な景色の前に言葉なんてものは必要なくて。
ただただ、同じ時間と景色を共有している事実だけで充分だった。