それでもこれってギャグなのだ。
腹の中で、燃えるように、痛い。
半端に痛みに慣れた体のせいか意識を失うことが出来ない。
ぼたぼたと、痛みのために涙が零れた。それに、うちはイドラはぼんやりと、頭の片隅で痛みで涙を流すなんていつぶりだろうかと考えた。
「う゛う゛う゛う゛・・・・」
痛みに思わずうめき声を上げた。意識が薄れそうだった。
そこに、声がした。
「イドラ!」
銀の髪が、目の前で揺れていた。
まるで、時間が止まっているかのようにゆっくりとうちはイドラの体は傾いでいった。そうして、畳に倒れ込む前にその体を抱き留めた。
口から出る血の色に体中の血が沸騰しそうだった。
その、口から流れ出す赤いそれに、女の体から命が流れ出していく気がした。
「イドラ様!?」
「おい、毒だ!」
「詳しい奴、どいつだ!?」
「医療専門の奴、呼んでくる!」
がやがやと部屋の中は蜂の巣を突いたかのようだった。そこに、二つの声が割り込んだ。
「静まれ!」
「落ち着け!」
千手柱間とうちはマダラの声と、殺気に部屋の中の人間は黙り込む。扉間は、普段ならば同じように動きを止めるだろう扉間はそんな二人の声を気にすることもなく、イドラをその場に横たえた。
女の症状で、それに起こっていることの可能性を頭の中で広げ、対処方法を考える。
落ち着け。
ただ、呪文のようにそう頭の中で唱え続けた。今、冷静さを失ってはいけない。それは、終わりだ。そう、思うのに。
誰だ?
体中の血が沸騰するような感覚がする。けれど、頭の中はしんと静まりかえっていた。
ぐるりと部屋の中を見回した。
「誰だ?」
けして、大きな声では無かったのだ。けれど、千手扉間の研いだ刃のような声音は確実に部屋の中に響いた。
それにイドラのことを伺っていたうちはの一人が叫んだ。
「貴様がそれを言うのか!?」
それに扉間は目を見開いた。
「此度の件は千手が調理した物だ!なら、千手が怪しいだろう!?」
それは当然の道理だった。今、イドラに毒を盛った可能性があるのは千手だ。その言葉に、うちはの人間たちの中で膨れ上がった猜疑心が爆発した。
「・・・・扉間殿が。」
「いいや、扉間殿は関係なくとも。」
「振りは誰にでも出来る。」
「おい!」
その場に混乱を招いた同族をマダラは叱り飛ばした。けれど、その男はそんなことを物ともせずに叫んだ。
「ならば、頭領、それ以外に可能性があるので!?」
そう叫んだ男にマダラは固まった。男は感情の高まりのせいか写輪眼をその目に浮かべていた。そうして、巴の紋が増えている。
マダラは頭を抱えたくなった。その場にいる人間はある程度、柔軟な思考の者を選んだ。
目の前のそれは、思考が柔軟であるのはもちろん、イドラのことを非常に心配していた。元々、幼い妹を亡くしたその男はイドラにその面影を重ねていた。今は妻子もおり、だいぶ落ち着いていたと思っていたが。
目の前の現状に、明らかにそれは動揺していた。
マダラは柱間を見た。その瞳には、明らかな怒りを宿している。それはマダラとてそうだ。
今にも、殺気とチャクラが漏れ出そうになる。
けれど、二人はそれを必死に押さえていた。怒るのは後で、今は、イドラの安否が最優先だ。
それにうちはの一人がイドラに飛びついた。
「何をする?」
「千手の人間は信用できぬ!イドラ様を返してもらう。毒のことならば、イズナ様もお詳しい。」
それにマダラはちらりと、一族の人間をなだめているイズナを見た。それにイズナも頷く。
(この混乱で下手な刺激はよしたほうがいい。)
イズナは目の前で吐血をする姉を見た。本音を言うのならば、今にも千手の人間を皆殺しにするほどに、暴れてやりたい。けれど、そうすれば姉が何よりも被害者になるだろう。それ故に、イズナは必死に全てをかみ殺して、扉間のほうに言った。
「姉さんを・・・・」
伸ばした手を扉間は無言で払いのけた。
「おい!」
「触れるな。」
押し殺した声に押し黙った。イドラのことをじっと見ながら扉間は冷たい声で言った。
「・・・毒を飲んだというのなら、胃の中を洗い流すのが一番だ。だが、無理矢理に吐き出せば、喉に障害が残る可能性がある。ならば、医術の術を持った人間を。」
「おい、それはわかってるんだ!」
「姉上が呼びに行っている。」
「今の状況を考えろ!こっちに引き渡して欲しいんだ!」
それに扉間は無言で顔を上げた。そうして、イズナを睨んだ。
「・・・これはワシが穢し、子まで出来た女だ。おかげで、ワシの人生はめちゃくちゃだ。」
扉間は自分が今、何を言い出しているのか、まったくわからなかった。
ただ、茹だるような体が、今にもこの場にいる人間を締め上げて、何をしたと叫びだしそうになる。けれど、そんなことをするほど、男は愚かにも、愚直にもなれない。
けれど、腹の内に止めようとした激情が確実に暴れていた。
ああ、そうだ。
お前達は愚かにも、この女の虚言を信用して、そこまで扉間という男と深い仲になったと思い込んでいるのだろう?
ならば、何故、今更になって自分から引き離そうとする。
「ならば、これは、ワシの腕の中で死ぬとしても、それこそ道理だ。」
これはワシの女だ。
ギラつくようなその瞳はいつだって、燃えるような瞳をしておきながら、凪いだ海のような男にはあまりにも不似合いだった。
抜き身の刃のようなそれがイズナに向けられた。それに、彼は固まってしまった。
その時だ。
すぱーんと、障子が開け放たれた。そこにいたのは、赤い髪を振り乱し、男を担いだ千手アカリだ。
「おい、連れてきた!」
アカリはそう言って部屋の中横切って、荒い息を吐きながら、うつろな目で扉間を見上げるイドラの前に置いた。
医者は明らかに動揺していたが、道中で状態を聞いたのか、落ち着いて女に向き直っていた。
「間に合ったか?」
「ああ、寝るところをひっつかんできた。」
「礼を言う。」
柱間とマダラ、そうしてアカリがそう言っていたとき、やはり、先ほど叫んでいたうちはのそれが声を上げた。
「ですが!」
「黙るがいい!イドラを助けるためにはこれしかないのだ!」
「ですが!信用できません!」
それにうちはの人間からは明らかに不信感が芽生え始めているのは手に取るようにわかった。そうして、うちはのそれに苛立ちを覚える千手側にも。
「・・・・信用できないか?」
「当たり前だ!」
吠えるうちはの男にアカリが声をかければ、そんな返事が返ってくる。アカリはそれに一度頷いた。
「いいだろう。ならば、一つ、信用を取り戻す方法がある。試してみるか?」
「・・・何をする気だ?」
「おお!姉上、そんな方法があるのか!?」
意気揚々とした弟分のそれにアカリは言い切った。
「ああ、簡単だ。マダラ殿、万華鏡写輪眼を使って私に幻術をかけてくれ。真実しかしゃべれなくなるように。」
それに部屋の中に人間に動揺が広まった。
千手の人間は元より、うちはの人間にさえも動揺が広まった。マダラと柱間は何を言えばいいのかわからず、アカリを凝視した。
アカリは気にすることも無く、信用が出来ないといった男を見た。
「そうして、仮に、イドラ殿が亡くなるようなことがあれば、私の首一つ差しだそう。これでも、宗家の女だ。そこそこの価値はあるだろう。」
「姉者、何を言っている!?」
「これが一番、信用を取り戻す手段だろう。」
「赦されるはずがない!のぞき込むと言うだけではすまんのだぞ!?何を仕込まれるのか、わかりもせん!」
「柱間、許可を。」
扉間の言葉を無視して、アカリはマダラを見上げていった。それに柱間は少しだけ考えた後、頷いた。
「俺は許可しよう。」
「兄者。」
「はっはっは、なーに、心配するな。扉間。マダラは、優しい奴ぞ。」
そのやりとりをイズナは茫然と見つめた。どうすればいいのかわからない。万華鏡写輪眼。うちはの最強の瞳術。
それを、やすやすと受けるというのだ。
イズナはいい。兄を愛しているし、信頼している、そうして同じように万華鏡写輪眼を持っているのだ。
けれど、その女はどうだ。
何も持たぬ身で有りながら、その瞳をのぞき込み、そうして、信頼を勝ち取るために幻術にかかるのと言うのだ。
狂っている?
そんな単語で表現するのさえもためらうような、女だった。なのに、なのに、女は真っ向から兄と対峙していた。
「いいんだな?」
「兄さん、でも!」
「腹の決まった女にがたがた言っても仕方がねえ。それに、だ。覚悟があるならば、汲んでこそだ。」
マダラは万華鏡写輪眼を目に浮かべた。
うちはの人間は狂っていると怯え、そうして、畏怖した。千手の人間は目の前で起こっていることを理解できなかった。
万華鏡写輪眼を、特筆することもない女が真っ向から受け止めているのだ。おまけに、これから幻術にまでかかるというのだ。そうであるとするのならば、目の前の光景は千手の人間の最大の覚悟に他ならない。
マダラはアカリに幻術をかけた。
そうして、口を開く。
「お前は、うちはをどう思っている?」
静かなそれに、皆が固唾をのむ。そうして、鉄仮面のその女は深く頷き、うつろな目で力強く頷いた。
「顔がいいと思っている!!」
ちーん。
そんな、音がした気がした。
(顔がいい?)
(うちはのこと、顔がいいって。いや、まあ、そりゃあ。)
(顔がいいって言った?)
(顔がいい???)
もう、その場にいた全員が宇宙を背負って、猫のように茫然とした。
全員が、顔がいい、という文章を前にして虚無を見つめていた。
「え、今、顔がいいって言った?」
動揺しすぎて医者はそんなことを口走りながら、今までの経験のために治療を順調に進めていく。
イドラの息づかいが穏やかになっていく。
喜ばしいことなのに、鉄仮面のその女の発言に皆が皆全て持って行かれている。
アカリは幻術が解かれないせいか、どんどん話を続けていく。
「黒い髪に、白い肌!おまけに、皆々、麗しい顔をしていると思っている!千手の人間はむくつけきというか、無骨な人間が多くてな!目の保養になっている!!」
えー、あなた、そんな人だったの?
長年付き合いのある柱間も扉間も、知らなかった姉の面食いの部分に茫然となっていた。
マダラも、背中に宇宙を背負っていた。
え、千手のくせに、うちはにそんなことを考えてたの?
「とくに、特に!マダラ殿の顔が非常に好みで!!涙袋は色気があって!愁いをたたえた横顔なんて最高じゃないか!!」
己の万華鏡写輪眼を見て、目をキラキラさせながら己の顔をうっとりと見上げるそれにマダラは、もう、表では冷静を保っていたが、頭の中は完全に暴れ狂っていた。
え、好みなの?
俺の顔が?
色気?
愁いをたたえた横顔?
いや、美しいって言われたけど、まじでそう言った意味合いだったの?
いや、恨み言とか。
あ、ないんですか、そうですか?
そんな動揺をしているマダラの横で、同じように混乱の極みのイズナと柱間が叫んだ。
「「わっかる!!!」」
もう、二人とももっとも似合わないだろう女からのそれに混乱しながら、滅多に現れないマダラ大好きの同士に歓喜して頭ん中ぐちゃぐちゃで叫んだ。
「兄さん、めちゃくちゃかっこいいよね!」
「そうぞ!姉上、男の趣味がいいな!」
「ああ!だが、髪が荒れているのが気になってな!出来るのならば、是非とも、御髪を整えたいと思ってな!いい椿油もあるんだ!」
あーこれ、本気なんだ。
それを理解しつつ、部屋の中の人間はそれぞれ宇宙を背負ってマダラの見目を褒め称える三人を見た。
そうして、その間に毒の中和が終り、安らかに寝息を立てるイドラの姿があった。
どうしても千手でもポンコツな人を出したくて。
誰がまともだと一度でも言ったのか。