「起きなさい!こら、イドラ!」
布団を被って聞こえるそれにイドラはしぱしぱとまぶたを開け、上を見上げた。そこには、完全に見覚えがないわけではないが、確実にここにはいないはずのご先祖様がいた。
「・・・あと、五刻。」
「本当にいい加減、眼を覚ましなさい!がっつり寝ようとするんじゃない!」
「・・・・夢じゃないんですか」
「単なる夢ではない。」
目の前の、老人。普通の人間にしては角が生え、そうして、顔色が悪くて。そうして、その瞳。
紫の、二つの瞳。
「六道、仙人様?」
「ああ、そうして、お前にとって始祖である大筒木ハゴロモ、とも言う。」
うちはイドラこと、千手イドラは目の前のそれをじっと見たあと、きょろりと周りを見回した。そこは、いつも通りの寝室であったが、おかしなことに共に寝ていた息子の千手広間や夫の千手扉間の姿がない。
「・・・まったく、顔は似ているのだがなあ。いや、」
「あの、広間と、扉間様は?」
「・・・ここはお前の夢の中だ。ただ、寝る前に見ていた風景を写し取っているに過ぎん。」
「ああ、それで。」
先の疑問を聞いてイドラは納得した。そうすれば、二人の間に沈黙が訪れる。
(ど、どうすれば!?)
ここで自分は何をすべきなのだ?
というか、この仙人様は何故自分の夢に出てきているのだろうか?
イドラはそう思いつつ、緊張のせいなのか、首の後ろがざわざわと嫌な感覚に襲われた。
それに段々と頭に広がっていた眠気が大分覚めた。
待て、自分結構ヤバめな状況に陥っているのではないだろうか?
頭の上にはてなを多く浮かべたイドラにハゴロモは淡く微笑んだ。
「・・・何故、わしが会いに来たのか、わからないか?」
「ええっと、はい。何か、ご用でしょうか?」
くーんと聞こえてきそうな程にしょげたイドラのそれにハゴロモは息を吐いた。
「・・・わしに会えるように術の詳細を渡されていなかったか?」
それにイドラは一瞬沈黙した。
「・・・・忘れてました。」
イドラのそれにハゴロモは額に手を当てた。そうしてため息を吐いた。
「あの亀にわざわざ渡しておいたものを、忘れていたのか!?」
「身重の女にとって出産以上に優先すべき事なんてないんですもの!」
「・・・出産の件で忘れていたと?」
「はい。」
しゅんとしたイドラのそれにハゴロモはなんとも言えない顔をした。ふわふわと宙に浮きながら、その場に反省の意を身をもって表しているイドラを見た。
「・・・あの、それは、ええっとハゴロモ様があれを亀さんに渡したってことですか?」
「ああ。あの亀が使った時空間忍術によって何かがねじれた。それにより、お前の息子たちにわしと意思疎通が叶ったようだ。」
「あ、あの。あの子達は・・・」
「・・・安心しなさい。彼らは無事、帰ることができた。」
ハゴロモの柔らかな笑みに、イドラは彼らがけして悪い結末にたどり着いていないことを理解してほっとする。
にっこりと微笑むイドラの暢気さに、ハゴロモは額に手を当てた。
「だというのに、お前はまったくといっていいほど事を起こそうとしなかったな。」
「里造りで目が回るほど忙しかったんですもん!」
「ですもんじゃない、ですもんじゃ。はあ、まったく、抜けているところまで似なくてもいいだろうに。」
ハゴロモは呆れたように首を振った。
イドラはみーと情けなく声を上げる。それにハゴロモは何か、遠い昔の残光を眺めるようにゆっくりと目を細めた。
「うちはの末の子、イドラよ。お前に伝えねばならないことがあるのだが。そうだな。少し、こちらにおいで。」
ハゴロモは畳の上に降り立ち、とんとんと膝を叩いた。それにイドラは恐る恐る近づいた。ハゴロモは不思議そうに自分を見るイドラに穏やかに微笑み、そうして、もう一度、膝を叩いた。
膝に乗れと言われていると理解はしたが、イドラは悩む。さすがに、どうなんだろうか。
夫ではないし、こちとらすでに一児の母だ。他人の膝の上に乗るのは。
と、そんなことを考えたが、目の前にいるのは自分の先祖で、ものすごくざっくりいえばおじいちゃんのようなものだ。
何よりも、イドラというそれは、そういった扱いに慣れていたし、彼女の駄犬の勘が告げていた。
よくわからんが、この人は自分を可愛がってくれるいい人だ!
イドラは遠慮がちであったがとんとハゴロモの膝の上に乗る。その場に彼女の身内がいれば、羞恥心!無礼!とまどい!ためらえ!と叫んでいただろう。
そのうちの一人は、可愛がってくれるのならば誰でも良いのかと叫んでいたことだろう。
が、残念ながらそれは初対面の、夫の元婚約者という体の女の膝を枕に寝る女だ。
躊躇はない。
何よりも、NARUTOの知識云々よりも、何かそれに対して敬意というものが薄い。その理由はイドラにはわからないが、彼女はハゴロモを何となしにそこそこ雑に扱っていいという感覚を持っていた。
イドラは不思議な気分で、ハゴロモを見上げた。
ハゴロモは何か、心底、嬉しそうにイドラの顔を見て、そうして戯れるように髪を梳いていく。
その手つきは、幼い頃の母のようで、自分を慈しむ兄のようで、戯れる弟のようで、そうして、夫のそれに似ていた。
「サクヤに、よく似ているな。」
その目は自分を見ていないと、イドラはなんとなく理解した。その目を、その、輪廻眼をイドラはじっと見た。
それは遠い昔を見ていて、自分ではない、イドラと誰かを重ねているようだった。
イドラは、それが、なんとなく父と重なった。
遠い昔、父が、そんな目をしていた。そんな目で、もういない、女のことをイドラに見ていた。
なんだか、イドラは悲しくなって、今、目の前の仙人と言われる、神様になってしまった誰かがたまらなく悲しくなってしまって。
だから、イドラはそっと、老人の頬に手を当てた。皺の寄ったそれは遠い昔に死に装束を着せた老人のようで。
「大丈夫ですよ。」
何についてなのか、イドラもわからずに、そう言った。それにハゴロモは顔を歪めて、そうかと言った。幾度も、イドラのことを抱きしめて、そうかと。幾度も、呟いた。
ハゴロモはそれから、幾つか質問をした。
それは例えば、千手柱間やうちはマダラのことだとか、一族のことだとか、千手一族のこと。そうして、広間のことや、夫である千手扉間のことも。
何か、千手アカリことうちはアカリに関しては怖じ気づくような態度が不思議であったけれど。
ハゴロモは、そうかと、イドラの話を嬉しそうに聞いた後、名残惜しそうにもう大丈夫だと言った。
「聞きたいことがあるはずだ。」
「・・・・私、何故か、未来を見たんです。それは。」
「そうだな。少し、話をするか。」
イドラよ、お前はわしの妻、そうして、インドラの母であるサクヤ姫の生まれ変わりだ。
彼女とは、長い旅の末に会った。
彼女は、果ての地、母の支配の範囲外であった場所を治める一族の姫だった。彼らがそこまで力を持ったのは、サクヤが千里眼を有していたためだった。
彼女に惹かれたわしは、彼女を娶り、そうして子が生まれた。
「・・・・子を産んだ後は、亡くなられたんですか?」
「ああ、産後の肥立ちが悪かった。」
ハゴロモは後悔をするようにそう言った。そうして、軽く息を吐いた。
「あの、でも、私、その、未来と言ってもなんだか、違う、もののような気が。」
さすがにこの世界がアニメになってる世界を見てたんですが、それは何でしょうかと言うことも出来ない。
「違う?」
「ええっと、その、私が何故か、存在しなかったんですが?」
「・・・・サクヤの話で言うのなら。ガマの夢は運命であるのなら、人の見る先はあくまで可能性であるらしい。」
「可能性?」
「確定されぬが故に、変えることが叶うのだと。」
「・・・私、その人に、会ったかも知れません。」
イドラの脳裏には、あの、恨めしそうで、悲しそうで、けれど、それでもどこか優しげな女のことが思い出された。怖いのに、何か、とってもとっても、悲しそうな人で。
それにハゴロモは目線を下げた。
「・・・サクヤ、そうか。わしを、恨んでいるのか。」
苦みの走った悔恨の声音。
それにイドラはぽつりと言った。
「・・・私は、そんなに似ていますか?」
それにハゴロモは己の顎の髭をしごいた。そうして、頷いた。
「顔立ちはよく。中身は、まあ、いや、あの人もそこそこ抜けておったからな。」
「私に激似のオビトとカグラに甘えられて輪廻眼渡しちゃうぐらいに?」
それにハゴロモは盛大に咳払いをした。
「うおっほん。違う、あれに関しては必要であったからで。」
イドラはそれに何か、嘘だと感じた。よくわからないが、何かが嘘だとイドラに囁いていた。
ハゴロモは何か、気まずそうな顔をした。
「・・・・母親似の子に勝てる男親はそうそうおらん。」
(認めた・・・・)
ハゴロモはそこで息を吐き、改めてイドラを見た。
「・・・イドラよ。お前が未来を見たのは、おそらく、サクヤの生まれ変わりであることが関係しているのだろう。だが、そのおかげで、あの子達の悲劇が終ろうとしている。わしが何故、お前の夢に入り込んだのか。それは、お前の。」
何か盛大に誤魔化そうとしているのを感じながら、イドラはハゴロモを見た。
そこでハゴロモの声がぶつりと途切れた。
「え、あの、ハゴロモ様!?」
「く、そうか、サク・・!お前・・まを・・・のか!?なに・・おそれて・・・!・・・くびの・・・・・!・・・・いみ・・・のか!いわな・・・・おま・・・なにを!」
「ハゴロモ様!あの、よく、聞こえないのです!」
イドラは何が起こっているのかわからずにそう叫んだ。それと同時に、ずぶりとイドラは何かに沈むような感覚がした。下を見ると、自分の下半身が何かに沈んでいる。辺りは寝室の風景から真っ暗な空間に置き換わっていた。
「イドラ!」
「はーい!!」
どんどん遠ざかっていくハゴロモの声はどこまでも遠い。それでも、ハゴロモは必死に手を伸ばし、イドラの額に指を添えた。
それに何か、頭に何かの陣が浮んだ。
「口寄せの術だ!道案内に鳥を用意した!それを使い、尾獣たちのチャクラと、そうして・・・・・」
最後の力だと叫んだ声はどんどん遠く、そうして、姿も遠のいていく。
「・・・・・!はし・・・・まだ・・・・と、ともに。そうして・・・・・・・と!」
「きーこーえーまーせーん!!!」
「早くするんだ!お前の、命に関わるのだ!」
最後に聞こえたそれと同時に、イドラは己の耳を何か、冷たい手がふさいだことを理解した。
そうだ、だから、イドラはその日、絶叫と共に起き上がり、扉間をそれによってたたき起こした後、取るものも取らずに口寄せを行った。
扉間はイドラの様子を不審に思ったが、広間を放っておくことが出来なかったため止められなかった。
イドラは何かにとりつかれたかのように、というよりも、自分の命の危機だと聞いてひたすらに慌てていた。
こちとら、孫の顔を見るまでは死にたくないんですが!?
そう思って、紙に術を記し、そうして、言われたとおりに鳥を呼ぶ。
(鳥、なんだろ、鳥って・・・)
漠然とした感覚の中、イドラは何の鳥だろうと考えていた。
ぼふんと、白い煙と共に、何かが現れる。
「・・・・六道仙人より、命を賜りここにある。」
めちゃくちゃ渋い声だった。いい声だった。
「この身は汝の案内がため。我が名は八咫烏。」
イドラはそれに目を見開いた。
「サクヤ姫の生まれ変わりよ。この旅路、しかと預かった。」
何故って?
簡単な話だ。
八咫烏と名乗ったそれは、どこをどう見ても、ペンギンであったからだ。